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第11話「甘さ広がる魔王室(後)」

《狼っ娘エリナ》


「イツキ、いるー?」


 ローザベル様がイツキ様のお部屋のドアをノックです。


「ローザ、どうしたの? あ、エリナも一緒だね」


 イツキ様がドアを開けて、部屋の中に迎え入れてくれます。

 私の名前を覚えてくれていたことに、ちょっと嬉しくなりました。


「これ、作ったの! ばれんたいんでーよ!!」


 ローザベル様は、綺麗な袋に入れた、チョコレートのお菓子を目の前に出しました。

 恥ずかしいのか、お顔が真っ赤です。なんだかこっちまで照れてきます。


「あ、ありがとう。って、バレンタインデーってこっちの世界にもあるの?」


「人族の風習よ。…………な人に渡すの。……え!? イツキの世界にもあったの!?」


 どうやら二人して予想外の驚きのようです。


 ローザベル様からしたら、風習の意味がばれてるってことは、想いがばれてるってことですからね。

 もしかしたら、自分だけ風習の意味を知ったまま、イツキ様には黙っておくつもりだったのかもしれませんね。

 可愛らしい乙女心というやつです。


「ああ……、びっくりしたけど嬉しいよ。うん……、かなり嬉しい」


 イツキ様が嬉しそうです。

 優しい目をローザベル様に向けています。


「ほら、食べてみたら。美味しくできてるか分からないけどっ」


 なんだかローザベル様が、とても可愛いです。

 今までに見たことないローザベル様が見れて、今日は得した気分です。


「うん、いただきます」


 イツキ様が、お菓子を一つ口にいれます。

 

「……どう?」


 ローザベル様は緊張した面持ちです。

 大丈夫ですよ、美味しいですから。

 味見した私が言うのだから間違いありません。


「……驚いた。めちゃくちゃ美味しい。甘さが、凄く優しいというか……。ローザ、凄いな!」


「ほ、本当! 作り方調べて作ったんだけど、初めてだったから心配だったのよ」


 ローザベル様は、とても嬉しそうです。

 良かったですね。


 というか、これって私がここにいる意味ってあるのでしょうか。

 ふいに、お昼を食べていないことを思い出しました。

 味見くらいの量では、全然足りません。


「ローザ、ちょっと待っててくれ。あ、そこのソファに座ってて!」


 イツキ様は、そう言って部屋の奥に行ってしまいました。

 イツキ様の部屋は、魔王様としての部屋、通称魔王室です。ちょっと前までは、ローザベル様が使っていた部屋でもあります。

 居間には、高級な家具や調度品が置かれています。

 うっかり壊してしまった日には、リュシー様から一週間の食事抜きを言い渡されかねないです。


 ローザベル様と私は二人並んでソファに座って待ちます。

 

「エリナ、今日はつき合ってくれてありがとね」


 ローザベル様に小声でお礼をもらいました。


「いえ、私も良いものを見られましたので」


 つい本音が口から出てしまいました。

 ローザベル様の(ほお)が赤く染まります。


「ううー……、エリナの意地悪……」


 ローザベル様が、照れた様子で私の尻尾を指でクリクリといじっています。

 そういう時って自分の髪を指でクリクリしたりしますよね。

 くすぐったいです。まあ、嫌ではありませんが。


「お待たせ!」


 イツキ様が戻ってきました。

 手には紙袋を2つ持っています。


 イツキ様が行っていた方には、そういえばキッチンがあったはずです。

 魔王室には、いくつか小さな部屋があって、キッチンも備え付けられているのです。

 

 紙袋からは、甘くて良い匂いが漂ってきます。

 獣人の鼻はごまかせませんよ。


「イツキ……」


「実はさっきまでこれを作ってたんだ。これはローザに!」


 2つの袋の内、大きな方をローザベル様に渡します。


「……これは?」


「俺がいた世界には逆チョコっていう風習もあってさ。バレンタインデーに男から女に送るんだ。チュロスっていう揚げ菓子なんだけど、食べてみて」


 そんな風習もあるんですね。

 今日は初めて知ることばかりです。


 ローザベル様は、お菓子を袋から一つ取り出します。

 それは、とても可愛い形をしていました。

 棒状のお菓子をハート型に曲げたような形です。

 チュロスというのは、ハート型のお菓子なんでしょうか。


「チュロス? 可愛い形ね。……(はむっ)」


「…………」


「…………」


 イツキ様も私も、ローザベル様が食べる様子を見守ります。

 自然とドキドキする瞬間です。


「イツキ、おいひ~よ。甘さと香ばしさが凄く合ってる。サクサクモチモチで一日中幸せな気分になれそう」


 ローザベル様が、本当に幸せといった様子です。


「そう言ってもらえると嬉しいよ。良かった……」


「しかもまだこんなにいっぱい! チョコレートがついてるのもあるよ!」


 そうです、袋の中にはチュロスがいくつも入ってるのです。

 ローザベル様が料理に使っていた、茶色いチョコレートに包まれてる感じのも見えます。


 それにしても、サクサクモチモチ……ですと。

 さっきから、甘くて美味しそうな匂いが暴力的に私を襲って来てるのに。

 

「エリナ、口から……」


 イツキ様の指摘です。

 そうなのです、よだれを止められませんでした。

 完全に決壊してました。


「すみません!」


 慌てて口をぬぐいます。


「いや、いいんだけどさ。ほら、こっちはエリナに」


 イツキ様は、そう言ってもう一つの袋を、私に手渡してきました。


「えっ! 私にもあるんですか?」


 ローザベル様の袋よりは一回り小さい袋ですが、嬉しくてたまりません。


「うん、食べてもらえると嬉しいな」


 しかも私が食べると嬉しいですと。

 この方は、神様か何かですか?

 あ、魔王様でした。


「ありがとうございます! いただきます……」


 私は、チュロスというお菓子を口に入れました。

 匂いから美味しいことは確信していました。


「――――っ!?!?」


 なんですかこれは!

 私の想像力は貧相だったようです。

 想像以上に美味しいです。


 サクッと()むたびに、甘さがジュワっと口の中に広がっていきます。

 長く口の中に残る幸福感。

 こんなに美味しいお菓子は食べたことありません。


 外側はサクサクで、中はモチモチの食感がたまりません。

 自分の顔がにやけているのが、自分でも分かります。

 でも、止められません。


 先程、イツキ様は揚げ菓子って言っていました。

 先日の“からあげ”と同じ製法なんでしょうか。

 この方は、美味しさを凝縮して閉じ込める魔法が使えるのかもしれません。


 断言できます。

 私だけでなく、多くの獣人はこの方に屈することでしょう。

 でもそれは決して嫌なことではなく、むしろ喜びと言えるものだと思います。


「二人に好評そうで良かった……」


 ローザベル様の言っていたように、今日は一日中幸せな気持ちでいられそうです。


 リュシー様に怒られた時は怖かったですが、今はまたリュシー様に感謝の気持ちでいっぱいです。


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