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少女、付き添う。 3

 私がカンタレッラにキスされた日からちょうど一週間が過ぎた。私とカンタレッラの仲はあれから気まずくなる様子も前よりお互いを意識する様子もなく、それまでと変わらない日常を惰性だけで送っているようだった。

 私は相変わらず学級委員長としてクラスメイトや先生から頼られ、カンタレッラも相変わらずクラスメイトから避けられながらも二年一組や他学年の生徒に好意を寄せられている。

「つゆり。ちょっと付き合わないか」

 掃除が終わり、私がごみをまとめたポリ袋をごみ捨て場に運んでいる最中どこからかカンタレッラが近づいてきて、突然そんなことを言った。

「付き合うって何を?」

 ごみ捨て場で足を止めた私は、大きく膨らんだ袋の口を縛りながら訊ねる。

「明日の午後」

「……え、それだけ?」

 もっと詳しい場所を言うのかと思った私は思わずカンタレッラを振り返った。

「午後二時に学校最寄のバス停で」

 それだけ告げた彼は私が承諾する間も断る間も与えず、足早に校舎へ戻っていった。

 家に帰って夕食中にそのことを母さんに話してみたところ、一瞬驚かれた後とても嬉しそうな顔をされた。

「それってデートのお誘いじゃないの? どんな服着ていく? お小遣いはどれくらい必要?」

 まるで自分がデートに誘われたかのようにはしゃぐ母さんに、私は軽く溜め息をついた。

「いや、多分デートとかじゃないと思うよ。そんな気を遣わなくていいから。それに母さんは月曜日から修学旅行に行くんでしょ? そろそろ荷物の準備してた方がいいんじゃないの」

「そうねぇ……」

 母さんはそこで少し不安そうな表情を浮かべた。

 薄暮高校の二年一組担任、数学教師である母さんは月曜日から修学旅行に行く。わざわざこの寒い季節にさらに寒い北海道へ三泊四日の旅。つまり来週私は月曜日から水曜日まで一人になる。

「本当に大丈夫? 三日間も家で一人きりになるわけだけど」

「大丈夫だよ。料理は普段からしてるし、洗濯物も問題ないって。ごみ捨てもちゃんとするから」

「ああ、そういう問題じゃなくてね……。心細くなったり不安だったら、お友達を呼んで特別に泊まらせてもいいのよ? もちろんその子の親が許可しないと駄目だけど。一人きりより二人や三人いた方が安全かもしれないし」

「三日間くらい一人でも平気だってば。お土産はロイズのチョコレート菓子でよろしくね」

 翌日、私がバス停に訪れたのは午後二時のちょうど五分前だった。持ち物は財布とハンカチくらい。服装は白いタートルネック、赤と黒のチェック柄三段スカートの下に黒いタイツを履いて、モッズコートを羽織った。選んだのは私ではなく母さんで、「もうちょっとおしゃれな服買っておけばよかったわね」とクローゼットや箪笥をかき回しながら言っていた。

 カンタレッラは自分で時間を決めたにも関わらず十二分遅れてやってきた。誘った本人である彼は意外そうな顔で私を見つめる。

「へえ。つゆり、来たんだ」

「まあね。遅いよ、カンタレッラ」

 カンタレッラの服装は雛月とのデートの日に着ていたものとほとんど変わらない。彼は行き先を告げず真っ先に到着したバスへ乗り込んだ。車中ではあまり口を利かずに窓からの景色を眺めていたが、そのうち私を促して途中下車した。着いたところは黄昏町と薄暮町の境目に近いところだった。降りてから停留所の表示を確かめ、案内板を気のなさそうに覗き込んだ。こんな田舎なのにご丁寧に英訳まで書いてある案内板だ。やがてカンタレッラは無言のまま歩き出した。

 もしかして元々行き先なんて決まってなかったのだろうか。それなら一体何のために私を誘ったのだろう。今さらながらそう疑問に思った。

 カンタレッラは大通りの向かいにある、植物園へ入っていった。受付の料金箱を素通りした彼に呆れながらも、私は中学生二人分の硬貨を投入した。

 存在は前から知っていたが、この比較的小規模な植物園に訪れたのは今回が初めてだった。植物園と言うよりも回遊式庭園に近い気がする。高い天井は透明なガラスのようで、空の色がそのまま見えていた。巨大な瓢箪みたいな形をした中心池を囲んで、様々な樹木や花が植わっている。目に優しい緑が視界を覆い、ここが街中であるということが幻想なのではないかと錯覚させられるようだ。あまり人気がないのか、それとも今の時刻に客が集まりにくいのか、私達以外の客はほんの五、六人程度だった。

 歩きぶりから見ても、カンタレッラがこの植物園に何の興味もないことは明らかだった。池の水面に映る景色を眺めることもなく、小さな矢印で示された順路を無視して歩いていく。ふと気づけば前方に、ソメイヨシノの若木がまだ固い蕾すら見せず佇んでいた。枯れ木だと説明されれば疑うこともなく信じてしまうだろう。華やかさは全くないが、あたり構わず靡いて、花弁を散らしてみせるような驕りもない。そんなあっさりとした様子に春の桜と違った魅力を感じた。しかしカンタレッラはそれすら目もくれず、ひたすら植物園の奥へ進むばかりだった。やがてすれ違う人もいないくらい奥まったところへ来た。

 

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