水族館
金曜日、美香は朝の新幹線に乗って東京へ向かった。
純との約束の時のような憂鬱な気持ちは一切なく、単純に水族館へ行けることが楽しみだった。
自分と同じ学生である祐介への警戒心もなかった。
祐介は早朝から淳史から借りた新車のBMWを丁寧に洗車した。ワックスをかける頃には顔から汗がしたたり落ちるほどに気持ちを込めて車をピカピカに仕上げたのだった。
シャワーを浴びて身支度をする。
頭の中でホテル、水族館、予約を入れた鮨・懐石料理屋までの大まかな道順をおさらいする。なんだか深い息がしずらい、祐介は緊張していたのだ。
慎重に車を走らせ美香の泊まるホテルまで迎えに行く。くるくると駐車場の急な坂を上りホテルの隣の駐車場ビル階に車を止めエレベーターで待ち合わせ場所のロビーへと向かった。
ロビーを見渡すと上品な紺色のリゾートワンピースを着こなした美香が視界に入る。
祐介は一瞬、遠くでそっと美香を見ているだけでいいような気すらしたが彼女の方へ歩き出した。
「おはよう」美香が笑顔で微笑む。
二人はロビーを出て駐車場へ向かい出発した。
「お腹すいてる?昼、先に食べる?一応、寿司も食べれる懐石料理の店に予約入れてあるけど…」
「ホンマに?ええなー和食。食べたい」
嬉しそうな声で答える美香にホッとしながら祐介は予約を入れた店へと車を走らせた。
それぞれ2000円のランチコースを頼み昼食を楽しむ。
この昼食の間に二人はぐっと打ち解けた。美香には優という一つ下の弟がいること、どうやってプルメリアに入店したのか、好きな色、行ってみたい国…祐介は彼女を知るにつれて今にも増して強く惹かれていった。
初めて見る昼間の美香に加え、水族館内の神秘的な青い空間で魚を見つめる横顔、それは祐介の脳に自然と焼きつくと言うよりはしみ込んでいく。
何年ぶりかに訪れた水族館を美香は満喫した。優雅に泳ぐ魚たちに見とれる。どうしてこんなにも神秘的な創造物がこの世には存在するのだろう…。そんな果てしない考えすら浮かび、なんだかそれが心地よい。
魚を長いこと見つめる美香のために二人は水族館に長居してしまい、気が付けば美容院に行く時間が迫っていた。
「今日はホンマにありがとう。久しぶりにホンマに楽しかった」美容院へ送っていく車の中で美香は思いを込めてお礼を言う。
「またどこかに連れて行くよ。美香ちゃんの行ったことのない所。また水族館でもいいよ」
「ありがとう、嬉しいな…。」
「でもあんまり何回も水族館ばっかり連れて行ったら美香ちゃん 水槽の中に住んじゃわないか心配になってきた(笑)人魚姫みたいに」
「住んでしまおうかな?(笑)ご飯も与えてもらえるし、掃除もしてもらえるから 幸せかも分からんで?」
祐介は美香がまるでマーメイドに見えた日のことを思い出していた。
前期のテストが終わったらまたどこかへ行こう。二人はそんな約束をして別れた。
まだ明るいうちに美容院へと行き、お客と待ち合わせをして食事に出かけ店へ出勤する。そんな美香を想像すると少しだけ寂しい気分になる。今さっきまでこのシートに座っていたはずなのに…。空席になった助手席が今日起きた出来事さえ消え去ってしまいそうなほどに祐介を切なくさせた。




