第二話
ブラジェナはそれぞれの匂いや色を確認する。色、問題なし。匂い、異臭はしない。大丈夫そうね!彼女は一つ頷き、笑みを浮かべた。
その後、ブラジェナは鍋と各道具を洗い、新しく回復薬と、火傷薬を調合した。
回復薬はすり潰した治癒草と細かく切った青キノコ。毒消し薬よりも粘性が高く、鍋の火力を強くしながら毒消し薬より多く、長時間かき混ぜなければならない。
治癒草は匂いは爽やかな匂いがするが、口に入れると強い苦味がするものである。青キノコは基本食用には適さないが、魔法薬等の材料に使われることが多い。
一方、火傷薬はすり潰した赤い火炎草とフレアフライの薄い羽根を入れた。
フレアフライは、基本的に森や洞窟の中にいる、全身が燃えている蜻蛉のような小型モンスターである。基本冒険者が倒すのだが、時折街中に現れることがある。その際、大量に出現すると、魔導具である街灯や街の灯りが全て消えてしまうという、厄介者であった。
火炎草は見た目がオレンジ色で、近寄るとほのかにあたたかい。素手で触るも火傷を負ってしまうので、革製の手袋等を使うことが必須である。
火傷薬は、粘性は毒消し薬と同程度で、他の薬よりも強い火力を使い毒消し薬よりも短い時間で完成した。
実験室は魔導具で温度が調整されているとはいえ、熱気が篭っている。ブラジェナはため息を吐き、額から流れる雫を布で拭った。
「皆、休憩だよ。」
「行く前に、完成した魔法薬を提出してくれ。」
「はい!」
声をかけるアルフォンスとアルマスに、ブラジェナ達は返事をした。
ブラジェナは火を止め、一旦作業を終えると、火傷薬の入ったケースに目を通した。大丈夫ね。
「副リーダー、こちらです。よろしくお願いします。」
ラベルを付けた火傷薬のケースを提出すると、アルマスは、一つ一つに目を通す。そして彼は後ろに振り返り、柄が金色で先端に紫色の玉が付いた魔導具の杖──鑑定杖を出した。彼が一つ一つに杖を翳すと、上に魔法薬の情報が出て来る。
──火傷薬 問題なし
ブラジェナはそっとため息を付く。品質には問題がないようである。良かったわ、何もなくて。
アルマスは一つ頷くと、紙に記入すると、目を細めて頷いた。
「確かに。」
研究所で作った薬は市場等に送られ、一部は王城やギルド、騎士団等に送られる。
ブラジェナはロジッカードにある王族レークムール家が住む荘厳なお城を頭に思い浮かべた。ロジッカード王国の国王は、ラヴレンチー・レークムールである。
昼休憩になり、ブラジェナは一旦作業を終えると、白衣を脱ぎ、視線を巡らす。そして、ある人物に声をかけた。
「エーリカ、一緒に食堂へ行かない?」
同僚のエーリカは青色のポニーテールの髪を揺らして振り返る。青色の瞳が弓形になり、ブラジェナに明るい笑顔を向けた。
「良いわよ!」
二人は並んで食堂を目指した。
研究所の食堂は広く、四方八方から声が聞こえ、賑わっている。
何にしようかしら……。ブラジェナは視線を彷徨わせる。横からエーリカもメニューを覗き込む。お魚が良いわね。ブラジェナはメニューを指差して注文する。
「焼き魚セットとオレンジジュースですね。合計で大銅貨五枚、銅貨一枚です。」
「銅貨六枚でお願いします。」
「はい。……お釣りは銅貨九枚ですね。109番です。暫くお待ち下さい。」
笑顔の女性からブラジェナの手元に小さな札が渡される。そこには109番、と書かれていた。ブラジェナは微笑み返す。
「ありがとうございます。」
りんご一個で大銅貨一枚の価値がある。銅貨十枚で大銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚。金貨は銀貨百枚の価値がある。
ブラジェナが頼んだのは焼き魚のセットとオレンジジュースで、エーリカが頼んだのはローストチキンのセットと林檎ジュースである。
テーブルに向かい合って腰掛ける。暫くして、ブラジェナ、エーリカの順に呼ばれた。札を返し、お礼を言って料理を受け取る。ブラジェナはエーリカの料理が来るまで待つことにした。良いのに、と眉を下げ苦笑するエーリカに、彼女は微笑を浮かべ首を横に降った。そのうち呼ばれるだろうし、別に良いわ。
焼き魚をフォークで口に入れると、柔らかい味と塩味が口に広がった。オレンジジュースは甘さと酸味が丁度良い塩梅である。向かいではエーリカが彼女と同じように口元を緩めていた。
二人は舌鼓を打ちながら、会話をした。
「この間、王都にゴブリンが出たらしいわよね。困るわ。」
エーリカは、口を尖らせる。ブラジェナは、レタスを嚥下すると、首を縦に振った。
「そうよ。実は私もその場にいたの。」
エーリカは、一度青い瞳を大きくさせたが、納得したかのように何度も頷いた。
「そうよね。バレンタインの時、ブラジェナとジーノが監督役だったものね。」
出た名前にブラジェナの鼓動が跳ねる。彼女はええ、と淡く笑みを浮かべた。そんな彼女の様子を見て、エーリカの瞳が光った。彼女は静かにフォークを置くと、含み笑いを浮かべる。静かな声で問いかけた。
「何か、おかしいわね。ブラジェナ、最近どうかしたの?」
ブラジェナは小さく息を呑み、口元が引き攣った。目を逸らしつつ答える。
「何でもないわよ?」
エーリカは、軽く机を叩いた。食器が僅かに震えた。鋭い瞳がブラジェナを射抜く。その勢いに、ブラジェナは思わず身を引いた。
「嘘よ!バレンタインの話題を出した途端、顔が引き攣ったもの!バレンタインのこと?それともジーノのこと?何にせよ、絶対に何かあったのね!」
ブラジェナは表情を引き締める。エーリカにもそう見えるのね。彼女はアルフォンスの銀色の瞳を思い出した。
「何でもないわ。」
フォークで真顔で魚を掬い、口に入れ、咀嚼した。食事に意識を向けようとするブラジェナに対し、エーリカは炎を燃やしていた。
「今度ジュディット達を交えて話すわよ!それが良いわ!」
再度手を動かしていたブラジェナの口から小さくえ、と声が漏れた。腕の動きが止まる。彼女は冷や汗を流しながら、エーリカを見つめた。
「嘘よね?」
「嘘じゃないわ!本当よ!いつにする?来週?再来週?ジュディット達にも連絡しなきゃ!」
嬉々とした声を出し、はしゃぐエーリカ。ブラジェナは興奮する彼女を片手をあげて静止した。
「止めて。本当に何もないのよ。」
「それは話を聞いてからよ!バレンタインの日に何があったのか、教えなさい!」
ブラジェナはええ、と呻き声をあげ、身を縮こまらせた。
ブラジェナは紅茶を啜る。エーリカとジュディットの前に立つ自分を想像し、彼女は小さくため息を吐いた。面倒なことになったわね……。
ブラジェナはエーリカに押し切られ、ジュディットや他の女友達の予定が合えば、二週間後に会うことになった。
「私からジュディット達には手紙を送っておくから!」
青の瞳を輝かせ、笑顔を見せるエーリカに、ブラジェナは深々とため息を吐いた。目を細め、仕事について思考を巡らす。この間リーダー達に提出した新薬、あれ、承認されるかしら……。
次の日から、ブラジェナは新しく思い付いた毒消し薬作りに取り掛かった。
ブラジェナは口元を実験用の手拭いで鼻と口元を覆う。サラマンダーの革製の手袋を嵌めた右手でアーミービーの白い毒針を瓶からピンセットで適量を取り出す。石で出来た皿に入れ、石棒ですり潰した。コリコリ……、と軽い音が鳴る。淡い黄色い汁が滲み出て来る。刺激臭がし、眉を潜めるが、手拭いで幾らか緩和されている。
アーミービーの毒針は素手で触ると鋭い痛みが走る。特に先端に触れると毒が体に回る。粉末や汁に触れても毒が回るので、注意が必要である。
一定量をすり下ろすと、彼女は皿から毒針を取り出し、横にある火にかけられた中鍋に針ごと投入した。水面が黄色に変化する。表面から煙が上がった。




