十二話
花を浮かしながら歩くジーノの姿を見ながら大笑いするブラジェナ。ジーノはそんな彼女に視線を向けた。
「そんなに面白いですか?」
顔は笑顔だが、細められた目の奥が笑っていない。彼女は冷や水を浴びせられた気分になり、頭を下げた。
「ごめんなさい……。」
ジーノは一度花を預けに行った。そしてこれ以上は受け取らず、職場に送ってもらうようにすると言うことである。
暫くして。
「え、貴方恋人いるじゃない。なのにジーノ様に花を渡したの?」
ジーノを囲む輪の中から聞こえた声に、ブラジェナは視線を向けた。一人の女性をその友人であろう女性が見ていた。ブラジェナは視線を彷徨わせた後、静かに輪の中の一番外側に混ざった。どうせ誰も気にしないでしょう。
聞かれた女性は頰を染めて頷いた。どう言うことかしら。ブラジェナは目を細めた。彼女はその割には、花を持っていない。
「恋人はいるけど、私、ジーノ様のファンだから……。騎士団にはもう贈ったの。」
女性は夢見るような顔で上に視線を向ける。そして、友人に向かって微笑んだ。
直後、輪の中心が騒がしくなる。失礼、と言うジーノの声が聞こえ、ブラジェナはそちらに視線を向ける。すると、ジーノは女性の元へ向かったのである。
女性達は街の話し声が聞こえるくらいに静かになった。友人の女性はキャ、と声を上げ、少し離れたところから二人の様子を窺っている。様々な感情の籠った視線が二人に向けられた。
ブラジェナは目を瞬かせ、首を傾げた。あら、珍しいわね。ジーノは女性に目を合わせ、微笑を浮かべた。彼女の頰が赤くなる。
「少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「は、はい!」
女性は背中に板を入れられたように背筋をピンと伸ばす。首は勢い良く縦に振られる。ジーノは彼女に優しく声をかけた。
「失礼、話が聞こえてしまったもので……。恋人がいらっしゃるんですね。その方にはもう花束を贈ったんですか?」
女性は目を瞬かせると、眉を下げた。
「いえ、まだ……。」
そして、彼女は両手を握り、弁解するかのように早口で言った。
「あ、あの、後で贈るつもりですよ?」
それにジーノは眉を下げた。女性に優しく語りかける。
「私よりも、恋人の方に早く直接渡してあげて下さい。」
ジーノは女性の手をそっと握ろうとしたが、恋人の方に申し訳ないですね、と眉を下げて手を下ろす。勢い良く髪を揺らしながら首を横に振る女性。頬は赤く染まっている。そんな彼女を他所に、彼は目元を和らげた。
「きっと待っていますよ。……きちんと恋人の方に贈られると聞いて、同じ男として安心しました。こんなに優しいお方に送っていただけるなんて、その方は幸せ者でしょうね。」
ジーノの綺麗な微笑。優しい声。目の前の女性だけでなく、彼女の恋人にも気を遣っているのもまた良い。
ブラジェナはドスっと言う矢が刺さる音が聞こえた気がした。言われた女性は林檎のように顔を赤くしている。女性は名前を名乗ると、恋人に贈ります、騎士団にも花を送りましたから!と再び言った。
ええ、分かりました、とジーノは微笑を浮かべながら頷いた。
会話が終わった瞬間。キャー!と言う黄色い声が聞こえた。ブラジェナは軽く耳を塞ぐ。暫くして離すと、ジーノを囲う輪が大きくなっていることに気付いた。
「ジーノ様!私にも言って!」
「ジーノ様!私はもう恋人に贈りました!」
女性達が押し合い騒ぎになる。我先へとジーノの元へ向かおうとしている。そこでブラジェナは一部が抜けようとしていることに気付いた。
「ジーノ様!恋人に投げて来ます!」
「私も!」
彼女達は声を張り上げてジーノに話しかける。多分まだ恋人に贈っていない女性達ね、とブラジェナは考える。ジーノに話しかけられた女性はもういない。恋人の元に向かったのであろう。ジーノは去る女性達に微笑みながら手を振った。そして女性達に押され、苦笑する。
ブラジェナは輪を抜ける。先に騎士団に送って欲しい、と言ってなければ、どうなっていたことだろうかと考える。より大事になっていたことが絵に描いたように想像出来た。そして彼女は先ほどのジーノの発言を思い出し、ため息をついた。
あれはジーノが悪いわ。
ブラジェナはジーノが女性に囲まれた時、ずっと待っているわけではない。放っておいて見回りに行くこともある。流石にずっとは待っていられないわ。
暫くして、ジーノは女性達から解放された。周りの音がブラジェナの耳にも入るようになった。疲れたわ。彼女はため息をつく。そんな彼女達の元に、40代くらいの一人の女性が近付いて来た。流石にこの人がジーノに花を渡すってことはないわね。ジーノは彼女に笑顔を向けた。
「どうされましたか?」
女性は胸の前で手を組んだ。彼女は目を細め、穏やかな笑みを浮かべている。
「私も聞いていたわ。ジーノさんって、本当に素敵ね。……私の一番上の娘の婿に来ない?」
娘の周りにはそんな人いないもの!って手を合わせて言った。婿じゃなくても恋人に、と押される。
あらー……。このパターンもあるのね。さっきの話には私も心を動かされたし。少し気持ちは、分からなくもないけれど。ブラジェナは隣のジーノをチラリと見た。
彼は変わらず女性に笑顔を向けている。彼は優しい目付きで彼女を見ていた。
「ご婦人、貴方は娘さん思いなんですね。」
柔らかな声に、女性は頬を赤く染めた。
「そう見えるかしら?」
ジーノはええ、と微笑む。
「ご婦人の娘さんは素敵な方なんでしょうね。」
女性は満面の笑みを浮かべる。目を輝かせて頷いた。彼女が言葉を発する前に、ジーノは続ける。娘さんと面識があるかは分かりませんが、と眉を下げて呟く。
「そんな娘さんは私には勿体無い方だと思います。申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。きっと良いお方が見つかりますよ。」
ジーノは微笑を浮かべる。女性は彼の言葉に眉を下げた。
「仕方がないわね。でも、ジーノさんを素敵だと思ったのも本当よ。」
微笑む女性。それにジーノは笑顔で頷いた。
「ありがとうございます。」
話が終わり、女性はありがとう、と言った。そして微笑を浮かべながら頭を下げて去って行った。笑顔で見送るジーノ。
ブラジェナはジトッとした目でジーノを見る。目が合い、彼は青紫色の瞳を瞬かせ、不思議そうに首を傾げるた。
「どうかされましたか?」
「ジーノ、貴方、年齢問わず女性にモテるのね。」
半分笑いながら言うブラジェナに、彼は目を丸めた後、静かに微笑んだ。
ブラジェナ達は最初に説明されたように途中で休憩を取った。その際には、屋台があるので、買って飲食を行った。
ちなみに二人は見回りの途中、ブラジェナも面識のある獣人の騎士団員の男性を見かけた。美形なのもあってか、ジーノと同じように女性に囲まれていたわ。ジーノは苦笑しながらも、目に面白がるような光が宿っていたわ。