第十三話
休憩が終わった後、見回りの途中。
キャー!と女性の悲鳴が辺りに響いた。すぐ側から聞こえた声に、ブラジェナとジーノは顔を見合わせ、すぐに向かった。ブラジェナは走りながら鞄の中を探った。
すぐ近くの道の端で、女性が蹲っていた。そのすぐ側を、女性物の鞄を持った黒い服を着た男が走って行く。人々は男と女性に目を向けていて、女性の背中を摩っている人もいる。女性は手を伸ばした。
「泥棒!返して!」
男は振り返ることなく、走っていく。複数の方向から魔法が投げかけられるが、男は素早い動きで避ける。ジーノはブラジェナに視線を向けた後、すぐ後を追う。ブラジェナは女性に目を向けると、鞄から出した魔法薬のうちの一つを取り出す。ドロドロとした何も言えない味の液体が喉を通る。彼女はやや顔を歪ませた。……不味い。
ブラジェナは空の瓶を鞄に仕舞う。そのまま風を切るような速さで男を追跡する。彼女は足を動かしながら杖を出した。
男と後を追うジーノに追いつくまでに時間はかからなかった。状況を分かっていないらしい人々は迷惑そうに顔を歪ませながら男を避ける。ブラジェナはジーノに並んだ。彼女は頭上から視線を感じたが、無視する。
犯人を追っている際、ジーノが街中では剣の魔法を使わない。と言うよりも、建物や住民がいるので危なく、無闇に使えないのである。
そしてブラジェナは二つの魔法薬の瓶の蓋を取り、それ!と勢い良く男に投げ付けた。投げてすぐ、ブラジェナは杖で魔法をかけ、後押しした。矢のように的を追う瓶。
目標に当たった瞬間、辺りは灰色の煙に包まれた。成功したわ!煙が晴れた後。
「何だこれ……動けねえ……。」
男の体からは黄色い稲妻がバリバリと音を立てて出ている。近くには盗まれた女性の鞄。彼はもがこうとするが、酷く鈍い動きである。
男が動けない隙に、ジーノが杖を出し、魔法で空中からロープを出して素早く拘束した。ブラジェナは近くに寄り、女性の鞄を回収する。彼女は男からの鋭い視線を感じた。
ジーノはブラジェナを軽く押して背後に寄せる。ブラジェナはキャ、と小さく声を上げた。
背後に寄せられた時、ブラジェナはふっと体の力が抜ける。彼女は自分が気付かぬ内に力が入っていたことに気付いた。彼女が彼に目を向けると、ジーノの全身が光を放っているように見えた。しかし、それは瞬きの間に消える。ブラジェナ が疑問に思う間もなく、ジーノは左の剣を手を添える。
ブラジェナが彼に目を向けると、ジーノの全身が光を放っているように見えた。 一瞬、とはしない。瞬きの間に、としてるし。
彼は左の剣を手を添える。ガチャ、と金属の音が鳴る。後ろの彼女からはジーノの表情は見えない。ただ、彼女の目には彼の剣が白く輝き、微かに魔力が漏れているのが見えた。ジーノ……、何か、怒ってる?
「諦めて下さい。」
ジーノは静かな声で言った。男は身体が動かないせいか、口だけを動かして低い声で吐き捨てるように悪態を付いた。
「クソ。」
ジーノ……、怒ってたわね。まあ、仕方がないわね。私だって、ジュディット達友達が犯人に睨まれてたら……。ブラジェナは自分の眉が吊り上がるのが分かった。彼女は拳を握った。怒るわ。
ブラジェナはジーノの後ろから顔を出す。ブラジェナは男に近寄り、目を細めた。
「犯人の杖を取り上げないとね。」
どこにあるのかしら……。自分の鞄は持ってなさそうだし、コートの内側かしら。ブラジェナは眉間に皺を寄せた。手で探すのも嫌だわ。
そんなブラジェナの様子に気付いてか否か、ジーノが手を伸ばした。あ。彼は男の服を探ると、杖を取り出した。彼は口を開けて自分を見る彼女に笑みを向けた。
「ブラジェナ様、私が預かっておきます。後で騎士団に預けます。」
ジーノがやってくれて良かった。ありがとう、と言う意味でブラジェナは彼に笑顔を向けた。
「ええ。よろしくね。」
二人は被害者の女性に鞄を返した。その際ブラジェナは女性に励ましの言葉をかけた。
その後人避けをし、警備員が駆け付けるのを待つ。暫くしてやって来た男性達は、お疲れ様です、と頭を下げる。彼達は、犯人の状態に驚いていた。
ブラジェナが魔法薬を使ったことを知ると、納得したように頷く。ある程度事情を聞いた後、魔法で拘束をより強固にすると、犯人はどうしますか?とジーノに伺う。ジーノは犯人を立たせると、彼等に笑みを向けた。
「私達が騎士団に連れて行きます。そのままブラジェナ様と事情聴取を受けることになるかと。」
事情聴取と言う言葉にブラジェナは身体を硬くする。騎士団には仕事の関係で行くことはあるが、事情聴取となるとまた違うのである。
すると、ブラジェナ様、と上から名前を呼ばれた。顔を上げると、彼女を見る柔らかい瞳。それを見ていると、彼女は身体の力が抜けるのが分かった。ありがとう、とブラジェナは軽く頭を下げた。
念の為に警備員の一人に付き添ってもらう。彼女達は犯人の顔に布をかけ、魔法で浮かしながら歩いた。街の人々は道を譲り、宙に浮く男を見て噂をしていた。
途中で男を浮かす役目を交代しながら、警備員と歩いている最中。ふと、前の方から、高い少年の声が耳に入った。
「お母さん!何だ!あれ!?ゴースト!?」
ブラジェナはそちらに視線を送った。九歳位の猫科の獣人の少年が右手で上を指差している。ピンと立った耳。尻尾も上に上がっている。激しい勢いで上下に動かしている左手には魔法なのか、赤い光を放つ剣の玩具。もしかしたら騎士に憧れてるのかもしれないわね。
左隣には眉を下げながら微笑む母親と見られる猫科の獣人女性。少年の頰は上気しており、顔は光り輝いている。大きな目は、空に浮いている顔に布をかけられた男を穴が開く程見つめていた。
「それか、ウール・シプー!?でかいし、足ついてるけど!新種かな!?」
ウール・シプー……ね。ブラジェナは小さく吹き出してしまった。縄でグルグル巻きにされ、顔を布で覆われている盗人は、少年にはモンスターに見えているらしい。彼女は、頭に丸いモンスターを思い浮かべた。
ウール・シプーとは、全身に布のような覆いが付いた、丸いモンスターである。布越しに目が見える。手足はない。本来は丸いのだが、少年は、楕円形だと思っているのかもしれない。手は縄で見えていないし、目は遠いから見えていないように見える。足が付いていても、大きい新種のように見えているのであろう。
少年は、左手の剣を構えると、射るような眼差しと共に、浮いている男に向けた。
「俺、捕まえる!」
「違うわ、レジー。止めておきなさい。モンスターが街中にいたら、困っちゃうでしょう?」
母親は、レジーと言う名前らしい少年の左肩に手を置きながら、優しく諭すように声をかけた。
レジーは、目を瞬かせた。右手はそのままに、振り返って母親の顔を窺う。
「ウール・シプーじゃないなら、あれは何?」
母親は、視線を揺らすと、小さくため息を付く。彼女は、前屈みになり、レジーに言う。
「あれは、泥棒よ。さっき聞いたでしょう?……早く家に帰りましょう。」
レジーは、泥棒……、と呟く。そして、彼は母親の一歩前に出た。尻尾は激しく上下に揺れている。眉を吊り上げると、泥棒を睨み付ける。
「泥棒なら、騎士と一緒に、俺がやっつける!そしたら、お母さんも安心だろ?」




