エルフの樹
空は暗いが辺りは明るい。そんな緑多き場所にテレポートした瞬間、連れて来てくれたエルフの娘の姿がパン! と白黄色の小さな光の粒となって四方八方に弾け飛び、消えた。
「何だ、今の……」
「本物はこの樹のどこかに居るってことよ」
平然とクレアは目の前にある綺麗な色をした透明度の高い水色の泉の真ん中に堂々と生える一本の巨大樹を見て言う。どこまでもどこまでも上も下も伸び続けているようで、クレアが以前話してくれた通りの場所だった。
大人二人並んでも余裕で歩けそうな太い枝々には数十個くらいの家らしい物がある。
それも自然界の贈り物というような感じで樹に馴染み、ふくろうの巣を思わせるような適当な穴を使いつつ、そこに木のドアを付けてみました! 窓の方もそんな感じです! というようなのが良いのかもしれない。
それにしても。
「すげーな……この樹、でっけー……」
「当たり前でしょ。これがエルフの樹よ。自然に出来たように見えるけど、これは作られたものなの。あのエルフ達の魔法でね」
まるでそこにエルフが居るような感じで言う。
「お前……」
「何よ? 何か質問があるの?」
「いや、ないけど」
ぐいぐい引っ張ってくれそうな強気の態度に頼りになりそう、こいつ……とかあるのだが、その温泉の女神様のちゃんとした格好を一瞬でも見てしまうと、ああ、なんて……素晴らしい景観にそぐわない旅館で着る浴衣姿なのだろう……と思ってしまう。
ないわ……これ。
「ちょっとヨシキチ! ボーっとしてないで行くわよ!!」
「はいはい……。で、どうやって、あそこまで行く?」
「ふふん、心配はいらないわよ」
「もう、この樹に居るんだから! って?」
「そんなこと言わないわよ!! 良い? 泳ぐのよ!!」
「は?」
「見てよ!! この新しい水着を!!」
バン!! と浴衣を脱ぎ、露になったのはフェミニンビキニタイプの物だった。それでも形が分かるのだし、これはこれで……しかも自分の色! と思っているのか、温泉の色を思い出させるその緑色はどこまでも温泉を愛しているんだな……と思わせる。脱いだ浴衣はどこかに消えた。よく見ればクレアの荷物がない。何で?!
「泳ぐたって……、お前はそれで行けるかもしれないけれど、俺はない。服着たまま行けって? この深さなら行けるか?」
「バカね。見た感じと入った感じは全然違うわよ。それに人間に適さないかもしれないじゃない、この水。だからここは一つ、私に名案があるの」
何か嫌な予感……。
「あそこの樹まであんたをその荷物ごとぶん投げてあげるから。それで行って」
「嫌だ!!」
「大丈夫よ、もう私の荷物はあそこまでぶん投げてキャッチしてもらったから、お酒が大丈夫なら、あんただって大丈夫!!」
「どんな理論? 正論とか思ってるかもしんないけど。誰に、誰にキャッチしてもらったんだよ?」
「あそこに居る二人」
クレアの目線を追って……手を振るティノとリアムが居た。何か二人とも優しくにこやかに微笑んでる。
「嫌だぁー!!! 神様!! こんな時ばかりチートを使わないで!!!」
「うっさいわね!! ヨシキチ!! こんな時だから使うんでしょ?!! それとも何? あんたエルフさん達にヤラれて死にたいって言うの?」
「そんな事は言ってない」
「じゃあ、大人しくそうしなさい!!!」
温泉の女神様は俺に逃げる猶予を与えず、荷物を持ったままの俺の作業服の襟を掴み取り、背負い投げの要領でぶん投げ飛ばしてくれた。
い、や、だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それくらいの飛行距離時間だった。
何にも乗っていなかったけど。
ああ、誰かにもやられたこの感覚……長かった。
そうしている間にクレアは有言実行とばかりに、うわ! 冷た!! とか言いながら水風呂感覚でその泉を泳ぎ歩いた。
ああ、俺もそっち方が良い……と思いながら、着地はどうすれば良いのかと考えた。このまま行くとかなりのスピード、本当ぶつかって死んじゃう!!
ブニョン!!!
そう思った瞬間に何だか柔らかい感触が伝わって来た。
あ。
「まあ、そんなに簡単には死なないよ、キミ」
ああ、そういえばリアムが居たんだっけか……と妙に安心しながら何やらクッション代わりに出して来た透明のぶにょぶにょゼリーみたいなやつから俺は逃れた。
何これ? 気持ち悪……。
ぶにょんぶにょんが止まらない。きのこだろうか。
「これ……」
「キノコスライムだよ。弾力があってね、今夜のおかずにできるかもしれないなって思ってたんだけど、食べる?」
「食べれんの? これ!!!」
「毒抜きをちゃんとやれば、ですよ」
ティノの言葉に俺はすぐにうげー……となった。
毒とか……、病院もないこの辺で食すわけにはいかない。命の危険は是が非でも避けたかった。
まだまだやることはあるのだから。
「そうか、俺は他のもんを食うよ」
そう言ってから周りを見る。
けっこう高い。でもまだまだ上はあるようだ。
そんな頭上を見上げているとふいに何かが降って来たように思えた。
何だ? 何か急に明るくなったような……。
そんな思いをティノの叫び声が消した。
「危ない!!」
その危機的状況の声に俺は現実を見る。
フン!!! と言ったのだろうか、顔に収まるくらいの葉っぱの仮面をつけたその娘は何やら長い槍のような物を片手に持っている。っていうか!! この娘、一度は俺をここに連れて来てくれたエルフの娘じゃないの?!!! あの時に着ていた服と同じなんですけどーーーー!!! そんな思いで見つめていた。
「危ないって言ってるでしょう!!!!」
ドン!! とその槍から助ける為に間一髪間に合ったクレアが俺を突き飛ばす。
「いってー」
キノコスライムがなかった代わりにこのエルフの樹に生えているふかふかの苔が俺を少し守ってくれた。でも、これは樹なんだと分からせてくれる硬さがあり、そんな声を漏らしてしまった。まだ無傷。良かった……。
「で、あなたは誰なの?」
何かクレアの声がしたからそっちの方を見ると形勢逆転していて、槍はティノが持ち、顔にやっていた仮面を取られたのかその顔が露わになっていた。
美しい、十代後半の顔、エルフの特徴であるとんがった耳にキラキラとしている金色の髪は肩よりも長い。
やっぱり、あの娘だ。
しばらくムスッと何も言わずリアムに捕まえられ、身動きできずにその場に座り続けていたエルフの娘はついにやっと観念したのかぽつりと一言。
「ロディ」
「本当に?」
「……ロディア」
はあ、と溜め息をした温泉の女神を皆が見た。
「この私に嘘を吐くとか」
「ウソじゃない!! これはワタシの愛称!!」
「そう、じゃあロディアちゃん。この人間のヨシキチにごめんなさいをしなさい」
「イヤ!」
な、何ですとーーー!!!
「わなわなしないで、ヨシキチ。それだけでここは敵がうじゃうじゃいる所に変わってしまう。早く人間好きのエルフに出会えれば良いんだけど」
そう言ってちらっとロディアを見たクレアを俺は黙って見守っていた。やっぱり、この娘なんだろうか、その人間好きのエルフは。




