アドバイス程度に
数日が経っても、俺は何をレギナに教えたら良いか分からないでいた。
あの変な笑い方をする男が言っていた言葉を思い出しては、教える価値を見出せず、ロサお嬢様の時のような元気もない。
クレアが代表で派遣会社に経緯を話し、それでは……と派遣会社から再度届いた契約書の日付はあの二人の男からレギナを任された日になっており、終わりの日は同じ。よくよく見れば、時給が万単位で上がっている。
これは……と思った。
どれだけの日本人が、外国人がこの盲目のメデューサ幼女を見に来るのだろう。
連れて行く意味があるのか……。その裏で動くのは多額の金か……。
「江東さん、どうしたんですか? 今日はあたし、レギナさんに日本の歩き方を教えたんです」
エッヘン! とティノは言う。
「お前は良いな、楽しそうで」
「江東さんは全然楽しそうじゃないですね」
「はあ、お前のようにお気楽に生きたいわ……」
何故、こんなに気が滅入っているのかと不思議そうな顔をするティノに俺は言う。
「お前は気にしないのか? レギナが東京に行き、見世物になるっていう話を聞かされても。それでもお前は教えてる。ちょっと話を盛ったりもしてるだろう?」
「ギク!!」
自分の口からそれ言っちゃうか……。
「あいつらが言う日本、それは東京のことだ。東京以外で異世界人やモンスターは住んではいけないことになっているし、国からの許可がなければ東京以外の日本各地にも行けない。まして外国とか絶対行けない。まるで宇宙人の襲来のような扱いだったしな、当時は。あの場所から逃がすな! 危害をそこで食い止めろ! こっちに来させるな! とかさ……。それはそれでいろいろな問題が起こったわけだが……」
ボーっと目の前の変わらない宿の食堂の風景を肘をついて見ていて、はっ! と気付いてしまった。これを聞いているこいつはその異世界人だった。
「ごめん」
「いえ、謝らないでください。全て本当の事ですから。でも、あたしはそんな中でもちゃんとそこで生きていますし、優しい日本人も知っています。仕事のせいでそうしなければいけない人が居るのも知ってますし、だから、恩返しです。これは」
そう言ってティノはレギナを優しく見る。
狩るのか? と思っていた当初が間違いだったと分かるほど、ティノはレギナに尽くしている。
この幼女の泊まっている部屋に最初に行った時、この宿で一番良い部屋! となるより先に、レギナの世話をしてくれていたのが、あの二人の男だけだったことに愕然とし、この目の見えない幼女を一人にして過ごさせることは出来ないと、ティノは俺に言って来た。
仕事が終わるまで、あたしが面倒を見ても良いでしょうか? と。
それは大変ありがたい話で、願ったりも叶ったりで。
それからずっとティノはレギナの傍に居る。それが安心となって、レギナも少しは話すようになっていた。
「エト、いせかい来た時、どう思た?」
片言の日本語、それだけでも何故だろう。努力していると思う。
「日本語が上手いな、レギナは」
それだけでほころんでしまう。
「ニヤニヤしちゃって……、それも『レギナ』とか呼び捨て」
どうかしてます! という顔でティノが見る。
「俺は良いんだよ。レギナに直接言われたんだ。『レギナ』で良い、レギナって呼んでって、な?」
こくん。とレギナは頷いた。
「そうですか……それでは仕方ないですね、で、江東さんはどう思ったんですか? あたし達が来た時」
「え? って思ったよ、台風がたくさん来る時期だったし、ありえない光景で受け入れるのに時間が掛かった。まあ、俺が住んでた所は最も被害があった所から離れてたからな、ちょっとは冷静にいられたけど、それでもまあ、思う所はたくさんあったよ……今ではあの東京も日本人と異世界人達がどっこいどっこいで居るしな……俺の親は東京出身者じゃないから逃げよう! とか話し合ってたみたいだけど、結局、東京にずっと居るし。海外には行けなくても海外から来る人とか地方から来る人だって居るし、それだけ影響力が強い事だったと思ってる」
「過去の出来事にしてるんですね、江東さんは」
「だって、そうだろう。今は今であるんだし、いつまでも過去の事にとらわれたくはないからな。ネチネチ、ネチネチ生きたくないんだ。自分が経験して知ってる事ならいざ知らず、知らない事でやり合ってても意味がないからな。だったら、知ってる事を言うさ。レギナ、本は好きか?」
こくん。とまた頷く。
「そうか、あっちの世界には目が見えない人でも読める本があるんだ」
「え? それは魔法ですか?!!」
ティノがびっくりしている。
「違う。魔法が来る前から存在していた事だ。点字っていうんだが」
「てんじ?」
「そう、目が見えない人が自分の指でなぞってその書かれた点を読んで行くんだ。その点の配置はちゃんと決まっていて、きちんと習えばレギナだって読めるようになる。もしくは音声で聞くってのもあるけど。点字を知っとけば、本だけでなく、いろんな所で使えるからオススメなんだがな」
「その本、何て言うの?」
「点字図書だ。耳が聞こえないで目は見える人は手話やキューサイン、紙に文字を書くとか、口の形を見て分かるなんてのがあるけど、目が見えない人にだって住みやすいように横断歩道の所にはデコボコのやつがあって、止まれとか教えてくれてるんだぞ。あと盲導犬とかな」
「へぇ~、そんな意味があったんですね! あれには!!」
何故かティノが分かって嬉しい! という顔をしている。
「本当に良い国なんだね、日本ってのは」
そう言いながら、あのさすらいの旅人の男、リアムがやって来た。
今の時間、誰もいないから朝食をしているのに、これではあまり意味がない。
「あんた、何しに来たんだ? 普通の客なら食事できない時間だろ?」
「そうなんだけどね……」
ちらっと出入り口付近を見る。
何だろう? と思って見てみると、そこに見え隠れしているクレアが居た。
あのバカ!! 私、リアムの神の力について探って来る!! と言ったきり、どこかに消えた!! と思っていたら。
「あの……何かされてません? あいつに」
「いや、ただああしているだけで。女神なのでこちらとしては何も言えないっていうのがね」
とほほ……困ったという雰囲気でもないのだが、ここはどうにかしないといけないだろう。
「クレア!」
状況が見えないレギナがびくっとする。
「あ、ごめんな。大きな声を出して。あのバカ女神が迷惑な事をしてるからそれを止める為にだな」
「ちょっと待ちなさいよ!! 私、全然迷惑な事なんてしてないわよ!! ただちょっと見てるだけじゃない!!」
「それ、ずっとやってるとストーカーとかになるから止めてくれない?」
「な?!!! 私、そんなのにはならないわよ!!! もう良いわ!! 直接、聞いてやる!! あなた、神の力についてどう思う?」
そんな質問で良いのか?!! と逆に驚いたが、リアムは驚きもせず。
「すごいことだと思うよ。特に役に立ってないけど」
「カァーーー!!!!!」
かなり頭に来てしまったようで、荒ぶってしまった浴衣姿の女神をどうどうとなだめ、リアムを見る。
別に悪い事をしたと思っていないらしい。
この男は何だろう、何か今まで見て来たこの異世界の人達とは違う気がする。
どういう訳で女神に会いたくなったのだろう……俺はそれを聞きたくなったがこの状況では無理だと判断して言葉を呑むことにした。




