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【アグロSIDE】 本物なのは火力だけ2

 表層、中層、深層の基準がどこにあるのかというと、それは『近道の凶悪さ』である。


 わかりやすい比較条件として『床の滑りやすさ』が全然違うため、『ここからは第二ラウンドだ』という意味で、ここは『中層』と呼ばれている。


 純粋に出てくるモンスターのレベルにも言えるのだが、とりあえず、『急激に難易度が上昇する』のが表層と中層の判断基準だと覚えてもらって構わない。


()あっ、ぐううう~~~っ!」


 背中と後頭部を強打して悶絶するアグロ。


「あ、アグロ様!」


 ゼントは『何でそんな何もないところで転んでるんですか!』というツッコミは心に抑え込んで(彼はまだ死にたくはない)、アグロに近づく。

 それも、かなり素早く。


 ……彼も転んだ。


 なお、彼の場合は重心が前によっていて、しっかり踏み込むことができなかったので、前のめりになって転倒。


 なんと、首を少し上げていたアグロの顔面に頭突きをぶちかまして、そのままの勢いでアグロは後頭部を強打し、しかも十六歳の少年にふさわしい体格の男が突撃してきたことで激痛が!


「がああああっ!づっ、く、クソっ!何をするんだゼント!ふざけているのか!」


 もしもふざけてやっているのならゼント君はどこの芸人事務所にでも入れそうだ。人生は過酷だろうけどね。


「す、すみませんっ!ぐぅ……」


 ゼントも完全に突撃したので悶絶しているところである。

 が、ここで地面に触れて、ゼントは気がついたように床を撫でる。


「な、なんだこの地面。なんか、すごくツルツルして……」

「はぁ~?……な、なんだこれは!」


 何を言ってるんだ?といった様子で地面に触れるアグロ。

 そこで彼も、地面の摩擦力が急激に落ちていることに気が付いた。


「これは一体……」


 立ち上がったアグロ。

 一応しっかりした靴を履いているため、しっかり踏み込めばまだ立って歩くことくらいは可能だ。


 しかし、専用の靴をオーダーメイドで作って使用するくらいでなければ、走ることは不可能だろう。


「どうなっているんだ!なぜこんなに滑りやすくなっている!」

「しっかり踏み込めば進むことはできますが……」

「チッ、ついていない。アイツがいた頃はこんなことはなかったぞ!」


 フェルノは、団長が二代目になる前から最前線メンバーだった。

 その最前線メンバーから、今の精鋭部隊の『役目』が移ったため、フェルノは雑用係を継続して行っている。そのためアグロたちは、『近道の本当の姿を知らない』のだ。


 逆に言うとフェルノは『精鋭組が近道の本当の姿を知らないことを知らない』という状態になっているが……これ以上の追及に意味はないので置いておこう。


 いずれにせよ、彼は今、『今日に限って偶然このようなものになった』と認識しており、これが『普通』であることを知らないのである。


「踏み込めば進むことはできるか……なら、問題はない!いずれ普通の地面になるはずだ。それまでの辛抱だ!さっさと進むぞ!」


 怒鳴る様に言い放つと、アグロは精鋭部隊を先導して進む。


「僕たちは最低でも、今の深層を抜けて、最下層に行かなければならない。こんなところでグズグズしていられないんだ!」


 ★


 くどいようだが、彼らの火力は本物である。

 血統により引き継いできた魔力量と、それぞれの家で引き継いできた魔法の素質。

 貴族ゆえの『求められること』を周囲から感じてきたことによる努力。


 それらは王国において尊いと称されるに値する。

 しかし、ダンジョンという場所は、それだけで突破できるほど、甘い場所ではない。


「うわっ!なんだこいつはっ……」


 戦闘を歩くアグロ。

 その彼の傍から、土で盛られた場所を貫通するように、竜としての装飾の強いモグラが突撃してきた。

 アグロは杖でモグラを止めたが、環境が悪く、足を滑らせて転倒する。


「ぐっ……くそ……離れろ!」


 アグロは杖から火属性魔法を放つ。

 本来なら集中などできるような環境ではないはずだが、小さいながらも火属性魔法を使えるその才能は確かに優秀だ。

 しかし、それが『ストレスの軽減』に繋がっているわけではないのだが。


 モグラは火属性魔法を至近距離で受けてアグロから離れる。

 そして、すぐに穴に戻っていこうとした。


「逃がしません!」


 ゼントが氷属性魔法で槍を作って放つ。

 穴に逃げようとしたモグラを貫通して、そのまま倒した。


「アグロ様。お怪我はありませんか!?」

「こ。この程度は問題ない!……チッ、これもだ、こんな奇襲など、今までになかったのに」


 愚痴を漏らしつつ起き上がるアグロ。


「ここまで僕にとって厄介なことが何度も……クソっ……ん?」


 天井を見上げるアグロ。

 その先には、赤い鱗を持つドラゴンが三体飛んでいた。


「チッ……僕を見下ろすな!」


 アグロは火属性魔法で巨大な玉を作り出すと、ドラゴンに向けて放つ。

 ドラゴンの鱗を焼き尽くして、そのまま絶命させる。


「おおっ、この火力!素晴らしい魔法です!アグロ様!」


 ゼントが称賛する。


「フンッ!このような中層のドラゴンなど、僕の敵ではない!」


 自分で自分の価値を認めようとするかのように叫ぶアグロ。

 そのままズカズカと進んでいく。


 ……上手くいかない。


 いつもいつも『ほとんど曲がらない一本道』を突き進んで、そして素早く深層に到着してドラゴンを殲滅している。

 今頃の時間なら、深層にたどり着いていていいペースだ。

 だが、まだ中層でダラダラと進んでいる。


(クソッ。平民の地属性魔法使いを追い出して、新生精鋭部隊として生まれ変わったんだ。その記念すべき日に、なぜこのようなことに……)


 悪態をつきながら進むアグロ。


 しかし、彼の苦労は、まだまだ続く。


 ★


「まだ、まだ中層を突破できないのか!もうそろそろ突破できるのに。クソッ……仕方がない。この大広場で休憩するぞ!」


 昼休憩の時間になってしまった。

 本来なら進みたいところだが、強行突破することができるほど環境は良くない。


 滑りやすくて歩きにくい上に、モンスターは下から奇襲を仕掛けてくる。

 普段は空を飛ぶドラゴンばかり警戒していたため、視線が自然と上を向くのだ。

 今は滑りやすいのでさすがに視線は下がるものの、それでは遠くを見ることはできない。


 そんな環境なら、ストレスだってたまる。


「ゼント。昼食を用意してくれ」

「はい」


 マジックバッグの中から食材と調理器具を取り出して、ゼントの部下に命令して食事を作っていく。

 部下はレシピを受け取っていたようで、それの通りにテキパキと料理を始めた。


「ふう……」


 近くの岩が置かれている場所に座るアグロ。


「何故、深層の手前で止まることに……いや、今日は偶然、困難な状況が重なる厄日なのだ。少なくとも深層に行ってドラゴンを殲滅しよう。いつもよりも高い成果を出すのは、この環境では不可能だ。いつもと変わらない成果を出せることを示さなければ……」


 一般常識が足りていない。

 近道に対する知識が全然足りていない。


 しかし、時計を見て、『深層を進むことはできない』が、『深層にたどり着くことはできる』と判断し、深層にたどり着いたら、近道を使わずに通常の道をめぐる計画を立てている。


 そして『近道以外は滑らない普通の道』であることを考えれば、たどり着いたときに通常の道を回れば普通に戦える。


 譲れない部分があるものの、彼は(さか)しい男である。


「……ん?おい、時間がかかりすぎていないか?いつもなら、もうフルコースが用意されているぞ」

「いえ、アグロ様……私も遅いとは思うのですが……確認しましたが、作成時間はレシピ通りです」

「一体何故……いや、今日は厄日なのだ。今日をどうにか乗り切ればいいんだ。クソッ」


 舌打ちするアグロ。

 この場にいるのは貴族とその関係者だけだ。


 貴族が素晴らしいのだ。隙がないのだということを知らしめたいのであれば、アグロは彼らに、怒りを抱く資格はない。


「……一応、私も確認しよう。食事と一緒に、マジックバッグを持ってきてくれ」

「はい」


 ゼントが頷いた。

 数分後、彼が食事と共に、マジックバッグを持ってくる。

 その中を覗き込むアグロ。


「……ふむ、こうなっているのか……」


 中の物をいろいろ取り出して確認している。


「ん?今回の攻略で手に入れたアイテムはすべてこの中に入れているのか」

「はい。魔石も嵩張りますので」

「そうだな……ふむ、そういえば、いつも、攻略で手に入れたアイテムはあの平民が持っていたな」

「はい」

「荷物持ちとして押し付けていたが、もしかしたら、幾つか売らずに隠し持っているかもしれんな」

「それは……あり得ますね」

「だが、このマジックバッグですべて管理していれば、その可能性もないというわけだ」

「おおっ、その通りですね」


 もしも本当にフェルノが隠し持っていたとすれば、それが不正であることに違いはない。しかし、罰する以上に、自らの知恵を示そうとするアグロ。

 知恵を自慢したいお年頃なのだろうか。


「大体わかった。このマジックバッグと担当の物に預けておいてくれ」

「はい」


 ゼントに渡すと、ゼントが部下に渡しに行った。

 ゼントは袋を預けるとすぐに戻ってくる。


「ではいただこうか。午後も万全に進めるように」


 用意された食事に手を付ける。


 レシピはかなり質が高く、伯爵家の嫡男であるアグロであっても問題がないレベルだ。

 ゼントがマジックバッグを管理していたので、おそらく中身の食材を調理できる者を部下として連れていたのだろう。


「ふう……さすがだ。上手いな」

「ありがとうございます……おや?今は一体だれがマジックバッグを……」

「ん?」


 アグロはゼントの言葉を聞いて、先ほどマジックバッグを持って行った場所を見る。

 そこには、『鞄ひとつなら普通に置けそうな岩』と、『そのそばにあるモグラが掘ったような穴』があった。


「あっ……ば、馬鹿な。まさかっ!」


 見たくなかった。

 しかし、アグロは賢しい。

 その現状だけで、全て理解してしまった。


「あ、アグロ様!落ち着いてください!」


 アグロを抑えるゼント。


 そして、彼は確かに冷静になった方がいい。


 近道と通常の道の違いは確かに大きい。

 近道の広場では、『極稀に』ボスモンスターが出てくる!


 奥の地面を割るかのように、モンスターが出てきた。


「なっ……」


 アグロが愕然とする。

 出てきたモンスターは、大きな翼をもつ水色のドラゴン。

 深層ですらなかなか見かけないような大型の個体である。


「な、なんだあのドラゴンはっ!」


 アグロが驚いて距離を取ろうとする。

 だが、大広場であっても滑りやすいことに変わりはない。

 床に足を取られて転んだ。


「ぐっ……」


 ドラゴンが口を大きく開いた。

 その数秒後、とても太いブレスを口から放ってくる。


「早っ……くそおおおっ!」


 ドラゴンのブレスに対抗するように、火属性魔法を放つアグロ。

 即座に構築された魔法はドラゴンのブレスに接触し……一瞬で、魔法が飲み込まれて消える。


「ば、馬鹿な……」

「アグロ様!」


 彼らのすぐ横をドラゴンのブレスが通過する。

 地面がえぐれて、そのまま後ろにいたメンバーが慌てて逃げ惑った。

 しかし、床に足を取られて転びそうになる。

 奇跡的に、直撃はない。


「き、聞いていないぞ。僕の魔法を押し返すドラゴンが出てくるなんて!……いやそもそも、大広場でモンスターに遭遇したことなどなかったぞ!」

「アグロ様!指示をお願いします!」


 愚痴を言うアグロに対して、ゼントは叫ぶ。

 火力が高い魔法を使えるもの達が集まっていても、火属性と水属性の魔法使いが同時に攻撃したら相反して攻撃が通りにくくなるように、指揮官が必要なのだ。


「チッ……まずは僕がアイツを抑え込む!陣形を組め!」


 そういいつつ、アグロは火属性魔法の魔法陣を構築する。

 ドラゴンはブレスを放出し、アグロもまたブレス型の魔法攻撃を行った。

 だが、衝突した瞬間、アグロの魔法が押し返される。


「ぐっ……くそっ!」


 アグロは高い火力のある魔法ではなく、瞬時に、二十を超えるほどの小さいが濃密な情報を持つ魔法陣を構築。

 ドラゴンのブレスの一点を狙って、火属性魔法を集中させた。

 ブレスをぶち抜くと、そのまま魔法がドラゴンに向かって飛んでいく。

 ドラゴンは鋭いツメのある手を振ると、魔法が全て掻き消える。


「この戦術を使うことになるとは……」


 アグロは再び、大量の魔法陣を構築する。

 そして、ドラゴンの鱗の一点を狙って、速度重視で魔法を叩き込んだ。


「GYAAAAAAAAAAA!」


 悲鳴を上げるドラゴン。


「アグロ様!陣形ができました!」

「総攻撃だ!」

「はい!」


 アグロが総攻撃の指示を出すと、距離を考えて配置された多種多様な属性魔法がドラゴンめがけて放出される。


 大人数で、素早く描かれる魔法陣から放たれた高威力の魔法。


 弾幕で焼かれ続けて、ドラゴンの悲鳴がずっと続く。







 ★


「はぁ、はぁ……やたら頑丈だな。クソ」


 ドラゴンは絶命し、もう起き上がることはない。

 ダンジョンンモンスターを倒すと、魔石を残して全て塵になる。大型の魔石がドラゴンを倒した後に残った。

 それを抱えると、ゼントが傍に来る。


「アグロ様。これからどうしますか」

「……」


 ゼントの問いに言葉を出せないアグロ。


 そもそもの話だが、平民であるフェルノを追放したのは、マジックバッグを手に入れたからだ。

 あれほどの荷物を一人で抱えており、荷物持ちとしては優秀と判断できていた。どうせ平民は力仕事しかできない馬鹿ばかり。

 だが、マジックバッグを手に入れたことで、それすらも不要になった。

 だからこそ、フェルノは追放されることになった。



 だが、そのマジックバッグは失われた。


 地中がどうなっているのかまるでわからない以上、彼にできることは、文字通り何もない。


「……撤退する」

「はっ?」

「撤退する。このまま進むのは危険だ」

「し、しかし、このままでは、成果がこの大型の魔石だけに……」

「準備していた荷物がすべて消えたのだ。これほど運がない日もあるだろう」

「わ、わかりました」

「だが、帰り道に遭遇したモンスターはすべて倒せ、それから……帰りのモンスターを倒した報酬は私が管理する。この大型の魔石を含めて集められる袋を持っている者がいたら、僕のところにもってこい」


 アグロはポケットに手を入れて、その中から銀貨を一枚出してゼントに渡す。


「収納用の袋など、銀貨ではおつりが……」

「銅貨など持ち合わせていない。釣りもいらないからさっさと行け」

「わ、わかりました」


 銀貨を受け取ったゼントが探しに行こうと振り向いた。

 だが、最後に確認としてアグロに問う。


「アグロ様。マジックバッグを紛失させた部下はどうしますか?」

「……罰はない」

「え?」

「貴族家に隙はない。それを示さなければならない。だが、ここまで不幸が重なるような日だ。この状態でボスモンスターに襲われれば、何が起こっても不思議ではない。報告書にはモグラにとられたとは書くなよ?この部屋のドラゴンに焼き尽くされたと書いておけ。それなら、『強力なモンスターとの戦闘中に発生した事故』として処理できる。そう処理する以上、罰するのはなしだ」

「わかりました」


 ゼントは銀貨を手に走っていく。

 離れていくゼントを見つつ、アグロは舌打ちをする。

 体の内側では、心の中では、激情であふれかえっている。


 しかし、アグロはすでに、怒る以上に体も心も疲れていた。


「なぜ、このようなことに……何がいけなかったんだ……いや、今日は厄日なんだ。これまで一度も訪れなかったのが不思議なのだろう。決して、あの平民がいなくなったからではない。決して……」


 彼に、このダンジョンの常識の知識はない。

 だからこそ、何もわからない。

 だからこそ、厄日などという言葉を使う。

 ……平民がいなくなったと思ったらこのようなことになった。という現実に目を背けるためには、たまたま今日が厄日だったという結論を出すしかない。


 何も知らない彼にとって、すべての確信は、闇雲に等しいのだから。

次回も追放者サイド!アグロに加えて団長サイドもあります!


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