【アグロ&団長SIDE】 本物なのは火力だけ3
「どういうことだ!新生精鋭部隊となって、地下大迷宮を攻略するのではなかったのか!」
団長執務室。
団長、オルレイド・グランザームは拳を机にたたきつける。
その前には、アグロが立っていた。
苦虫をかみつぶしたような顔だが、黙っている。
「しかも、マジックバッグを失っただと?相場が金貨四百枚のアイテムだぞ!どう責任を取るつもりだ!」
オルレイドは怒鳴り散らす。
「あのマジックバッグよりも、価値があるものを手に入れるだけだ」
「それは未来の話だろう!今の話をしているんだ!しかも、報酬として持ち帰ってきたのは微量な魔石だけ。これまでにないほど低い成績をたたき出した責任も取らなければならないぞ。どうするつもりだ?言ってみろ!」
オルレイドの口からは延々と罵詈雑言が飛ぶ。
「僕の私財から補填する。それで問題はない」
「そういう話をしているんじゃない!」
「そういう話だ。論点は『今』の『金』だろう?なら、金を払えばいい」
「ぬぅ……フンッ!まあ今回はこれでいいだろう。だがっ!次に失敗すればどうなるかわかっているんだろうなぁ」
歪な笑みを浮かべるオルレイド。
「次は稼げばいい。それだけのことだ。では、失礼する」
アグロは団長室から出て行った。
そのまま、イライラした様子でロビーに向かう。
ロビーではゼントが待っていた。
「アグロ様。団長は……」
「次に挽回すると言いくるめてきた。後で金を持ってくる必要はあるがな」
「そうですか」
報告書を読み込むことをしない団長だ。
降格だってあり得るだろう。
だがそれをしなかったということは、アグロの『火力』に関しては一定の評価をせざるを得ないということだ。
「正直に言えば、分かっていたことだ。平民がいなくなり、貴族関係者だけになれば、今度は貴族家同士で足の引っ張り合いになることくらいはな」
「ですよね……隠さずいうと、オーバーン伯爵家とレイドーラ子爵家だけ、この派閥の中では新参ですし」
アグロが言った通りであり、また、ゼントが言ったこともまた事実。
貴族同士の競い合い……ではなく足の引っ張り合いになり、出る杭は打たれるため、新規参入はきつい部分がある。
「……だが、次だ。次こそは攻略するぞ」
「はい」
アグロとゼントはそのまま、騎士団の拠点を後にする。
美食家でもあるアグロは、攻略に使っていない時間を高級喫茶店に使うことが多い。
大通りを使って、ゼントを連れて歩く。
「いつもの喫茶店に向かうか。新商品が出ていれば気もまぎれるんだが……ん?」
大通りの隅で、魔術師の風貌をしたものを見かけた。
人通りが多く、だれもが動いているこの道でその男だけ動いていなかったため気になったため、視線を向ける。
「あれは……」
魔法使いらしい男の足元の地面だが、ヒビが入っている。
王国の道路は基本的に整備されているのだが、やはり人工物なので、いずれ調整を必要とするのだ。
杖を地面にあてる。
そして魔法を使うと、地面が変形し始める。
「!」
数秒程度で、他と道と同じ見た目になった。
「よし、次のポイントってどこだっけ?……西側に四か所か。今日は報告が多いなぁ」
道路……いや、それに限らないかもしれないが、『整備士』なのだろう。
アグロはどうしても気になって話しかける。
「おい、お前」
「はい……え、アグロ様!?二年前の『大戦』で活躍したっていう……」
魔法使いの男は驚いているようだ。
アグロは伯爵家の嫡男であり、顔も名前も知られている。
そして、男が言った『二年前の大戦』
これも影響して、王都から見れば辺境といえるこの町であっても、顔が知られているのだ。
「さっき、いったい何をしていたんだ?」
「道の整備ですよ」
「道の整備?」
「地属性魔法を使えば、こうして地面を作り替えることができます」
頭の中で情報が奔走し始めるアグロ。
「まあ、俺はまだ使い始めて浅いですけど、才能がある人なら、走りながらでも土の道を整備された道に変えられるみたいですけどね。特にこの町では需要があるんですよ」
「地属性魔法が?」
「はい。地下大迷宮の近道って、ほぼ一本道で便利ですけど、特に中層以降はちゃんとした靴を履いてても滑りやすいんで、ちょっと変えたら歩けるようになるんですよ」
愕然とするアグロ。
『珍しいこと』ではなく、『当然のこと』のように滑りやすいということを語る彼に、アグロは動揺しているのだ。
「あ、そういえば、アグロ様が所属しているシーロカ騎士団ですけど、いつも深層から大量の魔石を持って帰ってきてますよね。絶対に近道が必要なんで、地属性魔法使いで固めた『部隊』があるってみんな予測してるんですよ」
「部隊?」
「はい。地属性魔法って、自分の体の外にある個体を操作する関係上、結構魔力を使うんですよね。だから、とても一人の魔力量じゃ補いきれないんです。交代で、騎士団全員を深層へ送って、そして帰ってくるための『部隊』が組まれているって感じですかね」
アグロの背中に嫌な汗が流れる。
「仮にだが……一人の地属性魔法使いが、往復でやっていたとしたらどうする?」
「一人で?……俺、深層までの具体的な距離は知らないですけど、もしそんな人がいるのなら、俺たちはこの町で仕事がなくなるんで離れますね。地属性魔法って基本、杖を当てている場所くらいしか操作できないんですよ」
ついでに、とまだ説明を続ける男。
「騎士団で進むってことは、それ相応に幅があるってことになる。杖が触れていない場所を作りかえる『遠隔操作』が必要になる。これってすごい制御能力が必要なんですよ。しかもそれを往復でやるってことは、魔力量も相当ある。天才ですね」
いやな汗が多くなる。
「おまけに、あの近道って、先頭に立ってる人は地中から奇襲されやすいんです。ああでも、地面そのものを頑丈に作り替えることもできなくはないのか。でもそれまで行っているとしたら……」
「行っているとしたら?」
「王宮を拠点にして、王族の命令で動く『宮廷魔術師』……地属性魔法に限れば、その宮廷魔術師を成長させるための『最高顧問』って言われても、俺は納得しますね」
アグロはそのあと、自分が何をしたのかを覚えていない。
いつの間にか、その魔術師の男からは距離をとっていて、ゼントに話しかけるまで気が付かなかった。
「アグロ様……」
「ゼント。お前、あいつが使っていた魔法を見たか?」
「……はい」
「……あいつは、近道で道が滑りやすいことや奇襲を受けることを、当然のように話していた。どう思う?」
「嘘を言っているようには感じられません」
「そうだな……」
アグロは苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「あいつを追い出したのは、間違いだったのか?」
「……」
「仮にだ。仮に、近道がいつもは滑らない道で、今日だけが滑りやすい、『厄日』だったとしよう。だがそれでも、あいつがいたら、僕たちは進むことができていた」
「……そう、ですね」
自分で確認するように、アグロはつぶやく。
それに対して、ゼントは頷いた。
しかし。
「だが、あいつは平民だ。平民は裏切る。何か不都合があれば、おびえて逃げ出すだろう。新生精鋭部隊に平民は不要だ」
断言するアグロ。
優秀であるとかないとか、そういう軸ではない。
「そうですね。平民は信用するに足りるものではありません。やはり、尊い血が流れた貴族が、貴族だけの力で、成果を、実力を示すべきでしょう」
「その通りだ。ゼント、地属性魔法を使える知り合いはいないか?次までに集めておけ」
「はい」
ゼントは指示を受けて頷く。
アグロはそれを見て、また前を見た。
★
「フンッ!『大戦』で活躍したからと言って、調子に乗りおって、あの青二才が」
アグロが出て行ったあと、オルレイドは鼻を鳴らしつつ、デスクの下に備え付けられている箱からワインを取り出す。
どうやら酒盛りを始めるようだ。
その時、窓からコンコンとノックの音がする。
少し驚いたが、オルレイドは振り向く。
窓際に、全身黒装束の男が立っていた。
ただ、窓の外から叩いたのではなく、内側に入ってから叩いたようだ。
すでに彼は、この部屋に足を踏み入れている。
「おおっ、イマジナリーか。奴隷取引は完了したのか」
上機嫌になったオルレイド。
彼の口から詳しいことが洩れないことが予測されるため、説明を加えよう。
彼は、『銀の揺籃』との取引が可能な交渉ルートを持っている。
とある経緯で『裏の抗争』が発生し、アステライト家が負けたことで、両親は『死亡処分』となった。
本来ならばシンシアも『死亡処分』対象なのだが、『アステライトの金剛石』と呼ばれるほどの美貌を持つシンシアを手に入れたいと考える者は多い。
『裏』で様々な思惑が衝突した結果、彼女は『競売』にかけられることになった。
銀の揺籃で一時的にシンシアの身柄を確保しておき、銀の揺籃が管理する競売で、誰がシンシアを手に入れるのかが決定された。
今回それを制したのは、オルレイド・グランザーム。
侯爵家としての権力をちらつかせたことや、彼のポケットマネーから出てきた大量の金貨によって、シンシアを手に入れる権利を得た。
あとは、諸々の事情で必要になった追加料金の『金貨八百枚』を交渉役のイマジナリーに渡すことで、イマジナリーは、シンシアをオルレイドの隠れ家に届ける。
オルレイドは届けられたシンシアを、このために作った『秘密の部屋』に連れ込み、シンシアの体で欲望を満たして楽しむ。
そういう予定だったのだ。
そのため、オルレイドの隠れ家の『とある部屋』には、ここでは描写不可能なものが多数存在する。
のだが。
そう、あくまでも、『のだが』と続けざるを得ないだろう。
『とある少年』によって、その交渉は吹っ飛んだのだから。
……物理的に爆薬で吹っ飛ばしたのはイマジナリーだけど。
イマジナリーは特に感情を動かした様子もなく、オルレイドのそばまで歩く。
「それ関係で報告に来た」
「グフフッ。これで、シンシアを私の好きに……」
「失敗報告だ」
「でっ……え、な、なに?失敗した?」
「ああ。邪魔者が入ってな。クソ強え少年に遭遇してね。もう少しで捕らわれるところだったぜ。あの商人、アンタのお抱えだろ?金貨ごと爆破しておいた」
イマジナリーも実力者ではあるが、遭遇した少年の強さも想定以上のものだった。
少年は何があってもその場から生き残る確率が高い相手と考えて、ボロが出る前にすべて爆破したのである。
「な、なっ、何を言っているんだ!私の金だぞ!」
「はぁ?お前の金?違えだろ。前の団長から……フェルノだっけ?莫大な退職金が用意されてたんだろうが。その中から出したんだろ?ついでに言えば、それまでに至る様々な金貨の放出もそこから出てたんじゃねえか」
平民で無能だからと追放されたフェルノだが、前の団長からは退職金が用意されていた。
フェルノ自身は知らないものの、急な退職であっても莫大な金があれば、問題ないと判断した結果である。
ただ、この様子だと……。
「う、うるさい!奴は追放によってこの騎士団を出て行ったのだ。退職したのではない!このギルドの辞書に、追放と退職が同義だとは書かれていないからな!よって、残った金は私の金だ!」
(その言語センス……こいつ、騎士団じゃなくて悪徳新聞社が天職なんじゃね?)
イマジナリーはそんなことを考えたが、すぐに頭を下げる。
「まあとにかく、取引そのものは失敗なんだわ。さーせん」
「く、クソがぁ……」
「シンシアだっけ?今頃はあの嬢ちゃん、襲ってきたガキと一緒にいるんじゃねえか?しっかしあのガキ、地属性魔法と刀の熟練度もそうだが、ありゃ相当な場数を踏んでるな」
地属性魔法と、刀。
それを聞いたオルレイドは、頭にその少年がちらついた。
「ま、待て……その少年というのは……茶髪を短く切った平民だったか?」
「ん?ああ、そうだな。あとなんだっけ、確か騎士団仕込みとか言ってたし……おや?」
会話の流れから、イマジナリーも気が付いたようだ。
「ハッハッハ!マジかよ!あのガキがフェルノか!……ん?待てよ。地属性?」
イマジナリーはひょいっとオルレイドの机に移動する。
「な、なにを……」
「お、これが今回の『フェルノがいなくなった新生精鋭部隊』の報告書だな」
イマジナリーはオルレイドの机から紙の束を抜き取った。
そして、パラパラと内容を確認する。
「おいっ!何をする!」
「ほー……ほっほほー!ブフフッ!マジで言ってんのかよこれ!アハハハッ!」
我慢できないとばかりに、報告書を机に投げると腹を抱えて笑い出すイマジナリー。
「『いつもと違って床が滑りやすくて地中からモンスターが奇襲してきた』だぁ?そんな『一般常識』すら知らなかったのかよ!笑いもんだなオイッ!」
「な、なんだと?」
オルレイドは困惑する。
彼もまた、『近道』の一般常識を知らない人間の一人だ。
「その資料にさ。『滑りやすい床』と『地面からの奇襲』って書かれてんだろ?それ、地下大迷宮の近道なら例外なくそうなんだよ」
「何!?」
「この町の人間ならだれでも知ってるぜ。一般常識だしな」
クククッ。と笑いを噛み殺すイマジナリー。
「地属性使いなら、ダンジョンの床を作り替えることだって可能だろうなぁ。似たようなことやってるやつ知ってるぜ。そうか、あの実力と、『目の前で魔法を行使していてもわからないほど自然体な魔力』……もう何が起こってたのかわかりやすくて笑うしかねえわ!」
本当に楽しそうなイマジナリー。
「ば、馬鹿な!あいつはドラゴンがはびこるダンジョンで刀などというなまくらを振り回す地属性魔法使いで、平民……そう、平民だ!そんな実力があるものか!」
「何言ってんの?平民に実力者がいないって?俺だって貴族じゃねえんだが……あ、なるほど、この騎士団の人事権を握ってんのお前か!」
「グッ……」
「アハハハハッ!自分が無能だって追い出した奴が、実は騎士団の精鋭部隊すべてを支えるほどの傑物だってなったら、そりゃ認められねえわな!観察眼のない無能だって言ってるようなもんだし!」
「黙れ!」
怒鳴るオルレイドだが、イマジナリーに言葉を撤回させるほどのセリフは出てこないようだ。
「あー。言っとくけど、観察眼がないなって思った原因はフェルノ関係だけじゃねえぜ?報告書には手に入れたアイテムのリストが書かれてただろ?その中で、中層後半の大部屋で戦ったボスモンスターから、大型の魔石を手に入れたって書かれてたが……あれ一個で金貨五百枚は下らねえぞ」
「はっ?……」
報告書をめくって確認するオルレイド。
確かにそこには、ボスモンスターから手に入れたらしい魔石の文字があった。
競売中、かつ希少品なのでまだ換金額が定まっていないが、備考欄に金貨五百枚は下らないと書かれている。
まだ換金できていない数字を載せるわけにはいかないので、帰り道で手に入れた魔石だけの換金額になっているのだ。
確定している数字に限れば、空前絶後の低い成果になるに決まっている。
「あの坊ちゃんが『マジックバッグよりも価値のあるものを手に入れればいい』って言ってたのに、アンタ馬鹿にしてたじゃねえか。今回の時点で価値のあるものを持ってきてたんだって。報酬の合計値だけを見て、中身を全然見てねえ証拠じゃねえか。てめえの目は節穴かよ!」
「ぐっ……こ、これはいい……だが、あの平民が、騎士団の精鋭部隊を支えていたというのか!大地を作り替えるほどの魔法など、聞いたことがない!」
「調べたこともねえくせによく言うぜ。クックック……」
楽しそうに笑うイマジナリー。
その時、ドアがノックされた。
「ん?来客か。しゃーねぇ。んじゃ俺はおさらばするわ。じゃあな」
そういうと、イマジナリーは次の瞬間には窓の外に消えていた。
「ぐっ……クソッ……」
オルレイドが悪態をつくと同時に、部屋に男性が入ってくる。
「団長。報告したいことが……」
「おい」
「え?」
「昨日出て行った平民。あいつをどう思う?」
「あの平民ですか?あんなの、雑用しかできない、換えのきく雑魚ですよ」
「そうだな……その通りだ。仮にだ。仮に、あの平民が騎士団の精鋭部隊を支えていたとしたら、どうする?」
「あり得ませんね。あの平民がいなくなってすぐの探索で失敗してしまいましたが、今日は厄日だったのでしょう。次からは必ず稼ぎを出してくるはずです」
「ふむふむ。そうだな」
自分に無理やり納得させるように、オルレイドは頷く。
だが、その程度で頭から離れてくれるほど、【真実】は軽くない。
どうしても頭の中に残る。
(クソッ。ありえない。そんなバカなことがあってたまるか。もしもあいつが有能なら、それを追い出した私は無能ということになるじゃないか!)
騎士団の人事権は団長しかもっていない。これは、初代から続いていることだ。
そして今もそうである以上、彼は、騎士団内部でどれほどフェルノ追放の声が上がっていたとしても、それを止める権限がある。
だが、今回に関しては彼が主導だ。
制度上、その責任を転嫁させることはできない。
しかし、それでもやろうとするだろう。
実力が低いだけなら何も問題はない。世の中を渡っていくということは、単に力が強いことではないのだから。
だが、権限があるのに観察眼がないのでは、もう救いようはない。
しかしそれでも、貴族としてのプライドだけで、現実を認めようとはしないのだ。
きっと、自分を納得させる理由を見つけるのだろう。それも、現状を全く解決することができない言葉で。
(私が今からすべきことはなんだ?まさか、アイツを連れ戻す?……そんなことはありえん!アイツは平民だ。無能だ!……いや、待てよ)
イマジナリーとの会話を思い出す。
(今、シンシアは、あの平民の隣にいる。これは、間違いない!『私の金』で買った女を横取りしおって!絶対に許さん!一刻も速くとらえて、女も犯しつくしてやる!フェルノ。貴様は始末してやる!追放ではもう済まさんからな!)
メラメラと、グツグツと、内心で怒りを燃やすオルレイド。
……退職金を黙って使ったのに、その取引が破談になって、結果的にその商品が、本来退職金が支払われるはずだった男の手に渡るとは。
なんとも皮肉なものである。
次回からは主人公サイドに戻ります。
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