新しい騎士団長が交渉に来たけど、傲慢すぎるわコイツ。
「え、新しい騎士団の団長が来た?」
「ああ。『深層周回運営委員会』で重役であるフェルノを呼べと言ってきてね……今、応接室に待たせてるよ」
Sランク冒険者になり、専属となった小柄な少女、ポプラと一緒に、特別に用意された部屋で書類を作っていたフェルノだったが、廊下からトーラスが入ってきて、フェルノに向かって話す。
「一体どういう用なのかねぇ……」
「弟を騎士団の団長から追放し、新しく団長になったそうだが……詳しいことは私も聞いていないからね」
「わかった。俺が対応するよ」
ガリガリと紙に書いていくフェルノ。
「はい。メモを作ったから、これを元に書類を作っててくれ」
「あ、はい!わかりました!」
素直な良い笑顔でうなずくポプラ。
それを見たフェルノは、そのまま部屋から出て廊下を歩く。
「弟を追い出して兄がやってきたって感じか。どんな奴なんだ?」
「実力的には相当なものだと聞いているが……あまり、良い噂は聞かないね」
「どういうことだ?」
「傲慢さは弟の方が上だが、強欲さが弟とは比較にならない。といったところだと思うよ」
「あー。なるほどね。方向性さえ狂ってなかったら嫌いじゃないけどなぁ……」
人間が成功するうえで『強欲』は必要である。
それがあればいざという時に重い腰だって上がるのだ。
それがなくてチャンスを逃すことなど、珍しくはない。
だからこそ、方向性さえ合っていれば文句はないのだが……。
「この部屋だな?」
「ああ」
応接室の前に来たのでノックをするフェルノ。
「ん?来たようだな。入りたまえ」
中から声が聞こえてきたので、ドアを開けるフェルノ。
中では、ソファの上座に大柄な男性が座っており……その周りには、武装した兵士のような恰好をした者たちが十人ほどいた。
(威圧交渉する気満々って言ってるように聞こえるのは気のせいかね?)
そんなことを思ったが、中に入るフェルノ。
「君がフェルノか。俺はカイロス・グランザーム。グランザーム家の長男だ」
大柄な男性が足を組んでテーブルに乗せつつ名乗ってきた。
(……兄なのか?)
第一印象として、兄を名乗るカイロスの方が年下に見えるのだ。
(まあ、普段から快楽ばっかり楽しんでる男と違って、こっちはがっしりしてるし、ちゃんと動いているかどうかの差ってところかね?)
いろいろ思うところはあるが、口に出すのは野暮なので避けておくことにした。
「Sランク冒険者のフェルノだ。お呼びとのことだけど、一体何の用かな?」
カイロスの反対側のソファに座って聞き返すフェルノ。
「単刀直入に言おう。これに書かれている通りだ」
そういって、二つ折りになっている紙をフェルノの前に出す。
「……」
ただ、それに対してフェルノは苦笑した。
「ん?何をしている。確認しなければこちらの要件がわからないだろう」
「いやー……以前、『この紙を手に取った瞬間、この契約に同意したものとする』なんてふざけたことを書いてきた奴がいてな。こういう、二つ折りにして出してくる紙に対しては抵抗感があるんだよ」
「……何だと?」
少し驚いている様子のカイロス。
(やれやれ、図星か。まあ、この国の契約同意に関する法律に違反してるし、別に受け取って引っかかった後でもしかるべき処置を取れば何も問題はないんだけどね)
舐めたことをする連中というのはいるものなのである。
法律に関する知識がないから痛い目に合うという人たちが多いことも事実だが。
「……フン」
鼻を鳴らすと、二つ折りにした紙を回収するカイロス。
「四つだ。一つ目に、貴様の周回作戦にある九つのパーティー枠だが、その枠を増やし、その上で全ての枠を我々が貰う。二つ目に、作戦を行う回数を増やすこと。三つ目に、消費アイテムの購入金額を五割引きに変更すること。四つ目に、我々が手に入れた魔石の換金額を五割増しにすること。以上だ」
覆ることがないという自信に満ちた表情でカイロスはそういった。
まあ結局のところ、フェルノを……いや、ここまでくれば、『ギフトネストを使い潰したい』ということなのだろう。
「……一応聞いておくけど、それで得た収益って何に使うんだ?」
「我々の派閥を強化するために王都に送るに決まっているだろう。グランザーム家が所属する第二王子派の強化だ。派閥の強化のためには金が必要だからな」
(……ダメだこりゃ)
内心で呆れるフェルノ。
呆れる原因としては、『作戦の規定を読んだのならスローガンを知っているはず』という点で、その上でここまで要求してきているということに関してだろう。
「……その話なら乗れないな。自分たちで必要な戦力を用意して自分で潜ってくれ」
「なっ……何?なぜだ!」
断られるとは思っていなかったのだろう。
弟と似てるな。このあたり。
本人に戦闘力があるかどうかという一点だけなのだろう。
「スローガンに反してるからだよ」
「馬鹿なことを言うな。スローガンに反することではない!騎士団が作戦のパーティーの枠を独占し、圧倒的な稼ぎを叩き出せば、この作戦の知名度は上がる。そうすれば、この作戦に対して支援したいというものも増えるだろう。そのためには、貴族で構成された高火力パーティーを結集し、深層で狩るべきなのだ!そんなこともわからないのか!」
「知名度だけ上がっても、その作戦の中身がギフトネストの利益につながってなかったら意味がないだろ」
「何を言っている。我々は貴族だぞ。なぜ我々に都合の悪い条件で作戦に参加しなければならない。我々が参加する以上、貴族が最もメリットのあるシステムに変更するべきだろう。貴族に対する敬意が足りんぞ貴様!」
(……なるほど。言いたいことは分かった)
エルフィナやアリアスは、『論理的整合性が欠如している』と彼らのことを表現することがある。
だが、このカイロスの言い分を聞いて、フェルノは大変よく分かった。
彼らに論理的整合性がないのではない。
むしろ、『自分たちさえよければそれでいい』という一点に置いて、彼らは最初から最後まで変わることなく行動しているのだ。
(強欲。確かに強欲だな。ここまでくると清々しいよ)
自分が正しいと思うことをやっているのだ。それに過ぎない。
「あのさ。ギフトネストの関係者全員に利益のある行動をとるってスローガンに書いてるんだよ。お前たちの行動ってさ。要するにこのギフトネストから大量のカネを抜いて、お前たちの派閥に移そうって話しじゃねえか」
「何を言っている。知名度さえあればおのずと金は集まるだろう!」
「そんな中身のない漠然としたもので利益なんぞ出るか。第一、五割引きの購入と五割増しの売却の時点で、他人に赤字を突き付けてるんだよ。どこに利益がある」
「ごちゃごちゃうるさい!どれだけ我々が金を持ち出そうが、また集まることに変わりはない!」
「クソみたいなシステムの知名度が上がって人が寄ってくるわけねえだろ。逆に、人も物も金もこの町から出て行って、ゴミみたいな未来になるのは明白だ」
怒鳴り散らすカイロスに対して、フェルノは淡々としている。
とはいえ、カイロスたちからすればフェルノを説得するしかないが、フェルノは貴族に対して忖度する気はサラサラないのだ。
(いったいどういう経験を積んできてんだコイツ……あ、そうか、この外見なら、めちゃくちゃ現場の人間なんだろうな。ここまで、『冒険者とギルドと商会』が密接にかかわってるシステムにかかわったことがないんだろうな)
周回作戦の規定には、冒険者、ギルド、商会の三つに対してきちんと利益を振り分けるために様々な項目を用意している。
そのため、どの項目がどの組織に対してメリットを与えているのかが大変わかりやすいのだ。
(そういう、わかりやすい関係が書かれた場所に踏み込んだことがないから、今回みたいなふざけた要求をした経験がないだろうね)
カイロスという男から見て、『ギルドや商会に対してメリットを与えるシステム』をわかりやすく明記しているものに触れたのが、今回が初めてなのだろう。
もうそろそろ三十になるころだろうが、領地経営できるのだろうか。
「あと、アンタらが本当に強いのかも俺にはわからないんだよ。具体的に俺がどれくらい強いのか、アンタたちも知らないと思うけどな」
「ふざけるな!我々を愚弄しているのか!」
カイロスはそう言いながら、横に立てかけた剣を鞘から抜いて、フェルノに振り下ろしてきた。
(沸点低いなぁ……っ!)
フェルノは呆れつつ、殺気を乗せて凶悪な眼光でカイロスをにらみつける。
「ヒッ……」
その眼光におびえたカイロスは、ソファにどさりと落ちるように座った。
(あー……これは、修羅場をくぐったことないな)
もうこの時点で、フェルノにとって、カイロスという男は『見限るのに苦労しない』人間というカテゴリに入っている。
どうしたものかとフェルノが考えた時、ドアが大きく開かれた。
「会議中失礼します!ギルドマスター!大変です!ギフトネストの南から三キロの地点に、SSランクモンスターが出現しました!」
慌てた様子で入ってきた男の言葉を聞いて、フェルノは驚く。
(そんな予兆は全くなかったはず……何があった?)
一瞬そんなことを考えたが、カイロスがその言葉を聞いて復活した。
「な、え、SSランクモンスターだと?フンッ!丁度いい!我々がそれを倒してやろうではないか!貴様は指をくわえてみていれば良い!おい、お前たち、行くぞ!騎士団を集合させるのだ!そのSSランクモンスターは、我々が討伐する!」
「「「ハッ!」」」
部下らしい男性たちも頷くと、意気揚々と部屋から出ていくカイロスについていった。
全員がドアから出て行って、バタンとドアが閉じられると、応接室に静寂が訪れる。
「……毎度思うんだが、切り替え速すぎじゃねえか?」
「前回、オルレイドが来た後で調べたんだが、どうやら第二王子派は、『平民の集合体である冒険者ギルドが定めたランクになど意味はない』と考えているらしい」
「……あ、だから、俺はSランクなのにアイツら強気なのか」
「ああ。そして、だからこそSSランクモンスターというものを恐れることがない。体幹や魔法の素質から見れば。確かに実力はある方だろう。だが……」
「SSランクモンスター。だからな」
モンスターはそのランクで驚異度が定められている。
F ただの雑魚
E 一人レベル
D 村レベル
C 町レベル
B 都市レベル
A 領地レベル
S 国家レベル
SS 大陸レベル
SSS 世界レベル
おおよそこのような感じで、レベルと付いている前の単語に対して脅威を与えるレベルということになる。
今回のSSランクは、大陸全域にわたって脅威を与えるレベルということだ。
ちなみに、Sランク冒険者が国家の『王族レベル』というのは、その国家に影響を与えるほどの力を持っているということを意味している。
この国の第二王子派は、そういったことは完全に無視しているようだが。
「いずれにしても、俺が出る必要があるか」
「そうだね。このままだと、まず真っ先に潰されるのはこの町だ。避難勧告を出そう。相手はSSランクモンスターだ。戦っているだけで、この町に被害が及ぶ可能性が高い」
「任せる。俺は……モンスターの方を見てくるよ」
フェルノは竜刀を掴むと、部屋から出ていった。
(脈絡も予兆もない強大なモンスターの出現。大戦を思い出すな……)
胸にざわつく者を抑えながら、フェルノは走り出した。




