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7話・300―スリーハンドレッド

 300体以上のゴブリンを前にして、ステラとセルテは声を上げることも出来ずただ、茫然とそれを眺めているだけだった。

 

 (ゴブリン1体で騎士100人と同じということは……騎士が3万人って事か……それはちょっと厳しくないですかね?)


 ゴブリンたちはイオリと一定の距離を保つと、一斉に丸太や岩をイオリめがけて投げる!

 まるで弾幕だなと、イオリは思いながら自分に当たりそうな物を『滅消(イレーザー)』で打ち消す。

 

 『ゴォォオオン!!』


 『滅消(イレーザー)』で打ち消されなかった丸太や岩は、民家に直撃すると崩壊音を立てて粉塵をまき散らす。

 ステラやセルテの思い出をぶち壊すように……。


 「っち!! ステラとセルテはいったん避難しろ! 当たったらあぶねーだろ」

 「で、でも!! 私たちも……」

 「今のお前らは、回復しかできないんだろ? 正直、足手まといになるから逃げろ。ここは、俺がなんとかする!」


 イオリはあえてストレートに厳しいことを言った。

 それを聞いたセルテは下唇を強く噛むと、ステラの手を引っ張って村の奥に避難する。

 

 (まあ、これでいい)


 2人を見届けると、イオリは考えた。

 この大軍を前に何が得策なんだろうかと。


 (こんだけ多いと、さっきのように突っ込むことは厳しいな……。いくつかのグループに分かれられて、挟み撃ちを食らうかもしれない。機関銃のように打ちまくるということが出来ない滅消(イレーザー)は、タイマンでは最強かもしれないけど、軍団を相手にすると使い勝手が悪いな。頭が悪い敵だから助かったけど……。投てき組と突撃組なんかに分かれてきたらかなりヤバいよな……)


 しかし、ゴブリンたちはイオリの考えた最悪の行動をとり始めた。

 まばらに並んでいたのを、1列50体の6列300体に陣形を整える。

 そして、その陣形のまま進軍してきたのだった。

 後方は投てきをしながら進み、先頭の列は丸太を楯のようにしながら進む。

 イオリに求められる負担は大きかった。

 飛来してくる物を消しながら、進軍するゴブリンも消さなければいけない。

 しかも、丸太の楯に気を付けながら。

 昔、スペースインベーダーゲームで流行った名古屋打ちというやり方だったら、目の前のゴブリンをあッという間に消せるだろうが、先に放った魔法が消えるまで同じ魔法を放つことの出来ないこの世界ではその手が使えない。


 (いやー、セルテが言ってた通り俺はあのゴブリンを過小評価してたわ。まさかこんな戦法で来るとはな。あまり考えたくないけど……詰んだ気がしますね)


 イオリの頬をきらりと輝く一筋の汗が流れる。

 ギラギラとした陽の光が、黒い修道服に吸収され体温があがっていく。

 一瞬意識がもうろうとしたイオリは、頭上の岩に気がつくのが遅れた。

 その岩に気が付いたときには、『滅消(イレーザー)』を別の丸太に向けて放っていた。

 今からキャンセルして、左手をその岩に向けても間に合わない。

 体勢を崩して、避けるのも間に合わなそうだ。

 

 (っく!! 間に合わねー!!)


 『ガンッ!!』


 岩の衝突音が辺りに響いた。



------



 時間は遡り、イオリがゴブリンと対峙するすこし前。


 何もない草原で、モーニングコートにシルクハットという場違いに見える装いの男は、使い魔のゴブリン――オーガに指示を出した。


 「くれぐれも、黒い左腕は食わないで下さいね? 食ったらタダじゃすみませんよ?」

 「――――――――――!!」

 

 その意味が伝わったのか、オーガたちは言葉にならない言葉でその男に唾を飛ばしながら返事する。

 男は顔にかかった唾をハンカチでぬぐい、ため息を吐いた。


 「唾を飛ばさないで下さいよ。本当に知能の低い人たちだ……。そんなだから実験材料にされちゃうんですよ……」


 ニヤリと笑うと白い歯が、陽の光に照らされて輝く。

 その男の邪悪な目とは対照的に。



------



 イオリは岩に押しつぶされて、赤黒い内臓をまき散らして、うすいピンク色の脳を露出して死んだ――と自分で思っていた。

 が、生きている。

 怪我1つなく。

 先ほどと違うのは、目の前に大きな岩が転がっている事と、頭上に白く輝く壁のようながイオリを守るように出現している。

 その白い壁は、防御魔法の天聖の壁(ヘブンズウォール)だった。

 役目を終えると、桜が舞うように白く光る破片を散らせながら消えてゆく。

 茫然としていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。


 「ちょっと! ぼーっとしないでよ! 死にたいの?」

 「イオリ! 早くやっつけよーよ!」


 イオリはその声のする方を振り返ると避難したはずの、ステラとセルテが立っていた。

 2人の顔はほこりで少し黒く汚れている。


 「なんでここに? ってお前ら、顔汚れてるぞ?」

 「うるさいわね!私たちがこれを見つけられなかったら、イオリはやられてたのよ?」


 そう言ってセルテは、分厚く古ぼけた本をイオリに見せた。

 飛来する岩や丸太を消すのに忙しいイオリは、チラッとだけ見てそれの詳細を聞く。


 

 「これは防御魔法の魔術書(ルールブック)よ! これがあれば、イオリの力に少しはなれるでしょ?」

 「防御魔法なら、ステラにも少しは出来るよー!」

 「……ああ、そうだな。助かるよ……。じゃあ、俺はあのゴブリンを減らすことに集中するから、2人は防御を頼む!」

 「「分かった!!」」

 

 (よし、これならイケる)

 

 防御を天聖の壁(ヘブンズウォール)に任せることによって、それまで防戦一方だったイオリは反撃に出る。

 ゴブリンたちも、特攻のように仲間を犠牲にしながらジリジリと進む。

 


 カチカチと削除ボタンで消すようにゴブリンたちを塵にするが、やはり数の多いゴブリンたちの方が有利だ。

 ゴブリンの数は減っているものの、イオリたちは少しずつ押され始め、村の最深部にあたるセルテの家の前まで追いやられる。

 そして、ついにはゴブリンたちは村に足を踏み入れた。


 (なかなか、うまくいかないもんだな。体も少し重く感じるし、早く決着を付けないと……)


 幸いな事に村の通りは狭くゴブリンたちは横に3体以上は並ぶことは出来ないようだ。

 また、ぎゅうぎゅう詰めなので動きも遅い。


 (やっぱり、こいつら知能低いのかな……)


 イオリは体力のことも考えて、何か効率よく戦える方法はないかと考えながら辺りを見回すと、1つ使えそうなものがあった。

 それは高さ20メートルくらいはありそうな、レンガ造りの頑丈そうな見張り塔。

 昔の村人たちは、そこでゴブリンの襲来を監視していたのだろう。


 (あれを使えば……)


 「おい、あの見張り塔のてっぺんに行くぞ!」

 「えっ!? なんでッ? ってそんな強く引っ張らないでよ!」

 

 イオリはセルテの問いに答える前に、2人の手を引っ張って見張り塔へと向かう。

 

 

------



 見張り塔を真下から見上げると、改めてその大きさに驚いた。

 高さ自体は、前の世界ではそこまで大きくはないが、この世界の家屋は低い平屋ばかりで見張り塔の高さが強調されて、数字以上に大きく見える。


 「じゃあ、ステラから上るねー。久しぶりの見張り塔だなー」

 「お、おい、1人で大丈夫か?」


 階段などはなく、頂上から結びコブところどころにあるロープが2本垂れ下がっているだけだ。

 イオリは心配そうにステラを見守るが、当の本人はスイスイと登り、あっという間に頂上に着いた。

 頂上で手を振るステラを見て安心したイオリは、セルテの方に目を向けると何故か少し震えている。


 「ん? どうした? まさか怖いとか言わないよな?」

 「ち、違うわよ! 行けばいいんでしょ、行けば」


 セルテは強がりを吐きながらロープに手を伸ばす。

 ロープを握る手はやはり震えていた。


 「セルテは高いところ苦手だからねー!」

 「だ、だから、怖くないわよ!!」


 2人は本当に師弟関係なのか? と疑いながらイオリは、セルテに背中を向けた。


 「おい、早く俺の背中に乗れ」

 「で、でも……私……重いかも……」

 「でもじゃなくて、早くするんだよ! それに重いのは知ってるよ」

 「……最低っ」


 そう言いながらも、セルテはイオリの背中に体を預けた。

 イオリは背中の感触を振り払うように、ロープを登っていく。

 『ギシギシ』とロープの軋む音が消える


 「実は俺も高いところは、苦手なんだよね」

 「えっ? そうなの? とてもそんな風には見えないけど……」

 「今は高いところへの恐怖心より、お前ら2人を失う方が怖いからさ。そんな事を言ってられないよ」

 「……」


 セルテは、ギュッと今までより強く腕を絡める。


 「……って苦しいわ! そんな強く腕を絡めるな」

 「……バカ」

 「よくこの状況で、そんなことが言えるなー。って頂上に着いたぞ」


 頂上に着いたのにセルテは、寂しいような名残惜しい表情をしていた。

 その表情を見ていたのはステラだけだが。



------



 頂上から見る景色は、とても壮大で綺麗で恋人と一緒に訪れたらロマンティックな雰囲気になること間違いなしだ。

 しかし、景色を見に来たわけでも、恋人と一緒に訪れたわけでもない。

 イオリは下を見ると、ゴブリンたちの姿が見える。

 ゴブリンたちは、こちらに気が付いていないようだ。


 (まだ、100体も居るのか……まあ、ここで決着をつけてやる)



 イオリがここを選んだのには理由があった。

 村の通路に天聖の壁(ヘブンズウォール)を唱えて通り道を防ぐ方法もあったが、それだと滅消(イレーザー)が通り抜けるスペースがなくなってしまい、無理に打てば天聖の壁(ヘブンズウォール)にぶつかり、両方とも消えてしまい全く意味のない行動になってしまう。

 ただ、高いところから斜めに狙えば、天聖の壁(ヘブンズウォール)を消すことなくゴブリンだけを消すことが出来る。 


 そこからは、一方的な展開だった。

 ゴブリンたちには投げる物もなく、見張り塔につながる通路は防御魔法天聖の壁(ヘブンズウォール)によって塞がれただひたすら、見張り塔の上から狙撃され続けた。

 『天聖の壁(ヘブンズウォール)』はそこまで頑丈ではないが、二重にすることによって、ゴブリンの侵入を防いでいる。


 ゴブリンたちは、何故か後ろに下がることなくひたすら突撃する。

 まるで後ろに巨大な重圧があるかのように。

 その光景をイオリは不思議に思った。



 消され続けたゴブリンは残り2体までに減った。

 イオリは、勝利を確信して残りのゴブリンにとどめを――とその時。

 ゴブリンの後方から、何かががこちらに向かって歩いてくる。

 それが人間の男だと分かると、イオリは大声を上げた。


 「おーい!! 気を付けろーーーー!!そいつ……は……ってあれ?」


 男はそのゴブリンの横を平然と歩き、ゴブリンたちも何もせずにただ立っている。

 それを見てイオリの口が止まった。


 (なんだあの男は? 俺たちを助けに来てくれたのか?)

 

 

 そんなイオリの淡い思いをよそに、男は正面に赤い魔法陣を展開させ「汝よ、一切の望みを捨てよ。焼き尽くしなさい、地獄門の送り火(インフェルノ)!!!」と唱えた。

 瞬間――轟音を引き連れて巨大で赤黒い炎が、魔法陣から噴き出て、ゴブリンを巻き込みながら天聖の壁(ヘブンズウォール)を飲み込む。

 二重の天聖の壁(ヘブンズウォール)は溶けるように消え、ゴブリン無残にも真っ黒く炭化して死んでしまった。

 イオリたちは念のタメに見張り塔からは下りずに、その場にとどまり相手の狙いを探る。

 さきに声を掛けてきたのは、男の方だった。


 「これはこれは、お初にお目にかかります。私はラリッサと申しまして、しがない魔法師(レギュラー)でございます。面倒な事が嫌いなもんでして、ここは1つ私のお願いを聞いていただけませんか? 」


 モーニングコートにシルクハットというこの村の雰囲気になじまない服装の男――ラリッサはさわやかな笑顔で、冷酷なお願いをする。


 「簡単な事ですよ。腕を残して死んで頂ければいいので」

「えっ……?! 今何って……」


 ラリッサは質問に答えることなく見張り塔の根元に向けて、地獄門の送り火(インフェルノ)を唱えた。



 

 

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