8話・この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ
『グググーー!!!』
根元を失った見張り塔は、崩壊を始める。
イオリはそれに巻き込まれないように、とっさにステラとセルテを抱えて見張り塔から20メートル下に飛び降りた。
考えもなしに。
「おーい、なにか飛べる魔法とかないのか?」
「……そうだー!」
ステラは何かを思いついたのか、それを唱えた。
「主よ、我を守りたまえ!! 天聖の壁」
空中に白く輝く天聖の壁が出現する。
イオリはステラの考えを理解して、それに着地をする――が、3人の体重と加速の衝撃で天聖の壁が砕け散り、イオリを下敷きにして地面に叩きつけられる。
天聖の壁で緩衝したので地面直撃よりはマシだが、それでも鼻から血を出すなど怪我を負った。
(痛! 骨が折れててもおかしくない……けど地面だったら、もっと酷い事になってたな。ステラのとっさの判断に救われたわ……)
「2人とも大丈夫か?」
「う、うん、ステラはなんとか大丈夫だよー。少し擦りむいただけ……でも、回復魔法で何とかなるよ」
「私も……擦りむいただけで……ってイオリ鼻血出てるわよ?!」
「ああ、知ってる。それより、今は前の奴に集中しないと」
イオリたち3人と向かい合うように対峙するラリッサは、先ほどと同じように赤い魔法陣を開く。
「余は命ずる、目前の鼠を焼き殺せ。地獄門の送り火」
魔法陣から出現した豪炎は、ドリルのように回転しながらイオリを目がけて襲う。
イオリはそれに滅消を放って、火花も残さず消し去った。
それを見てラリッサはニヤリと笑う。
「それが、その腕の力ですか……その腕でこの村の結界も消したんですか?」
(あの男、この腕の事を知っているのか……でも、あの事までは知らないよな……)
「ああ、そうだが、それがなんだ?」
「いやー、貴方にお礼を言いたくてね。この村を守る結界は厄介でしてね……あれは魔法じゃ絶対に破れないので、物理的に壊さないといけないんですよ。かと言って、騎士団をこんな辺境の村に呼ぶことが出来ない……」
「だから、それがなんなんだ?」
「だから、あのオーガを作ったんですよ……人間を使ってね……それをあなたは何も考えずに消した。いや、殺しただな。老若男女問わずね。ハハハッーーー!!」
この村を崩壊に導いた首謀者のラリッサは両手を大きく広げて、まるでこの世の作った神のように笑う。
それは、全てラリッサの計算だった。
自分が殺してきたものが魔物ではなく【魔物にされた人間】だと知ったら、ほとんどの人間は自分を責めて精神的ダメージを受け立ち直れなくなる。
ましてや目の前の相手は、自分の半分くらいの年齢に見えるガキだ。
そんな状況で平然としている人間はいない……人の心の中にはからず良心が存在する、とラリッサは思っていた。
その点でいえばラリッサは、完全に悪に振り切れていなかったのかもしれない。
そんな物を信じていたのだから。
ラリッサは傲岸不遜に見下すような表情で、イオリを眺めて心の中でつぶやいた。
罪の重さで押しつぶれてしまえクソガキと。
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ラリッサがその腕の存在を知ったのは、20年以上前だった。
その頃のラリッサは、魔法師になったばかりの駆け出しで、卒業に時間がかかり年齢的に遅咲きだったため、年下の魔法師の下に配属されたりするなどして、自分を認めようとしない社会に怒りを抱いていた。
そんな時、とある男が破壊神シーバの遺物を集めていると耳にした。
見つければ莫大な信金を、援助してくれるという話だった。
その金があれば、魔導教会内にコネが作れて上り詰めれると考えたラリッサは、その男と会う約束を取り付け、面会することになる。
その男の第一印象は一言で表すなら【不思議】だった。
顔は傷痕だらけ。
白と黒に真ん中で分かれた奇抜髪色。
全てが赤と青で統一された服装。
遠くからでも分かるほど目立つ存在だったが、面と向かって話していると不意に存在が消えてしまったように感じる。
本当に存在しているのか怪しい男だった。
普通の人間であれば、そんな身なりの男の話を、聞く者などいないだろう。
ラリッサも騙されたと思い話半分で聞いていたが、その男の言葉に釘付けにされる。
【一緒に、この社会を変えてみようじゃないか……】
宗教じみたその言葉に、心を握られたラリッサはその男に陶酔していくのだった。
1年経った頃、その姿勢が認められたのかその男から瓶に入った謎の液体を貰い受ける。
ラリッサはその中身を、その男に聞いた【時が来るまで待て】というだけでが詳細は不明だった。
それから1年後、破壊神シーバの遺物がある場所が分かった。
そこは不思議な結界魔法を扱う村で、そこに逃げ込んだ夫婦が遺物を持っているという事だった。
ラリッサは単身でその村に向かい、村長と村の入り口で挨拶を交わすがそれだけで追い返されてしまう。
諦めきれないメリッサは強引に村に入ろうとするが、結界に邪魔されて入ることが出来なかった。
魔法で結界を破ろうとしたが全く効果がなく、ラリッサは肩を落としながら、馬車で帰っているといつの間にかその男が乗っていた。
驚くラリッサに、男は言う。
【今があの液体を使う時だよ。ほら、あそこにちょうどいい実験材料がいるだろ?】
男が指さす方向には、買い物帰りの老人が歩いていた。
ただ、飲ませればいいという事だったので、その老人に親切の振りをしてその液体を飲ませた。
謎の液体を飲んだ老人は、次第に顔を緑色に変えて、体もそれまでとは比べ物にならないほど大きくなり、オーガという魔物に姿を変えた。
その変わりようを見てラリッサは、深い後悔と罪の重さに押しつぶされそうになるが、対照的にその男はオーガになった老人を見て『ケラケラ』と笑い転げた。
悪魔という言葉はこの世界でもよく聞く言葉だ。
悪魔のような女、悪魔のようなあいつなど、一般的には形容詞で使われる言葉で、あくまでも架空の存在としてされ、実在するはずがないとされている。
だが悪魔は実在した。
その男は外側は人間だが内側は悪魔だった。
正真正銘の悪魔。
気づいた時には遅かった。
見えざる力に引っ張られるようにラリッサは、その草原で人を誘拐してオーガにするという作業を繰り返す。
ラリッサには多少の良心があったのか、その草原以外では誘拐をすることはしなかった。
村の人たちも異変に気づき問題を解決するために、武装してオーガと戦うも全く歯が立たず虐殺された。
たまらず街に助けを呼びに行こうとするが、オーガのいる草原から抜け出せず、約15年間で抜け出せたのはたった2人だけだった。
その内の1人が、腕を持ち込んだ夫婦の夫。
その夫は、妻と養子の娘に元凶の腕を村に捨てて、逃げ出すことに成功した。
もう1人は金髪の男で、ラリッサには思い出したくもない記憶だ。
圧倒的な力でオーガの群れを殺し尽くされ、1からオーガを集めなくてはいけなくなったから。
それから、10年間オーガを集めつつ村の結界を破ろうと、オーガを送るがうまくいかず何故か大軍を送る事はその男に禁止されていた。
しびれを切らしたラリッサは、その男に黙ってオーガの大軍を村に向けて放った。
破壊神シーバの腕なんて存在しないんじゃないかという疑念を、払しょくするために。
その男が神の遺物を集めてないんじゃないかという疑念を払、しょくするために。
あの時、オーガにした老人の苦しむ顔を記憶から、払しょくするために。
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「なんで……なんでお前はそんなに平然としていられるんだよ!! お前は魔物じゃなくて、人間を殺したんだぞ?! その意味が分からないのか?! お前には正義の心や罪の意識はないのか?」
ラリッサは気が狂ったように叫ぶ。
平然とするイオリを見て、自分の良心が耐え切れなかった。
イオリはラリッサに叫ばれる理由が分からずに困惑する。
言ってる意味は理解できた。
だが、二人の少女を守るために――それが正義だと思って消しただけだ。
人の死を悲しむなんてことは、後でも出来る。
今することは――3人で生き延びる事だ。
そう思ってイオリは拳を握り締め、ラリッサを見据える。
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戦力は頭数の多いイオリたちの方が上だ。
ただ単純に、人が多ければそれだけいろいろな手が打てる。
バリエーション豊富な攻撃は相手を惑わし、長考させ、手を止めさせる事が可能だ。
手札は多い方がいいに決まっている。
だが、残念な事にイオリたちに残されて手札は3種類しかなった。
イオリだけが使える滅消にステラとセルテが使える天聖の壁と回復魔法の母なる神の慈悲しかない。
滅消は人間に効かないので、ラリッサを倒すとなると物理攻撃しかない訳だ。
対照的にラリッサは赤の系統――炎を専門分野としているが他の系統も最低限は扱える。
同じ種類の魔法でなければ理論上は、いくらでも魔法を放つことが出来るので手数はラリッサの方が上になる。
ただ、不幸な事にラリッサは滅消の効果と、セルテの鑑定の事を知らなかった。
そして、鑑定されている事にも気が付かなかった。
「どうだ? なにか、分かったか?」
「……あいつは、3種類までなら1度に魔法を放つことが出来るわ」
「そ、それってかなり強くないか?」
「どうだろうね……イオリは2種類まで、私は3種類以上、ステラは……無数よ。それよりあいつ……」
「ん? あいつがなんだ?」
「……いえ、今はよしておくわ」
セルテはラリッサが村を崩壊させて首謀者だと知ったが、それをイオリたちに伝えるのはやめた。
今まで消してきたゴブリンの正体が、村人や私の父親だったと知ったらイオリはおかしくなってしまうんじゃないかと思って。
「とりあえず、私とステラで天聖の壁を唱えて、イオリが滅消を使えばやられることはないわね」
「ああ、でもそれじゃあやつは倒せない……ここはひとつ……」
イオリは手のひら向けてラリッサに問いかけた。
「おい、よく聞けよ。俺の腕から放たれる魔法は、全てを消し去る魔法だ。お前もさっき炎を消されたのを見て分かるだろう? このまま俺が放てばお前は消えるんだ。だけど、そんな無駄な殺しはしたくない。だから、ここはいったん引け。そうすれば命だけは助けてやる」
これはイオリの賭けだ。
この賭けが失敗して、魔法の打ち合いになれば、イオリの体力は残り少ないのでラリッサの方が手数が多くなり、イオリたちはやられるだろう。
そうならないように、イオリはブラフをかけた。
「―――ふざけるな……ふざけるなぁ!! よくもあの数の人間を殺しといてそんな事が言えるな。」
ラリッサは頭を抱えながら叫ぶ。
この村を崩壊に導いたことを棚に上げて。
その姿を見てセルテが叫んだ。
「あ、あんたが全て悪いんでしょ!! あんたがこの事件の元凶なのに、よくそんな事が言えるわね!!」
元凶は別にいるのだがセルテの鑑定には、その男は出てこなかった。
人の気も知れずに、とラリッサはセルテを睨む。
「う、うるさい、クソガキが。何も知らないくせに、ぬけぬけと。それになー、俺はお前の魔法なんか効かないぞ。このコートは魔糸で編み込まれた、魔導衣装だぞ?! いくらお前の魔法が……」
ラリッサが言い終える前に、イオリは滅消を放つ。
黒い光の束が直撃した、ラリッサのかしこまったモーニングコートは、無残にも塵になり宙に舞う。
「これで分かっただろ? 俺の魔法は触れた物を全て消すんだ。もう一度だけ言う。俺は無駄な殺しはしたくないんだ。ここから失せろ」
ブラフをしかけたイオリは、これだけやれば滅消を恐れて、どこかに消えるだろう思っていた。
だが、ラリッサは逃げずに全てをなげうって1つの賭けに出る。
逃げることは、プライドが許さなかった。
――もう、腕なんてどうでもいい。
――あの男の計画もどうでもいい。
ラリッサはスラックスのポケットから、ウイスキーフラスコーを取り出して、中のどろっとした液体を胃袋に流し込む。
飲み干すと急に体の中心から、熱くどす黒い何かがこみあげる。
次第に意識が遠のいてゆく。
その刹那、思う。
――そういえば、あの男の名前って……何だったのか……
最後までご覧いただきありがとうございます。
次で、ゴブリンの章は終わります。
今日の19時~21時くらいに投稿致します。




