10話・よくある異世界の契約者
「契約完了だ。それにしても、これだけの数をよく殺せたな……」
「大事な物を、守るためですから……」
神のような男は、目の前の返り血を浴びた狂人に呆れかえっていた。薄暗い部屋にはその男が殺害した無数の死体と、モワッとした濃い血の匂いが充満している。死体の顔は、全て同じように見えるが……。
「じゃあ、私の力を授けよう。それ相応の代償を払ってもらったからな」
「ありがとうございます」
生気の無い目でその男は、人間らしさのかけらも感じない歪んだ笑みを見せる。神のような男は背筋がわずかにゾクリとする。男は精神力だけで言えば、神すら超越してしまったのかもしれない。
「余計なお世話かもしれないが、人の為に自分を殺し続けるのは……」
神のような男はそこまで言いかけて、しゃべるのを止めた。目の前の男がこちらをジッと見ていることに気が付いて。何よりも、この男にこんな事を言っても意味がない事を、思い出した。
「これから、向こうに戻るが時間は進んでないからな」
「それは、お手数おかけします」
「お前が死ぬまで解約できないからこれで、最後だ。じゃあな」
「長い間、ありがとうございました」
簡単な別れの挨拶をして、神のような男は青い光の球体になると、目の前の男の体内に入ってゆく。歪んだ男の長い戦いは、終わりを告げた。
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「ハッ?!……」
意識を戻したイオリは、ラリッサの手刀が腹に突き刺さっているステラを見て、自分がこっちの世界に戻ってきたことを理解した。振り向くとセルテがうなだれるように座り込んでいる。全ての物が懐かしく感じさせるが、今は感傷に浸っている場合じゃない。
イオリは立ち上がり、ステラとセルテを守るために契約者としてのの力を使うことにした。ゆったりと立ち上がると、左の手のひらを上に向けてイメージするように念じる。
左腕は神の腕から、普通の腕に戻っていたが、それでも手のひらから黒い剣のような物が出てきた。その剣を強く握って、イオリはラッリサの元へと走り出す。
ラリッサは、死にかけだったはずのイオリが走ってくるのを見て、驚きつつもステラをボロ雑巾のように投げ捨てて、迎え撃つように体勢を整える。イオリが手にしていた剣の事が気になったが、たいした物ではないだろうと、高をくくっていた。そして、2人は最後の戦いを始めるために対峙する。
「まだ、生きていたんですか? まるで、ゴキブリのようにしぶといですね」
「ああ、俺は悪魔に魂を売るようなお前と違って、諦めの悪い男だからな。それに知ってるか? ゴキブリが全滅したら、お前もお終わるんだぜ?」
「つまらない、減らず口を……って、なんですかその玩具のような棒は? 何が出来るのですか?」
「たいした事は出来ないが、お前を倒して、2人を守ることは出来るさ。これは確定している未来だよ」
イオリは挑発を軽く受け流して、ラリッサに向かって突進して先手を打つ。策などはない。ただ、間合いに入って切りつけるだけだ。ラリッサも間合いに入れさせない様に、口から業火を吐き出す――が、イオリの持つ剣に切り刻まれて風に流されて消えてゆく。
「っく!! なんなんだ、その剣は?」
「消えゆく者に、教える必要はないだろッ!!」
イオリは飛びかかるようにラリッサに向けて剣を振り下ろす――が、ラリッサは寸でのところを右腕で、閃光の走る斬撃を防いだ……つもりだった。いくら炎を消し去った剣とは言え、一太刀で骨までは砕け斬る事はできないだろうと考えていた。さらに、悪魔化によって腕に生えた硬い鱗のおかげで、防御力は増している。しかし、その考えは甘かった。
「……ッつ!」
ラリッサは自分の左腕に起きた事を信じられなかったが、それより本能が空に飛べと命令する。このままでは、切り殺されてしまうと本能が叫ぶ。肘から先の無い左腕を押さえながら、ラリッサは一気に上空へと飛び上がる。入れ違いに自由の身になったラリッサの右腕が、ボトっと地面に舞い降りた。
イオリはその隙にステラの脈を調べると、腹部の損傷は激しいが、まだ生きているようだ。待っていろ、と一言つぶやいて剣を強く握る。
「死んで下さいよ!!」
上空からラリッサは地獄門の送り火を唱えるが、口から吐く業火より威力の低い魔法が効くはずがない。
イオリは手にする剣でその炎を振る払うと、その遠心力を利用してブーメラのように剣をラリッサに投げつけて、片翼を切り裂いた。バランスを崩したラリッサはきりもみしながら、ドンっと地面を揺らして叩きつけられる。イオリはラリッサの墜落したところまで歩きながら、剣をもう1本手のひらから抜く。
ラリッサは一瞬、何が起きたのか分からなかった。地獄門の送り火を唱えたと思ったら、それがあっと言う間に消されて、気づいたら何かが回転しながら翼を切り裂いてどこかに飛んで行った。立ち上がり、口に充満する血を吐き出すと、白い歯が何粒か転がる。
「クソ……クソが……クソガキがぁぁぁぁぁああ!!!!」
怒りに震えたラリッサは、すべての魔力を使い業火と地獄門の送り火を走ってくるイオリに向けて放つと、片翼でバランスを取りながら空にジグザグに飛び上がる。
ラリッサは放った炎を囮にして、上空からの急降下でイオリの心臓をえぐってやろうと考えて、ある程度の高度まで上がり一気に急降下する。ラリッサの計算通り炎が消されてそこにはイオリがいる。あとは、左腕で目の前の男の心臓をえぐればと、ラリッサは思った瞬間――イオリと目が合い、奴はニヤリと笑った。
決着は一瞬の出来事だった。猛スピードで降下してくラリッサを、イオリはわずかに避けながら野球のスイングのように剣を振りぬいた。茜色の空に、赤黒い臓器と血液が花弁のように舞う。ラリッサは臓器をまき散らしながら、転がり飛ぶ。ヘソを境に体が真っ二つになってしまった。
「ううう、殺せ……」
ラリッサの弱弱しいうめき声が、こだまする。イオリは無視して、セルテの元に駆け寄った。このまま、ほうっておいても死ぬ。それほどの致命傷をラリッサは受けたのだ。死の間際、ラリッサはどこから道を踏み外したのかと考えたが、答えが出る前に息絶えた。
「おい、大丈夫か? おい!」
「……えっ……イオリ……ヒィ!!」
血濡れのイオリを見て、白かった顔をさらに白くしてセルテは悲鳴をあげた。それでも、イオリはセルテの意識が戻ったので、ホッと安心した。最悪の場合【あれ】を使うしかないと思っていたからだ。
「なあ、セルテ! 俺の言葉は通じるな?」
「う、うん……」
「ステラが死にそうなんだ……お前の回復魔法で何とか出来ないか?」
「えっ?!……どこにいるの? 早く見せて!」
セルテをステラの元まで連れていくと、状態の酷さに口元を押さえながらポロポロと泣き出した。回復魔法を唱えても表面の傷が少し修復されるだけで、再生は出来ないようだ。
「わ、わわ私が、ちゃんとしていれば……ごめんね、ステラ」
「セルテ、君は悪くないさ……」
イオリは、手のひらからラリッサを倒した黒くてまがまがしい剣を抜いた。剣と言っても柄も鍔も刃身も無いそれは、ただの真っ黒い棒にしか見えない。それでも、ラリッサの体を真っ二つにしたり、魔法や業火を切り裂いて消すことの出来る不思議な剣。
「……そ、それはなに? すごく不気味だけど……」
「僕の新しい力だよ……詳しくは言えないけど」
セルテはイオリの持つ不思議な剣に、鑑定使って調べてみるが詳細は出てこなかった。
「頼む。俺が今からやる事を黙って見ていてくれ」
そう言ってイオリはステラの心臓を狙って、剣を突き刺そうとする。
「えっ?! ちょっ!! あんた何やってるの!!」
セルテはステラの前に立つと両手を広げてイオリの邪魔をする。とどめをさそうとしてるようにしか、見えないからだ。
「イオリ……どうしたの? あなたはそんな事するような人じゃないでしょ?!」
「いいから、黙って見ててくれ。結果を見れば、セルテも納得するはずだから!」
「じゃあ、何が起きるのか言ってよ?! 言わないと分からないでしょ?!」
「……ごめん、それは言えない。とりあえず見ていてほしいんだ……」
『パーン!!』
イオリは頬に張り手を食らうのは初めてだった。口の中に血の味が広がっているので、どこ切れて出血したようだ。それでもイオリは、セルテに説明をすることは無かった。言ってしまったら、全てが台無しになるからだ。イオリは心を鬼にして、拳を握る。
「うっ……ど、どう……したの?」
ステラはイオリとセルテが騒がしくて目が覚めたようだが、今にも死んでしまいそうなほど呼吸は弱く目も虚ろで照準があってないようだ。そんな姿をイオリは見ていられなくて剣を刺そうとするが、再び大きく手を広げてセルテが邪魔をする。
「頼む……そこを、どいてくれ。これじゃないと、ダメなんだ……」
「やだ! 絶対にどかない!」
どうしてもどかないステラに対して、イオリは殴りたくはなかったが、しかたないと決心する。両者、守りたいという気持ちは一緒なのに。
「これが、最後の宣告だ。そこをどいてくれ!」
「嫌よ! そんなこと言って、とどめをっ……」
「セ……ルテ、そこ……を、どいて……あ……げて」
ステラがたどたどしくセルテにお願いする。セルテはそれに反論しようとするが、ステラにさえぎられた。
「だい……じょ……ぶだ……よ。ステ……ラは、イオリを……信……じているから」
それは、残りの力を使い果たしてしまいそうな一言だった。それを聞いてセルテも諦めた。イオリはステラのそばによると、一言つぶやいた。
「ああ、俺は救世主だ」
それを聞いてステラは首を振ったように見えた。
黒い刀は、躊躇なくステラの小さく脈打つ心臓を貫いた。口から水あめのようなどろっとした赤黒い血を吐き出しながらステラはあの時のように笑う。ステラ達には1時間位前の出来事だが、イオリには遥か昔のように、でも鮮明に覚えているあの時のように。
「違うよ……イオリはイオリだよ」
ステラは初めてイオリに初めて会った時のように、ニコッと笑いながら手を伸ばす。イオリはそれを握って、黙って頷いた。戦いは終わったのだ。
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イオリは崩れた見張り台の上に座りながら、夜空を見上げる。そこには昨日と変わらない満点の星空が広がる。ここに来て2日目の夜空だが、イオリには1日目の夜空から2日目の夜空の間に果てしない時間の流れがあった。
あの、日々を思い出すと吐き気を催しそうになるが、あの日がなければ2人を守るどころか、ステラの命を救えなかった。イオリは共に果てしない時間を、過ごしてくれた神にお礼を伝えたかった。
「ここに居たんだ……」
「ああ、ちょっと、夜風に当たりたくてな」
どこか哀愁を感じさせるイオリの後ろ姿に、セルテは声を掛けた。
「星、綺麗ね」
「ああ、そうだな。癒されるよ」
「村……というか、私たちを救ってくれて有難う」
「いや、それくらいお安い御用さ。それより、ステラは大丈夫か?」
「うん、大丈夫よ。倒れた時は、ヒヤッとしたけどね」
あのあと、セルテの家に帰る途中で、ステラは気を失って倒れた。回復魔法も効果はなくセルテはヒヤヒヤしていたが、イオリが大丈夫だと言うのでそれを信じて家まで運ぶと、容態は安定して今は夕食を食べて寝たところだ。
イオリはステラが倒れた理由を分かっていた。イオリの持つ剣――神剣トリシュラの効果でステラは再生できたが、その代償としてイオリが味わった地獄の日々をステラは味わう事になって、精神力が持たず倒れてしまったのだ。
「なら、よかったよ。今日1日寝れば落ち着くだろう」
「そういえば、」
「そうね。……あの……今日の……ことなんだけど」
「今日? それがどうした?」
セルテは謝るためにここまで来たのに、なかなかそれを言う勇気が足りない。つくづく自分は弱い人間だなと思う。結局、イオリの事を信じれなかった。ステラのように最後まで信じれなかった自分をセルテは嘆く。
そんなセルテの頭の上に、ポンっとイオリの手が置かれた。その手は同じ年齢のはずなのに、大きくて温かく感じる不思議な手。
「ていうか、セルテは1人で全てを抱えすぎなんだ。もう少し、みんなを信用して、頼っていいと思うよ。村長としてじゃなくて、君はセルテという人間なんだ。村長を演じなくてもいいんだ。そんな事より大事な物があるだろ?」
「でも、私はこの村を……」
セルテは自分より、村を第一に考えて生きてきた。村を維持するためなら多少の犠牲はいとわないと思い、自分も犠牲にしながら生きてきた。それは、とても10代の考えとは思えないほどしっかりしているのかもしれないが、逆に不自然で不健全な生き方だ。
「だったら、この村を壊せばいいんだよ。そうすれば、君は自由になれる。君が本当にこの村で過ごしたいと言うのなら止めないよ。でも、本音は違うんだろ?」
「そ、そんな無責任な! それに……そんな事は……」
セルテは、顔を紅潮させてイオリの提案に煩労する。生まれ育った村を壊せなんて言われれば誰でも怒るだろう。なにより、ここはセルテの心のよりどころだ。だったら、他によりどころを作れというのがイオリの考えだ。
「うん、俺はこの世界の人間じゃないから、無責任な事を言えるんだ。だから、もう1度言う。この村を壊して、自分を解放するんだ。もし、君の前に何かは立ちはだかるなら一緒に壊してやる。だから、俺を信じろ」
しばし、沈黙が続いた。セルテにとってそれを選ぶことは新しく生まれ変わるような事と等しい。その一歩を踏み出すには勇気がいる。そのためにイオリは手を差し出してくれてるのではないのか……セルテの心は揺らぐ。
「……ほ、本当に? 本当に……壊してくれるの?」
「ああ、任せろ」
イオリの目は本気だった。この男なら、本当にそうしてくれそうだ……セルテはしばらく考えてから、言葉を小さく紡ぎだした。
「……じゃあ、ついて行く……よ」
「ついて行く? ……まあ、いいや。これからもよろしく、セルテ」
「うん……」
セルテは心のつっかえが取れたように感じる。これが、自由になったという事なんだろ。ありがとう、とセルテは心の中でお礼を言った。
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再び1人になった夜空の下で、イオリは手のひらから神剣トリシュラを出してそれを眺める。威力が高いだけあって、これには制約が何個かある。ステラを再生する際にセルテに説明しなかったのも、制約の1つで、剣の効果を人に話してはならないというものだ。
何より、この剣は殺して生き返すという、破壊と再生が両立しているというのが特徴的だ。この剣によって命を絶たれた人間は死なずに生き返る。いや、死んでから生き返る。
不思議な剣だが、それでもイオリは気に入っている。それは、使い方によっては最強の剣だから。月光に照らされた、イオリの顔に笑みが浮かぶ。ひとまず、戦いは終わったのだ。




