IMMORTALS 08
「あれは何?」
不意に薫が指差した方向に皆が視線を向けた。
崩れた壁の上方に輪郭を青白い炎で纏った黒い球体がゆらゆらと揺れていた。バスケットボールほどの大きさの球体は無音のまま広人らの方に一歩分ほど進むと、小刻みに震えだした。
「想定外なのです!」
「マズイ!」
萌木と柏原がそれぞれ一言発した途端、空間そのものが白い閃光で覆われた。
あまりの眩しさに球体を直視していた広人は反射的に目をつぶっていた。
……。
静寂。
無音。
先程までのノイズや環境音、薫たちの声がぷつりと途絶えた。
広人は深く息を吸い込んでからゆっくりと瞼を開いた。
「なんだこれ…」
何もない白一色の空間に広人は立っていた。
先程までいたはずの場所とは明らかに違う。
「どういうことだ?」
その問いに答える人物を求めるように、広人は声に出してそう呟いた。
「何がどうなってる?みんな大丈夫か?」
次第に声を大きくしながら広人は言葉を発し、システムウインドウを開くために右手を横に振ってみた。広人の悪い予感は見事に的中し、その動作に呼応して現れるはずのウインドウは開かなかった。
上下左右、白一色の空間は平衡感覚を麻痺させるのか、眩暈に似た不快感を感じたため、広人はその場に腰を下ろすと再び目を閉じた。
思考を止めることなく、広人はこの空間に放り出される直前のことを思い起こしてみた。
柏原と萌木の言葉から、この状況を作り出したのはあの球体で間違いはない。罠を仕掛けたつもりが結論から言えば、相手の術中にはめられたということになる。
この空間がどういう原理で作り出されているのかなど、理解することすら遠く及ばないことだが、ひとつ言えるのは、広人をこの空間に閉じ込めたということは、相手に何らかの意図があるということである。そうなれば今出来る事はひとつ。相手からの接触を待つことのみだった。
当然のことながら接触を待つにしても、そのタイミングは相手に主導権がある。一分先か、五分先か一時間か…、下手をすれば一日、数日ということもありえる。悲観的なことも考えたのだが、それはありえない。なぜなら広人は自宅から仮想世界にダイブしているため、両親が異変に気づけば物理手段を用いて強制的に現実世界へと引き戻してくれるからだ。
そう考えると永久にこの世界に閉じ込められてしまうという選択肢はない。
自分が現実世界に復帰を遂げた後、薫たちの安否を確認すれば済むことである。いずれにしろ最悪の事態になることだけはないのだ。
「さてと…」
広人は居心地の悪さを忘れるために、日本史の年号をぶつぶつと唱え始めた。
唱えながら薫や亜紀達のことを考え始めた。
この状況に耐えていられるのだろうか。自分と同じような事を考えているだろうか。もしかすれば相手と何らかの接触をしているのかも知れない。何より無事であってほしい。否、無事であるべきである。
広人は天を仰いだ。
「ゲームシヨ」
その声に広人は目を見開いた。
声の主を探して広人は辺りを見回した。
「ソッカ、見ツカラナイヨナ、コレジャ」
合成音声がそう言うと、目の前に黒い球体が現れた。
「オマタセオマタセ。先ニ言ッテオクケド、ミンナハ無事ダヨ」
感情のないその声は無事という言葉を口にした。薫たちに危害は加えられていないことはわかったが、安易に信用は出来ない。
「コレマデノトコロハネ…」
そう付け加えた球体に向かって広人は問いかけた。
「何がしたい?」
「簡単ナコトダヨ、質問ニ答エテモラウダケ」
「答えなかったら?」
球体は失笑してから言葉を続けた。
「直接キミ達ニ害ハ及バナイ。ケド、キミ達以外ノ人ニハ嫌ナ事ガ起コル」
「質問は何だ?」
「イイネイイネ、キミ達ミンナ物分リガ良クテイイ感ジ」
「それはどうも」
球体は高笑いを上げると、少しの間を置いて声を出した。
「ゲームスル?シナイ?サアドッチニスル?」




