閑話 敵対者達の憂鬱
すみません。年度かわりで忙しく、更新が滞っていました。
ワーランド王国の東方に位置する都市、ユーリッジ。
この都市はワーランド王国の5大都市に数えられるほどの規模の大きな街で、当方の経済圏の中心ともなっている。
この街を領都として周辺を領地に持つのは、国内有数の貴族であるセルドズ公爵家。
その領都であるここユーリッジには、当然領主である公爵家の館がある。ユーリッジの中心にひときわ大きく、権力を誇るがごとく豪華な館が建っているのが、それだ。
館の一室に、男が机に座っていた。
部屋はその館の規模に相応するかのごとく絢爛たる装いを持っている。そしてその部屋の、いやこの地の主である男も、高品質な服を身に付け、装飾品もいわずもがな、そして流麗な動作もすべてにおいて一流貴族の典型ともいうべき姿であった。
その男の名はロムルス・ユーリッジ・セルドズ。歳は50歳前後。やや大柄で恰幅の良い体格をもち、ダークブラウンの髪を丁寧になでつけてオールバックにしている。
ここ領都の名前をミドルネームに持つこの男こそ、セルドズ公爵家の当主その人である。
このセルドズ公爵家は、数年前までは国内の政治の実権を握り、ほしいままにその権力を振るっていた。
しかし、時の王太子とその協力者である民衆派の貴族たちによるクーデターによって、その絶大な権力を一気にはく奪されてしまい、現在では国の中枢に力を及ぼすことが困難になっている。
クーデターの際には公爵は領都に帰っていて身柄を拘束されるというようなことは無かった。むしろ公爵本人が王都に居なかったその機を狙ってクーデターを起こし成功させたともいえるのだが、とにかくセルドズ公爵は現在権力の中枢にはいない。
今、そのセルドズ公爵は、机の前で、不機嫌な顔で資料に目を通している。そして不機嫌な顔そのままに書類を置き、机に置いてあった呼び鈴を持ち上げて鳴らす。
チリンチリン・・・
その音に反応するかのように、すぐさま部屋の正面扉が開き、初老の男が姿を現した。
「お呼びでしょうかロムルス様。」
そう答えたこの男は、公爵の直属の執事であり、名はロバーツという。
「この報告書の事だ。兵が思うように集まってはおらぬではないか。」
不機嫌な顔のまま、不機嫌な声色で執事に問いただす公爵。
「申し訳ありません。何分秘密裏に集めようとしておりますので、手が限られます。」
「言い訳するな。なにがなんでも兵を集めねばならんのだ。」
「は。」
公爵の怒りを受け止めた執事は恐縮したように首を垂れる。
公爵は権力の座に返り咲くことを熱望していた。
彼はかつて10年以上もの間その権力のトップに座り、その力を存分に使い、様々な恣意的なことを行ってきた。そして権力の座を追われたいま、かつての自分の「無敵」ともいうべき力を懐かしみ、そして再び取り戻すことを目指していた。
権力に魅入られた男、それがロムルス。
「・・・仕方がない。もはや秘密裏に行うことはやめ、もっと大々的に兵を集めよ。」
「し、しかしロムルス様、それでは王子側に露見してしまいます。それだけでなくこれを口実に処罰を言い渡されるかもしれません。」
「もうすでに王都の連中は、我が兵を集めていることを感づいておるだろう。今更秘密裏に進めても無駄だ。ならばもう隠さずに行い、できるだけ兵を集めるのだ。」
「そ、それでは本当に反逆罪となってしまいます。それはおやめになった方がよいと・・・」
公然と兵を集めていることを知られれば、反逆を企んでいると言われても文句は言えない。執事は何とか公爵に思いとどまるようにと言った。だが、公爵は執事を見据えて、こう言った。
「構わん。」
「・・・!」
この言葉に、執事は言葉を失った。
公爵は、王家に反逆を企んでいる。それは薄々感じてはいたが、それが本当であるならばなんとか思いとどまってもらうように、執事は陰に陽に言葉に込めていたし、兵を集めることも実際には積極的には行わなかった。
しかし、ここに至って公爵の決心は揺るがないことを執事は理解した。
公爵は、王都に向けて進軍する。そのための兵なのだ。もう止めようがない。
執事は首をうなだれたまま、自分の無力を感じるのだった。
「いまから大々的に兵を集めても、おそらく王子の軍には数で及ばないと思われます。」
ロバーツのこの発言は、もはや公爵を思いとどまらせるためのものではない。事実を告げ、公爵に判断してもらうためだ。
彼は長年公爵家に仕え、現公爵が子供のころから仕えてきた。そこには公爵家に対する恩義のほか、長年の絆もある。公爵も、執事である彼を行使において信頼し、重用してきた。
執事は最後まで公爵家に忠義を尽くすつもりである。反逆者になろうとも公爵家のために働こうと決意を新たにしていた。
「どれほどの差になりそうか。」
「おそらく王子軍の7割程度にしかならないかと。」
「そんなものか。」
その言葉を聞いて、公爵は苦虫をつぶしたような顔になった。
戦は兵の過多で往々にして決まる。兵が多い方が勝つのは常道。少数で勝てなどというのは奇道で、それを前提に戦略など立てられない。
公爵はそれをきちんと理解している。このまま戦っても勝てない。だから嫌な顔をしたのだ。
「味方になりそうな貴族は数に入れたか?」
「入れております。そのうえでの数となっています。」
「むう、苦しいな。」
兵数が少ないので勝つ見込みは少ない。だからといってこのまま引き下がろうとは公爵には考えられない。
『もう一度権力の座を手に入れる』
その思いが強いため、後退して時を待つなどという気持ちにはなれなかったためだ。
また実際問題として、このまま時を待っても差は縮まるどころか広がっていくはずである。もし勝負をかけるならばここでしかない。
権力を握るためにはここが最後のチャンスなのだと認識しているが故である。
「ならばその兵力差を穴埋めする方法を考えるしかないが・・・。」
そう言って少し思案していた公爵だったが、ふと思い出したように執事に聞いた。
「あ奴は戦力になるか?」
「あ奴とは?」
「ほれ、前に拾ったヤツがおったろう。なんでも他領で禁忌の魔法陣研究をしておったとか。」
「ザルクルースでございますか。」
「おお、そいつだ。」
執事が口にしたザルクルースという名前。それはかつてミズマで指名手配された禁忌の魔法師であり、テオとレミアの体に魔法具を埋め込んだ者の名前であった。
ザルクルースはあれから逃げ延びて、現在はこのセルドズ公爵家にかくまわれていたのだった。
「あ奴が主張していた『強化兵』なるものは、今はどうなっておる。」
公爵は過去の記憶を思い出す。ザルクルースが「兵を強化するすべがある」との言葉に耳を貸し、一人にその施術を施してみよと命じた。果たして、そのものはそのギフトの能力が一時的に大きく向上し、公爵を驚かせ、同時に喜ばせたのだ。
以来ザルクルースは公爵に雇われ、公爵領にて潤沢な資金を得て研究と実験を行っていた。
「懸念点であった持続時間も実使用できる程度には改善したようです。」
そう言った執事の顔には嫌悪感が漂っている。彼はこれまで、公爵の命令でザルクルースの研究を補佐してきたのだが、彼の言動、行動、思想などを知るにつれて、彼を好きになることなどできないと感じるようになった。
彼はザルクルースの、魔法を至上のものとし他の犠牲を一切顧みないという姿勢をはっきり嫌悪していた。同時に、人に改変を施すという考え方にも忌避感があった。くしくも賢者アルフェイトと同じように。
「そうか。・・・しかし強化兵は、かつて太后を連れてくることが叶わなかったんだったな。」
公爵は思い出していた。公爵はかつて太后エリザベートを誘拐しようとした。配下のうちでもっとも手練れの者たちを選び、一人に強化の魔道具を施して作戦を実行したのだが、結局は失敗している。その顛末を調査した結果、その街にいた賢者とその弟子が邪魔をしたらしい。なんとも憎たらしい者たちだと悔しがったものだ。
「強化兵にあまり過度の期待は出来んか。しかし戦力になりそうなものは少しでも使わねばならん。・・・強化兵はどれほど造れそうか?」
「現在50人ほどと聞いています。」
「その程度か。足らんな。もっと強化兵を造るように命じよ。いま正規の兵士を使うわけにはいかんから、牢にいる犯罪者などを使って増やすのだ。」
「犯罪者のうち戦闘系のギフトを持つ者はすでに強化兵へ使っており今はいません。」
「む、そうか。ならば・・・そうじゃ。王都には多くの犯罪者がおるだろうが。あそこの牢の管轄部門はまだ我の力が及ぶはずだ。その犯罪者どもを連れ出してここにに連れてくるのだ。そしてそいつらを強化兵にせよ。」
「・・・王都の犯罪者の中には、殺人などの重罪のものも含まれます。そのような者、戦の役に立つでしょうか。」
執事は懸念している。犯罪者は往々にして利己的で、軍事のような規律が必要となる行動には向かない。そして何より街に犯罪者を連れてくるということは、街の治安の悪化は避けられない。利はあれど、弊害の方が大きいと感じるのだ。
しかし公爵は執事の懸念に気づかないように、彼に命じた。
「役に立たせるのだ。今はどんな者でさえ使えるのならば使わねばならん。まずはザルクルースを呼べ。」
そう言って公爵は机に座って、目をつぶった。未来の軍事行動に関して思案し始めたかのようだ。
執事は発言しようと口を開きかけたが、思いとどまって、一礼をして部屋を出た。そしてその足は、公爵の命令に従うべく、狂った魔法師の部屋へと向かって行った。
◇◇
王都の、ここは地下。
殺人などの重犯罪者たちが収監されている牢獄。
あまたの荒くれ者たちが集まっているここの一室に、男がいた。
男は囚人用の服を着て、石畳の牢獄の床に座っている。体は大きく筋肉質で、座っていても威圧感がある。手は背中側で金属の手錠をつけられていて満足に手を動かすことができない。それほどの処置を施された犯罪者だった。
彼は過去、南部の街の冒険者だった。
『大剛力』というレアなギフトを授かり、冒険者として将来を嘱望された。しかし彼本来の性格は粗暴で、次第に自己的な振る舞いが目立つようになり、結果、仲間を見捨るといった殺人、あるいは強姦などを大小さまざまな犯罪を行ってきた。ギフトによる力、そしてギルド長による隠ぺいなどもあり、鼻つまみ者でありながらも大手を振って街を闊歩してきた。
そんな彼を捕らえたのは、同い年の冒険者だった。彼はその男を前に一歩も引かずに戦い、そして勝利した。
男が初めて知る敗北の味。
同時に、彼と癒着していたギルド長も犯罪を暴かれて失脚。
以来彼は王都において牢屋暮らしとなっていた。
男の名前は、ダントン。
彼はこれまでに何万回も、彼を捕らえた者の名を口にし続けていた。まるで詛呪であるかのように
「ロディ・・・ぶっ殺してやる。」




