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ACT:06  このままじゃダメだよね?

 今年の1月。高校一年の3学期。

 実力テストの結果が出る前から私は、予想出来る点数の低さにかなりへこたれ気味だった日。

 掃除当番の絵里とは教室で別れて、私は1人で部室である放送室に向かっていた。

 そう、確かその日は部長になった後藤君は個人面談があるとかで部には来れないと言っていて、絵里が来るまでどう時間を潰そうか考えていたの。だからかな? ドアを開けてらパイプ椅子に先輩が座っていたのを見て私はちょっと驚いたの。

 2学期で引退した3年生。たまに顔を見せにくる事はあったけど、受験までもう日がなくて、他の部のOBは新学期になってから1回しか来なかったのに。

「河東先輩。来てたんですか?」

 ドアを閉めながら言う私に先輩は「少し寄っただけ」と答えて、何かを考えるような素振りで視線を泳がせたように見えた。

 なんだろう? と思っていたら後藤たちは来ないのかと聞かれ、面談と掃除当番で直には来れない事を先輩に伝えた。

 私は机を挟んで先輩の前に腰掛けた。そしてお弁当箱を取り出しながら。

「先輩。お弁当持って来てるんですか?」

 そう聞いた。

 テストは午前中で終わっている。学食も開いているけど、先輩はほとんどお弁当派だったはず。

 家で食べると答えられて、私はどうしようかと少し悩んだ。目の前で1人でお昼食べるのも何だか気が引ける感じだしなあ。って、そんな事を考えていたら。

 

「関崎、誰か好きな奴いるのか?」

「え?」


 余りにも突然な質問に私は箸箱を持ったまま、多分、間抜けな顔をしたと思う。

 私は何度も瞬きをして先輩を見た。

 先輩は私から視線を外す事無く、私にとっても驚きの言葉を口にした。

「俺と付き合おう」


 言われた瞬間、私は口の中が乾いた。

 耳も頬も熱くなって、頭がのぼせた。

 その事はよく覚えてる。

 私は、頷いて答えた。


 私は先輩からの告白に、ちゃんと答えた。のに。

 お試し期間ってなんですか?


******


 絶句したまま立ち尽くしている私を、先輩は何だか冷めた目で見下ろしている。

 ふいに顔を背けてまた歩き出されて私は慌てて追いかけた。

 何? なに? なに?!

「ちょっと待って下さい! 先輩っ」

 先輩の傍まで駆け寄って、他に人が来てしまったから、駐車場まで私たちは黙り込んで歩いた。

 頭の中はパニック状態。がんがんがんがん頭痛がしてるみたい。


 駐車場の入り口に並んでいた自動販売機で、先輩は自分用のコーヒーと私にミルクティを買ってくれた。

 11月になってるっていうのに今日はとても温かくて、ホット類はあまり売れてなかったのか、手渡されたそれはかなり熱くて、私はその熱で自分の指先が冷えていた事を知った。

 車に乗り込むときはドアを開けるのにすごく勇気がいった。

 先輩は直には車を動かさずに、買ったコーヒーを飲み始めた。

 私もプルトップを空けて、一口飲んだ。熱いと思っていたのに飲んだらそんな事はなくて、私は小さく息を付いた。

 

 無言のプレッシャー。はう。なに? この空気はっ!


 うう、このままじゃ駄目だよね?

 聞かなきゃ。ちゃんと、確かめなきゃ。

 私は気を落ち着かせるためにミルクティを半分ほど一気に飲んだ。

 もしかして先輩も気を落ち着かせるために飲み物買ったのかな?

 ちらっと先輩を見たら、ハンドルに両手を付いて先輩は窓の外を見ていて……なんだか泣きそうになってしまった。

 こら! 私! 泣くところじゃないぞ!

 話もせずに分けわかんないまま泣くなんて駄目過ぎるもん。

 私はぐっと一度下唇を噛んで、温くなったミルクティの缶を握り締めて、先輩に問いかけた。

 顔は怖くて見れなかったけど。

「お試し期間ってなんですか?」

 俯いたままの私の右側が衣擦れの音と共に動いた。座席に先輩がもたれたみたい。

 また無言。長いのか短いのか、気持ちの上で判断が付かない。

 それは、私に掛かる事ですか? 先輩に掛かる事ですか?

「そんなんで、キスしたんですか?」

 あれはお試しだったんですか?

 泣くな泣くな泣くな! ちゃんと話をしろ!

「意味わかんないです」

「意味わかんねえのはこっちだろ」

「先輩が言ったんでしょう?」

「言ったのお前だろ」

「は?」

 私が言った? 何を?

 窓を閉め切っている車内に嫌な感じの熱気が篭ってる。

 思わず先輩を見たら、先輩も私を見ていて、お互い意味が分からないといった具合に眉根を寄せて。

「お試し期間って言ったっていうんですか?」

「お試し期間だってお前が言ってただろう?」

 と、同時に言った。

 私はぽかぁんと口を開けて先輩を見た。

 はぁあ? とかなり大きい声を出して、私は先輩に詰め寄った。

 先輩は驚いた顔で身を後ろに、運転席側のドアに引いた。

「私が? いつ? 何処で? 何時何分何秒にそんな事言ったっていうんですかっ?!」

 馬鹿かこの人はっ! どうして私が! そんな事言ったと思ってるの?

「私は先輩から見たらお試しでキスするような、ううん違う、お試しだと思ってたのに先輩は私にキスしたんですかっ?!」

「そ」

「なんですか?! なんなんですか?! 付き合おうって言ったの先輩でしょう? 私ちゃんと答えたじゃないっ! 何? 別れたいから私から言わそうとしてるの?」

 勢いで口に出た言葉はずしんと私の胸に落ちた。

 そうなんだろうか? と自分で言った事に激しく思考が沈み込んでしまった。

「メールしても返事あんまりくれないし、バイトばっかりで会う時間少ないし」

「かお」

「付き合おうって、卒業前のただのノリだったんですか?」

 睨むように私が言ったら、先輩が、思い切り、ハンドルを殴った。

 しんと静まった車内で、私と先輩はぴくりとも動かずに、呼吸を落ち着かせる事に専念した。したと思う。

 先に口を開いたのは先輩だった。

「その場のノリだと思ってんのか?」

 私は首を振る。そんなの悲しすぎる。

 あの日、先輩は私が来るのを待っていた筈だ。そして誰か来ないか確認して、告白してくれたんだと、家に帰ってから気づいた。その場の、なんて思ってない。思いたくない。

「ちょっと待って」

 と、先輩が両手で顔を覆って何か呻き出した。

 なに?

 私は先輩に詰め寄っていたけど今は離れてる。力任せにハンドルを殴った先輩がちょっと怖かったから、ドア側に身を寄せている。

 私が身動ぎせずにいると、先輩が顔を覆った指の隙間からちらっとこちらを見た。

 先輩は小声で、最悪って言った。

 あ~あ、もう泣いてもいいかな? 意味分かんないや。最悪なんだって……。

 バス停どっちだっけ? 今、車降りたりしたら先輩、追いかけてくれます? 来なかったら? だめだめ! 逃げるな! 何から? もう、落ち着け私、喧嘩したいわけじゃないんだから。

「あのさ」

 先輩の言い難そうな声色に、私は「なんですか」と小声で返した。

 そして、先輩の次に続いた言葉に私は絶句した。

 ええ、もう、そりゃあかなり絶句しましたよ!


「言ったんだろ? 後藤たちにさ」

「何をですか?」

「俺との付き合いお試しだって」

「……………………は?」


 私がひたすらぽっかーんとしていたら先輩がそっぽを向きながら。

「卒業式の日に言われた。『ああ、お試し交際ね』って」

 何を言ってるんだろう先輩たちは?

 私は怪訝な目をしながら先輩に詰め寄り直した。

「私そんなこと一言も言ってませんっ。っていうか、先輩そんな事信じたんですか?!」

 後藤君っ! あんた! なにのたまってくれてんの?! で、先輩も信じたの?

 それよりもなによりも後藤君! 今すぐここに来なさい! 来て私たち2人に発言の真意と釈明をしろ~!

「そういう感覚なのかと思った」

 静かに言う先輩に、私はちょっと頭が冷えた気がした。

 取り合えず後藤君の事は置いといて、きちんと話を付けた方がいいと思って。私は深呼吸して先輩に言った。

「そんな感覚ありません。す、す、す」がんばれ私「すすきな人から告白にお為しだなんて思いませんっ」

 ススキな人って何? しまった私! 先輩が妙な顔してる。

 あ、穴があったら入りたい。うぐ、挫けるな私!

「先輩は、その、先輩から私一度もその、好きだとか言われてないんですけど、先輩はその」

 あの、えっと。お試し期間平気な感覚だったのですか? と、私は口をもごもごさせながら聞いたの。

 先輩はまたむっとした顔をして。

「お前から好きだとか返事貰ってなかったから、そうなのかと思った」

 と返されて。

「う、頷いたじゃないですか。そもそも好きだって、先輩からだって言われてません」

「付き合おうって言ったんだから言ったようなもんだろう?」

「い・わ・れ・て・ま・せ・ん」

 じっと見上げる私に先輩は、むやみに眼鏡の位置を直しながら空咳をして視線を外した。

 ぬお! 逃げですか先輩?! 誰が逃がすかっ。

「私は先輩にとってなんですか?」

 返答によってはマジ泣きしてやる。

「彼女。好きな子」

 思わず私はきょとんとしてしまった。すごくすごく今までずっと欲しかった言葉。告白。先輩の本心。

 ほんとに? なんて野暮なことは聞き返さない。耳が赤くなった先輩にそんな意地悪できなもんね。

 黙った私に先輩がお前は? と聞いてきた気がする。こういうのもアイコンタクトって言うのかな?

 私は自然ににっこり笑って。

「私は先輩の彼女です。先輩が好きな彼女です」

 って答えたっていうのに。

「本当に?」

 なんて、なんて野暮ったい人なんだろう。ちょっと呆れる。

 んまあ、後藤君は明日締め上げてあげるとして、今は先輩よね。

「自分から告白してOKされったっていうのに、他の後輩が言った馬鹿話を本気で信じて落ち込んでる所も好きです」

 これくらいは言い返してもいいよね?

 先輩は憮然な表情で私を見た。

 私はただ笑い返す。

 勘違いな誤解からの勘違いな喧嘩は案外あっさり収まりました。

 良かった。ええっと、今何時かな? デートのやり直し時間ある? もう一度パークに戻る? なんて私が考えていたら、先輩が運転席から助手席に方に身を乗り出して来た。

「言葉も態度も足りなかったんだろうな」

 そんな事を先輩は真剣な顔付きで言うもんだから、私はまごついてしまった。

 考えてみたら10ヶ月付き合って「好き」って言葉で確かめ合ったのが初めてって、困ったカップルだったんだなぁ。そりゃ甘くもならないよね。

「多分じゃなくて、全然足りなかったんだと思います」


 気分が高揚してしまった喧嘩の後だったからかな? 先輩がそのまま私の肩を引き寄せて。

 ―― だけど、私は先輩の胸に両手を付いて押し止めたの。だって。

「あの、まったく嫌だとかではないのですが、その、駐車場、結構人が居ます」

 ええ、悔しい事に……。いちいち人の車の中なんて見ていないだろうけど、む、むりです。見られてても平気よラブうっふんレベルが足りませんっ!

 告げると先輩が手を離して運転席に深く腰掛け直して、きっともう冷たくなっている缶コーヒーを飲んで「帰るか」と、ぽつりと言った。

 ここは、人が居ても軽くなら私は平気だと、がんばって答えるべきかどうか、ちょっと悩んだ。


 それにしても、後藤忠信っ!! 貴様は先輩になんであんな事言ったんだ! 明日覚えてなさいよ! もう!


 

 私の17歳のバースデイ・デートの終わりは初めての喧嘩と気持ちの確認っていう、まあ、最終的には良かったのかな? って感じで終わりました。


******


 翌日、部室に行くと後藤君が即効で私に謝ってきた。昨夜の内に先輩にまあ、締め上げられたらしい。

 彼女だと思ってた相手から『やっぱぁムリー。お試し期間終わりー。じゃあねぇ』って振られた直後に私と付き合い始めた事を聞き――― 先輩に八つ当たりしたらしい。


 人の幸せ怨んじゃだめだよ後藤君…………。



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