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ACT:02  水着でGO! …ならず

 夏休みも半分が過ぎた蒸し暑いかんかん照りの木曜日。

 私、関崎香織は濃紺を基本にしたワンピースに白い大きな襟とたっぷりした膝丈のフレアスカートという格好で、ただ今せっせとアルバイト中です。

 場所は駅前にある、こじんまりとした個人経営のケーキ屋さん。

 特製ふわとろプリンは雑誌にも取り上げられるほどで、他県からもお客さんが来るほどの人気店なの。

 いらっしゃいませと、笑顔で親子連れのお客さんを出迎えて注文を取って、お持ち帰りの時間もちゃんと聞いて、それに合わせて保冷材を入れてっと。

 接客もお仕事の段取りとかも大分さまになってきたと思うの。

 勉強にバイトに頑張っている高校2年生の夏。

 あとは「恋」っていう単語がくっ付けば言う事ないんだけどね!


 バイト終わり、制服から私服に着替えて、更衣室兼休憩室でお茶とクッキーを貰っていたら。

「関崎さん。はい。お疲れ様」

 と、おっとりとした笑顔と共に『関崎香織様 7月分給与』と書かれた茶封筒を差し出してきたのは、パテシエでありオーナーである大槻さんの奥さんの恵美さん。

 35歳2児の母と思えない可愛らしい感じがする恵美さんは、にこにこしながら先を続けた。

「明日から盆休みに入るけど、来週の水曜日からまた頑張ってね」

 そう言われ、私は元気良く「はい!ありがとうございます!」と返事した。


 生まれて初めて自分で働いて貰ったお金。ちょっとまた大人になった気がする。バイトでこんなに大変だったんだから、部長やってるお父さんなんかもっと大変なんだろうな。もちょっと感謝しなきゃね! なんていい子な事も思ってしまいました。

 家に帰って誇らしげに給与袋をお母さんと妹に見せたら。

「無駄使いしちゃ駄目よ? 半分は貯金しなさい」

 と、お母さんから小言(だよね?)をもらい、妹からはカキ氷を奢る約束を取り付けられた。

 くっ! 感動の少ない家族めっ!

 

 先輩は、初めてバイト代を貰った時どんな感じだったのかな? 私と同じように『ちょっと大人な気分』を味わったのかな?

「明日お給料袋見せちゃおっかな? ん~呆れるかな?」

 何持ってきてんだ? とか言いそうよね。

 ま、そんな事より明日は夏休みになって初めてのまともなデートなんだから、着て行く服早く選んどかないとね。

 私は服を選んでから、いつもより入念にケア目的でお風呂に入って、天使の輪が出来ますようにと祈りを込めてトリートメントをしました。

 女の子は頑張ってるんだからね? 先輩に気付かれない空しさにめげずにね……。


******


 白いコットンレースのマキシ丈のワンピースに短めの丈のデニムベストで甘くなり過ぎるのを抑えて、脚長効果を狙ってと、髪は昨夜頑張ったから自然に流してます。

 先輩との待ち合わせまで後5分。意外と遅れて来る事はない彼だから、もうそろそろ来ると思う。

 

 人ごみの中、黒地に白い英語のロゴ入りのTシャツにジーンズ姿の先輩、私の恋人、河東耕一さんを見つけて私は慌てて持たれていた壁から身を離した。

 私に気付いた先輩は歩調を変える事無く(たまには駆け寄って来て欲しい……)傍まで来て立ち止まった。

 ううう。10日ぶりだよ! 先輩に会うの! バイト掛け持ちしているからって全然会ってくれなかったんだよ? 酷いと思わない?

 まあ、掛け持ち分は終わったっていうから残りの夏休みは会えなかった分、一杯お出掛けしてもらうんだからね。今日約束取り付けておかないと。


「映画、昼イチの分の券先に買って来た」

 と、久しぶりだというのに甘い言葉のやり取りもなく、連絡事項から会話スタート。まあ、いいけどね。

「お昼から?」

 私はチケットに書かれた上映時間を確認した。13:25。あと約3時間半。

「買いたい物あるんだろ? 先に行こう。飯食う時間もあるからさっさと決めろよ」

 先輩の言葉に私はなるほどと思いました。

 外せない予定があると女の買い物は早く済む。そういえば前に一緒にテレビ見ていた時にそんな事言っていたキャスターがいたな。先輩、早速実践ですか……。

 私はちょっと唇を尖らせて。

「下見はしてるからそんなに時間掛からないもん」

 と言って、カバンからほら見てと、初めての給与袋を取り出して先輩に見せた。

「今日は自分で働いたお金で買い物するんだから! 先輩にもなんか奢りますね」

 微笑む私に先輩は。

「奢るのはいいから」

 と、そっけない反応。

 踵を返して駅前のショッピングモールに歩き出した先輩を、私は慌てて追いかけた。

 ちぇ。先輩も感動薄いなぁ。なんて思っていたら。

「欲しい物あって頑張ってバイトしたんだろ? 自分の事に使えよ」

 そうぽつりと先輩が言ってくれて、何だか凄く嬉しかった。


******


 5分。10分。と経つにつれ、先輩の顔が強張ってきた様な気がする。

 私は急いで前に友達の絵里と来た時に目を付けていた数着の水着を手にざっと先輩に見せた。

 私たちが今居るところは、水着の特設コーナー。女性用だけでなく男性用水着も置いているので、カップルも多く居るから先輩もそんなに居づらい訳ではないと思うんだけど。

 苦手だったかな? 淡々としているから気にしなさそうだと思って、先輩の好みを取り入れようと一緒して貰ったんだけどな。

 先輩は私が見せた水着数着を見て「それとこれ以外」とぶすっとした声で言った。

 試着室に持ち込めるのは3着までなので、私は先輩が候補から外した物を素直に元に戻して行く。


 そして私は水着を着て先輩に見せてを3回繰り返して……全部「似合わない」とあっさり一言で撃沈させられた。

 くっ! コアなリズムを毎晩刻んでいたというのに駄目ですか?!

 はあ、他に居るカップルなんかは仲良くあれこれ選んでるのに。私はじっと先輩を見て「どういうのなら似合うと思います?」と聞いた。

 けど、なんか、物凄く困った顔をして適当に近くにあったデニム素材のショートパンツ付きのワンピースを指指して「これ」と言った。

 って面倒臭そうにしか見えないんだけど?!


 先輩が選んで(と言ってもいいのかな?)くれた水着は露出は少ないけど可愛い感じの物で、先輩も「まあ、いいんじゃないか」と言ってくれたので買うことに決めた。

 本当は先輩を悩殺しちゃうくらいのビキニが欲しかったんだけどね。ああも似合わないと言われたら買えないわ。

 お会計を済ませたら先輩が小さく溜息を付いた。

 女の買い物付き合うのは男は疲れるらしいから、先輩もそうなのかな?

 今からランチして映画だっていうのに寝られたりしたら淋しいじゃない。

「ごめん先輩。やっぱり買い物付き合うの疲れました?」

 気遣う私に先輩は。

「……腹減った」

 疲労を隠さずそうぼやいた。


******


 混み始める前にレストラン街にあるパスタ屋に入ってランチセットを注文。

 メニューが来るまでの間は私がお喋りをして先輩が聞き役になっている。バイトの事や、妹にカキ氷を奢る約束をした事などを話していく。

「先輩。もう居酒屋のバイトだけなんですよね? じゃあ今度の日曜日に海かプール行きません?」

 その為に水着を買ったのだから。先輩を誘わなきゃ意味がない。

 先輩は一口水を飲んでから、無理と、本当に短く断ってきた。

「じゃあ何時なら大丈夫ですか?」

「明日から合宿で免許取りに行くから。2週間は家に居ない」

「へ?」

 フリーズ。聞いていませんが? 合宿? 2週間?

 私が呆気に取られているうちに、ウェイトレスさんがランチセットをお待たせいたしましたと、私と先輩の前に並べていく。

 先輩は平然とホークを手にパスタを食べ始めた。

 カルボナーラのベーコンとコショウの香りに食欲が刺激されて私のお腹が鳴ってしまった。

「って、それじゃあ夏休み終わっちゃうじゃないですか?!」

「合宿で取りに行ったほうが安いんだよ」

 その為にバイトも掛け持ちしていたと眼鏡の位置を直しながら言うの先輩の言葉に、私は思わず頬を膨らましてしまった。

 そんな予定、昨日決めたとかじゃないんだから休み前に言ってくれたらいいのに。だったら水着なんかじゃなくて洋服とか靴とか買ったのに。

 黙々とパスタを食べる先輩。

 私はつい愚痴を言いそうになって、慌ててサラダを食べた。折角のデート、ブーたれていたら勿体無いしね。

 落ち着け私。悩殺水着デートは繰越になっただけで中止になった訳じゃない。温水プールだってあるんだし。

 先輩が免許取ったら、あれじゃない? ドライブとか出来るしね。

 私はそう考えてふと先輩に聞いてみた。

「免許取れたら、どっか連れてってくれます?」

 すると先輩は咀嚼してから頷いてくれた。

「運転なれてからな」

 素っ気無い言い様にも慣れている私は、それでもにっこり笑って「約束ですよ?」と小指を出した。

 先輩は私の小指をじっと見て、何事もなかったかのようにパスタを食べた。

 ひっどい。


******


 そこそこ混雑していた映画館。夏休み中でアニメも何本か上映していたから子供も結構多かった。

 私と先輩は流行の邦画を観て映画館を後にした。

 手を繋ぐこともなく、並んで歩く駅までの道。

 背の高い先輩は歩くのが早いから、私はたまに小走りして追いかける。

 う~ん。告って来たのって先輩からなんだけど、ぜんぜん私寄りになってくれないのよね。

 この後、どうするのかな? まだ時間早いし何処か行く? なんて私が考えて居るうちに先輩は切符を買ってしまった。

 うん、まあね、今日の予定は済んだけど、あっさり過ぎないかな。

 たまに思うんだけど告られたのって私の勘違いなのかな?

 私が内心唸りながら放送室での事を思い出していたら先輩が「おい、いくぞ」と声を掛けてきた。

 私は慌てて定期券を取り出して先輩の後に続いて改札口に向かった。



 ガタンゴトンと、揺れる車内。通学中に見慣れた景色が窓の外を流れて行く。

 ドアの横に立っている私と先輩。観た映画の話を振っても「ああ」とか「そうだな」とか、気のない返事のみ。

 いつもの事といえどね、ちょおっと彼女としては淋しいですよ? 先輩分かってます?

 明日から合宿で本気で会えないっていうのにね。

 水着どうしよっかな。なんて私がつらつら考えていたら先輩が。

「夏休み中何処にも行かないのか?」

 と聞いてきた。

 私はこくんと頷いた。いつもはお父さんの方のおじいちゃん家に行ったりしていたけど、一緒に住んでいる孫、私にとっては従兄弟のお嫁さんが赤ちゃん産んだから、遊びに行っても大変なだけだから今年は遠慮したの。

 別棟に済んでいるから気を使わなくていいとは言ってくれていたけど、だからといってバタバタしている時にいけない。

 出産祝いだけお母さんが行って置いてきた。親戚付き合いも大変だよね。

 残りの夏休みかぁ。バイトと宿題と。

「絵里とか部の皆とプールくらい行こうかな」

 水着も着なきゃ勿体無いしね。 


 プシューと、音を立ててドアが開いた。先輩が私の手首を掴んで外に出た。ああ、先輩の家行くのか。

 結局いつも通りのお家デートでお仕舞い、か。

 カバンから定期券を取り出そうとして、あれ? と気付く。

 先輩が手首を放してくれない。

「……先輩。どうして手じゃなくて手首なんですか?」

 私が呟いた素朴な疑問に先輩は。

「掴みやすいから」

 と答えた。どういう意味ですか先輩?

 私はクエスチョンマークを頭に浮かべながら、連れ立って、というより連行よろしく先輩の家に向かった。

 はぁ~。ねえ先輩。も少しコミュニケーション取りません?

 


 夏、水着で先輩悩殺作戦は決行される事無く失敗に終わりました。

 めろめろに甘くなれるまでには、まだまだ掛かりそうです。






******






 バイトを掛け持ちしたのは免許を早く取りたかったからだ。

 車は流石に中古でもバイトだけの大学生には買える資金はないが、父親が乗用車、母親が軽自動車を持っているからどっちかのを借りて乗れる。

 車があれば行動範囲も広がるし、夜景とか香織が好きそうなのも連れていける。

 合宿で免許を取りに行く事はまだ言っていないが、確か去年部室で「毎年おじいちゃん家に家族で行っている」とか話していたから、どうせ地元にいないのだから問題ないだろう。


 

 真剣な顔をして水着を選んでいる香織を見る。他に視線を向けたら助平みたいで(女物の水着なんか凝視できない)香織しか見れない。

 5,6着選んだ香織はにこにこしながら、どれがいいのか聞いてきた。

 ……取り合えず、紐ビキニは戻させた。

 この場から去りたい。そうも思うが、放っておいて妙な水着買われたら困るから、香織が試着中も我慢して水着売り場に留まった。男性用コーナーが試着室に近くて助かった。

「先輩。これどうですか?」

 そう言ってカーテンから顔を出した香織。着た水着を見て「見合わない」とはっきり言ってやった。

 それを3回繰り返し。生地の多い奴(なんていうかは知らない。デニム生地の服みたいな水着)を勧めたら素直にそれを買っていた。

 どっと疲れた。なんでこいつは、あんな裸みたいな水着ばかり候補に選んでいたんだ? まあ、取り合えず無難な物にしてくれたから大目に見よう。

 会計を済ませ、傍に寄ってきた香織は。

「ごめん先輩。やっぱり買い物付き合うの疲れました?」

 そう小首を傾げて聞いてきた。

 身長差があるので俺が見下げる形になる。ずり下がった眼鏡を指で押し上げて表情を隠して。

「……腹減った」

 と、誤魔化して答えた。



 昼飯を食べている時に合宿免許を取りに行く事を伝えたら、どうしてだか黙り込まれた。

 なんだろう? と思いつつ運ばれてきたパスタを口にした。

 香織もサラダを食べだし、少ししてこう聞かれた。

「免許取れたら、どっか連れてってくれます?」

「運転なれてからな」

 縦列駐車でヘマなんて、隣に彼女乗せててやりたくない。遠出するにするにしても慣れてからにしたい。「じゃ、約束ですよ?」

 と可愛らしく香織が左の小指を突き出してきた。

 ゆびきりげんまん。小学生じゃあるまいし19にもなって出来るかっ。



 映画を見ている間は香織はスクリーンに集中していた。

 面白かったと香織も思ってくれたようで、帰りの電車の中であれこれと話してきた。


 

 映画の感想なんかより、実は気になることが1つ。今日の買い物の行方。

 俺と出掛ける気だったのは分かったが、無理となったその後は?

 ガタガタと揺れる車内。各駅停車の電車はあまり冷房が効いていない。

 ふと会話が途絶えた。

 だから、聞いてみた。

「夏休み中何処にも行かないのか?」 

「絵里とか部の皆とプールくらい行こうかな」

 家族で帰省するんじゃないのか? 絵里って中里だよな? 友達は兎も角、他の放送部員って俺が居た時から女子部員は香織たち2人だけだっただろ?

 家まで送るつもりでいたけれど、思わず香織の手首を掴んで電車を降りた。

 俺の家がある駅だったから不審には思われなかったようで、ほっとした。

 というか、素直に付いて来過ぎだと思う。こいつ放っておいたら連れて行かれたりしないか?

 多少は疑問持てよ?

 俺のそんな考えを悟ったのか、香織が。

「……先輩。どうして手じゃなくて手首なんですか?」

 と、片手で定期を出しながら、素朴な疑問を口にした。

 ずれてる。家以外に連れて行かれる可能性とか考えてないんだろうな……。

「掴みやすいから」

 そう言うと、きょとんとした顔をして首を捻りながら、俺に引っ張られるまま歩く香織に気付かれない様溜息1つ。


 水着、服みたいなの買わせて正解、だったよな……。


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