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ACT:01  初めての作戦

 がやがやと騒がしい学校の教室。

 拷問じみた期末テストが終わって、私たち生徒は夏休みに向けて一気に開放ムードになった。


 私がお気に入りのピンクの花柄の文房具のセットを、学校指定の茶色い学生カバンに仕舞っていたら、友達の絵里が眉尻を下げながら傍までやってきた。

「か~お~りぃ」と可愛くて、でも情けない声で私を呼んだ。

「なに絵里。テスト駄目だったの?」

「赤点は回避出来たと思うけどぉ、お母さんの小言は回避不能っぽい」

 絵里はそう言って私の机に突っ伏して来た。そのまま上目遣いで聞いてくる。

「香織は?」

「中間の時より良いと思うよ?」

 ええ、そりゃあもう、冷ややかな先輩の眼光に逃げ場なく必死にお勉強しておりましたからね。


 私の親が交際に対してごちゃごちゃ言わないのって多分、先輩と付き合いだしてから成績が上がったからだと思う。うちの親って結構現金だ。

 

 絵里は茶髪のお団子ヘアを揺らしながら「夏休みのお小遣い減らされるぅ」と、ばたばたともがき出した。私は思わず笑ってしまった。


******


 絵里と連れ立って、私は部室である放送室へと向かった。

 私学じゃないから教室にはエアコンなんてないんだけど、部室は別。機材を置いている為、文明の利器エアコンがある。

 蒸し暑い廊下から部室に入ると、まさに地獄から天国。


「ふあ、暑すぎて息し難かったぁ。部室天国!」

「関崎ぃ部室着たらまずは先輩様に挨拶しろって」

 天国に着くなり、先に来ていた放送部部長、3年の後藤君がお弁当を食べながら言ってきた。

「テストお疲れ様です。後藤君」

 うやうやしく私と絵里はお辞儀をした。



 現放送部員は1年男子3人、2年は私と絵里の潤い2人、3年生は4人(内3人は幽霊部員)1年の3人は揃いも揃って今日から補習授業らしい。

 後藤君が抜けたらこの部、やっていけないかもしれない……。


「来年の新入部員ゼロだったらどうしよう?」

 そうもらした私に後藤君は。

「部活紹介の時にエアコン付きって事強調するか? 確か河東先輩が入部したのもクーラーあるからだったらしいぜ?」

 さらっと彼氏の名前が出て、ちょっとどぎまぎしてしまった。

 き、気付かれてないよね? 名前だけで反応って恥かし過ぎる。

 私はお弁当の卵焼きを食べて、表情を誤魔化しながら答える。

「クーラーかあ、そういえば先輩、6月くらいから部屋に冷房付けてるわ。入部の理由がクーラーあるからっていうの納得。暑がり過ぎ」

 ただの会話。のつもりだったんだけど、絵里と後藤君がきょとんとした顔を私に向けてきた。

 何? 2人とも、その奇妙な顔つきは?

 そんな事を考えていたら、絵里がわざとらしく体をくねらせて、後藤君がそれにビクッとした。

「いや~ん。お部屋でデート?! そっかあ、あんた等も付き合い始めて半年だっけ? ふうん。で?」

 と、絵里が私に詰め寄ってきた。

 興味津々といった様子で鼻息を荒くする。おいおい、女子高生でしょ? 絵里ちゃん。その鼻息、おっさんはいってるよ。

 よく分からない圧力を感じて私は軽く身を引いた。

「あの仏頂面魔人も最中の時は表情変わるの?」

 ふえ? 最中? 先輩の部屋と関係あるの事? ん? ああ。

「無表情で黙々と」レポートを書いている。そう続けようとしたら、絵里は盛大な声で。

「ええ!? 信じらんない! 何が楽しいのそんなんでエッチしてさあ」

「……っ」

 私は急激に体温が上がった。絶対上がった。

 どうやら最初から内容を正しく理解していたらしい後藤君は、ちょっと居辛そうにしてる。

 え~り~! 男子の前でその手の話は無しでしょ! って。

「違う! 勉強! 私が成績上がった理由がそれなの」悲しいが「お家デート=勉強会」 

 ああ、なるほどと、絵里が納得してくれたから、私はほっとした。

 けれど。

「気分転換にやることやってるから効率いいんだ?」

 と、絵里は首を傾げて見せた。

 私は焦ってむきになって言い返す。

「本当に真面目に勉強してるの! 大体私まだエッチした事ないっ」

 うう、大声で言っちゃた……。

 マジで? と続けようとした絵里を止めたのは後藤君だった。


「お前ら俺がいるの忘れてるだろ?! 女子なら多少は恥じらいもてよっ!?」


 はい。その通りですね、部長様。


 うん。まあ、こんな感じです。都立淀山高等学校放送部は……。


******


 17時の下校放送までお喋りをしながら過ごして(クーラー効果で運動部の子たちも涼しみに来たりするから結構わいわいしてる)自転車通学の絵里と後藤君とは校門で別れて、私は1人駅に向かう。

 自宅の最寄駅までは電車で約20分。先輩の家はその中間にある。

 定期を持っている私が先輩の家に行くことが多い。多いって言っても彼が私の家に来たのって1回だけなんだけどね。


 今日は途中下車はしない。先輩は夜11時くらいまでバイトに行ってる。

 駅前の居酒屋さんで、お客さんはサラリーマンがほとんど。だからかお店自体日曜が定休日。

 それは本当に良かった。日曜日にバイトされてたら月に1回も会ってもらえなくなりそうだから。


 先輩は会えなくても結構、かなり、平気みたいだけど。私がもたない。

 甘い言葉もラブい時間も1秒もなくっても、近くに居れたら幸せでほわんとなる。


 でも、最近それだけじゃ、ちょっと、物足りなくて淋しい。

 我が儘かな?

 絵里は、付き合って半年経つのにキスも無いってちょっと変とか言ってくるし。

 変なのかな?


 私、女として魅力無し?

 それとも、大事にしてくれてるから手が出せないとか? いや、大事にしてくれてるなら外歩く私に歩調合せてくれるはず……私、しょっちゅう小走りしてるもん。あ、言ってて悲しくなってきた。


******


 家に帰ってからも、ぼんやり先輩の事を考えていたら、3歳年下の妹が部屋まで来た。

 近所の人からは、よく似てるわね姉妹だってすぐ分かるわと、言われている。

 こげ茶っぽい黒髪は長さも2人とも肩甲骨あたりまでで、形も似ている。

 服も共通の物があるから、余計に似ている様に見えるんだと思う。


「お姉ちゃん、何か耳がコロコロする」

 妹の詩織(しおり)はそう言って耳かきを私に差し出してきた。

 お母さんが今お風呂中だから私の所に来たみたい。

 しょうがないなぁと、私は耳かきを受け取り詩織の―――。


「コレだわっ!!」

「わあ! な、何? お姉ちゃん?」


 私は達磨が付いた耳かきを握り締めた。

 コレはいい。単純だけど、何故今まで思いつかなかったのか。

 私は自分の閃きに、悪女の様に笑って見せた。


「お姉ちゃん、ニヤ付いててキモイ」

「…………」


 と、とにかく。明後日の日曜日はこの作戦でいくわっ!

 私はそう、心に誓った。


******


 で、やってきました。作戦決行日。

 私は出かける前にリビングに置いてある姿見で、全身のコーディネートのチェックをする。

 白地にカラフルな刺繍があるTシャツに生成りのミニスカ風のショーパン。後は、先輩の部屋は冷房が効きすぎているから、冷房避けの青いチェックのシャツ。これは鞄に入れておく。

 長めの髪はゆるい編み込みにしてシュシュで1つに纏める。

 先輩と付き合いだしてから、子供っぽくならないように気を使うようになった。

 だって、今、先輩の周りって女子大生ばっかだし? 大人の女の魅力にふらっとされたら嫌だし。

 ふらっとする先輩が、あんまり想像出来ないんだけどね……。


 「よしっ」

 私は気合を入れて、鞄の中に作戦アイテムを忍ばせて、自宅を出た。



 駅に着いたら私を迎えに来てくれた先輩がいる。

 なんて事はなく……うう、実は今までに1回だけなのよね、迎えに来てくれた事って。

 それも単に急に雨降って来たからって理由。まあ、雨の中ほったらかしにされなかっただけマシだったんだけどね。

 

 私はかんかん照りの夏の空の下を1人、通い慣れてきた道を行く。


 歩いて10分くらいで先輩の自宅マンションに着く。

 私はエントランスの防犯カメラの死角、カメラの真下に立ってハンカチと清汗スプレーで汗のケアをしてから、インターフォンを鳴らした。

 カメラ付きのインターフォンだから誰が来たのかは分かる為か「はい」の一言もなくオートロックの玄関ドアが開く。

 いつもの事だけどね。会話、あっても良いと思う……くっ!めげるものか。



 ちなみに先輩は自宅の玄関に出てくる事もほとんど無い。先輩のお母さんや弟がいるときぐらいかな? 出迎えがあるのは。

 7階にある家の玄関は私が行くと既に鍵が開いている。こういう時は家には誰もいない日だ。

「お邪魔します」と言って私は鍵を閉める。玄関を上がって直ぐ右側にある先輩の部屋の

ドアをノックする。

 

 う、寒っ。

 先輩の部屋に入って直ぐ思ったのは、部屋が冷えすぎって事。

「先輩。冷房掛けすぎ、時代はエコだよ?」

 私がそう言ったら、白いTシャツにジーパンというラフな格好の先輩が読んでいた音楽雑誌から顔を上げた。

「寒かったら上に何か着てろ」

「はーい」

 私は素直に冷房避けのシャツを着て、先輩の横にちょこんと座った。


「先輩。この後どっか行きます?」

 外デートを最近していない。テストも終わったのだから、何処かに出掛けたい気もして私はそう聞いた。

「暑いから嫌」

 一言返ってきた。うん。予想通り。


 先輩との会話はいつも私が一方的に話している。

 一応聞いてはいてくれているようで相槌とかは、たまにある。たまにね。


 部活の後輩のたちの話に後藤君が先輩と同じ大学を受けるらしい事、テストの結果が多分前より良いとか、そんな話を続ける。

 

「そういえば先輩、夏休みも平日はバイト?」

「掛け持ちする」

 へ? 掛け持ち? え? 聞いてないわよ。

「え!? バイト掛け持ちしたら今以上に会いにくいじゃない?」

 私は思わず不平を口にした。

 そりゃあ、バイト頑張るのも良いと思うけど! 恋人との時間も考慮して欲しいもの。

 先輩は煩そうに顔を顰めながら。

「掛け持ち分は短期で盆前には終わる」

「お休みの日は?」

 私はデート予定を早めに入れておきたくて、確認する。

 けど、返ってきた答えは期待していたものじゃなかった。

「寝る」

「…………」

 愛想が無いのはよぉく知ってるけどね? も少し何かない? 貴方の目の前に、横だけど、居るのは彼女ですよ?

 私が無言でじっと見上げていたら、先輩は少し嫌そうに身を引いた。酷っ!

「先ぱ―― くしゅんっ」

 私は何の脈略も無くくしゃみをしてしまった。寒いこの部屋がいけないんだと思う。

 シャツは着てるけど素足だもんなぁ。今度来るときは靴下いるかな?

 なんて思っていたら、先輩が呆れた口調で「お前な」と、言ってきた。

「そんな丈のスカート履いてるから冷えるんだろ」

 眉を顰めた先輩の顔を、私はきょとんと見返す。

 私は裾を持ち上げて。

「これショートパンツだよ?」

 と言って広げて見せたら、先輩が耳を引っ張ってきた。

 い、痛い。

 私は涙目で無体な攻撃をされた右耳を両手で押さえた。

「お前、馬鹿だろ?」

「ば、馬鹿じゃないもん。成績は1年の時より上がったもん!」

 反論したけど、先輩のクーラー並に冷たい目に、声がどんどん小さくなった。

 

 め、めげるものかっ!

 先輩はまた音楽雑誌を読み始めた。洋楽ばっかりで私にはさっぱり分からない。

 何枚かCDを借りて聞いてみたりもしたけど、音楽の話で盛り上がれる程には私は洋楽にまだ詳しくない。

 共通の趣味にしたくて今洋楽勉強中だったりする。うん。健気でしょ? 私。


 しばらく会話無く過ごした後、私は先輩の横顔をちらっと見て、意を決した。

 そう、作戦の決行!


 ドキドキしてきた胸に落ち着け! と念じてから、わざとらしくならないように声を掛けた。


「あ、先輩、耳くそ大きいのめっけ」

 私はさっきの先輩とはぜんぜん違う優しい感じで、先輩の左耳たぶを軽く引っ張った。

 想像通り先輩は、反射的に指で耳を掻いた。

 私はニヤニヤしないように可愛く小首を傾げて微笑む。

「気持ち悪いでしょ? 取ってあげるね?」

 うきうきと私は持参した耳かきを鞄から取り出して、足を伸ばして座り直した。

 ぽんと、太ももを叩いて私は先輩を促す。

「どうぞ~」

「……お前、耳かき持ち歩いてんのか?」

 うっ。突っ込まれた。

 私は無視して、もう一度自分の太ももを叩いて「はい。どうぞ」と繰り返した。


 これは人の心理だと思うの。

 耳あかがあると指摘されれば、気になって取ろうとする。けど、自分では見えない。

 そんな状況で目の前に耳掃除が出来る人が居たら?

 ふふ、断らないでしょ? これは、ね?


 期待通りに先輩は、不機嫌そうな顔をしながらも、寝転んで私の腿に頭を乗せてきた。


 ひ・ざ・ま・く・ら


 こ、こんなに先輩とくっ付いたの初めてだわっ!!

 私が1人感動していたら先輩が軽く睨んできた。

「はい。先輩動かないでくださいね。いっきまあす」

 私は慌ててカモフラージュである耳掃除を始めた。

 妹とお母さんを練習台に耳つぼマッサージも練習してきたら、それも丁寧に施していく。


 マッサージが気持ち良いのか、先輩の体から力が抜けたみたい。重みが少し変わった。

 だまし討ちの膝枕なんだけど、それでも私はかなり満足。

 こういう体勢って恋人同士って感じでしょ?

 と、いつまでも左耳ばかりしてちゃ駄目だよね?


「先輩、右耳もついでにするから、こっち向いてください」

 ちょっと寝そうになっていた様子の先輩は、だるそうに体の向きを変えて、私の方に顔を向けた。

 うお、この向きはちょっと照れる。

 私はお腹に力を入れて、ささやかながら下腹部を引っ込めた。


 無言で耳掃除とマッサージを続けた。会話がない事がまったく苦痛じゃなかった。

 触れてるってすごい。

 硬めの黒髪、意外に長い睫毛。

 近づいて、触れてみないと分からない事。

 何だかお腹がきゅっとしてきた。


 手を止めた私を、先輩が訝しげに見上げてきた。


 私は

 無意識に

 体を

 屈めた


「…………」

「………おい」


 う、うう。

 は、鼻に、先輩の鼻先に、その、チューをしてしまいました。

 自分の行動が恥ずかしすぎて、私は、笑って誤魔化した。

 だって、つい、こうキュンとなって。はい。ムラっと来てしまいました。

 う~わ~顔が熱いっ。絶対真っ赤になってると思う。


 先輩が体を起こした。体温が消えて太ももが淋しくなる。

 お、怒ったかな……?

「お前、やっぱり馬鹿だろ?」

 ふえ~ん。怒ってるよ!

 私はしゅんとしてしまう。一応、恋人同士なのに、怒ることないのに。

「ごめんなさい」

 俯きながら、消え去りそうな声で、私は謝った。

 コトっと軽い小さな音が聞こえ、私はそれに視線を向ける。

 

 ガラステーブルに見慣れた銀縁メガネが置かれていた。

「? 先ぱ……」 


 顎と(うなじ)を持たれた。そのまま引き寄せられて。


 超至近距離で裸眼の先輩と、目が合った。

 ゆっくりと、唇から、体温が離れる。

 

 先輩は眉を寄せながら。

「目は閉じろ」

 と、私が大好きな細くて低い声で言った。

 私はぼんやりしながらも。

「せんぱい、唇やわらかい……」

 と、感想を告げた。


 先輩は直ぐにメガネを掛け直して、コーヒー淹れてくると言って、私を見ずに部屋を出た。

 多分、先輩も照れてるんだと、思いたい。


 なんか、膝枕大作戦、予期せぬ方向で成功しちゃった。


 私は茹でタコみたいになりながら、両手で頬を押さえた。


 冷房が効いていて良かったと、恋人の部屋ではじめて思った。


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