第64話:学園の残滓と、届かない願い
かつての学園の地下備蓄倉庫へ辿り着いたカイたち。そこには、取り残された人々の悲痛な遺物と、かつての学園の仲間たちが「異形の成れの果て」となって徘徊していた。残酷な現実を前に、カイたちは生きるために戦う決意を固める。
灰色の荒野を抜け、俺たちはかつての学園の正門前へと辿り着いた。
見慣れた校門はひしゃげ、敷地内には重苦しい静寂が漂っている。だが、地面に刻まれた「エラー」の模様は、この場所がかつて確かに存在していたことを主張しているようだった。
「……ここが、私たちの学園。……なんて惨めな姿なの」
レナが周囲を見回し、悔しげに唇を噛む。彼女が大切にしていた貴族令嬢としての日常も、この風景と共に消えてしまったのだ。
「悲しんでいる暇はない、レナ。……アオイ、地下への入り口はどこだ?」
カイがアオイに問いかける。アオイは端末のホログラムを操作し、地面に映し出されたノイズの揺らぎを分析していた。
「……ここよ。備蓄倉庫に通じる通用口。エニグマの論理改変で、階段が空間的に捻じ曲げられているわ。……でも、私のトラップ感知を応用すれば、捻じれた空間を強引に解くことができるはず」
アオイが指先で空間の境界線をなぞると、虚空に歪んだ階段が姿を現した。それは現実と虚構が混ざり合ったような不安定な道だった。
「気をつけてくださいね。この空間の『境界』が完全に崩壊すれば、私たちもデータの一部として飲み込まれますから」
セイラが香炉を掲げ、聖なる香りで通路を清めながら先導する。彼女の優雅な所作には迷いがない。
慎重に階段を降り、地下倉庫へと足を踏み入れたとき、俺たちは言葉を失った。
そこには、誰かが避難しようとして残した荷物が散乱していた。誰かの学生証、半分だけ食べられた缶詰、そして——床に置かれた一冊のノート。
「……まだ、人がいた形跡がある」
俺がノートを拾い上げると、そこには震える筆跡で『誰も助けに来ない。もう終わりだ』という書き込みが残されていた。
「マスター、周辺に生体反応は無し。……完全に放置された、過去の残滓です」
エヴァが淡々と告げる。だが、その声には、少しだけ揺らぎがあった。彼女もまた、俺たちが失った日常に対して、何かを感じているのだろうか。
「……最低です」
ユズがポツリと呟く。彼女は普段の明るさを消し、商売道具の爆発物を握りしめたまま、その学生証を拾い上げた。
「……食料を探しましょう。ここで生き延びようとした人たちの分まで、私たちがこの世界を書き換えるために使うんです」
ユズの瞳に、怒りと哀しみが混じった強い意志が宿る。彼女なりの商人と学生としての矜持なのだろう。
俺たちは倉庫の奥へと進み、食料を探し始めた。だが、その静寂は長くは続かない。
倉庫の暗闇の中から、人の形を模した、しかし明らかに「異物」である影が、音もなくこちらに歩み寄ってきた。
「……あ、あれは……?」
その姿を見た瞬間、アオイの顔が青ざめた。それはエニグマの断片などではなく、かつて学園の生徒だった者たちの「成れの果て」だった。
「……マスター。敵性反応、多数。……かつてこの場所に留まり、論理に汚染された個体たちです」
エヴァが即座に戦闘態勢に入る。
守るべき存在だった人たちが、今や俺たちの敵として立ち塞がる。その現実に、俺たちの心は深く締め付けられた。
第64話、お読みいただきありがとうございました!
かつての仲間との対峙という、本作でも特にシリアスで重いエピソードに入りました。ユズの商人の矜持が、彼女自身の人間味をより強く引き出しています。
次回、元学園の仲間との戦いで、カイはどんな選択をするのか。
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