第80話 宝石では測れぬ、それっぽい贅沢!?
「――ちょいと失礼。席を外すよ」
シュタッ。
アスタは流れるような足取りで、場を抜けた。
給仕係のヘイホーと、メイド姿に扮するジルが待機する廊下へと。
「ヘイホー、ジル。……どうだ、やれそうか?」
「ええ。口から心臓が飛び出しそうですが、問題ありませんよ」
「うちも大丈夫っす! どんと来いっす!」
どこか悟りを開いたようなヘイホーと、気合を入れるジル。
(土壇場で腹を括ってくれる仲間とは、ありがたい)
アスタは満足げに頷く。
「ところで、男爵閣下……?」
「んん? なんだ、ヘイホー」
「……さっきの秘書さん。さすがに可哀想すぎましたね」
「ああ~、それな?」
主従間で始まる、呑気な会話。
「あんなにプルプル震えちゃって。たぶんあの人も、苦労して学識を積んだ平民じゃないでしょうか。境遇を思うと、ちょっと……」
「お前にとっちゃ、他人事じゃないってわけか」
「はい。……ボクもどこかの商会でああやって、縮み上がっていたかもしれませんから。気持ちはよくわかります」
「あの、バルトロメウスってオヤジ、いかにも『失敗=死』みたいなオーラ出してるもんな。後で、怒られなきゃいいけど」
「ね~。怖そうな上司さんでしたね、厳しそう……」
「なっ? 怖い上司っていやだよなっ! 部下を委縮させるなんて、絶対よくないっ! 良い仕事が出来なくなるっ!」
アスタもヘイホーも、本気でバルトロメウスの秘書を心配しているようだが。
「いや、怖がられてるのは、アスタ先輩の方だと思うっすよ?」
ジルは呆れるしかなかった。
「いいか、ヘイホー。ワインはこの順番で出せ。でも、客から要望があったら裏方に準備させろ。絶対に『表』はお前が仕切るんだ」
「了解です。……あっ、そういえば、ゲロハルトさんは――」
「あいつは正直、見た目だけだ。カッコつけてるけど、作法にはあまり詳しくない。田舎の叩き上げだからな、細かい礼儀作法は怪しいもんさ」
「心得ました。老執事の威厳、ボクが裏から支えてみせますよ」
「よしっ! わかったような顔で、率先してやってくれ!」
オノレと練り上げた作戦を、ヘイホーと最終確認。
続いて、ジルにも向き直る。
「うちは、前に出なくていいんすか??」
「お前は、裏方の女たちを上手く扱ってくれ。メイドが表に出る頻度は少ないが、不測の事態に備えろ」
「わかってるっす。給仕の補助に、食器の落下トラブル、想定外の汚れ……その手の泥臭いフォローが、うちの領分っすね?」
「助かる。うちの連中に、そんな繊細な真似は無理だからな」
「へいへい。適当に、柔軟にやらせてもらうっすよ」
ジルはトレードマークのポニテを隠すように、頭巾を深くかぶり直す。
完璧にやろうとしても、どうせ粗が見える。
だから、多少マナー違反があっても、素早く手際よく見えたほうがいい。
そんな方針だった。
「でも、男爵閣下。……これ本気ですか」
ヘイホーが指したのは、メニュー表だ。
「え、何が問題だ?」
「いえ、この“コンソメスープ”とかいうやつ。他の料理も、聞いたことがない変な名前ばかりですが……」
「料理名だよ。ぜんぶ古エルフ語由来、箔をつけるための演出さ」
「古エルフ語? ……あ、ちょっと待ってください。これ、さては完成されたスープって意味ですか?」
「ご名答、カッコいいだろ。縮めて“コンソメ”」
「仰々しすぎますよ! お客様に伝わらなかったらどうするんですか!」
「いいんだよ、伝わるか伝わらないかなんて二の次! 学があって凄そうなものを出した感で行くの。お前もな、それっぽく適当にそういうもんですって雰囲気で行け」
「ええっ、それっぽく適当に……?」
ヘイホーは、頭を掻いた。
しかし、それでも給仕の場に足を踏み入れると、表情をキュッと引き締める。
「任せたぞ、みんな」
アスタは村の女たちにも短く声をかけ、席に戻る。
さあ、いよいよ開宴だ。
***
アスタ男爵は、代表して最初の一口。
一切のよどみなく、パンをちぎって食べて見せた。
「我らは今、一つの食卓を囲む友である。ここにあるのは毒なきパン、偽りなき塩。ヤバマーズの歓待をここに始めよう」
勿体ぶった会食儀礼。
――毒はないぞ、私が自ら命を保証する。
あまりに古式ゆかしい宣言。客人たちも頷くと、またわけられたパンを口に運び始める。
まだまだ陽が沈む前ではあるが、酒宴の始まりだ。
老執事ゲロハルトが、ワインをグラスに注ぐ。
実に、老練な佇まいが様になっていた。
「客人の皆様に、お伝えしたい旨がございます。今宵のお食事は一品ずつ、丁寧に順番にお出ししたく存じます」
焔王国でも例を見ない、ずいぶんと奇妙な前置きだった。
(なんだと? 一品ずつ? なんとも面倒なことをするものだ。いいからテーブルを埋め尽くすほどのご馳走を所狭しと出せばよい)
セオリーから、大きく外れている。
豪商バルトロメウスは、不審に思った。
すると、アスタ男爵が自信満々に付け加える。
「なあに。皆には一皿の体験にぜひ集中して欲しくてな。ヤバマーズの歓待を、わずかにも逃してほしくないのだよ」
体験? 料理を食べるだけの行為が?
それも、また奇妙な物言いだった。
(ふうむ、まあよいか。……さあて、なにか良いネタはないかな、と)
ちらり。
豪商バルトロメウスは、視線を走らせる。
食器棚に飾られた銀食器群。
会食中、貴族が財産を見せつけるための食器。
(さすがはあれは調べに行けない、か。……私も命は惜しいからな)
ならばと、手持無沙汰を装い、手元の銀ナイフを手に取った。
「……製造刻印はある、吸い付くような冷たさ。しかし、随分と年季が入っているな」
ピンッ。
指先で、銀のナイフを弾く。澄んだ音。
アスタ男爵の眉が、ピクリと跳ねた。
「……なにか?」
「いや、失礼。大変、良いものを使っていらっしゃる」
「それはどうも。……うちの古いものですまないな」
「ご謙遜を。伝統と歴史に感じ入っております」
アスタ男爵は、再びニッコリと微笑んだ。
豪商バルトロメウスも、油断ない笑みを返す。
数秒の沈黙、笑顔での睨み合い。
「ところで、料理も来ていないのにナイフを手取るとは。切っ先を僕に向ける気か?」
「――滅相もないっ!?」
「冗談だ」
なにをされているか、よくわからない。
そんな時は解釈を変えて牽制するのが、アスタ男爵のやり方。
豪商バルトロメウスは、慌てて手を離した。
やがてアスタ男爵は、興味を失ったように目を逸らし。
控えるメイド――ジルに耳打ちした。
「なあ、あの食器――」
「本物っす。オノレ先輩が『これだけは回せ』って指示した品っす。さすがに手に取る分までフェイクにすると、バレかねないからって」
「……弾いた音だけで判るもんなのか?」
「ドワーフの耳じゃなくても、鑑定家なら音と重さ。肌熱の伝わり具合で銀の純度を見抜くっす。あのオヤジ、相当な手練れっすよ。速攻で製造刻印チェックしたし」
銀食器の刻印偽造は、ジルも流石にしていない。国家反逆罪にも相当する。
わずかな隙すら、命取りになる真剣勝負。
アスタは背筋に冷たい汗を流した。
(さすがに知らない領域には、なにも関与できないぞ。頼む、上手くいってくれ……!)
――やがて、一同の前に最初の一皿が運ばれる。
妙に澄んだスープ。それも顔が映るほどに。
バルトロメウスは、ガッカリした。
「なんだ、これは。……あまりに虚しいスープだな」
透き通りすぎて、栄養もろくになさそうに思えた。
その上、具が何も入ってない。
(さすがは噂に聞くヤバマーズ、貧乏にもほどがある。これでは敵対心も、一周回って哀れになるほどだぞ……)
だが、まあ、豪商バルトロメウスは、それでも不満を口にしてやろうと思ったのだ。
なにせ、シャルル王太子から、そう依頼されているのだから。
どうにか、命に関わらぬ程度には実行せねばなるまい。
そう、この貧相なスープに文句を……。
「――っ!? なんだ、この味はっ!?」
しかし、大商人たちはどよめいた。
未だかつて食べたことのない、深い味わい。舌どころか、口内の奥深くでひろがる芳醇さ。
これはもはや、ただごとではない。
豪商バルトロメウスは、これはイカンと異を唱える。
「いや、だがっ! このスープには、スパイスがまるで入っていないではないか! つまり、安物ではないのか? とても我々が歓待されているとは言い難いっ!」
味がわからなくなるほど、ふんだんに山盛りでスパイスが入っているべきだ。
ようするに、大商人たちが常日頃、要求している高級とはそのような物量だった。
「なるほど、確かに」
「スパイスの刺激は……あまり感じませんな」
他の商人たちも、首を傾げ始める。
スパイスとは、食べられる宝石。
商人にとって、原価が高いものほど贅沢。
それこそが、価格相場を知る者の真理っ!
しかし――。
「ご冗談を。大商人たる皆様の舌に、この透き通った完成されたスープの味わいが、おわかりにならないはずはございません」
「こん……すん?」
「そうです。これぞ、ヤバマーズ流コンソメスープ」
なんだ、それは。
大商人たちは混乱した。コンスンだのコンソメだの、知らぬ用語。
(ヤバマーズ流と申したか? ということは、それ以外のコンソメスープもあるのか……?)
そんなものはないのである。
だが、細かい説明もせずに、給仕は平然と続ける。
「皆様が飲む分のスープを取るために、およそ十キログラムの肉から出汁を引いております」
「なんだと!? 出汁を引くためだけに!?」
「その通りです。皆様が飲むためだけに、気が遠くなるほどたっぷり時間と燃料を消費したのです」
豪商バルトロメウスは、頭が真っ白になった。
(そんな話、聞いたことがない!? この透明なスープに、十キログラム分の肉が凝縮された価値がある、だと!?)
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