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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第二章:破滅迫る、ハッタリ男爵投資劇。 ~“君がためのサキオン”になりたい~

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第77話 豪商バルトロメウスは、嘆いた。

 豪商バルトロメウスは、嘆いた。


 ――とんでもないところに来てしまった。


 焔王国北東部を経済から牛耳る、ボリマッシェ家の商会。

 その(あるじ)は、もう数えきれぬ後悔を噛み締めていた。


(たとえ、シャルル王太子からの依頼もあったとはいえ……やめておけばよかったぞ)


 北東部の経済圏に根を張っている。確かに、そうだ。

 だが、さすがにヤバマーズは管轄外。僻地も僻地、あまりに辺境。


(それでも、このバルトロメウス。必要とあらば、数多の難所を渡り歩いて商売をした猛者である。そう、そこに商機があるならばッ!)


 そうして、仕方なく送り出した名代から。

 「ヤバマーズ領は、どう考えても特殊です」との報告を受けて、うんざりしながらも腹も括っていたはずだった。


 だが、なおも――ッ!

 バルトロメウスという百戦錬磨の怪物を以てしても、今回の道程は、嫌悪と恐怖を催させるに十分すぎた。


「おい、あとどれくらいだ。さすがに腰が悲鳴を上げている」

「……予定では、あと半刻ほどかと」

「先ほどもそう聞いた気がするぞ」

「もっ、申し訳ございませんっ!」


 豪勢な馬車の中。

 秘書の青年が、青ざめた顔で答えた。その指先は、しきりに護身用の杖を握りしめ、小刻みに震えている。


(……無理もない。責める気すら起きんな)


 バルトロメウスは情けないと思う前に、秘書に同情した。


 車窓から見えたる景色は、黒々茂る原生林。

 街道と呼ぶにはあまりに無残な、剥き出しの泥。


 先ほども車輪が泥濘(ぬかるみ)に嵌まり、どうにか従僕たちが押し出したのだ。その上――。


「新資源黒銀結晶(クロシュライト)だと? よくもまあ、そんな大ボラを吹いたものだ。……新たな鉱山が見つかったわけでもあるまいに」

「そう、ですね。……鉱物資源と言えば、鉱山です」

「それもこんな道だ、どうせ寂れた土地に決まっている」

「左様で……。本来、商売が成立する土地ならば、これほどまでに魔素が淀み、道が荒れ果てているはずがありません」

「そうだ。このような魔素の吹き溜まりに、まともな――クソッ、ほれ見ろ、また出たぞ」

「ひぃぃぃ!?」


 街道の脇、深い藪の奥。

 乾いた霧に、ボウと青白く浮かぶ。飢えた眼光。


 変異狼(チェイサー)の群れが、ぎらついた殺意を剥き出しに、品定めをしていた。


 ――シュパァァンッ!


 小気味の良い破裂音。


 矢が眉間を貫き、魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命。逃げ出す群れ。

 だが、仕留めたのは、商会が誇る護衛ではない。


「な、何者ですか!? どこから撃った……!?」

「……化け物の巣窟か、ここは」


 バルトロメウスは吐き捨て、そして戦慄した。

 獲物を仕留めたそれ(・・)と、目が合ったのだ。


 毛皮の端切れを纏った、浅黒い肌の男。手には古びた猟弓。


 男は商会の行列を、歓迎するでもなく。金品を強請るでもなく。

 ひたすらに、静かな眼差しで一行を射抜いていた。


「まさか……あれは武装した領民ですか?」

「ケッ。どこの戦場だここは」


 バルトロメウスの隊列は、それなりの規模だ。

 馬に乗った側近二名、商会所属の冒険者が六名。予備の車輪と物資を積んだ荷馬車と従僕。


 通常の僻地なら、これほどの武力を見せつければ、領民は這いつくばって道を譲るもの。

 だが、ヤバマーズは違う。


 森を抜け、ようやく視界が開けた村落に出ても、異常は続く。

 畑を耕す農民どもは、煌びやかな商隊を“無知な羨望”で眺めることなどしない。


 どいつもこいつも鍬を握りつつも、昼間っから堂々と武装して歩いている。

 ああ、そうだ。辺境すぎて、まるで農民階級の武装分離が進んでいないのだ。


 商会の精鋭である冒険者たちが、知らず知らずのうちに剣の柄に手をかける――が、結局、気圧されたように視線を逸らす。


 誰もが、直感が告げている。

 ――ここで揉めてはならぬ、と。


「『ヤバマーズの狂犬』とは、よく言ったものだ。領主が死んで代替わりしたと聞いたが、飼い犬どもの躾も変わっていないらしい」

「きょ、狂犬……でございますか?」

「そうだ。なんだ知らぬのか。……まあ、そのうちわかる。ヤバマーズは生粋の辺境貴族故な。代々、そのように呼ばれることがあるのだ」


 蛮族や他国の侵攻地。あるいは、人魔の境。辺境とはそういうところだ。

 伝え聞くには、かつては子爵位を擁し名を馳せた武門であったという。


(おおかた、シャルル王太子から来た話もそのような意味であろう。あのアスタめ、狂犬め、と憤慨しておられたからな。まあ、没落したところで……きっと、気風が変わっておらぬのだ)


 結局、バルトロメウスは真相を知らぬ。


 そんな異様な村を通り抜け、ようやくたどり着いたヤバマーズ男爵館。


「オンボロだと……? シャルル殿下は、そう仰っていたはずだが」


 確かに、建物そのものは古い。決して、裕福には見えぬ。

 だが、灰色の空も相まって、むしろおどろおどろしい。


 鉄門に近づくにつれ、さらに物々しさに圧倒されていった。


 門を固めているのは、直立不動の男たち。

 ヤバマーズの紋章色(リバリー・カラー)――鮮血の赤と、無垢の白の布鎧。


 彼らは一言も発さず、石像のようにこちらの動向を凝視している。


「今度は、最前線の要塞に迷い込んだ気分だな……」


 馬車が近づいても、男たちは眉一つ動かさない。


 走る、違和感。

 そこでバルトロメウスは気づき、背筋を凍らせた。

 男たちの顔に、髭が一切ないのである。


(なんと!? 辺境の兵といえば、野卑な髭面が当然。だが、ここの連中は違う。王都の兵と同じだ。揃いの装備、身だしなみ、私語を慎む沈黙。――ここでは厳格な規律が存在しているッ!)


 放たれる威圧感は、もはや攻撃の域。物言わぬ衛兵たちが、ここまで恐ろしいか。

 商隊の馬は怯え、護衛たちの歩みも止まる。


 こんな僻地、見たことがない。下品な男たちが、みずぼらしい恰好をして立っているものではないか?


(なんだ。アスタ・ド・ヤバマーズ。貴様、本当に我々と商売をする気があるのか?)


 このまま館の中に引きずり込まれ、一族郎党の餌にされると言われても、今のバルトロメウスなら信じそうだった。


 かつて幼い頃に読み聞かされた、人食い鬼(オーガ)の館に迷い込んだ哀れな旅人の物語。

 そんな、非現実的な幻想が脳裏をよぎる。


 中庭に降り立つと、既に他商会の馬車がいくつも並んでいたが。

 それはそれは、奇妙なほど静か。


 残された従僕たちは、手持無沙汰もさることながら。

 「入館した主人は、果たして生きているのか」と身を縮めて怯えきっているように見える。


(なんだ……皆、同じ心持ちなのか。私の秘書も、隣でガタガタ震えているしな)


 誰も他人ごとではない、そう何とも言えない共感を抱く。


 さて、出迎えに現れたのは、老執事。

 鏡のように靴を磨き上げている。


「ようこそ、いらっしゃいました。ボリマッシェ家の商会長、バルトロメウス様とお見受けいたします。……遠路はるばる、よくぞお越しくださいました」

「うむ。……出迎え、ご苦労」


 落ち着き払った態度は、歴史ある家柄の重みを感じさせた。

 

(まあ、腐っても伝統貴族というわけだ)


 そう、豪商バルトロメウスは解釈した。

 要するに、予想の範疇。普通の老人に見えたのだ。


「秘書と……護衛を二名連れていく。構わんな?」

「ええ、問題ございませんぞ」

「おい、貴様ら。武器を預けよ」


 当然の、文明的な商談の作法だ。

 だが、老執事はそれを緩やかに制した。


「いえ、武器は預けずとも結構ですぞ」

「……なんだと?」

「ヤバマーズ領は“常在戦場”を尊ぶ地。護衛のお二方につきましては、どうぞ帯剣したままお入りください。……ただし、袖の中に毒針や暗器を忍ばせるような真似は、お控え願いたい」

「……本気か? アスタ男爵殿は、我々をそれほど信用しているのか、それとも――」


 護衛二人すら、本当に良いのか、と目を向けている。


 しかし、返答はなかった。


 ギィィ……。


 左右に開かれる扉。

 やはり、そこにも立ち並ぶ、赤と白の衛兵たち。


 そして、目に飛び込む――ホール正面に飾られた、巨大タペストリー。


 即ち。


 銀の地(アージェント)に、赤紐の角笛(ホルン)

 剣でゴブリンの首を貫く、獰猛な黒い猟犬(ブラックハウンド)


 ヤバマーズが王国の盾として、幾多の魔を屠ってきた血の証。


「当然ながら、不用意な抜剣は宣戦と見做し。ヤバマーズの法に基づき、即、処断いたします」


 老執事から漏れた。慈悲深い微笑とは正反対の宣告。

 やはり、ガン睨みして来る、ヤバマーズのいかつい衛兵。


 恐れおののく、護衛たち。

 要約、「余計なことをしても、すぐ殺せるぞ」である。


 バルトロメウスは、本日何度目かわからぬ絶望に、ただただ立ち尽くす。


(なんなんだっ、この爺さんはッ!? 全然、普通ではないぞっ! いや、本当に、王太子の依頼だろうが何だろうが、来なければよかった……ッ!)


 そう、心の底から嘆いたのだ。


 ――とんでもないところに来てしまった。

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


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