第76話 我々こそが僻地の王者。骨の髄まで思い知れ。
ついに、ヤバマーズ・フルコース完成っ!
これで迎え撃つ準備は、盤石に整ったわけだ。
「よお、オノレ。会食のフルコースが完成したんだって? 間に合わないかと思ってひやひやしたぞ。さすがは我が親友、期待を裏切らない男だな」
労いがてら、気軽に声をかけた。
しかし、魔物食材と散々格闘させられたオノレは、とうに精神崩壊。
焦点の合わない眼をギラつかせると、僕の胸倉を掴み上げてきた。
「いいかいっ! 俺が御前会議にのぼり詰め、法学士を牛耳った暁には……『提供料理の材料と産地明記をする法律』を作ってやるからなっ! そして、ヤバマーズ産は絶対に食べないっ!」
「おう、壮大な目標だな。がんばれよ」
怒ったオノレに、冷ややかに返す。
千年経っても無理だよ、そんな法律。
秘伝を隠したい料理ギルドに、混ぜ物で暴利を貪る大商人。
関税を誤魔化したい地方領主に、調理過程を蔑む高位貴族。
社会の隅から隅まで。
底辺民から、雲の上の貴族まで、み~んな嫌がるはずだ。
(まさに八方ふさがりだ。人間が人間である限り、そんな時代は絶対に来ないね。……まあ、そう思っても言わないのが、僕の優しさだが)
僕は、友人を無意味に論破しない主義だ。
議論に勝つ快感はたまらないが、仲間に恥をかかせるやつがいたら、とんでもない阿呆である。
背中から撃たれても、文句は言えない。
歴史を紐解いても、仲間をボコボコにして状況が良くなった例なんて、砂漠でダイヤモンドを探すより困難な話だろう。
「あっ、そうだオノレ。大事なことを忘れてた」
「……なんだい? 君のその憎まれ顔に、羽ペンを突き刺す前に言ってくれ(殺意)」
「本番のディナーだが。お前も当然、ゲストと一緒に食うんだぞ?」
「なん、だってぇ……!?」
「いや、ラプラス伯爵家の交渉窓口として立つんだろ。よっ、我らが栄光ある筆頭スポンサー殿♪」
「……ぐ、ぐぐぐぐっ!」
「まさか、自分たちの看板を背負った会食で、一口もつけずに残す……な~んて、不作法しないよな?」
すると、再びオノレが発狂。
陶器の皿を叩き割りそうな勢いになったので、放置して立ち去ることにした。
理論派の天才も、案外脆い。
まあ、今のは作戦遂行上、避けては通れない論破だったから仕方ないよね。だから、セーフだ。
***
とうとう布陣の最終確認、目指せ玄関ホール!
そこには、普段は森で獣を追っている粗野な猟兵たちが、一堂に会していた。
「若様。……皆、こちらに出揃っておりますぞ」
横に控えるのは、老執事ゲロハルト。
ふと視線を落とすと、爺の革靴は鏡のようにピカピカに磨き上げられていた。
リュスからの指摘が、よほど骨身に染みたらしい。
「うむ。仕事が早いな。感心したぞ」
「これもまた、領地の未来を賭けた戦だと聞きますれば。この爺めも、不肖ながらに張り切っております」
「……せいぜい腰痛が悪化して、戦線離脱しない程度に頑張れよ」
「ははあっ、勿体なきお言葉!」
整列した男たちの先頭に立つのは、鋭い眼光を放つ眼帯のリーダー格。
さらには賊にしか見えない、筋骨隆々の強面たちがずらりと並ぶ。
「旦那様。こりゃ一体、どういう風の吹き回しで……? まさか、オレ達にまで、ホールの雑巾がけでもさせようって話じゃねえでしょうな」
「んー。お前、とりあえずその汚いヒゲを剃れ」
「ヒ、ヒゲを!? 男の誇りを剃れとおっしゃるんで!?」
「そうだ、ツルッツルにしろ」
「ええっ……?」
貫禄がなくなるから、みんな嫌がるんだよな。髭剃るの。
「で、貸し出す特注の鎧を着て、柱の前に彫像みたいに突っ立ってろ」
「……こいつは、何の罰ですかい? あれか密造酒を売りさばいた件か?」
「密猟以外の余罪を自白すんなバカ! あと……ちょっと、試しに笑ってみろ」
「へ? 笑う?」
「そうだ、にこやかにな」
「こうですかい?」
ニカッ。
剥き出しになった犬歯、凶悪な三白眼。
ヒィッ、怖すぎるっ!?
「お前、今、僕を威嚇したな? 反逆罪で処刑すんぞ」
「笑えって言ったのに、理不尽ですよ旦那様っ!?」
「もういい、お前ら全員、今日一日は絶対に口を開くな」
「はあ? その口を開くなってのは……?」
もうっ! 物分かりが悪い奴だな!
「要するに、だ! お前らが綺麗な御べべを着て、紳士のフリさえしてれば、ヤバマーズに金が唸るほど入るんだよ! そしたら、良い酒も飲める!」
「「「そんな美味い話がっ!?」」」
現金な連中だ。
下品な笑みを浮かべて浮かれては、品性の欠片もない指笛を鳴らす。
「おいおい、金ってたくさんあったら唸るのかよっ!」
「いや、知らなかったぜ。見たことねえからなぁっ!」
……マジで、お行儀良くさせないとダメだな。こりゃ。
「本当に、黙ってろよ? 余計なことすんな」
「でもよぉ、旦那様。さすがに微動だにしないってのは、キツいですぜ」
「そうだそうだ! 動かねえってのは、性に合わねえよっ!」
ジッとしてるのは無理か、こいつら。
そりゃ、それが出来るなら、もう少しまともな仕事してそうだもんな。
「ふむ。なら、それこそ、適度に商人どもとその護衛を威圧してやれ。余計な悪だくみする気を失くす程度に、な」
「おっ、メンチ切れってコトですな。そいつはいい、大得意だぜっ!」
自慢の筋肉をピクピクと波打たせ、気合を入れる猟兵たち。
(ちげーよ。そうじゃねえよ。ここが、山賊の根城だと思われるだろうが。ならず者博覧会かよ)
でも、まあ。
……うちはこんなものでいいのかもしれない。
さあ、それから一刻ほど。
使用人たち全員に身を整えさせて、集合させる。
集まった全使用人たち――付け焼刃の教育を受けた村人たちを見渡せば、男も女も、借りてきた猫のように緊張していた。
(だが、流石に壮観だな。なんだ、凄いことになったな)
揃いも揃って、ヤバマーズの紋章色。
そして、共通して……みな野心が宿っている。
なんだか、呑み込まれそうになった。
ここから先は、未知の領域だが。
皆が、なにかが変わるかもしれないと、胸に希望を抱いているのだ。
(本当に、領主ってのは重いんだ。いや、わかっていたはずなんだが……)
すると、老執事ゲロハルトが、頷いてくる。
給仕役のヘイホーも、メイドに扮したジルも、疲れた様子のオノレも。
――僕の、憧れのリュス。
祓魔女として、法衣服をまとった貴女も。
コホン、と一つ咳払い。
僕は全霊、声を張り上げる。
「皆の者、アレを見よ!」
視線が一斉に、上部へ。
女たちが総出で仕上げた巨大なタペストリーが、メインホールに掲げられていた瞬間だった。
「さあ、今こそ。決戦の時。我々ヤバマーズこそが、この僻地の王者であることを! 欲深き商人たちに、骨の髄まで思い知らせてやるぞ!」
「「「「うぉおおおおおおおおっ!」」」」
地を揺らすような咆哮。
男も女も、猟兵も老執事も関係ない。
館を震わせる、雄たけび。
僕らの目的はただ一つ。この領地の、僕たちの繁栄。
今こそ、極貧の領地を、耐え忍んできた歴史を、僕らの代で変えてやる。
そんな熱量こそが、館を震わせた。
ヤバマーズ男爵家の館は、今、オノレ直伝の厚化粧を施され。
かつてないほどに荘厳な嘘を纏っている。
裏方を、守る肝っ玉母さんたちも、準備万端。
門にも廊下にも、屈強な男達。布鎧に身を包んだ猟兵たちが、直立不動。
彼らがお行儀よく、口を真一文字に結んでいる限り――。
このオンボロ屋敷は、鉄血の規律が支配する難攻不落の要塞に見えた。
「さあ、もう何にも負ける気がしないっ! かかってこい、商人ども!」




