第55話 世界を敵に回しても。重すぎるのは全員お互い様。(後半)
「しかし、不思議だな。いつの間に、そんな過去まで調べあげたんだ?」
すると、オノレは作業の手を止めずに言った。
「ここに来る前――つまり、最初から知っていたのさ♪」
「マジか!? 恐ろしい情報網だな、ラプラス家……」
「嘘だよ。そんなわけないだろ。本当に、君は期待を裏切らないほど純粋だね」
「……一発殴らせろ、その透かした面を」
隙あらば、人を食ったような態度をとる。
この性格の悪さは、もはや一種の伝統工芸に近い。
「まさか俺が、優雅に小鳥を飛ばして遊んでるだけと思っていたのかい? 実は、情報のパズルが出揃ったのは、ついさっきだ」
「……にしたって。根回しの合間に、他人の過去まで洗っているとは普通思わないだろ」
「そうかな。そもそも見ただけで、どこの流派の騎士かくらいはわかるとも。その程度が出来なければ、ラプラスの三男坊は務まらないからね」
また始まった、鼻持ちならない家柄自慢。
でも、この美男子、実力が伴っているから文句も言えん。
「お前が、すごいのはわかってるって。……でも、ならなぜロダンは俗世の騎士団ではなく、あえて修道院の門を叩き、聖騎士の道を選んだのだろう? あの激烈な辺境貴族への憎悪は、一体どこから湧いてる?」
聞いてもなお、繋がらない部分だった。
フルーレス公爵家に仕えることを目指せばよかったはずだ。
オノレは実験器具をカチャリと鳴らし、どこか遠くを見るように語る。
「ロダンの先祖には高潔な騎士がいた。だから、彼も最初はこれを目指し、軍人となった。ここまではよくある話だ、想像つくだろ?」
「ああ」
「そんなロダンを、陰ながら支えていたのは、たった一人。実姉の存在だったそうだ」
「姉……?」
「そう。女手一つ、稼いだなけなしの蓄えを、彼女はすべて弟の夢――騎士の道に注ぎ込んだのさ」
「それは……並々ならぬ、苦労があっただろうな」
「想像に難くないね。だからこそ、ロダンも姉を片時も忘れず、気にかけていた。そして、軍隊で知己を得た彼は、恩返しのつもりで、新たな奉公先を紹介した」
「まさか、その知己というのは……」
嫌な予感がした。
憎悪と嫌悪。ロダンに滾っていた、憤怒の源泉。
「察しの通り、辺境から来た下級貴族さ。男の実家に務めるようになった彼女は、そこで――」
「待て」
僕は、反射的に遮った。
無遠慮に、踏み込むべきではない。
とても悪いことをしてしまった、そう思った。
「それより先は……僕が知るべきではないことだ」
「おや、そうかい? 必要になるかもよ?」
「いやだ。それでもいらない」
「……今後、敵に弱みとして利用されるかもしれないのに?」
「なら、聞きたくなったら、僕は本人から聞く」
「ふぅん……君は本当に、呆れるほど律儀な男だ」
オノレはいつもの癖で前髪をいじろうとしたが、指先の汚れに気づいて止めた。
行き場を失った指先が、虚無を彷徨う。
「身分の低い相手に、いちいち繊細な気遣いをして回るなんて。君は貴族には、致命的に向いてないなあ」
「奇遇だな。僕も、貴族としての才があると思ったことはない。生まれてから、一度もな」
しかし、オノレはそれ以上、茶化そうとはしなかった。
「まあ、そんな君だからこそ。……俺もそれ相応の敬意を払っている――のかもしれない」
「そんな難しい理屈じゃないだろ。僕らが友達だから、だ」
「……友達。ふふ、とても不思議な言葉だよね」
「なんだよ、嫌になったのか?」
「まさか。たまに、わからなくなるだけさ」
オノレは視線を落とし、汚れの付着した指先を見つめる。
「俺たちは、住む世界も、見ている地平もこうまで違う。なのに、どうして隣にいられるのだろうか……とね」
僕は、間髪入れずに答えた。
「決まっている。単に、お前が変人だからだ」
「くくっ……あはは! 違いない、全くだ!」
オノレはなぜか、心底愉快そうに笑った。
(――この判断は、もしかしたら間違っていたかもしれない)
情報収集を止めてしまったのは、ひとえに僕の弱さだった。
これ以上、あの堅物の人生を暴けば、もう、面と向かって、啖呵を切れなくなる気がして。
『とてもわかりやすい、お人ですよ』
ああ。きっと、リュシエンヌの言う通りだったとも。
教会の騎士でありながらも、フルーリス公爵家への古臭い義理と……姉に恥じぬ生き方をしようとしている。
そんな聖騎士ロダンと、僕は対等な男でありたいと思ってしまった。
なにせ、譲れぬこだわりのために、世界をも敵に回そうとしているのは――アイツもまた同じなのだから。




