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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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55/60

第55話 世界を敵に回しても。重すぎるのは全員お互い様。(後半)

「しかし、不思議だな。いつの間に、そんな過去まで調べあげたんだ?」


 すると、オノレは作業の手を止めずに言った。


「ここに来る前――つまり、最初から知っていたのさ♪」

「マジか!? 恐ろしい情報網だな、ラプラス家……」

「嘘だよ。そんなわけないだろ。本当に、君は期待を裏切らないほど純粋(バカ)だね」

「……一発殴らせろ、その透かした面を」


 隙あらば、人を食ったような態度をとる。

 この性格の悪さは、もはや一種の伝統工芸に近い。


「まさか俺が、優雅に小鳥を飛ばして遊んでるだけと思っていたのかい? 実は、情報のパズルが出揃ったのは、ついさっきだ」

「……にしたって。根回しの合間に、他人の過去まで洗っているとは普通思わないだろ」

「そうかな。そもそも見ただけで、どこの流派の騎士かくらいはわかるとも。その程度が出来なければ、ラプラスの三男坊は務まらないからね」


 また始まった、鼻持ちならない家柄自慢。

 でも、この美男子、実力が伴っているから文句も言えん。


「お前が、すごいのはわかってるって。……でも、ならなぜロダンは俗世の騎士団ではなく、あえて修道院の門を叩き、聖騎士の道を選んだのだろう? あの激烈な辺境貴族への憎悪は、一体どこから湧いてる?」


 聞いてもなお、繋がらない部分だった。

 フルーレス公爵家に仕えることを目指せばよかったはずだ。


 オノレは実験器具をカチャリと鳴らし、どこか遠くを見るように語る。


「ロダンの先祖には高潔な騎士がいた。だから、彼も最初はこれを目指し、軍人となった。ここまではよくある話だ、想像つくだろ?」

「ああ」

「そんなロダンを、陰ながら支えていたのは、たった一人。実姉の存在だったそうだ」

「姉……?」

「そう。女手一つ、稼いだなけなしの蓄えを、彼女はすべて弟の夢――騎士の道に注ぎ込んだのさ」

「それは……並々ならぬ、苦労があっただろうな」

「想像に難くないね。だからこそ、ロダンも姉を片時も忘れず、気にかけていた。そして、軍隊で知己を得た彼は、恩返しのつもりで、新たな奉公先を紹介した」

「まさか、その知己というのは……」


 嫌な予感がした。

 憎悪と嫌悪。ロダンに滾っていた、憤怒の源泉。


「察しの通り、辺境から来た下級貴族さ。男の実家に務めるようになった彼女は、そこで――」

「待て」


 僕は、反射的に遮った。

 無遠慮に、踏み込むべきではない。


 とても悪いことをしてしまった、そう思った。


「それより先は……僕が知るべきではないことだ」

「おや、そうかい? 必要になるかもよ?」

「いやだ。それでもいらない」

「……今後、敵に弱みとして利用されるかもしれないのに?」

「なら、聞きたくなったら、僕は本人から聞く」

「ふぅん……君は本当に、呆れるほど律儀な男だ」


 オノレはいつもの癖で前髪をいじろうとしたが、指先の汚れに気づいて止めた。

 行き場を失った指先が、虚無を彷徨う。


「身分の低い相手に、いちいち繊細な気遣いをして回るなんて。君は貴族には、致命的に向いてないなあ」

「奇遇だな。僕も、貴族としての才があると思ったことはない。生まれてから、一度もな」


 しかし、オノレはそれ以上、茶化そうとはしなかった。


「まあ、そんな君だからこそ。……俺もそれ相応の敬意を払っている――のかもしれない」

「そんな難しい理屈じゃないだろ。僕らが友達だから、だ」

「……友達。ふふ、とても不思議な言葉だよね」

「なんだよ、嫌になったのか?」

「まさか。たまに、わからなくなるだけさ」


 オノレは視線を落とし、汚れの付着した指先を見つめる。


「俺たちは、住む世界も、見ている地平もこうまで違う。なのに、どうして隣にいられるのだろうか……とね」


 僕は、間髪入れずに答えた。


「決まっている。単に、お前が変人だからだ」

「くくっ……あはは! 違いない、全くだ!」


 オノレはなぜか、心底愉快そうに笑った。


(――この判断は、もしかしたら間違っていたかもしれない)


 情報収集を止めてしまったのは、ひとえに僕の弱さだった。

 これ以上、あの堅物の人生を暴けば、もう、面と向かって、啖呵を切れなくなる気がして。


『とてもわかりやすい、お人ですよ』


 ああ。きっと、リュシエンヌの言う通りだったとも。


 教会の騎士でありながらも、フルーリス公爵家への古臭い義理と……姉に恥じぬ生き方をしようとしている。


 そんな聖騎士ロダンと、僕は対等な男でありたいと思ってしまった。

 なにせ、譲れぬこだわりのために、世界をも敵に回そうとしているのは――アイツもまた同じなのだから。

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