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ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右


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52/62

第52話 乗馬服令嬢は最高。馬になったおじちゃん。

 どんよりした灰色の空の下。

 僕とリュスは、村の端に佇む、教会へと歩いていた。


 目的はただ一つ。聖騎士ロダンの説得。


 リュスは屋敷で暮らし始めたが、一方のロダンは、生真面目すぎる故か、いまだに教会の片隅で居候を続けていたのだ。


 曰く、『貴公と慣れ合いすぎるのは良くない』とかなんとか。


 でもさー、改めて考えると、監督役のくせに被監視者と別居してていいわけ?


「……なぁ、リュス。やっぱり、僕が交渉に入ると、かえって話が揉めるんじゃないか?」

「そうでしょうか」

「いや。アイツ、僕のこと嫌いだと思うぞ」

「あら、弱気ですね。アスタ様。……ですが、わたくしが独断で、監督役と交渉したと知れれば、教会本部から余計な勘繰りを招きますよ」

「そりゃあ……そうだろうけど」


 この辺りの政治感覚について、リュスに勝てる気がしないぞ。


「でもな、ボロ屋敷の家政を取り仕切るなんて、あの聖騎士様が許すはずがないだろ。青筋立てて、説教ぶちかます未来しか見えない」

「アスタ様、いつから未来視にお目覚めに?」

「そういうんじゃなくて!」

「冗談です」


 おちょくられた。さっきから、口で勝てない。


(でも、なんか……嬉しいな)


 表情が緩みそうになるのを堪えて、隣を歩くリュスを見やる。


 今日の彼女は、いつもの祓魔女(エクソシスター)の法衣ではない。ゲロハルトがどこからか発掘してきた、少し型古な乗馬服に身を包んでいた。


 なにせ屋敷には、サイズが合う上等な女性服が不足していてな。

 まさか、使用人のお古を着せるわけにもいくまい。


 でも、どうしてか。

 「今は、ドレスを着たくありません」と、言われたものだから、こうなった。


(うん。だけど、これがまた――似合いすぎてて、直視するのが辛い!)


 薄暗い灰色の景色に、現在の黒髪と、クラシカルな乗馬服のシルエットが異様に映える。

 目が死んでる最強の公爵令嬢による乗馬服姿とか、属性が過多すぎて心臓への負担がデカすぎるぞ!?


 ずばりと言おう。好きだ。

 何を着てても、存在自体が好きすぎる。

 どれだけ、おちょくられても乗馬服令嬢最高。(口には出さない)


「どうやら、アスタ様は……ロダンという男を少し誤解されている気がします」

「誤解? 僕がか?」

「ええ。あの方は、とても……わかりやすい、お人ですよ」

「わかりやすい、ねぇ」

「……それを言うなら、正直なところ。わたくしは、シスター・マグダリアの方こそ、あまり関わりたくありませんけれど」

「えっ、そう? マグダリアはいい人だよ。ちょっとお節介が過ぎるけど」


 すると、苦虫噛み潰したように、リュスは美貌を歪めた。

 もしかして、僕を連れて来た真の理由は、マグダリアと顔を合わせるのが気まずいからか?


「アスタ様。ひとつ、お聞きしても?」

「なんだ?」

「アスタ様にとって、シスター・マグダリアは……どのような存在ですか」

「彼女? そうだなあ……」


 改めて言葉にしようと思うと、気恥ずかしいが。


「僕にとっては、姉代わりであり……母親のような人かな」

「母親、ですか」

「うん。僕、母親も姉も、早くに亡くしてるから。あの人は――……僕にとって、数少ない大事な身内なんだ」

「……そうですか。それは……とても、大切になさった方がよろしいですね」


 リュスは、それ以上何も言わなかった。

 ただ所在なげに歩調を緩め、上着の裾をぎゅっと握り締めたのを、僕は見逃さなかった。


 ……なんだろう、急に空気が重くなった気がする。そんな苦手か?


「……着きましたね」


 気まずい沈黙を破ったのはリュスだった。


 視線の先、村の外れの石造りの教会。

 そこだけが不思議と、凪いだ空気を纏っている。


 だが、聞こえてきたのは、随分と賑やかな子供の声。


「わあぁぁっ! すっごく高い! お空が近いぞぉー!」

「次、次はボクだってば! おじちゃん、交代っ、交代してっ!」

「こら、順番を守れと言っただろう。……む、危ない、そこでのけぞるな。落ちるぞ」

「あははははっ、すごーい!」


 ――え?


 不死身の守護者、聖騎士ロダン。

 あの堅物が、巨躯を折り曲げ、薄汚れた孤児たちを両肩に、のっしのっしと歩き回っているではないか。


「ロ、ロダン……お前、何やってんの?」


 思わず、素でツッコんでしまった。


「む。……ヤバマーズ男爵、それにリュスではないか」


 肩に子供を二人乗せたまま、微塵も揺らぐことなく直立不動の姿勢。

 ……シュールすぎるだろ、その絵面。


 ジロジロとリュスを眺める、聖騎士ロダン。


「どうしたのだ、リュス。その恰好は? 乗馬服か?」

「はい、わたくしの着替えが不足しておりまして。アスタ様に、融通していただいたところです」

「そうか」


 いやいや、「そうか」じゃねえよ。


「だからさ。むしろ、お前がなんだその恰好はっ?!」

「なにを言う。これは任務の合間の……基礎鍛錬と言うやつだ。子供たちは良い負荷となる」

「大真面目な顔で、よく言ったな?」


 リュスが儚げに、クスクスと忍び笑いを漏らす。

 対照的に、ロダンは眉一つ動かさず、器用に子供たちを地面に降ろした。


「嘘だぁ! おじちゃん、さっき『吾輩はお馬さんだぞー』って言ってたじゃん!」

「「「そうだ、そうだー!」」」

「……聞こえん。あっちへ行っていろ。おじちゃんは忙しいのだ」

「えー!? ケチ―!」


 ロダンは大きな手で、小さな頭を、雑に撫で回し追い払う。

 すると、孤児たちは、ぶーぶー文句を言いながらも、笑顔で逃げて行った。


 ……どうやらこの堅物、いつの間にかガキどもの玩具に成り下がっていたらしい。


「あー……。お前、ずいぶんと、うちの教会での生活に馴染んでるんだな」

「……む。どこか、吾輩の故郷に似ていてな」

「ロダンの故郷……?」

「いや、詮無きことを口にした。忘れてくれ、で、貴公は何用だ。吾輩は調査任務を継続中。油を売る暇などないぞ」

「思いっきり、子供と遊んでたじゃん!?」

「鍛錬だと言っている」


 この、おじちゃん。事実を認める気が、これっぽちもないらしい。

 無敵かよ。


「まあ、いいや。その……お前に折り入って、相談があってな」

「吾輩に相談だと……?」


 すると、リュスは自ら一歩前に出た。

 かつての公爵令嬢としての矜持を感じさせる、淑女の礼。


「ロダン。わたくし、今日からアスタ様のお屋敷にて、家政の采配を振るいたく思っています」

「…………何ですと?」


 ロダンの眉間に、深い溝が刻まれる。

 やっぱり怒るよな、普通。


「リュス。貴女は、己の立場を忘れたか。今の貴女は、祓魔女(エクソシスター)である。聖王の敵を討ち滅ぼし、闇を払うのが使命である。それが何ゆえ、辺境貴族の飯炊き女などに身を落とす必要があるのだ」

「飯炊き女とは、心外ですね。わたくしが務めるのは、男爵家における家政女代行(グヴェルナント)に準じる御役目」

家政女代行(グヴェルナント)。……貴女が?」

「そうです。事実上、この地におけるナンバー2の権限を持つことになります」

「……ふむ」


 ロダンは丸太のような腕を組み、彫像のような姿勢で熟考。

 数秒の沈黙ののち、こちらを見た。


「おい、ヤバマーズ男爵。貴公に、一つ正さねばならんことがある」

「なんだよ、藪から棒に」

「貴公。リュスを……いいや、リュシエンヌ様を利用する気ではあるまいな?」

「はあ?」


 思ってもみなかった質問だった。

 こいつ、聖王教会側の人間として、僕やリュスを監視してるんじゃなかったのかよ。

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