第52話 乗馬服令嬢は最高。馬になったおじちゃん。
どんよりした灰色の空の下。
僕とリュスは、村の端に佇む、教会へと歩いていた。
目的はただ一つ。聖騎士ロダンの説得。
リュスは屋敷で暮らし始めたが、一方のロダンは、生真面目すぎる故か、いまだに教会の片隅で居候を続けていたのだ。
曰く、『貴公と慣れ合いすぎるのは良くない』とかなんとか。
でもさー、改めて考えると、監督役のくせに被監視者と別居してていいわけ?
「……なぁ、リュス。やっぱり、僕が交渉に入ると、かえって話が揉めるんじゃないか?」
「そうでしょうか」
「いや。アイツ、僕のこと嫌いだと思うぞ」
「あら、弱気ですね。アスタ様。……ですが、わたくしが独断で、監督役と交渉したと知れれば、教会本部から余計な勘繰りを招きますよ」
「そりゃあ……そうだろうけど」
この辺りの政治感覚について、リュスに勝てる気がしないぞ。
「でもな、ボロ屋敷の家政を取り仕切るなんて、あの聖騎士様が許すはずがないだろ。青筋立てて、説教ぶちかます未来しか見えない」
「アスタ様、いつから未来視にお目覚めに?」
「そういうんじゃなくて!」
「冗談です」
おちょくられた。さっきから、口で勝てない。
(でも、なんか……嬉しいな)
表情が緩みそうになるのを堪えて、隣を歩くリュスを見やる。
今日の彼女は、いつもの祓魔女の法衣ではない。ゲロハルトがどこからか発掘してきた、少し型古な乗馬服に身を包んでいた。
なにせ屋敷には、サイズが合う上等な女性服が不足していてな。
まさか、使用人のお古を着せるわけにもいくまい。
でも、どうしてか。
「今は、ドレスを着たくありません」と、言われたものだから、こうなった。
(うん。だけど、これがまた――似合いすぎてて、直視するのが辛い!)
薄暗い灰色の景色に、現在の黒髪と、クラシカルな乗馬服のシルエットが異様に映える。
目が死んでる最強の公爵令嬢による乗馬服姿とか、属性が過多すぎて心臓への負担がデカすぎるぞ!?
ずばりと言おう。好きだ。
何を着てても、存在自体が好きすぎる。
どれだけ、おちょくられても乗馬服令嬢最高。(口には出さない)
「どうやら、アスタ様は……ロダンという男を少し誤解されている気がします」
「誤解? 僕がか?」
「ええ。あの方は、とても……わかりやすい、お人ですよ」
「わかりやすい、ねぇ」
「……それを言うなら、正直なところ。わたくしは、シスター・マグダリアの方こそ、あまり関わりたくありませんけれど」
「えっ、そう? マグダリアはいい人だよ。ちょっとお節介が過ぎるけど」
すると、苦虫噛み潰したように、リュスは美貌を歪めた。
もしかして、僕を連れて来た真の理由は、マグダリアと顔を合わせるのが気まずいからか?
「アスタ様。ひとつ、お聞きしても?」
「なんだ?」
「アスタ様にとって、シスター・マグダリアは……どのような存在ですか」
「彼女? そうだなあ……」
改めて言葉にしようと思うと、気恥ずかしいが。
「僕にとっては、姉代わりであり……母親のような人かな」
「母親、ですか」
「うん。僕、母親も姉も、早くに亡くしてるから。あの人は――……僕にとって、数少ない大事な身内なんだ」
「……そうですか。それは……とても、大切になさった方がよろしいですね」
リュスは、それ以上何も言わなかった。
ただ所在なげに歩調を緩め、上着の裾をぎゅっと握り締めたのを、僕は見逃さなかった。
……なんだろう、急に空気が重くなった気がする。そんな苦手か?
「……着きましたね」
気まずい沈黙を破ったのはリュスだった。
視線の先、村の外れの石造りの教会。
そこだけが不思議と、凪いだ空気を纏っている。
だが、聞こえてきたのは、随分と賑やかな子供の声。
「わあぁぁっ! すっごく高い! お空が近いぞぉー!」
「次、次はボクだってば! おじちゃん、交代っ、交代してっ!」
「こら、順番を守れと言っただろう。……む、危ない、そこでのけぞるな。落ちるぞ」
「あははははっ、すごーい!」
――え?
不死身の守護者、聖騎士ロダン。
あの堅物が、巨躯を折り曲げ、薄汚れた孤児たちを両肩に、のっしのっしと歩き回っているではないか。
「ロ、ロダン……お前、何やってんの?」
思わず、素でツッコんでしまった。
「む。……ヤバマーズ男爵、それにリュスではないか」
肩に子供を二人乗せたまま、微塵も揺らぐことなく直立不動の姿勢。
……シュールすぎるだろ、その絵面。
ジロジロとリュスを眺める、聖騎士ロダン。
「どうしたのだ、リュス。その恰好は? 乗馬服か?」
「はい、わたくしの着替えが不足しておりまして。アスタ様に、融通していただいたところです」
「そうか」
いやいや、「そうか」じゃねえよ。
「だからさ。むしろ、お前がなんだその恰好はっ?!」
「なにを言う。これは任務の合間の……基礎鍛錬と言うやつだ。子供たちは良い負荷となる」
「大真面目な顔で、よく言ったな?」
リュスが儚げに、クスクスと忍び笑いを漏らす。
対照的に、ロダンは眉一つ動かさず、器用に子供たちを地面に降ろした。
「嘘だぁ! おじちゃん、さっき『吾輩はお馬さんだぞー』って言ってたじゃん!」
「「「そうだ、そうだー!」」」
「……聞こえん。あっちへ行っていろ。おじちゃんは忙しいのだ」
「えー!? ケチ―!」
ロダンは大きな手で、小さな頭を、雑に撫で回し追い払う。
すると、孤児たちは、ぶーぶー文句を言いながらも、笑顔で逃げて行った。
……どうやらこの堅物、いつの間にかガキどもの玩具に成り下がっていたらしい。
「あー……。お前、ずいぶんと、うちの教会での生活に馴染んでるんだな」
「……む。どこか、吾輩の故郷に似ていてな」
「ロダンの故郷……?」
「いや、詮無きことを口にした。忘れてくれ、で、貴公は何用だ。吾輩は調査任務を継続中。油を売る暇などないぞ」
「思いっきり、子供と遊んでたじゃん!?」
「鍛錬だと言っている」
この、おじちゃん。事実を認める気が、これっぽちもないらしい。
無敵かよ。
「まあ、いいや。その……お前に折り入って、相談があってな」
「吾輩に相談だと……?」
すると、リュスは自ら一歩前に出た。
かつての公爵令嬢としての矜持を感じさせる、淑女の礼。
「ロダン。わたくし、今日からアスタ様のお屋敷にて、家政の采配を振るいたく思っています」
「…………何ですと?」
ロダンの眉間に、深い溝が刻まれる。
やっぱり怒るよな、普通。
「リュス。貴女は、己の立場を忘れたか。今の貴女は、祓魔女である。聖王の敵を討ち滅ぼし、闇を払うのが使命である。それが何ゆえ、辺境貴族の飯炊き女などに身を落とす必要があるのだ」
「飯炊き女とは、心外ですね。わたくしが務めるのは、男爵家における家政女代行に準じる御役目」
「家政女代行。……貴女が?」
「そうです。事実上、この地におけるナンバー2の権限を持つことになります」
「……ふむ」
ロダンは丸太のような腕を組み、彫像のような姿勢で熟考。
数秒の沈黙ののち、こちらを見た。
「おい、ヤバマーズ男爵。貴公に、一つ正さねばならんことがある」
「なんだよ、藪から棒に」
「貴公。リュスを……いいや、リュシエンヌ様を利用する気ではあるまいな?」
「はあ?」
思ってもみなかった質問だった。
こいつ、聖王教会側の人間として、僕やリュスを監視してるんじゃなかったのかよ。




