第197話 激突、破裂、汚ねえ花火。窒息の抱擁を君に。
大激突。だが、ヤバマーズの湖畔で起きた事象は、たった三文字で片付けるには、あまりに凄絶。
――ズ、ドォォォォォンッ!!
海魔クラーケン。帆船をも沈める巨躯は、推定数百トン。まさに生ける肉島。
その凶悪なる肉島が、一切の減速なしの魔速にて、古代エルフの不朽の壁――エルヴン・コンクリートのダム壁へ、真正面から突き刺さっていく。
まず、ダムの表面から、コンクリート片が散った。
そのままダムが壊れるか? 誰もが崩壊を予感した。
しかし、崩壊したのは壁ではなかった。
まず、巨大な胴体が慣性によって、押し込まれひしゃげ潰れた。メキメキ軋み、ベチャリと歪み、黒い巨皮が裂け、触手が弾けた。
前へ、前へ。肉が、体液が、津波となって舞い上がり、なおも迫る肉は止まらず、さらに肉自身を押しつぶす。
速度の二乗、生まれた破壊エネルギーは、内臓を破裂させ、心臓をもぶち壊した。
(うわあ……汚ねえ花火じゃん)
宙を舞うヤバマーズ・イカサマー号から、見える光景。
そう、僕らの背後で起きたのは――数百トンの水とタンパク質で構成された、巨大肉爆弾の爆砕だった。
そんな花火を眺めながら、僕たちは天端へと不時着。
――ガシャン、バリバリバリッ!!
イカサマー号は石床を滑り、火花を散らしながら崩壊。
僕、オノレ、リュスの三人は、もつれ合うようにして数回転。
「ゴホッ、ゲホッ……!」
肺の空気がすべて押し出され、視界がチカチカと明滅。
倒れ込んだ僕の身体を、リュスが身を挺して抱きとめていた。
「おい、リュス!? なにをしてる!?」
「わたくしには、聖騎士の血清がございます。ご心配には及びません」
「いや、だからって! 貴方が怪我をしていいとはならないだろ!?」
痛む身体を無理やり起こし、リュスの安否を確認。
指先で触れ、食い入るような視線で――そうして、僕たちの視線が絡み合う。
暗渠の瞳と、熱を帯びて交差した。
「……アスタ様」
「頼むよ、リュス。……僕のために傷つくのはやめてくれ、心が持たないんだ」
すると、オノレが這いずりながら呻いた。
「……うう、死んだ。俺、今日だけで五回は死んだ気分だよ」
「なんだよ、オノレ。生きてんなら、結果オーライだろ」
「ちょっと! さすがに扱いが違い過ぎないかい!? あー、もう決めた。君との共闘はこれが最後だ。二度と付き合わないからね!」
「おいおい、ケチくせぇやつだなあ。僕らは一蓮托生の盟友だろ?」
「ねえ、今ケチって言ったっ!? 俺、ここまで身体を張ったのに!? だいたい、ボートがジャンプするなんて聞いてなかったよ!」
「ガタガタ抜かすな、確かに予定にはなかった。……でも、なんとかなったろ?」
だが、僕たちが安堵するヒマなどなかった。
浮かぶサキオンが、警告する。
「――起ち給え、七代目。未だ決着はついておらぬ」
ダムはほとんど無傷。
表面が浅く削れ、へこみ、コンクリート片が弾けた程度。
だが、その壁面をズズズッと血痕を引きずりながら、潰れた巨体が蠢いている。
「アスタ男爵ッ! 見よ、バケモノがまだ生きているぞ!」
フェルディナンが絶叫した。
痙攣し悶え、のたうち回るクラーケンが、なんと呼吸を再開したのだ。
驚異的な再生能力。黄色い眼球が、憎悪を込めてこちらを睨む。
声を張り上げ、僕は命じる。
「再生を許すな! ジル、奴が湖底へ逃げる前に仕留めるぞ!」
「わかってるっす。アスタ先輩の作戦、ここからはうちらに任せるっすよ」
ジルの役目は、現場の小指揮官。
応急処置で固定された義足で動き出す。
「皆わかってるっすよね?うちの指示通りにするっす!」
「ははぁっ!」
現場の猟兵たちも、難民たちも一丸となって動き出す。彼らが抱えていたのは、いくつもの大樽。
リュスが、僕の袖を引く。
「アスタ様、これは……」
「悪路で、荷物や火砲を持ち運ぶのは難しいだろ? でも、もし、増水で使える水路が伸びたらどうだ?」
「それこそが洪水寸前まで、作戦を遅らせた真の意味……!?」
「そうだ、水路ってのは――輸送が最強になれる条件だろ」
そう、僕の作戦とは――囮と輸送の同時遂行。
イカサマー号で魔物たちのヘイトを稼ぎ、本隊がダムへ布陣する。
イカダさえあれば最前線に、人も物資も送り届けられる。湖の水位上昇という絶望的な状況こそが、僕らの逆転劇への布石。
「しかも、今の僕たちには……少数部隊を率いられる面子が、ゾロゾロと揃っちまったろ。そこに『警戒鳥の籠』による探知と来た。お膳立てはバッチリだ」
ジル、フェルディナン、ウーティス。どいつもこいつも扱いに難がある外様人材だが、小指揮官としてはまあ強い。
とはいえ、この水路輸送計画の策定には、猟兵からの情報収集だけでは不十分で……。
「古代エルフの遺跡ともなれば、邀撃の砦に不足なし。未熟者の割に悪くない機転ではないか、感心したぞ。七代目」
「うっせ、黙って見てろ。サキオン」
ムカつくことに、我が先祖の知恵も欠かせなかったんだけどな。
こいつ、船に詳しいどころじゃねえ。地形を見た瞬間に「ここは船をどう通せて、どこでなら荷を下ろせるか」まで分析しやがる。
かつての西海岸の子爵領で、人と物を動かしてきた経験ってやつか。それとも、各地を巡って身につけた知見か。
どっちにせよ、僕みたいに「水があるなら運べるじゃん!」なんて思いつきから始めるのとは、レベルが違ったわけだ。
「よおし、みんな一気に流しこむっすっ!」
ジルの号令と共に、十数個の樽が一斉に傾けられる。
――ピチャッ、ベチャチャチャチャッッ!!
滝のように溢れ出したのは、ドロドロした半透明の塊。
それこそが僕が事前に、猟兵たちにかき集めさせた――スライムだ!
「うへぇ……汚らわしい。なんて冒涜的な作戦だよ」
「ほほう? 実に面白い男だな……卿は」
オノレがドン引き。
巡礼冒険者のウーティスが嗤うが、そんなものはぜんぶ無視。
「いいから、よく見ろ! スライムの真の恐ろしさは、貪欲さじゃない」
さあ、高所から投下されたスライムたち。
本来、スライムは温厚な分解者に過ぎないが、衝撃とともに巨大な捕食者の体表に触れれば話は別。
――シュワァァァァァッ!!
透明だった水面が、一瞬にして糸を引く白濁液へと変貌。
ドロドロの粘液が動きを阻害し……呼吸器官であるエラにまで、流れ込んでいく。
「ゴブッ、ブフッ……キュッ!?」
あまりの光景に、聖騎士ロダンが吠えた。
「うぁぁぁああっ!? なんだ、このヌメヌメ地獄はぁあああ!? 見てるだけで鳥肌が立つ! 吾輩には耐えられんぞっ!?」
「いや、本当にデリケートな奴だな、おい……」
僕は、一応解説してやる。聞こえてなさそうだけどな。
「スライムはなあ。強いストレスを感じると、体表の粘液腺から粘素を一気に分泌するんだよ。その粘素はな、水分を吸収し、数倍どころか数十倍の体積へと膨れ上がる!」
スライムの狩猟と防衛。
それは敵を窒息させることがスタート。獲物の動きが止まって、安全を確保してからゆっくり溶かしていくのだ。
そして、対する海魔クラーケンの弱点こそ――。
「呼吸だ。アイツはあの巨体を動かすのに、エラ呼吸に依存している! 複数ある心臓も、強靭な筋肉も、息が出来なければただの重し! 再生力が高すぎて殺せない? なら、僕は……機能停止を狙ってハメ殺す」
「……いちいち発想が、エグいんだよなあ」
「さすがはアスタ様ですね。思い付きだけで、常識を破壊されます」
「あれ? 僕、褒められてる気が全然しないぞ??」
それはどこまでも絡みつき、ねっとりと吸い付き、決して剥がれることのない窒息の抱擁。
必死に触手を振り回すクラーケン。
だが、もはやその動きに力強さも鋭さもない。急速に進行する酸欠に、思考も運動機能も白濁の沼へ消えていく。
「辛そうだな、クラーケン。哀れには思うよ……でも、悪いな。こっちだって生き残るために必死なんだよ」
苦しみあがき、なんとかして逃亡を図ろうとするクラーケン。
だが、その逃げ道すら、僕は塞いでいた。
「……蒸気銛砲、撃てぇッ!」
重すぎて運べない。
そう笑われた失敗作兵器が、今、轟然と火を吹いた。
いつも『ヤバマーズ』を応援していただき、本当にありがとうございます!
本日は皆様に嬉しいご報告がございます。
本作『ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~』について、書籍化の打診をいただきました。
これに伴い、書籍化に向けた改稿や準備作業に入るため、今後の本編更新ペースがゆっくり、かつ、不定期になります。
(実は、最近の更新ペースにはこういった事情もありました)
読者の皆様に、より面白い『ヤバマーズ』をお届けできるよう精一杯頑張りますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
さらなる詳細は、然るべき時期に告知させていただきます。
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