↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化進行】ヤバマーズ ~毒喰らい男爵の人生逆転劇~  作者: 裃 左右
第二章:破滅迫る、ハッタリ男爵投資劇。 ~“君がためのサキオン”になりたい~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
122/200

第122話 ――ああ、ティーカップが割れた。

 それは、ほんの少しだけ未来の話。


 王城にて。

 燃えるような赤髪を陽光に透かし、シャルル王太子は優雅にティータイムを嗜んでいた。


 立ち上るのは、芳しい紅茶の香り。

 並ぶ色とりどりのお菓子は、王都随一のパティシエが作り上げた芸術品。


「良いお茶だね。……とても穏やかな気分になれる。君たちのおかげで、穏やかな午後の一時を過ごせるよ」


 シャルルは、メイドたちへ慈愛に満ちた笑みを零した。


「……光栄に存じます」


 初夏の日差し。

 王都の空はどこまでも晴れ渡り、突き抜ける青は清々しい。


 風が吹けば、緑葉のさわやかさが鼻を抜けていく。


 そんな平和な午後。

 近臣が足音を殺して、入室した。


「どうしたのかな、仕事の話なら後にして欲しい。この通り、私は休憩中でね」

「は、はい。実は……急ぎ、お耳に入れておかねばならない事案があるのですが……」


 もごもごとする近臣。


「随分と言いにくそうだね」

「そう、ですね……はああ、なにぶんどうにも……」

「まさか、訃報というわけかな?」


 シャルル王太子は、極めて柔和に尋ねた。


 やはり、とても言いにくそうに近臣は頷く。


「そうなのです……殿下には、大変、その、なんと申しますか」

「……それは君の責任による失敗の話かな?」

「それは、違いまする!」

「では、叱らぬと約束しよう。続けてくれ」


 近臣は、覚悟を決めたように息を吐き出す。


「ううむ、それがですな。ヤバマーズ男爵邸には、商人どもを送り込み……村を盗賊たちに包囲させる計画。これは間違いなく遂行されました」

「うん、それで?」

「するとですな。きゃつめは……アスタ男爵は手勢を率い、なんと盗賊団への突撃を敢行いたしまして――」

「なんだって!?」


 シャルル王太子は、驚きの声を上げた。


「リュシエンヌの時だって、あの者はなにもしなかった(・・・・・・・・)というのに? あの口先だけの臆病者が、どうしてそんなことをしでかしたのか!?」


 シャルル王太子に、込み上げる感情。


 まず、そこまでバカな男とは思わなかったという呆れ。

 そして、もう半分は――。


「ならば、彼は――アスタ・ド・ヤバマーズが死んだのか?」


 王太子シャルルは、思わず確認する。

 なぜだろうか、そこには奇妙な焦りと喪失感があった。


 近臣は、汗を拭きながら答える。


「い、いえ……そのような、ことはございません」


 その返答に。

 シャルル王太子は……自分でも意外なほどに安堵してしまった。


「なんだ、訃報というから……てっきりそういう話かと思った」


 目障りな宿敵だ。

 間違いなく、邪魔者には違いない。


 だが、かといって……死んでほしいとまでは思っていなかった。


 アスタには生きたまま、土をつけてやりたいのだ。

 ……必ず、そうせねばならないのだから。


「にしても、随分と無謀なことを。アスタ男爵が自らの過失で死ぬのは勝手だけれど、変な噂が立っても困るからね」

「……」

「気に入らぬ者を片っ端から暗殺するような王太子――世間にそのように思われるのは不本意だ。……それで、肝心の訃報とは?」

「ああ、はい。実はですな……」

「もしかして、彼が大怪我でもしたのかな? なら、失脚させる前に、見舞いの花束くらい出してやってもいいと思うよ」

「まあ、無傷ではないようですが……そうではなく、ですね」


 迷いに迷って。

 結局、近臣は口にした。


 どうせ言わねばならないことだからだ。


「アスタ男爵はわずかな手勢を率い……盗賊団を壊滅させました」

「はぁああ?」


 聞こえたのは、理解できない音の羅列。


 明らかな兵力差。

 そして、質の差すらもあったはずだった。


 王国精鋭の非正規部隊。

 悪しき鉤爪(マレブランケ)を派遣していたというのに。


「……鉤爪(ブランケ)はどうなった?」

「退けられたようです」

「……ありえない」


 歴戦の強者を、素人が退けた?

 それはあまりに……非現実的だった。


「なにか……そう、なにかペテンをつかったはずだ。外部の協力者がいたのなら、そこが政治的な弱点となる」

「帰還次第、詳しい報告があるとは思いますが」

「なにか追求できる材料があると良いが。今は……報告を待とう」


 シャルル王太子は、混乱を飲み込んだ。

 なんとか思考を整理しようと試みる。


(まさか、ヤンが油断したのか? いいや、そのような手ぬるい者たちではないはず。なにがどうなって……?)


 そこにさらに追い打ち。


「して、商談現場には、ラ・ボアジエ教授まで同席していたらしく」

「ううん? 王立大学(アカデミア)の?」

「はい」

「……ラ・ボアジエ教授とは……つまり、炎蛇眼のゾルジュのことだね?」

「そうにございます」


 シャルル王太子は、首を傾げた。

 大学に、そんな依頼はしていない。


 ただ、黒銀結晶(クロシュライト)の鑑定を依頼しただけだ。


(アレが秘密鉱脈から採掘されたような物なら、反逆疑いとして、アスタを堂々と捕らえられるからね)


 鉱山を報告せずに隠し持つなど、許されぬこと。

 だからこそ、正式な機関に鑑定依頼をした。


 証拠として使うための、真っ当な手続きをとっただけなのに。

 ……どうして、そうなっているのか?


 シャルル王太子には、まったくもって理解できなかった。


「して、ラ・ボアジエ教授の後押しもあり……」

「あ、後押し!?」

「結局、商人たちは――男爵と契約を交わして帰ってきたと」

「はぁあああああっ!?」


 ――パリンッ。


 シャルル王太子の手から、ティーカップが滑り落ちた。


「派遣した軍も、現地に着いた頃には戦闘が終わっており……ろくに糾弾できず、おめおめと退いてきたということでして」

「いや、待て! そこにはアスタの弟がいただろう、イリリクがっ!」

「は、はい?」

「イリリクは? ……彼は、そこでどのような対応をしたんだ!?」


 そこが要(かなめ)だった。

 イリリクの対応次第で、いくらでも今後の手段など考えられる。


 それなのに――。


「当然ながらイリリクも、まったく領地への介入など出来ず。……アスタ男爵と揉め、盗賊を手引きした疑いまで掛けられた、とか」

「……アスタと、揉めた?」

「はい。領民たちの前で口論に発展し、かなり険悪な空気で退いたようですが」

「なぜだ!」

「なぜと言われましても……」


 シャルル王太子には、到底理解できなかった。


「なぜ、イリリクはそのような真似をしたんだ!? それだと――彼のヤバマーズ領での評判も地に堕ちたではないか!?」


 シャルル王太子が、なにより腹立たしかったのは。

 ……今後の次善策すら、崩壊したことだった。


「失敗したなら、表面だけでも兄を労い、頭を下げてさっさと帰れば良いだけじゃないか!! どうして、それすら出来ない!?」

「殿下……」

「一度にすべてを得る必要なんてない、まともな頭があれば(・・・・・・・・・)わかることじゃないか! 嫌いな兄が相手でも、適当に笑って別れるくらいすればいい!」


 陰謀のセオリー。


 一つの策が失敗しても、次を打てばいい。決着を急ぐ必要などない。

 なのに、イリリクは功を焦り、すべてを台無しにした。


「なぜ……誰も彼もが、不条理な動きをする……?」


 今後の計画すら、足元から音を立てて崩れていく。


「……私は、完璧でなければ、ならない、のにッ!」


 シャルル王太子の困惑。


 それは、王都から見える風景――。

 つまり、王都の貴族社会とはあまりに違うルールの下で、人々が動いていることにあった。


 どんな学問すら修められる文武両道。

 仮に、そんな男がこの世にいたとしても理解出来ぬことは必ずある。


 見たことがない世界の価値観や文化……欲求や情動。


 現実は論理だけで、整然と処理されることはない。

 物事は、誰の思い通りにもならないものなのだ。


 そう、良くも悪くも。


 今回の事件。

 思えば、誰ひとり思い通りに事が運んだ人間はいなかった。


 アスタも、その仲間たちも。

 シャルル王太子も、鉄仮面のヤンも、商人たちも。


 誰の思い通りにもなっていない。


 秩序と論理で固めたはずの絵図は……混沌にはまるで通用しなかった。

いつも応援ありがとうございます!


「面白かった」「ここが意外だった」といった一言だけでも、作者は画面の前で飛び上がって喜びます。


作品のお気に入り登録や評価も、執筆のガソリンになりますので、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
王太子は現場をみず、理論で判断する経験しかないから、今回の ように様々な思惑で動く人間の行動が予想出来なかったんですね。良くも悪くも周囲には意にそう理性的な人間しかいなかったんでしょうか。そこから考え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。