死神と核弾頭
生徒会の通常業務を任されたメンバーたちは、生徒会資料室にて仕事をしていた。倉橋はできることなら、こちらの仕事をしたかったが三ノ宮を暴走させないためには、目を離すわけにもいかない。
(というか、すでに暴走しているが……)
「倉橋、これに判ついたら今日はいいから」
「すみません、北条先輩」
北条聡は、なにいってんだかと爽やかに笑った。
「俺は副会長補佐だぜ。お前がきにすることじゃないよ」
「本当に助かります。先輩が補佐として残ってくださったので、俺の負担はそうとう軽減されてますから」
倉橋は席を立ちあがって深々と一礼した。北条は苦笑した。この生真面目さが三ノ宮を制御するのに役に立っているのだろう。少なくとも三ノ宮のほうには、倉橋が自分のブレーキになっている自覚がある。だからこそ、副会長は倉橋以外はお断りだといったのだ。北条は生徒会長の代替わりの際に、三ノ宮が出した条件を思い出して、思わずのどの奥で笑ってしまった。
倉橋はいぶかしげに、北条を見たが時間がおしいのだろう、すぐに席に着き、黙々と書類に判を押した。
そのころ、三ノ宮は鼻歌交じりに届いた荷物を開けていた。
「あの……開けていいんですか?それ?」
相川が困ったようにたずねると、大丈夫と上機嫌で三ノ宮は答えた。
「でも、生徒会や委員会に佐久間一臣という人はいらっしゃいませんし……危険物の可能性はないんでしょうか?」
「うん、中身はわかってるから大丈夫!それにしても、宛名を本人にするとはさすがだねぇ」
相川は意味がわからなくてポカンとしていたが、村雨と富永はいつもの表情でなりゆきをみていた。三ノ宮は、開けた荷物を盛大に床にばらまいた。中身を見た瞬間、相川は顔を真っ赤にし、村雨は眉間に皺を深く刻む。富永は好奇心いっぱいの目でころがった中身を手にとっては眺めはじめた。
「ほうぉ、これが世にいうぅ『大人のおもちゃ』というやつだねぇ……こっちはぁ……」
富永が手にとって、タイトルを読み上げようとしたところを、村雨がサクサクと回収した。
「あぁ、みせてよぉ。本物は初めてなんだからぁ」
村雨はあほかと怒鳴った。
「見ろ。相川が混乱してるだろうが!!」
「あー……ごめんなさぁい。一華ちゃんがぁいるのぉ忘れてたぁ」
「三ノ宮もだ!!いきなり、こんなものを女生徒の前にぶちまけるな!!」
三ノ宮はちらりと相川を見た。相川も顔を赤らめながらも、三ノ宮を見ている。三ノ宮はにやりと笑う。
「村雨さん。女性をあなどってはいけませんよ。ね、一華ちゃん」
村雨はちらばった荷物を段ボールに放り込みながら、いぶかしげな顔をする。
「どういう意味だ?」
「一華ちゃんにも富永先輩と同じ知識があるってことです。ちょっとこっちおいで」
三ノ宮は相川の手を取って、窓際に誘導した。そこで声を潜めていう。
「一華ちゃんは腐女子さんだったりする?」
相川はこくこくと頷く。
「じゃあ、あれが何かもちゃんとわかってるんだ?」
「はい……本物は初めて見たのでびっくりしてしまいました。……それで、あの、もしかしてあれって副会長のために用意されたんですか?」
三ノ宮は一瞬、目を見開いていきなり大笑いした。相川はおろおろとする。
「あははは、そっかぁ、そうなんだ。そうなんだ!」
「あの…ごめんなさい!わたし……」
三ノ宮は笑いすぎて咳き込みながら相川をなだめた。
「謝らなくて大丈夫だよ。俺はそういうの慣れてるから。でも、俺と遼があれであそぶんじゃないから。落ち着いて」
「あ……すみません。勝手な妄想が口をついてしまって……」
「別に恥じることないよ。びっくりさせたの、俺だもん。でも、遼には内緒だよ。あいつが一華ちゃんの趣味を知ったら、しばらくはショックで活動停止しちゃうかもしれないから」
相川は表情を曇らせた。
「軽蔑しますよね……こういう趣味……それに勝手にお二人をそんな目でみていたなんて知れたら……」
「そんなことないよ。俺は誰がどんな思考や趣味の持ち主でも気にしないし、そんな俺と長く友人なんてことできるあいつは、適応力がかなりあるし。遼だって同性に告白されたことが何度かあるから、同性愛には免疫はあるんだ。ただ、腐女子とか腐男子とかさ、サブカル的世界には疎いんだ。そういう世界があることを理解するまでに時間がかかるだけで、軽蔑するほど心は狭くないよ。俺としては、自分なりに解釈して心に収めるまでの苦悩する遼の姿をみたいけど……それにね。一華ちゃん」
三ノ宮はそっと相川に顔を近づけてささやく。
「妄想なんてもの、誰の迷惑にもならなし、法にもふれない。だから、問題ないんだよ。でも、妄想と現実の区別がつかなくならないように気を付けてね」
相川はびしっと背筋を伸ばして、元気よくはい!と返事した。それから、相川は首をかしげてつぶやいた。
「それじゃあ、あれはいったい…」
三ノ宮はそれはねと事件のあらましと現在、生徒会が佐久間の身柄を拘束していることを彼女に話して聞かせた。相川は少し涙目になりながらも、毅然として言う。
「罰は必要です。法的な制裁では、佐久間さんの行動を制御できないと思います」
「これから俺がすることは、ある意味犯罪だけど……一華ちゃんは関わりたくなければ降りていいよ」
相川は首を横にふった。
「わたしはみんなが考えているほど、純粋無垢な人間じゃありません。大事な人が傷つけられたら……この手だって汚せると思います」
「そっか……」
三ノ宮は少し悲しげに微笑んだ。
(でも、きっとその手を汚させるようなことは、まわりがしないだろう。愛される人間とはそういうものだ)
「よし、じゃ一華ちゃんにお願い。6人分の夕飯の準備して。内容はおまかせで」
「はい、わかりました。会長」
相川はいつものように笑って生徒会室を出て行こうとした。丁度、扉を開けたタイミングで、背の高いメガネをかけた女生徒がノックをしようとして立っているのにぶつかりそうになった。彼女は無言で、すっと空いた扉に手をかけると、相川が通れるように道を開けた。
「あ。ありがとうございます。あの、何か御用ですか?」
彼女はこちらを見ずに、三ノ宮を見据えて会長さんにちょっと用事と冷たい声で答えた。それから、動かない相川を見て普通に微笑む。
「出るんじゃないの?」
「あ!すみません!」
相川は思わず、あわてて彼女の開けてくれたスペースを通って部屋をでた。背後でバタンと閉じられた扉の音に相川は、思わず振り向いた。けれど、軽く深呼吸して自分の仕事を遂行するために廊下をかけて行った。
生徒会室に入った夜見は、伊達メガネをはずす。鋭い視線を三ノ宮に投げつけて、剣呑な雰囲気をふりまきながらソファーに座った。村雨は無意識に富永の前に立って、この不遜な下級生を警戒していた。窓際にいた三ノ宮は、いつもの軽薄な表情のまま、夜見の向かいに座った。
「殴り込みって感じだね。比良坂夜見さん」
三ノ宮はにこやかに対応する。
「本気でそんなこと思ってやしないだろ。あんたは」
「なんだ、ばれてんだ」
夜見は軽くため息を吐いた。
「とりあえず、アヤメのことで報告しに来たんだよ。ええっとそっちのでかいの。何もしやしないから睨むなよ」
夜見は村雨を見て、苦笑する。不意を突かれたように村雨は、はっとした。さっきまで無意識に感じていた何かがするりと消えている。
「でかいのって……かりにも先輩だよ」
三ノ宮はくすくすと笑う。夜見は飄々とした顔で名前しらねぇもんと答えた。
「じゃあ、一応、紹介しとこうか。三年で風紀委員長の村雨信吾さんと委員長補佐の富永紅さんだよ。で俺が生徒会執行部会長で二年の三ノ宮英介」
夜見はあっそうと興味なさそうに答えた。
「それで?真田アヤメさんの状況は?」
「考える時間がほしいそうだ。たぶん、告訴はしないような気がするけどね」
「根拠は?」
夜見は勘だよと答えた。
「ふふ、君は野生児だね」
「ま、そんなもんだな。考えるのが面倒だってのもあるけど、あんたは違うだろう?いくらでも計算してそつなく他人をだませるタイプだな。……岸崎も似たような感じだったけど。あれは本質はごくごく普通って感じだった」
「なんだか、俺は異常者みたいな言い方だね」
「そんなもんでくくれてたら、今頃檻のなかなんじゃねぇの?そんなことは、どうでもいいさ。今はな」
三ノ宮は愉快そうに確かにねとつぶやいた。
「そういやぁ、さっき出てったのは?」
「ああ、彼女は書記の相川一華さんだよ」
夜見は首をかしげて、しばらく考え込むような顔をした。
「何か気になることでも?」
「いや、普通だなぁと思っただけだよ。それで、佐久間をどうするつもりだ?」
「当然、お仕置きだよ」
三ノ宮はにやりと笑う。夜見はその顔をみて、お仕置きねとつぶやいた。
「君だって罰は必要だとおもってるんだろう?」
「ああ、それは間違いない。この手で半殺しぐらいにはしてやろうかと思ってたけどな。あたしにはその権利も権限もない」
三ノ宮はなるほどとつぶやく。
「そうだね。少なくとも一般生である君には権限はないが、生徒会にはすくなからず、権限はあるってことは理解してくれてるわけだ」
「全生徒に対して主導権だか絶対権だか、もってんだろ?」
三ノ宮は苦笑した。
「生徒会は品行方正かつ論理的に全生徒を主導するってやつだね。対外的な話だけどね」
「ふうん。つまり、本質的には警備隊みたいに生徒の管理をしてるってわけか?」
「物事には裏も表もあるもんだろう?」
夜見はまあなと答えた。
「で?お仕置きってどうすんだ?」
ああ、それはと三ノ宮が席をたち段ボールに手をかけたところへ、倉橋が戻ってきた。
「戻りました。通常業務に問題ありません」
三ノ宮はおかえりといいながら、段ボールを夜見の前において、開いた。倉橋が青ざめて叫ぶ。
「ちょっとまて!それは!」
その静止は一歩遅かった。夜見は箱の中から、みだらに絡み合う男たちの写真がついた薄いケースを手にしていた。夜見はそれをもてあそぶように、なるほどねとつぶやきながら、内容の説明を読み始めた。倉橋は思わず、それを取り上げて箱に戻し、三ノ宮を怒鳴った。
「おまえな!こういうものを女性にみせるな!」
「落ち着けよ、遼……」
「落ち着けるか!だいたな……」
倉橋が言葉を続けようとしたとき、静かな声で三倍返しかというつぶやきが聞こえた。
はっとして、ソファーに座っていた女生徒を振り返ると、彼女は平然とした顔でどうもとあいさつする。
「遼、彼女が比良坂夜見さんだよ」
「あ……申し訳ない。妙なものをお見せしてしまって……」
倉橋があわてて頭をさげると、夜見は爆笑した。
「はははっ……なるほどなぁ……気にすんなよ。あんなもん。どうってことないよ」
夜見は笑いをこらえながら、三ノ宮を見ていいストッパーだなと言った。倉橋はわけがわからず、言葉も出ない。
「自覚なしか……ま、その方がいいんだろ。三ノ宮」
三ノ宮は、まあねぇと苦笑した。
「で。かなり小道具そろってたみたいだけど。三倍返しぐらいで止めとくんだろうな」
「どうかな?彼の耐久性の問題だね。こういう心理的限界を超える人体実験なんて滅多にないチャンスだし」
夜見は苦笑しながら、えげつねぇなぁと言いつつ、やめろとは言わなかった。
「心理的限界か……確かに滅多にないな。じゃ、あたしも参加な」
倉橋がぎょっとする。
「ちょっと、ちょっとまって。君は何を言い出すんですか」
「三ノ宮がやるお仕置きで、佐久間がどこまで自己崩壊せずにたえられるか見たいっていってんだけど?なに?」
「何って…わかってんのか!英介がやろうとしてることは犯罪なんだよ!」
倉橋は、自分で答えておいて自分でショックを受けていた。
(なんで…俺は関係ない奴に…)
「そんなことはわかってるさ。だけどさ、現行法で裁いて再犯防げるほど、性犯罪はあまくねぇんだよ。少なくとも佐久間は、すでに常習者だ。野放しにすれば、最終的に死者が出る。だから、三ノ宮が手を汚すんだろう?ま、三ノ宮はそんなもんどうでもいいんだろうけど」
夜見はじっと三ノ宮を見た。
「だって、俺、正義の味方じゃないからね。遼もそのくらいわかってるよ。たださ、それに自分以外が巻き込まれるのが嫌なんだよ」
夜見は、被害は最小限にかと苦笑する。
「核弾頭の管理は大変だなぁ。ま、なにはともあれ、あたしは参加する。あんたには悪いけどな」
夜見は倉橋を見上げて、微笑んだ。まるで、何の問題もないと言いたげに……。倉橋は力が抜けたように三ノ宮の隣に座りこんだ。
「わかった。そんなにいうなら、好きにすればいい。けど、そのままの格好だと佐久間に面がわれる。こっちが正体隠すために用意したものは、二人分だ」
「ああ、それなら心配ない。じゃ、着替えとりにいって飯食ってくるから……」
夜見はすっと立ち上がってすたすたと生徒会室を出て行った。バタンと扉が閉まると、富永が死神って本当だったんだとつぶやいて、その場に座り込んでしまった。
「おい…紅。お前顔色が…」
「さすがにびっくりしちゃったぁ」
富永は青い顔で震えながら笑った。村雨は有無をいわせず、富永を抱えてソファーに寝かせる。
そして、膝に富永の頭をのせ、でかい手でなでながら、死神ってなんだと聞いた。
「噂なんだけどぉ……彼女ねぇ、中一にときにぃ、ヤクザつぶしたってぇ……」
「その先は俺が話すよ。富永先輩」
三ノ宮は知ってるんだぁといって、富永は目を閉じた。村雨と倉橋は三ノ宮をじっと睨む。
「比良坂夜見は、中学時代、ある事件に巻き込まれたんだ。といっても、その事件はヤクザの組が一つ解散したというだけで、新聞記事にもなっていないけどね。三流紙が謎の解散なんて記事かいたけど、真相はやぶの中。ただ、その後、彼女には『死神』という忌み名がついてまわったということだよ」
「三ノ宮…まさか、比良坂は本当に組一つつぶしたっていうのか?」
村雨は率直に尋ねる。
「そう、それは本当。ただ、巻き込まれた事件については不明……というより、何かが痕跡をきれいに消してる。きれいすぎるくらいにきれいに……だから、逆に事件は起こったって俺は考えているんです」
「巻き込まれた事件ってお前。それじゃあ、消しきれてないぞ」
村雨は憮然と言った。
「ああ、正確にはヤクザの解散からさかのぼって、いろいろ調べてたら不自然な情報が手に入ったんです。山中の廃病院が忽然と崩れ去ったっていう怪現象で、そこに繋がれていた死神が解き放たれたなんてオカルト話。その廃病院があったとされる場所の所有者が、解散した河野組・河野儀一の息子、河野剣の個人所有地だったんです」
富永はうっすらと目をあけて、補足するようにつぶやいた。
「決して行ってはいけない廃病院……沢村精神病院……行ったらぁ、帰れないってぇ一部カルトマニアがぁ噂してたけど……今は潜っても、その痕跡ぃないんだぁ」
倉橋は話についていけない。ヤクザの解散と廃墟の病院の崩壊。所有者がそのヤクザの組の人間で……。夜見がどうからんでるのか、皆目見当がつかない。
「英介……いったい比良坂は何をしたんだ?」
倉橋は聞かずにはいられなかった。
「剣を半殺しにして、単身殴り込み。百人単位のヤクザを再起不能にして、儀一に解散を要求した。以来、比良坂夜見に手をだすヤクザはいない。死神の忌み名は、禁忌を込めて彼らの中に流布されたんだよ。なぜ、剣が半殺しにされたのかは今もって不明だけどね」
村雨が眉間に深く皺を刻み、倉橋が状況を理解するのに苦慮し始めたころ、元気な声が静寂を破った。
「ただ今戻りました!いっぱい買ってきましたよ!」
一気に空気は弛緩した。三ノ宮は、おつかれと大荷物の相川に駆け寄って、食糧の入った袋を受け取った。
「あの?富永先輩、具合悪いんですか?」
ああ、少しなと村雨が答えた。富永自身からは寝息が聞こえてきたので、相川は隣の備品室から毛布をもってきて彼女にかけた。