お仕置きタイム
夜見が部屋に戻ると、雪久と妃奈子が紅茶を飲みながら待っていた。表で待たれると支障があるから、雪久に合鍵を渡しておいたが、さっそく二人して夜見を待ち構えていたことに彼女は軽く苦笑を浮かべた。
夜見がただいまというと、二人はお帰りと言った。
「で?生徒会、どうだったんだ?」
「お前がそれ聞くか?かりにも九鬼財閥の人間が……」
夜見はあきれる。
「だって、俺、ここのことそんなに詳しくないんだよ。親父に放りこまれただけだし」
「あら、そうなの?私てっきり次の会長候補として九鬼君が入学したんだと思ってたわ」
「えー、嫌だよ。生徒会とか面倒くさい……」
「まあ、何はともあれ。三ノ宮は……核弾頭だな」
夜見が苦笑すると、妃奈子が深くため息をついた。
「やっぱり、成長してないのね……」
「何?妃奈子、知り合いなのか?」
「うーん……おさななじみっていうのかしら。小さいころはよく一緒にいたわね。というか、英介のいたずらは度をこしてて、いつも叱ってたのよ。私。花火で爆弾は作るし、蝶やトカゲなんかを平気で解体したり……このまま、ほっといたら人だって平気で解体しかねないと思ったから、何度も説教してたわ」
「先輩、まわりの大人は叱らなかったの?」
妃奈子は苦い表情でうんとうなずいた。
「なんていうのかしら。三ノ宮の人間は英介を腫物みたいに扱ってたような気がするわ。私がここに入学したときは、普通の明るい英介だったけど。小中の間に、いろいろあったみたいなの。表沙汰にはなってないけどね」
夜見はなるほどねと一人納得しながら、スポーツバッグに黒ジャージとウサギの被り物をせっせと詰め込み始める。
「ヒミ?今日も特訓なのか?」
「いや、佐久間のお仕置きに参加するんで、面がわれないようにね」
ちょっとまてと雪久と妃奈子が口をそろえて怒鳴る。
「なにそれ!やっぱり、英介がまたバカなこと考えてるのね!」
「お前、この間の手加減はなんだったんだ!」
夜見は苦笑しながら、まあ、まてと二人をなだめる。
「佐久間には灸をすえるだけだ。ついでに三ノ宮にはストッパーがいるから、妃奈子が心配しているようなことにはならないよ。あたしは、見学するだけだから、手出しはしないつもりだ。それとな。今回の件で一番問題なのは岸崎礼子なんだ」
「岸崎礼子?誰それ?」
雪久が首をかしげると、妃奈子が記憶を探るように答えた。
「えーっと、確か岸崎製薬の末っ子じゃなかったかしら?何回か、パーティであったけど、あんまりいい雰囲気の子じゃなかった気がするわ。その子が、今回のことと何か関係があるの?」
「確実な証拠はないけどな、聖の話だと生徒会は独自に岸崎の動向を張ってたらしいんだ。それで、アヤメは岸崎から特殊雇用の話を持ちかけられたらしい。といっても、まだ、アヤメに確認してないけどね」
「姫?それってちゃんと生徒会が承認してたの?」
「承認?書類でもいるのか?」
「そうよ。契約内容に不備や不履行がないようにちゃんと生徒会が承認するようになってるの。口約束でおこなわれた契約は無効なのよ」
夜見はちっと舌打ちした。
(佐久間にお仕置きとか言っときながら、三ノ宮の狙いはそっちか)
夜見はスポーツバックを抱える。
「妃奈子、悪いけど今夜はアヤメの側にいてくれないかな」
「いいわよ。それでアヤメちゃんに特殊雇用のこと確認しとけばいいのかしら?」
夜見はにやりと笑う。
「あたしだと、口が悪いからさ」
「はいはい、了解よ。他には?」
とりあえず、それだけだと夜見は答える。
じゃあ、俺は?と雪久が聞く。
「そうだな。岸崎家の内情が知りたい。岸崎礼子の生い立ちとか家族関係とか……」
「わかった。識に頼んでいいよな」
「お前の使えるコネは全部使え。正確に迅速に情報がほしいんだ」
「了解。校内での噂とかは?拾わなくていいのか?」
「その辺は、生徒会が集めてるはずだけど……ユキが暇だっていうなら、男子生徒内での岸崎の評価とか噂ぐらいは拾ってくれると助かる」
情報はできるだけ多く集めて、精査しなければならない。
「じゃ、あたしは飯食って生徒会に行くから。あと頼むわ」
夜見はそういって部屋をでた。
「さてと、じゃあ、俺たちも行きますか?」
「そうね。あ、そうだ。九鬼君に聞きたかったんだけど。姫のお家ってどこの企業?」
「ああ、そっか。先輩詳しくしらないんだったね」
妃奈子はうんとうなずく。
「母親が『東雲セキュリティ』の会長で、父親は宮内庁のお役人だよ」
「へぇ、不思議な組み合わせね。兄弟はいないの?」
「お兄さんがアメリカにいるっていってたな。あと、中学生の双子がいるって言ってた。そのへんは俺も詳しくないけど」
「なるほど、面倒くさがりなのに面倒見がいいのは、兄弟が多いからなのね。九鬼君は兄弟いるの?」
「兄が二人いるよ。先輩は?」
「年の離れた姉が一人いるわ」
「俺はてっきり一人っ子だと思ってたなぁ」
「あら、それどういう意味?」
雪久はわがままそうと言って笑った。失礼ねと妃奈子も笑った。
◆
「で?そのふざけた格好はなんだ?」
倉橋はウサギをかぶった夜見に問う。
『初音ミクで~す』
夜見は久我の時のようにおちゃらけて返す。
『そっちこそ、なんで黒と灰色なんだ?』
それはねと三ノ宮が答える。
「黒子とグレコだよ。昔のコメディをまねたんだ」
『声はかえないのか?』
もちろん変えるよと三ノ宮はボイスチェンジャーのついたマスクを倉橋に渡し、自分も装着する。
『声…なんだこれ!なんでこんな高い声にしてんだ、てめぇ』
倉橋はヘリウムでもすったかのような奇妙な声になっていた。
『まあ、まあ、いいじゃん』
そう答えた三ノ宮の方は老人の声だった。
『それじゃ、いこうかのう、グレコ君、初音さん』
三ノ宮は年寄風にしゃべりながら、地下への階段を降りはじめた。倉橋と夜見がそれに続いた。倉橋は例のお仕置き道具の入った段ボールを持っているので、一番後ろを歩く。
『ところで、三ノ宮。お前、お仕置きとかいってるけど。佐久間と岸崎のつながりについて証言させようって腹なんだろう?』
『まあ、そんなところじゃなぁ。といっても、その証言が嘘になる可能性もあるじゃろがのう』
『どういう意味だ?』
『まあ、そうせかすな、せかすな。お楽しみはこれからじゃ』
三ノ宮は完全に遊びモードだと倉橋は思った。これから自分たちがやろうとしていることは、ある種の拷問だ。そう思うと倉橋の口からはため息しかでなかった。
佐久間の隔離されていた部屋は、夜見が予想していたものよりかなり明るくて清潔な部屋だった。床はフローリング、四方の壁は珪藻土を波のような模様で飾ってある。扉の真正面の壁には大きく開かれた窓とその向こうに広がる緑の草原、森、空の絵……。かび臭さもない。ビジネスホテルのような机と椅子。ベッドサイドには小型のテレビとDVDらしきものがある。ユニットバスも完備されている。
ただ、佐久間は簡易ベッドに病院の診察着のようなものを着て、ぐったりと横たわっている。その足首から黒光りする足かせに長々と垂れる鎖だけが、彼を拘束している証として認められる唯一のもののように見えた。
三人が部屋に入っても、佐久間はぴくりともしない。どうやら、眠っているらしい。三ノ宮はすたすたと佐久間に近づくと
『こりゃぁああ!!いつまで寝ておるか!』
と怒鳴った。
佐久間はあまりのことに飛び起きるが、事態を把握しきれていないようで目を白黒させていた。その間に、倉橋は机にお仕置き道具を黙々と並べる。
『さて、これよりおぬしのお仕置き開始じゃ』
「な?何言ったんだよ……」
佐久間の顔が引きつっている。
『ほう、お仕置きをされる覚えがないとな?』
「……ねぇよ。つか、お前らなんだよ」
『わしは黒子じゃ、あっちの灰色が助手のグレコ君で、ウサギさんはおまけの初音さんじゃよ。とりあえず、これは邪魔じゃな』
三ノ宮はぽかんとしている佐久間の診察着をいっきに引っぺがして、真っ裸にした。
「なにすんだ!じじぃ!!」
佐久間はひん剥かれて、三ノ宮に殴り掛かる。しかし、その拳はふざけたウサギにがっちりとつかまれる。
『これ、握りつぶしたらまずいかなぁ』
『そうじゃなぁ。とりあえず、グレコ君。手錠をくれるかのぉ』
三ノ宮はふりかえり、倉橋は無言のまま首輪と手錠を持ってきた。どうやら、首輪と手錠は鎖でつながっているらしく、それを佐久間に装着するために夜見が彼の両手をつかむ。もがく佐久間に三ノ宮が首輪と手錠を装着。倉橋はベッドサイドのテレビのあたりでなにやらごそごそとしている。
『さて、お仕置きの前に質問じゃ。おぬし、岸崎礼子を知っておるな』
「し、しらねぇ」
『そんなはずはないじゃろ?同じクラスの生徒じゃぞ?』
「あ……ああ、あいつか。話したことないから、お、思い出せなかったんだよ。それより、これはずせよ」
『誰もはずしてやるとはいうておらんぞ。それに、まだまだ答えてもらわねばならぬこともあるでなぁ』
「くっそう!!はずせ!!はずしやがれ!!」
佐久間がじたばたあばれはじめる。両手を振り回し、夜見と三ノ宮をベッドから遠ざけようとするが、二人は後ずさることはなかった。むしろ、振り回された手をじゃれつく猫の手のごとく、軽々と夜見がはらう。
『この程度ではやはりダメージは少ないか』
三ノ宮は後頭部を軽く掻いて、机に向かう。そこから、黒い細帯のようなものを持ってきて夜見に二本渡した。
『すまんが、それで足をベッドに括ってくれんかのぉ』
『ああ、なるほどね。わかった』
「ちょっ!まて!何する気だ!!」
じたばたする佐久間に夜見はうっとうしそうに掌底をいっぱつ見舞う。
「うぐっ」
佐久間は鼻を押さえて倒れこんだ。その隙に、二人は佐久間の手足をベッドに括り付ける。佐久間は足を大きく開かされ、両腕は頭の上で固定された。
『では、質問を再開しようかのぉ。おぬし、なぜ、一般生の部屋へいったんじゃ?』
「そ、それは……誘われたから……で……」
『誘われた?あの部屋の子にかね?』
「そ、そうだよ。あの女が俺を誘ったんだ!」
『女?ほう、女の子の部屋へいったのか。では、その女子生徒とはどういう関係なのかね?』
佐久間はぐっと口をつぐむ。
『部屋へ誘ってもらえるくらいだから、そうとうに親しいのだろうなぁ』
『それだと、おかしな話じゃない?彼女は岸崎と仲が良かったんだから、当然彼女から岸崎の話はきいてるはずだろ?』
『ふむふむ、確かにのぉ』
(あいつら…遊んでやがる)
倉橋は深くため息をついた。夜見が全裸で拘束された佐久間を見ても動揺している風には見えない。まるで二人はモルモットでもみているようだ。
『つまり、こいつは嘘をついているってことだよな』
『ふむ、確かに目が嘘をついておるのう』
「な、なんだよ。それ……俺は、嘘なんか……」
佐久間の目線はかすかに左上を向いている。嘘をついている人間は左上を見つめて右脳の想像力を働かせる傾向にあるという。
『そうか。それでは少々痛い目にあっていただくとしよう』
三ノ宮は机に向かい、手に手術用の手袋をはめて、小道具をいろいろと選び始めた。
「お前ら……いったい、何するつもりだ?」
『ん?この状況なら何が始まるか、お前がいちばんよく知ってるだろう?こういうの好きだって話だし』
佐久間の顔が青ざめていく。
「や、やめろ!冗談じゃない!やめてくれ!」
佐久間はばたばたと暴れだす。自分がしたことを思い出し、これから何が起こるのかはっきりと理解したのだろう。
『それじゃあ、お医者さんごっこを始めます』
三ノ宮はいくつかのおもちゃと潤滑剤を佐久間の股の間に並べた。
「やめてくれ……言うから……本当のこと言うから!!」
佐久間は早口でまくしたてる。
「岸崎礼子からメールが来たんだ。指定の口座に十万払ったら、特殊雇用してる女が相手してくれるって!!だから、言われた口座に十万払ったんだ!!」
『抵抗したから殴ったのか』
夜見の声が冷やかに問う。
「そうだよ!!何にも知りませんって顔してるから、礼子に金払ったことも、施設育ちだって知ってることもいってやったんだよ!!それでも抵抗しやがるから……」
夜見は右手の拳を握り、佐久間の顔をぶん殴った。佐久間は口の端から血を流しながら、ガタガタと震えだした。
『なに震えてるかなぁ。自分がしたことだろう?』
機械音の声がいっそう冷たく聞こえて倉橋はぞっとした。三ノ宮は夜見のそんな声も気にせずに、潤滑剤のチューブの先を佐久間に突っ込んだ。
「がぁ!!……な、なにつっこんでんだよぉ……」
佐久間が声を震わせながら、身をよじる。
『これは潤滑剤じゃよ。ま、これぐらい入れておけば、問題ないじゃろ』
チューブを抜くとビー玉ほどの玉のつらなった棒状のものを手にして、スイッチをいれる。ぶるぶると玉が振動するのを確認して、一度スイッチをきる。
『グレコ君。ヘッドホンしてあげてねぇ』
倉橋は言われたとおり、佐久間の頭にヘッドホンを装着し、暴れても外れないようにガムテープで固定する。そして、テレビのスイッチをいれた。
【うぶなサラリーマンのSMショー『もっといじめて』】
というタイトルがどんと画面にあらわれた。
『じゃ、それみながら楽しんでくれたまえ』
三ノ宮は手にしていたおもちゃを手加減なしに突っ込んでスイッチを入れた。佐久間はぎゃーと叫んで、痛い!痛い!と連呼してあばれる。
『ま、なれればよくなるそうじゃよ。それじゃ、グレコ君、初音さん。わしらはしばらくおいとましようかねぇ』
三ノ宮は何事もなかったようにそういって、二人をつれて部屋を出た。背後で佐久間が泣き叫んでいるが、扉をしめると音はいっさい聞こえなくなった。




