12 記録係のコディ
拓海に来客があったその日の夜。
「駄目でした……」
ザックは暗い顔で台所に戻ってきた。拓海の部屋へ夕食を持って行ったが、本人から、「いりません」と速攻で断られてしまったのだ。
ザックは手付かずの料理にラップをかけ、冷蔵庫に入れる。暗い顔でため息をつくザックに、ユリウスが声をかけた。
「これ以上は看過出来ない……拓海様と話をしてくる」
「わかりました。お二人が話している間、俺は、ぽん介に餌をやってきます」
ザックは庭で見かけた狸が気に入り、毎晩、餌を与えていた。因みに、命名したのは拓海だ。
台所を出ようとしたユリウスは、ザックに背を向けたまま静かに言う。
「話が決裂したときは……」
「わかってます」
「……行ってくる」
ユリウスは多くを語らずとも、自分の思いを分かってくれるザックに勇気をもらい、拓海の元へ向かう。
ユリウスを見送った後、ザックは、用意していたさつま芋を持って庭に出た。
「おーい、ぽん介。今夜は甘い芋だぞー」
暗い木立に向かって声をかける。いつもなら、すぐに走って来るのだが、まだ姿が見えない。
ふと、ザックは二階にある拓海の部屋を見上げた。ユリウスが拓海の部屋を訪れている頃だ。
ユリウス様が皇子教育をするのは、無理だと思う。本人が、あれだけ頑なに拒否しているんだ。話し合いは決裂で終わるだろう。そうなると、自分達が、ここに居る必要はない……さっきのユリウス様の様子からして、同じ事を考えているはずだ。
「はあーーーー」特大のため息がでた。
俺達を皇子様に関わらせるから、こんなややっこしいことに! あー、もう、魔王様は何を考えているんだ!
憤っていたら、持っていた芋を、潰してしまった。
「いけね。ぽん介の夕飯が!」
その時、木立の奥で、がさっと、何かが動いた。
「お、そこか」とザックは、音のしたほうへ歩いて行く。
ユリウスは、拓海の部屋の前に立つと、ドアをノックした。
「拓海様。ユリウスです。お話ししたいことがあります」
「……僕が学校に通うのを認めてくれるのなら、話し合いに応じます!」
「拓海様の通学について話す前に、確認して欲しい事があります」
「確認?」
「はい。学校関係者で、拓海様も良く知っている人物についてです」
「僕が良く知ってる?」
しばらく沈黙が続いたあと、僅かにドアが開いた。
「失礼します」
ユリウスが部屋に入る。机の上に菓子パンの空き袋や食べかけのスナックが乗っていた。
「こういう物ではなく、きちんとした食事をおとりください」
「そんなの、今はいいでしょ。それより、確認ってなんですか? 部屋に入る為の嘘なら、すぐに出て行ってください」
「嘘ではありません。先日、拓海様に怪我を負わせた者を捕えたので、確認して欲しいのです」
「え、捕えた? 何を言って」
ユリウスが指をぱちん、と鳴らす。次の瞬間、何もない空間から、一人の少年が出現して、拓海の前に横たわる。
「……樋口、先輩?」
拓海より体の大きな少年だった。気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
「ど、どういうこと? 何故、樋口先輩が、ここに」
「何故って、拓海様に暴力を振るったのです。当然、罰を与える為です」
「罰を与えるって……この間のは、その、転んだだけで……誰のせいでも」
「おや、エイドスの情報とは違っていますね」
「エイドス?」
訊き返した拓海の影が、まるで液体のように揺れ出した。
「え、ええー。何、何なの!」
次の瞬間、ぴちゃっと、水しぶきを上げて小さな塊が飛び出してきた。それは、ジンジャ―クッキーという人型の菓子に良く似ている。体は、手のひらより、少し大きいくらいだ。
「な、なんなの、これ!」
動揺する拓海をちらっと見てから、エイドスは斜め掛けしているポシェットに手を伸ばす。器用にふたを開け、中から折りたたんだ紙を取り出すと、ユリウスへ渡した。
ユリウスが紙に書かれた文字を読み上げる。
「中学の上級生、樋口雄二は、拓海様に暴言を吐き、無視をされると激高。仲間と共に暴行を加えた――おや、自分で転んだと言う拓海様の発言と、食い違いますね」
「ちょっと待って、何で知ってるの? は、まさか、その動くクッキーみたいのが影の中から、僕の行動を見ていたってこと?」
「はい。エイドスは、宿主の影に潜み、宿主の行動を記録することが出来ます。エイドスの本体は黒い靄なので、依り代として選ばれた体が……まあ、クッキーに似ていますね――因みに、彼の名前は、コディです。あ、魔力は弱くて無害の魔物なので安心してください」
活動に必要なエネルギーは、宿主から得ているが、今は言わなくていいだろう。うん。
「魔物……行動を記録……」
ユリウスの後ろに隠れながらも、顔を半分だけ覗かせ、こちらを見てくる小さなクッキーもどきに、拓海は二の句が継げない。
「ほら、褒美だ」
ユリウスがポケットから小さな袋を取り出し、コディに与える。さっそく袋を開けると、金平糖が入っていた。器用に一粒取り出して口に入れる。途端、興奮したように体を揺らした。と思ったら、勢いよく拓海の影へ飛び込んだ。
「うわあーーー」
拓海は驚いて身をよじるが、影は何事もなかったように動かなくなった。
「さ、さっきの、クッキーを、僕の影から出して。出て行ってもらって!」
「うーん。コディは、拓海様専用として送られて来たので、私の一存で、送り返すわけには……まあ、そんなことより、拓海様。この少年に罰を与えてしまいましょう」
「え? あ、そうだ、樋口先輩がいたんだ」
拓海はクッキーもどきに意識を奪われ、すっかり樋口の事を忘れていた。




