12 記録係のコディ
拓海に来客があった、その日の夜。
「駄目でした……」
ザックは暗い顔で台所に戻ってきた。拓海の部屋へ夕食を運んだものの、本人から、「いりません」と、速攻で断られてしまったのだ。
ザックは手つかずの料理にラップをかけ、冷蔵庫にしまう。沈んだ表情でため息をつくザックに、ユリウスが声をかけた。
「これ以上は看過できない……拓海様と話をしてくる」
「分かりました。お二人が話している間、俺は、ぽん介に餌をやってきます」
ザックは庭で見かけた狸を気に入り、毎晩、餌を与えていた。ちなみに、命名したのは拓海だ。
台所を出ようとしたユリウスは、ザックに背を向けたまま静かに言う。
「話が決裂したときは……」
「分かってます」
「……行ってくる」
ユリウスは多くを語らずとも、自分の思いを汲み取ってくれるザックに勇気をもらい、拓海の元へ向かう。
ユリウスを見送った後、ザックは用意していたさつま芋を手に庭へ出た。
「おーい、ぽん介。今夜は甘い芋だぞー」
暗い木立に向かって声をかける。いつもなら、すぐに走ってくるのだが、今夜はまだ姿が見えない。
ふと、ザックは二階にある拓海の部屋を見上げた。ちょうどユリウスが、拓海の部屋を訪れている頃だ。
ユリウス様が皇子教育をするのは、無理だと思う。本人が、あれだけ頑なに拒否しているんだ。
話し合いは、おそらく決裂で終わるだろう。
そうなれば、自分たちがここにいる理由もなくなる……さっきのユリウス様の様子からして、同じことを考えているはずだ。
「はあーーーー」
特大のため息が出た。
俺たちを皇子様に関わらせるから、こんなややこしいことになるんだよ!
あー、もう、魔王様は一体何を考えているんだ!
憤っているうちに、手にしていた芋をぐしゃりと潰してしまった。
「いけね。ぽん介の夕飯が!」
そのとき、木立の奥で、がさっと何かが動いた。
「お、そこか」
ザックは、音のしたほうへ歩いて行く。
◇◇◇
ユリウスは拓海の部屋の前に立つと、ドアをノックした。
「拓海様。ユリウスです。お話ししたいことがあります」
「……僕が学校に通うのを認めてくれるなら、話し合いに応じます!」
ドアの向こうから返ってきた拓海の声は、明らかにいら立ちを含んでいた。
それでもユリウスは、いつもと変わらぬ静かな口調で続ける。
「拓海様の通学についてお話しする前に、ひとつ確認していただきたいことがあります」
「確認?」
「はい。学校関係者で、拓海様もよくご存じの人物についてです」
「僕がよく知ってる?」
しばらく沈黙が続いたあと、ドアがわずかに開いた。
「失礼します」
ユリウスが部屋に入ると、机の上に菓子パンの空き袋や、食べかけのスナック菓子が広がっているのが目に入った。
「こういうものではなく、きちんとした食事をおとりください」
「そんなの、今はいいでしょ。それより、確認ってなんですか? 部屋に入るための嘘なら、すぐに出て行ってください」
「嘘ではありません。先日、拓海様に怪我を負わせた者を捕えたので、確認して欲しいのです」
「え、捕えた? 何を言ってるんですか」
ユリウスが指を、ぱちんと鳴らした。
次の瞬間、何もなかった空間から一人の少年が現れ、拓海の目の前に横たわる。
「……樋口、先輩?」
拓海よりも体の大きな少年だった。気を失っているのか、ぴくりとも動かない。
「ど、どういうこと? なぜ樋口先輩が、ここに」
「なぜって、拓海様に暴力を振るったからです。当然、罰を与えるためです」
「罰を与えるって……この間のは、その、僕が勝手に転んだだけで……誰のせいでもないから」
「おや、エイドスからの情報とは違っていますね」
「エイドス?」
問い返した拓海の足元で、影がまるで液体のように揺れ出した。
「え、ええーっ。な、何なの!」
次の瞬間、ぴちゃっと、水しぶきが上がり、小さな塊が飛び出してきた。
それは、ジンジャークッキーという人型の菓子に良く似ている。体は手のひらより、少し大きいくらいだ。
「ク、クッキーが動いてる!?」
動揺する拓海をちらっと見やってから、エイドスは斜め掛けのポシェットに手を伸ばした。器用にふたを開け、中から折りたたまれた紙を取り出すと、ユリウスへ差し出す。
ユリウスが、その紙に記された文字を読み上げる。
「中学の上級生、樋口雄二は、拓海様に暴言を吐き、無視をされると激高。仲間と共に暴行を加えた――おや、自分で転んだという拓海様の発言とは、話が食い違いますね」
「ちょ、ちょっと待って。何で知ってるの? は! まさか、その動くクッキーみたいなのが、影の中からずっと僕のこと見てたってこと?」
「はい。エイドスは宿主の影に潜み、宿主の行動を記録することができます。エイドスの本体は黒い靄で、そのままでは形を保てないため、依り代として選ばれた体が……まあ、クッキーに似ていますね。ちなみに、彼の名前はコディです。ああ、魔力は弱く、無害の魔物なので安心してください」
活動に必要なエネルギーは宿主から得ているが、それは今、わざわざ口に出す必要はないだろうと、ユリウスは内心で判断した。
「魔物……行動を記録……」
ユリウスの後ろに隠れながらも、顔を半分だけ覗かせて、こちらの様子をうかがってくる小さなクッキーもどきに、拓海は二の句が継げない。
「ほら、褒美だ」
ユリウスがポケットから小さな袋を取り出し、コディに与える。コディはさっそく袋を開け、中に入っていた色とりどりの金平糖をじっと見つめた。器用に一粒つまんで口に入れると、途端に興奮したように体をぶるぶると揺らす。と思ったら、そのまま勢いよく拓海の影へ飛び込んだ。
「うわあーーー」
拓海は驚いて身をよじるが、影は何事もなかったように静まり返ったままだった。
「さ、さっきのクッキーを、僕の影から出してよ。追い出して!」
「うーん。コディは、拓海様専用として送られてきたので、私の一存で送り返すわけには……まあ、それはひとまず置くとして、拓海様。この少年に罰を与えてしまいましょう」
「え? あ、そうだ、樋口先輩がいたんだ」
拓海はクッキーもどきに意識を奪われ、すっかり樋口のことを忘れていた。




