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新バビロニア物語~ギルガメッシュ王に妹嫁がいたら~  作者: 水澄
第七章『慈愛の緑に憩う花』
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第七章⑨『森の親子』

 「ありがとう、精霊さん。今日も楽しかったね」

 「――」

 「明日も一緒に、花や木の実を探しに行こうね?」

 「……――」

 「精霊さんも眠たくなってきた? 実は私も……眠い。そろそろ、一緒に寝る?」

 

 夜闇に染まった樹海の狭間から流れる夜風の冷たさ、と急激な睡魔に当てられ、エアと野人は眠ることを決めた。

 野人は微睡み始めたエアを巨手に乗せて、ブナの巨大樹の空洞へ一緒に入る。

 柔らかな葉っぱや草の毛布の上に、まず野人はどっしりと腰かける。


 花のように小柄なエアの体は、野人の膝上に乗せられてから、巨大な両腕にすっぽりと収まった。

 野人は小さいエアを、若草色の毛布で包み込むように胸へ優しく抱きしめる。

 エアも親熊の胸にしがみつく子熊のように、野人の温かで広い胸に顔を埋める。


 互いに身を寄せ合う野人とエアの寝姿は、さながら片時と離れない仲睦まじい熊の親子。


 「えへへ。精霊さんは、とてもあったかくて、葉っぱの良い香りがするわ……」

 「――」

 「おやすみ、精霊さん。どうかあなたも、良い夢が見られますように……明日も精霊さんと一緒に……楽しい一日を……過ごせますように」

 「――……」


 親熊に甘える子熊のような笑顔で、エアは腕の中から野人を無邪気に見上げる。

 顔のない野人は、自分の平穏を祈るエアの笑顔をじっと見つめながら、穏やかな鳴声で応えた。

 どこか歯がゆい愛おしさを訴える声色に、エアは不思議なほどに満たされた。


 ほどなくして、エアは安らかな夢と明日への希望をもう一度祈りながら、瞳を静かに閉じた。

 瞳と唇を眠りに閉ざしたエアに、野人は小さく儚いぬくもりを胸に抱いたまま、リスのように丸まって眠りに落ちた。


 自分がこの世に生まれた時の記憶は……ない。

 私を生んでくれたお母様(女神様)……。

 そしてもう一人、お母様を愛したのか、それとも愛されたのか分からない……父親(人間)のことも……。


 今宵も、母親のように優しく、それでいて父親のように力強くて温かい野人のぬくもりに抱擁される至福に満たされているせいか――。

 エアは名も知らぬ両親へ想いを馳せる。


 物心ついた頃には、母も父も私の傍にいなかった。

 どちらかに抱きしめてもらったことも、愛しく名前を呼ばれたことも、そういった記憶は一切ない。


 だから私は、故郷の仲間に感じた家族の愛情は知っていても、母としての愛情も、父親の愛情も知らない。

 たとえ「親の愛情」というものを、大好きなおとぎ話や他の家族の姿を通じて知っていたとしても。


 知っている事、と”感じること”は、まったく別ものだ。


 だから、今まさに私が感じているこの不思議な感覚――。

 無垢な赤ん坊が親から最初に与えられ、同時に喪失へ近づいていく感情の炎は。


 赤ん坊が己の瞳で世界を見つめ、自ら呼吸をし、己の手足で歩き、自ら意思を言葉にしていく。

 それを繰り返していくごとに遠ざかり、やがて恋焦がれる感情すら忘れていく”至純の幸福”。

 それこそ、本来母と父なる存在から与えられるはずであったもの。


 半分は人間である私を、まるで我が子にするように無条件で愛護してくれる、無垢で大いなる存在――。

 緑の精霊さんは、私に惜しみなく与えてくれているのだ。


 「精霊さん……ずっと、傍にいて、ね……」


 取り戻すことすら決して叶わない。

 そう心の何処かで諦めていた切なる想い、そこから芽生えた新たな願いが、エアの口から零れた。


 あわせて、深淵の森に踏み入れて以来、エアが毎夜辿っていた不思議な夢も、やがて刻々と鮮明化していく。


 注いでいくたびに、色濃く増していく鮮やかな染料のように。


***

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