第七章⑧『夜の森』
淡い藍紫の砂糖さながら煌めく星空に、夜を待ち焦がれた三日月が既に顔を出している。
夕食時、川で獲ってから焚火で焼いた魚を、エアと野人は仲良く頬張っている。
魚は、水浴びの最中だった野人が、熊のごとき手さばきで捕獲した新鮮なものだ。
香ばしく焼けた魚の皮にパリッと歯を立てる。
途端、濃厚な脂のうま味と新鮮な風味が、口の中でホクホクと広がっていく。
心もお腹も内側からほっこり温まっていくようで、美味しかった。
野人は二つの黒い尖石を火打石に見立てて激しく擦り合わせ、摩擦熱から起こした火で、魚をこんがり焼いてくれたのだ。
動物とは違い、魚を生のまま食すことの難しいエアのために。
原初的かつ高度な技術が求められる火起こしを、難なくこなした野人の高い知性に、エアは心から感心した。
何よりも、わざわざ手間をかけた行為から感じ取れた野人の思いやりに、エアの胸は甘く温まる。
「精霊さんが焼いてくれた魚もすごく美味しかったわ。私が今まで食べてきたどの焼き魚よりも、すっごく香ばしくて、脂がたっぷりのっていたわ。火も起こせるなんて、あなたは本当に賢いわね」
ヒトの言葉を話すか否かは関係ない。
野人は決して人間にも劣らぬ知性、とこの世の野生動物を凌駕する不思議な力を備えた……神に連なる存在ではないか。
決定的な根拠は未だ掴んでいないが、エアは薄々と勘づいていた。
香ばしい焼き魚のぬくもりと新鮮な果実の甘みで、エアは身も心もすっかり満たされた。
大瑠璃鳥の美しいさえずり、優しい夜風に舞う緑の音色が、夜の子守歌のように響き渡る。
自然の旋律に癒される中、エアは野人の膝上へ身を委ねる。
エアが双眸を薄っすらと開くと映り込むのは、華美な黄金の夜灯りに照るザハブでは決して見ることのなかった天の景色。
紺青の闇に煌めく満天の星々が、夜更けの森に顔を出す。
故郷で眺めたのと似た星空に、エアは懐かしい歓喜で胸を締め付けられた。
静かな優しい森夜には、温かでユーモラス、時に甘く切ない星の数ほどの物語を、エアは野人にも語るようになった。
かつて、愛する故郷で子ども達に毎夜語ってあげた頃と同様に。
傍で耳を澄ましている野人や動物達が、エアの言葉をどこまで理解しているのかは不明。
それでも、ゆるやかな河流のようなエアの声そのものに聴き入っているらしい。
野人は巨体をゆっくりと揺らし、動物達はエアの傍へ集う。
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