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第六章⑧『緑の影』
大熊のように巨大な闇影が、小さく青白いエアの体を覆い尽くした。
大地の小さな震えを感じ取ったエアは、巨大な影の主をゆっくりと仰いだ。
同時に、灰色の雲間から月光の柱が差し込んでくる。
樹海の隙間を潜り下りた月光は、花のように小さなエア――広葉樹ように巨大な存在――双方の影が佇んでいる場所を明るく照らした。
「――――……」
見る者全てを魅了し、憐憫の情を掻き立てるほどに美しく可憐なエアの姿が、淡い月光の下に晒される。
淡い月光に反射して美しく輝く漆黒の長髪。
海のように濡れた無垢な蒼眼。
可憐な野花のように華奢で滑らかな肌に浮かぶ、痛々しい擦り傷。
青白く小さな顔に不自然に赤くなった左頬。
一方エアは、海のように濡れた蒼い瞳を、これまでにないほど大きく見開いている。
これは一体……?
夜の森で孤独に傷ついて涙し、絶望していたエアの双眸に入り込んできたのは、桃色の飴玉を生やした姫蔓蕎麦に囲まれた大木――ではなく。
芒の羽葉を何枚も重ねたような毛むくじゃらの巨体を揺らす、世にも不思議な野人――。
ヒトならざる存在は、エアの小さな泣き顔を無垢に覗きこんでいた。
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