第六章①『対峙』
遠く離れた海と夕陽が互いを呑み込む赤紫の夕夜――。
エアが暴虐王に引きずり込まれた先は、太陽の輝きを閉じ込めたような眩い黄金と宝石で覆われた豪奢な寝室――。
いわゆる、黄金の間と謳われる王の自室。
真紅の薔薇色のベルベットを敷いた高級な寝台の上へ、エアは乱暴に投げ飛ばされた。
柔らかく不安定な弾力と衝撃が、エアの凄まじい不安と恐怖を一層煽る。
本能的な恐怖に突き動かされたエアは、何とか逃れようと身じろぎする。
しかし、無駄な抵抗を試みる華奢な体を、王は獲物を狩る勢いで乱暴に押さえつけた。
紫陽花のように妖艶な影の差す前髪から微かに覗くのは……どこまでも底冷えした、それでいて凄まじい怒りに燃える金の瞳。
目が合ってしまった途端、血液から心臓が凍りつき、脳髄が焼き尽くされそうな戦慄に駆られた。
捕食を妨害された猛獣のように、不機嫌な表情から一転。
王は、上等の獲物にありつけた獅子のように瞳を爛々と煌めかせ、血を啜ったような唇を吊り上げた。
今のエアは、まさしく世界で最も獰猛で残忍な獣に捕食される運命を待つ哀れな仔ウサギ。
天から舞い降りる啓示のごとく力強い王様の声が、エアの鼓膜を揺さぶった。
「さあ、小娘。王であるこの私に貴様は逆らったのだ。そのうえ私の愉しみを邪魔した罪は、貴様の貧相な体一つを捧げても尚、償いきれぬと思い知るがよい」
ザハブの城で生活し始めて以来、エアが心の奥底からずっと恐れていた未来は、今まさに現実となった。
恐怖は鈍器となって、エアの心臓を打ち鳴らし、頭蓋を殴りつける。
怖い。
目を合わせることすら、呼吸が止まりそうで、怖くてたまらない。
しかし、一寸でも目を逸らせば、自分の命は即狩り取られる。
不気味な冷笑を浮かべる王に対し、エアはせめてもの抗議として彼を真っ直ぐ見上げる。
素直な恐怖に澄んだ、それでいて強気なエアの蒼眼に、王は一瞬意外そうに息を呑んだ。
今までを振り返ると、王の顔をこうして真っ直ぐ見たのも、言葉を惜しみなく交わすのも、これが最初で……最後なのかもしれない。
緊迫した状況にも関わらず、そんな呑気な考えを胸に、エアは心内で感慨深く嘯いた。
虚ろな朧月のような瞳、と蒼海に澄んだ瞳が溶け合うと、王は冷徹な言葉を再開する。
「だが喜べ、王の私は寛大でもある。何かしらの弁解をする余地だけは与えてやろう。貴様のような、苟も神の血を半分引く身にある小娘が、何故あのように賤しい下女を庇った? この私に歯向かう愚行を冒してまで」
王なりの慈悲として幸いか否か、一時だけ口を利く自由を許された。
自分を圧し潰そうとする恐怖を振り払うように、エアは己の意思を紡いだ。
不協和音を感じさせない、凛と透き通るような声が、王の鼓膜を掠める。
「理由は簡単です。メシュメシュには、あのように非道な仕打ちを受ける必要のある子ではありません。だから彼女が傷つけられそうになった時、私は助けたかった。それだけのことです」
「――ふっ。ふはははははっ! またしても度し難いほどの傑作だ! 貴様は、私を怒らせるだけでは物足りず、私を笑い殺す算段でもあるのか!? ははははははっ!」
エアの言葉に対し、王は堪えきれないと言いたげに、耳障りな高笑いをけたまかせる。
露骨に吐き捨てるような王の態度に、さすがのエアも状況を忘れて王を睨みつけた。
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