第五章⑦『制止』
「お待ち、ください――!」
「ん……?」
「っ……ど、どうか……やめて、ください……!」
大切な友人であるメシュメシュへの惨い仕打ちを直前に、エアがいつのまにか零したのは精一杯の制止。
エアの声は雀のようにか弱く震えていたが、鈴を強く鳴らすように純真な響きも帯びていた。
儚げながらもはっきりとしたエアの言葉は、冷徹な暴虐王の耳にも、一寸の漏れなく届いていた。
極度の恐怖と緊張に震えながらも、エアは海のように蒼く澄んだ双眸に王の姿を勇敢に映した。
エアの予期せぬ現れに、さすがのメシュメシュの表情も驚きで崩れた。
「エア様! 何故、このような場所に!」
「あなたが来ないから心配で……探していたの」
「どうして……っ!」
一方、王は心底興ざめな表情を浮かべると、愉悦に満ちた冷笑をふっと消した。
神像のように沈黙したまま、虚ろな月の瞳に勇敢なエアの姿のみを映す。
王の動きが止まった隙に、エアは恐怖で足が竦み転びそうになりながらも、メシュメシュのもとへ慌てて駆け付けた。
幼いメシュメシュを後ろに庇うように、エアは彼女の前方に出た。
それから、先ほどから物言わぬ神像のように憮然と佇む王様の返答を、静かに待つ。
「……もう一度申してみせよ、小娘。先ほどお前は……この王に、何と申した?」
「っ……やめてください……そうおっしゃいました」
「そうか」
王様を諌めたエアの行為に対し、彼は荒ぶる嵐のように怒り狂うのではないか。
エアは当然気が気でなかった。
「――よかろう」
「えっ」
「愚かな小娘の蛮勇に敬して、そこの下女の罪を許す――」
しかし、冷酷無比な嗜虐の王であるはずの彼は、許す――、とメシュメシュを存外容易く免罪してくれた。
恐々と身構えていただけに拍子抜けしたエアは、不遜にも疑問の声を零した。
「王……様。あの……?」
「この王の命令を聞いていなかったのか? 今すぐ失せよ。私はそう命じておる」
相変わらず感情とぬくもりは籠っていないが、不機嫌な色はさほど見られない。
どういう風の吹き回しなのか。
理不尽の塊である気まぐれな王の真意は、やはりエアには量れない。
逆らう者は誰であれ徹底的に潰す王の許しには、さすがのメシュメシュも予想外らしく唖然と立ち尽くしている。
どれほど手を尽くしても止まなかった災害が、巫女のお祈り一つで瞬止したような奇跡を目の当たりにした気分だ。
何がともあれ、大切な友達に等しいメシュメシュが、残虐な王様の歪んだ愉悦の餌食にならずに済んだのだ。
エアは胸を大きく撫で下ろした。
「メシュメシュ。一緒に参りましょう」
「一体何が、起こって……っ」
「もう心配いらないわ。私達はすでに、天に自由を許された雲雀と同じ」
唖然と膝をついたままのメシュメシュの手を、エアは優しく引いて立ち上がる。
自由を取り戻した雛鳥のように安堵しきった様子で、エア達は大人しく退室しようとする。
エアに背中を支えられたメシュメシュは、先に扉へ触れさせてもらうと、重厚な壁を慎重に押し開いた。
エアの気遣いで、メシュメシュが最初に部屋を出る。
それからエアも、雛鳥の姉妹のように彼女へ続こうとした。
花茎のように華奢なエアの足は、王のいる室内と室外を繋ぐ境界線を踏み越えようとする――。
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