第五章⑤『予感』
枝木のように細い腕に浮かぶ青紫色の痣を指でなぞりながら、大人びた表情を強張らせているメシュメシュの姿を、エアは改めて視認する。
本来であれば、日の下で幼気な笑顔を咲かせ、他の子どもたちと無邪気に野原を駆けていてもおかしくない年頃であるのに。
メシュメシュですら、全てを諦めた生き人形のように王に淡々と従う。
そんな健気で痛ましい姿に、エアの心には義憤の暗雲がますます立ち込めてきた。
メシュメシュの痣の存在を知って以来、エアは他の侍女達の体も注意深く観察してみた。
すると、”王から暴行を受けた召使い”とメシュメシュのと似た痣が、他の侍女達の細い手足首にもあることに、エアは気付いてしまった。
まさか王は……。
エアの心に凝集された暗雲はやがて、王に燃やす怒り、揺るぎなき疑念を生んだ。
やがて、エアの不穏な予感が的中するかのごとく、事件は起こった。
*
薄水色の天上にて、昼を惜しむ太陽、と夜を待ち焦がれる淡い月が交差する時間帯――。
エアの心に充満しきった暗雲から、小さくも純然たる雷が遂に王様へ落とされた。
「おかしいわ……。あの、すみません。今、メシュメシュはどちらに?」
「彼女はただ今お取り込み中で、こちらには伺えません」
「何故ですか」
「それはお答えできません」
二人の間で交わされた暗黙の約束時を過ぎても、メシュメシュがエアの部屋へ一向に訪れないのだ。
もしや、メシュメシュの身に何かあったのでは、と案じたエアは外で待機する別の侍女達に伺った。
しかし他の侍女たちは、感情無き人形のような顔を飾る固い唇を機械的に動かして、短く答えるのみ。
「どうしてですか。答えてください」
「私どもからは、申し上げられません」
「そうですか……答えてくれないのであれば、私が自分で探してきます」
メシュメシュが今エアのもとへ来ない理由すら一向に答えない、侍女たちの頑な態度に、エアは遂に業を煮やした。
先ほどから胸騒ぎの治まらないエアは、神の声なき啓示に突き動かされるように自室から飛び出した。
人形のように佇んだまま困惑する侍女達の間をすり抜け、深い湖色の大理石の廊下を白鳥のように渡り駆けた。
水辺の白鳥のように素早く、軽やかに廊下を駆けるエアに、侍女達は脱走した動物を目にしたかのごとく悲鳴を上げ、慌てて彼女を追う。
しかし、幼い頃からずっと、村の活発で体力無尽蔵な子ども達との鬼ごっこでかなり鍛えられたエアは、脚力には自信があった。
樹々の間を飛び交う小リスのように走り、追手をすり抜けていくエアに、宮殿中の侍女達からは本格な焦りと混乱が生じた。
広大な宮殿内をひたすら走っていく内に、やがてエアは声なき啓示に導かれるように、とある部屋の扉に目を留めた。
重厚な青銅扉越しでも、エアは忘れたくても忘れられない冷酷で残虐な気配を感じ取った。
微かに開いた扉の隙間から覗いた光景に、エアはまなじりを決した。
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