第二章①『黄金都市ザハブ』
薄暮に溶け込む薄紫色の遮光布がひらめく馬車に乗せられたエアは、大都市ザハブへ向かっていた。
短いようで長い旅路を辿る合間、不愛想な従者達は主について慇懃に語り聞かせてくれた。
ザハブの現王は、いかに天神に等しき王威と栄光を輝かせながら、ザハブを最大都市国家へ発展させた偉大なる御方なのか。
反面、神災の砂嵐のごとく、どれほど気まぐれで恐るべき存在なのか、も。
王の偉大な力の前では、いかなる人間も、無力無能な塵芥と化すのだ、と。
全てを蹂躙し吹き荒れる砂嵐を消すことは、いかに強靭な人間といえ決して叶わないのと同様に。
「どうかエア様。記憶に深く刻んでください。王に逆らった罪深き者は皆、王自らの御手、もしくは王の憤りを聞き届けた天神によって、死と苦痛の裁きを受けます――」
強い畏怖の念を込めて、従者達はエアに忠告した。
一部、血色の悪い唇を震わせながら顔面蒼白で怯えを隠せない従者もいた。
まさに畏怖の対象と今対面しているかのごとく。
従者の尋常ならぬ態度からも、エアの心内は自然と凍え震えた。
真昼は、日輪の灼熱と砂塵に蹂躙された荒野の獣道を踏み越える。
月夜の砂漠に充満する凍てつく空気を、羊毛布団で何とか凌いで憩う。
眩い朝日に照らされた緑で壮麗に佇む丘陵を下る。
日輪の微笑む真昼と再会する時刻には、目的地のザハブへようやく辿り着いた。
到着を告げられたエアは、淡い薄暮色の遮光布をわずかに開いて外を覗き込む。
途端、双眸に映り広がるザハブの壮大な景色に、エアは驚嘆で息を吞んだ。
白熱色の泥煉瓦を約二百メートルもの高さまで積み上げて建造された、果てしなく広大な外壁。
瑠璃色の上薬で艶めく煉瓦門には、不思議な神獣の絵が黄金塗料で描かれている。
壮麗にそびえる正門と外壁に圧倒されたエアは、未知なる世界へ踏み入れるような心境で門を潜った。
ザハブの街中から馬車の遮光布越しにも漂うのは、細長い樹々の頂でたわわに実った棗椰子の甘美な芳香を纏った熱風が、エアの鼻孔を満たした。
ザハブの中心街で人も物も歌い踊る賑やかさに誘われるように、エアは遮光布の隙間から外を凝視する。
天然石のように輝く新鮮で珍しい野菜や果実から珍しい名産物、煌めく太陽と虹のような宝飾品と工芸品まで。
幾多の美しく貴重な物資を販売するザハブの商人達、と他所から訪れたと思しき華やかな身なりの観光客で賑わう街の光景に、エアの胸が躍りそうになるのも束の間。
「――あの、すみません。あの人達は、一体」
蒼い双眸を望遠鏡のように彷徨わせながら、賑やかな街中を観察していたエアは、とある光景に強い違和感と衝撃を覚えた。
栄華を祝福する太陽に照らされた街の隅と日陰には、薄汚れた襤褸や外套で身を掻き抱く大人や、小枝のように痩躯の子どもの姿も目立った。
故郷の子ども達とは違い、子ども達にも覇気が感じられない。
死んだ魚の虚ろな目で宙をひたすら睨み、干乾び葡萄のように渇いた唇からは、虫の息が漏れている。
しかし、馬車に同乗している従者は誰も、エアの疑問には答えない。
エアの馬車が都市の中心へ近づくと、泥煉瓦造りの高層建造物が視界に入った。
天空を目指してそびえ立つ未完成の建造物に向かって歩いているのは、労役に服すダハブ市民。
小さな蟻の大群のように整列し、非情に重そうな陽光色の煉瓦を両腕に担いでいる。
労働者は皆、干乾びた鼠のように肌が焼け渇き、体も枯樹のように痩せこけている。
落ち窪んだ瞳には、目的地と酷暑の太陽のみを虚ろに映している。
この世の苦痛と屈辱を一身に背負う奴隷もしくは物乞いとなっている市民の衝撃的な姿に、エアは言葉を失っていた。
一方、華美な身なりの観光客や活発な商人達は、家無しや孤児の前を素通りしては、時折彼らを豪奢な靴先で蹴り払う。
あたかも障害物や汚物を見下ろすような、心底不快そうで冷ややかな眼差しで。
貧しくも心豊かであった故郷とは決定的に異なる光景。
この街も――歩き行く市民も観光客も皆、何かがおかしい。
どこか心の臓がどこまでも冷え渡り、わびしく、やるせないほどの悲哀が潜んでいる。
栄華を象徴する黄金の泉で潤った街と人々に隠匿された、豊かさの光と影を、エアは垣間見た気がした。
静かなる凄惨と辛苦の光景を、これ以上瞳に焼き付ける忍耐と勇気もないちっぽけな己を、エアは遮光布の内側に隠した。
迂闊に出れば瞬く間に焼き尽くされる栄華の光、その消し炭と化した窮乏と怨嗟が隠れ広がる外界をやり過ごすように。
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