04
まあそうなるよねって結果に終わった。
土曜日も日曜日も風邪で寝込んで散々な目に遭った。
嘔吐腹痛頭痛寝すぎて関節痛などなど、もう2度と冬の雨に濡れたまま放置とかしないと決めた。
「だるい……」
しかも月曜日にまで軽度ではあるものの引き継がれた形となる。
休んでガミガミ言われるのが嫌だから気合で家を出て、その重さを前に押し潰されそうになりながら学校へ向かって歩いていく。
「着いた……」
ただ校舎へ向かう、階段を上る、廊下を歩くという動作がたまらなく辛い。
そこに腹痛頭痛のコンビネーション技、迷わずトイレに直行。
――が、ずっと痛くて出ることができないままHRの時間に到達。
これじゃあなんのために着たのかが分からない、馬鹿じゃんこれじゃあ。
「帰ろうかな……」
「調子悪いの?」
「うわぁ!? な、なんでここにいるんですか!」
にょんと現れたのはまたしても小暮先輩だった。
なんでいま個室から出た私の後ろから出てこられるんだろう。
「あれ、普通に元気だね。せいなから体調が悪いって聞いていたからさ、てっきり今日も休むものだと思っていたけど」
「お腹が痛くて……というかいまHRの時間ですよ? なにやっているんですか」
そもそもどうやってここを見つけたんだ。
他にも色々な場所を探した後なのかな?
「いや、せいなから今日無理して学校に来たって聞いたから見に来たんだけどさ、かなた見つけられなかったから」
「保健室に行ってきます……だるくて」
「じゃあなんで来たの?」
「……ですよね、小暮先輩の言う通りですよ、あはは……」
馬鹿なことは分かっているし、精神的ダメージでまた涙が出たけど気にしない。
今日はもう大人しく帰ろう、保健室で寝ていると絶対に惨めな気持ちになるから。
鬼母はなんとか説得すれば大丈夫、というかお風呂に入ってないのによく来たな私。
「帰ってお風呂に入ります」
「はい? 風邪の時に入ったら駄目でしょ」
「だって臭いですし……」
「うんまあ、汗の匂いはするけど」
ごはんもあれから食べてない。
水分は死ぬから自分で準備した物を飲んでいた。
はは、本当に母親から好かれてないことがよく分かる。
「待って、僕が送るよ」
「ひとりで帰るのでいいです。やめてください、あなたは姉とか二上さんといてくれればいいんですよ本当に。あなたと関わってから本当にいいことない、だからもう来ないでください」
長々と喋ったせいで追加ダメージ。
階段を常よりもっと遅いスピードで下りて、昇降口に着いたら緩慢な動作で靴に履き替える。
「来ていたのですね」
「……うん、だけど調子悪いし帰るよ」
「私が送ります、拒否権はありませんからね?」
「だったら僕がお姫様抱っこしてあげるよ!」
もうどうでもいい……早く転びたい、その前にお風呂入ってからだけど。
そんなこんなで2年生ふたりが堂々とサボった。
意味もないのにふたりが付いてきて、困惑する母を説得。
お風呂――は許可されず、かわりに濡れタオルで拭いてもらえることに。
役目を終えたらふたりは普通に学校へ戻っていった。
もちろん、母からはチクチクと言葉で刺され、いじけて泣いたけど。
風邪の時ですら微塵も優しくない母親ってどうなの?
それとも、本当にそんなに邪魔なの私が。
風邪の時ってどうしても考えがマイナスになる。
見に来る度に言ってくるから怒鳴ったら余計に症状が悪化、関係が悪化。
家ですら落ち着けない、まともに寝ることすらできない、だから家を出た。
そんなに邪魔なら外にいてやるって意地張って、気持ち悪くて戻してしまって。
結局メンタルダメージも受けた結果、ろくに移動すらできなかったけど。
「かなた!」
汚いとは思いつつもそのまま彼女に抱きついてしまう。
しかしそれを姉によって無理やり剥がされ、家の中に連れて行かれた。
優しさなんか全然ない、親子揃ってふたりは鬼だ。
「千空さん、もうこの子はベッドに縛り付けておきましょうか」
「えっ、それはちょっと手荒すぎるよ」
「だって調子が悪いのに外にいる悪い子なのですよ?」
「それはなにか理由があったかもしれないでしょ?」
そうだよ、母は姉に対する時と違って冷たいんだから。
ごはんだって作らないし、風邪の時でも全然優しくない。
水だって自分で準備した、だるい体を動かして。
もうここから逃げたいんだ、ここは安地なんかじゃないから。
「かなた、なにがあったの?」
「……お母さんが文句ばっかり言ってくるから嫌になって外にいたんです」
体調管理もできないなんて駄目、傘もささず雨の中を歩くのが馬鹿、なんで学校に行ったのに帰ってきたの、なんで優しくされると思ったの、なんでせいなと違うの。
風邪の時にこれをぶつける母は親と言えるか? せめて元気になってからでもいいじゃないか。
「お母さんと仲良くないの?」
「これで仲がいいと思うのなら仲がいいんでしょうね」
「えっと……あ、体調は!?」
「ごめんなさい……まだ治ってないです」
朝にあんなこと言ったのに、別にその気があるというわけもないのに、なんで先輩はこうしていてくれるんだろう。
姉みたいになるのを期待しているのならやめた方がいい。
「いいから寝てください」
「うん……」
でもそれをしたらサンドバッグの出来上がりだ。
今度は姉もそこに加わるかもしれない。
「なにをそんなに怖がっているのですか?」
あんな冷たい態度を取っておいてよく言えたものだなまったく。
私だってどうして実の姉にビクビクしなければならないのかが分からないよ。
「かなたちゃん、あの時はすみませんでした」
あの時って好きだと聞いた日のことか。
なんで今日まで時間がかかったんだろう、それともこれも一旦落ち着かせるための罠?
元はと言えば姉が威圧してくるからなんでも裏があるんじゃないかと不安になってしまった。
「私にとってあの子が唯一のお友達ですから、そういうことを言ってほしくなかったのです」
それって自分が変に遠慮しているだけじゃないだろうか。
なんで姉みたいな人がひとりでいるのか、それが分からない。
紹介したクラスメイトからだって「あんな美人なお姉さんがいたんだ!」って驚いていたし。
というか小暮先輩はどこに行ったんだ? もう帰ったのか?
「……じゃあ普通に戻れる?」
「かなたちゃんさえ良ければですけど」
「だったらもっと早く……」
「ごめんなさい……」
そうすれば少なくともあんなことを先輩に言わなくて済んだ。
ただまあ、それを謝ったとしても、そこから先の対応は変わらないけれど。
その気もないのに優しくしたりしないでほしい。
私はチョロいんだ、ちょっとでもされると気になってしまう。
「あー……もう入っていいかな?」
「あ、どうぞ」
とりあえずうつ伏せになって謝罪。
本当なら座って頭を下げてしっかりとしたものをしたいけど、ちょっとできそうにないから。
「いまはいいから仰向けになって」
「はい……」
「千空さん、私少しお部屋を出ていますよね」
「あ、うん、分かった」
ふたりきりになったって変わらない。
体調も悪いし、お風呂だって入りたい。
「かなた、僕は受け入れたわけじゃないから」
「……それってまた言うこと聞いてくれないということですか?」
誰にでも優しくするけど求めたらどこかに行くって酷いよ。
勘違いしてしまうからやめてって言っているのに結局これって、優しさがそこにない。
「それは無理なことだから諦めて」
「じゃあ……私だけにしてくださいよ」
「それは……それも無理、かな」
「じゃあやめてください、あなたがしているのは残酷なことですからね」
姉も普通に戻ってくれるみたいだし、母はともかく家でだっていやすくなった。
だったら無理して一緒にいる意味がない、失恋ダメージっていうのはかなり苦しいものだから。
「あの時のお金だって全部返します、そうすれば見かけても話しかけることをしなくて済むんですよね?」
「それってかなたが勘違いしなければいいんじゃないの?」
「はぁ!? うっ……もう出ていってください」
この人といるといいこともあるけど基本が悪すぎる。
「お、お姉ちゃん」
「……分かったよ、じゃあお金返して」
「いくらですか」
「30円」
ゴチャゴチャ言われても嫌だから300円を渡して黙ってもらうことに。
どうして先輩が不貞腐れているのか分からないが、これでやっと落ち着ける。
「かなたのばか」
「……そうですよ、知りませんでした?」
「もう知らないから」
「はい、これまでありがとうございました」
姉の大切な存在とばかりいても焼き餅妬かれるしね。
いまはとにかく寝て治すことに専念しよう。
「ばかばかばかばかばかばかばかばか!」
「まあまあ、落ち着いてください」
「落ち着けないよ!」
私的にはどちらの気持ちも分かった。
千空さんの近づきたい気持ち、かなたちゃんのその気もないなら近づかないでほしい気持ち。
そうでなくても女の子に告白して振られた後であるから、お友達としていようと考えていてもどうしても引っかかってしまうのだろうということは。
「なんで友達として優しくされているって考えにならないんだよ!」
「聞いたと思いますが失恋中ですから」
「ああもうむかつく! 失恋中だからなんだよっ」
しょうがない、あの子にとって初めての告白だったのだから。
なのに結果は上手くいかず、それだけではなく「気持ち悪い」とすら言われてしまったから。
それに千空さんは拒んでしまった、それはかなたちゃんにとってまた振られたのと同じこと。
「大体、悪いことをしたわけじゃないのに『あなたと関わってから本当にいいことない』なんて言ってきたんだよ? 生意気だよあの子」
私が彼女に妹のことを紹介していなければ苦しい思いをさせなくて済んだのだろうか。
しかも私はあんな態度を取ってしまった、他の誰よりもあの子にとって苦痛の存在だった。
少なくとも姉がすることではない――大切なお友達がそう言っているからって同意もできない。
「ごめんなさい、かなたちゃんのこと悪く言わないであげてください」
「は? いやだってあの子が悪いでしょ?」
「……悪いのは私です、あの子は悪くない。私が怖がらせてしまったのです」
「せいなは悪くないよっ、考えすぎのかなたが――」
「やめてくださいっ」
あ、叫んでしまった。
いや、それでも妹を怖がらせることしかできない姉でいるよりかは断然いい。
「ねえ、そうやって庇ってなにかいいことあるの? ガツンと言ってあげなきゃいけないんじゃないかな。せいなが甘やかしてきたからあんな弱い子になっちゃったんじゃないの?」
私がかなたちゃんを甘やかせた?
違う、甘えていたのは、依存していたのは私の方だ。
学校では色々な声が聞こえてきて落ち着けなかった。
でも、家でなら悪口を言ってくるような人はいない。
それどころか、かなたちゃんは「お姉ちゃん大好き!」って来てくれて嬉しいくらい。
だから、頼まれていないのに一緒にお風呂に入ったり、抱きしめたりなんかもした。
私にとっては必要な存在だったのだ、お母さんがいくら嫌おうとも。
「……いいじゃないですか、そんな嫌な子といなくて済むのですよ? あなたは別にかなたちゃんのことを気に入っているというわけではない……それなら、そっとしておいてあげてください、お願いします」
よほど頭にきていたのか、「……せいなのことも知らないから」と吐き捨てるようにして去って行ってしまった。
これで良かったのだ、自分だけ幸せな時間を送ることなど許されることではない。
可愛く、自分のところに来てくれる妹を怯えさせておきながらしていいわけがない。
「かなたちゃん、入りますよ」
自宅に戻り彼女の部屋へ。
扉を開けた瞬間に聞こえてきたのは、彼女の泣き声。
「お姉……ちゃん」
「……はい、どうしましたか?」
「私、馬鹿だ……」
彼女はふらふらとしながらも立ち上がってこちらに抱きついてきた。
なぜか抱きしめ返すことができなくて硬直していると、「いきなりごめんね」と謝ってくる。
「後悔しているのですか?」
「……でも、苦しいんだもん……どんなに優しくしてくれたって振り向いてくれないならって」
「それは……それは、誰に対しても変わりませんよ。小暮千空という子は、特別な人を作ったりはしないのです」
「……だから後悔してない、お姉ちゃんがいてくれるならいいもん」
私がいてくれるならいい、か。
もし千空さんが彼女を特別視していたなら、恐らく聞けなかった言葉。
なのに、しょうがなく私に頼ってくれてるだけなのに、未熟な心が喜んでしまっている。
姉失格だ……年上なのになにもしてあげることができない。
「……とりあえずいまは治してくださいね」
「うん……ね、お姉ちゃんも一緒にいて」
「はい、私で良ければいつまでもいますよ」
だからせめてこれくらいは。
かなたちゃんが求めてくれている時くらいは姉らしくいようと決めたのだった。