03
年上が怖くなった。
が、かわりにクラスメイトのことが全く怖くなくなったこともあり、教室が私の安地となった。
元々みんなの興味がなくなっていたことも大きいかもしれない。
だから私はひとり窓際で窓の向こうを見て時間をつぶすのが日課に。
だが、
「かなたー」
そこにやって来るのが小暮先輩その人。
あれからというもの、なにを勘違いしたのかこうして教室にまで訪れるように。
当然、
「いけませんよ、大きな声を出しては」
それにくっついて姉もやって来る。
なにが安地だ、寧ろ最大危険地域じゃないか。
ああ嫌だ、このふたりに囲まれているという事実だけで逃げたくなる。
いますぐにでも学校を飛び出して、家にではなく公園で過ごしたいくらい。
家には帰られない、あそこには鬼が健在しているからだ。
「かなたっ、来たよ!」
「こんにちは」
「うーん、固い!」
なんだか楽しそう。
でもそれも当たり前なんだ、姉がいることで私は逆らえない奴隷になったようなもの。
常識的な範囲でではあるが言うことを聞かせられるのだから楽しいだろう。
「あの、トイレに行ってきます」
「じゃあ待ってるねっ」
「あの……結構かかりそうなので戻ってもらった方が――」
「なんで? それってもしかして――」
「もういいです……ここにいますからご自由に」
頬杖をついて外を見つめていると雪が振り始めた。
もうすぐで新しい年になる。
その前にクリスマスとかお正月とか本来なら楽しいイベントがあるわけだが……。
「ちょっとかなた、聞いてるの?」
結局友達も作ることができなかった。
頼みの綱である姉も、いままで我慢していたのを発散させているように見える。
そうなると頼れるのは父だけになるが、その父は毎回「仲良くしろ」と言うだけ。
家にすら帰りたくない、一緒の食卓を囲みたくない。
「かなたちゃん」
「――っ!? な、な……んですか?」
しまった……またなにかをしてしまったようだ。
逃げたい、この先に移動したらなんとかなるかな?
ベランダを移動して、適当な教室に入って廊下に出る。
そうすればさすがの姉や小暮先輩だって追ってこられないはず。
まずは目の前の窓を開ける、当然冷たく少し強めの風が入ってくるけど気にしない。
そこに飛び出して前へ!
「な、なにやってるの!」
腕を掴まれてそのまま転ぶ。
まさか走り出すタイミングで掴まれるとは思ってもいなかったから、先輩を引っ張る形になってしまった。
先輩は私の背中の上にそのまま落ちてきて、ぐは……と息が強制的に吐き出さされることに。
「あ、ごめん! 大丈夫っ?」とすぐに立ち上がってくれたことを見るに、怪我はないようだ。
背中とかお腹が痛い……いてほしくない。
幸いそこで予鈴が鳴って、「ま、また後で来るから!」と残しふたりは去ってくれた。
もちろん、クラスメイトには怒られた。
寒いのに窓を開けるなとか、先輩方に迷惑をかけるなとかそういうの。
ただ、やはりというか全くそれは痛くもなかった。
「ありがとうございました、失礼します」
それでも物理的ダメージが残っていたため保健室に寄ってから下校となった。
湿布を貼ってもらったのでなんとなく既に効いてきている気が。
プラシーボ効果は案外馬鹿にできない。
「ごめんよ」
キョロキョロとしていたら「せいなはいないよ」とも答えてくれた。
「……怪我、していませんか?」
「大丈夫! かなたこそ大丈夫?」
「私はその……まあ自業自得ですから」
彼女といると痛くなる。
や、ただ純粋に効いていた気がしていただけだったという話だが。
「……せいなと仲良くしてる?」
「そう見えますか? じゃあ仲良くしていますよ」
「ごめん……」
「別にいいです、悪いのは全部私ですから。これで失礼します」
いますぐ家になんか帰らないけど。
怒られてもいい、とにかく時間をつぶしたい。
一緒にいるのが苦痛だ、だったらごはん抜きで回避できた方がマシ。
「そっち、家じゃないでしょ」
「帰りたくないんです」
「じゃあ、君を誘拐してあげようか?」
いや、先輩に対しての好感度が高ければときめくんだろうけど……無理だって。
普通に対応しているのだって普通以上に絡まれるのが嫌だからだ。
本当なら年上は怖いしいたくない、しかも小暮先輩となんて特にそう。
「ありがとうございます。でも、ひとりでいたいので」
「……ねえ、怒ってるの? 僕がキスなんかしたから?」
「え? いえ、怒ってないですよ、失礼します」
怒っているわけがない。
仮にそんなことをしたら姉に怒られてまたビクビクする羽目になるだけだ。
なんで実の姉なんかにビクビクしなければならないのって話だけど。
「はあ……憂鬱」
「かなた、僕もいていい?」
「……面白くなんかないですよ?」
「いいよ、僕に責任があるから」
ベンチに座ると、当然のように横に彼女も腰掛けた。
小暮先輩単体だとちょっといやすい。
でもこれはあれだ、チョロい心が反応してしまっているだけ。
彼女からはまだ責められていないから、弱い自分が求めてしまっているんだろう。
「さゆみとは仲良くなった?」
「いえ、たまたま話しかけてきてくれただけですよ」
あの時ばらしたということは良く思われていないということ。
それかもしくは、あの人も小暮先輩が好きなのか。
「小暮先輩、聞いてくれませんか?」
「うん? 言ってみて?」
言えば理解してくれる。
さすがに後輩、しかも1年生をいじめようとする先輩はいないだろう。
「もう来ないでください……あなたが苦手ですし、姉や二上さんにも来てほしくないんです。年上の人が怖くて……すみません」
「やだ。ごめん、それは聞けない」
だが、駄目のようだった。
ま、あれだけの雰囲気を出していても普通に来る人だから、信じようとしたのが馬鹿だけど。
「そうですか……じゃあ、せめて来られる時はひとりで……お願いします」
「うん、分かった」
絶対嘘でしょ、姉が言うことを聞くわけない。
だって全てこの人がいるから来ているわけなだから意味がない。
「……やめてくださいよ」
「やだ、かなたといたいもん」
「私はいたくありません」
「無理」
「なんでぇ……」
教室からすら居場所がなくなったら詰む。
休ませてなんてくれないだろうから、それでも通い続けなければならない。
小暮先輩の無自覚さ、姉の冷たさ、二上先輩のよく分からなさ。
私はたったひとりでそれと戦わなければならないんだ。
「……泣くほど嫌なの?」
「嫌ですよっ」
「……そこまで嫌われるようなことしてないと思うけどな」
そのタイミングで私に救いの雨が振り始めた。
彼女は慌てて立ち上がり、「早く帰らないと!」と走って行く。
自分はそのままベンチに座ったまま移動なんてしない。
「風邪引いちゃうよ!」
「帰りたくないんです……風邪を引けた方が明日は休めるから」
「ばか! いいから行くよ!」
手を引っ張られても意地でも動かない。
引っ張っている時に離したら危ないから終わった後に静かに離した。
放っておいてくれればいい、これも全て計算なんだから。
「ごめんよ」
……なんで先輩はここまで私にこだわるんだろうか。
彼女が走る度に私の足が、靴が揺れ、彼女の制服を汚い泥で汚していった。
ああいう汚れは結構落ちないものなのに、なのに一切気にせず厭わず前だけを見ている。
5分くらい経った頃だろうか、一軒家の前で彼女は足を止めた。
「連絡しておくからその間にかなたはお風呂に入ってよ」
「帰ります」
「だめ」
頷くと、洗面所まで運ばれてしまった。
彼女は「じゃ、ゆっくりね」と声をかけてくれたが、入る気なんてもちろんない。
家主さんの娘さんが濡れているのに入れるわけがないじゃないか。
「かなた、連絡してきたよ……って、入ってなかったんだ」
「入ってください」
「じゃあそうさせてもらおうかな」
目の前で躊躇なく制服やその他色々を脱いでお風呂場へと彼女が突撃。
この間に帰ることは簡単だが、鍵が開いたままになってしまうからそんなことはできない。
だからそのまま体操座りで洗面所の端に座らさせてもらっていた。
「ふぅ、さっぱりした!」
「早いですね」
「あれ!? その間に帰っていると思ったのに」
「……鍵が開いたままだと危ないですから」
でもこれで任務完了、立ち上がって帰ろうとしたら彼女に手を握られてしまい硬直。
暖かったんだ、それとお風呂から出た後なのに申し訳ないことをしてしまったと嫌になった。
「お風呂、入ってよ。お湯もすぐにたまるからさ」
「……いえ、どうせ帰らなければならないですから。ある程度は時間もつぶせましたし……」
ここで入浴したところでまた濡れる羽目になる。
おまけに先輩のお家の湯船を汚したくないし、さっさと帰ればいいだろう。
「かなたは僕が嫌い?」
「……いえ、そんなことはないです」
嫌いじゃない、ただ苦手というだけ。
できることなら普通に友達としてはいたい……けど。
「じゃあ泊まってくれる?」
「え? いや……そんなことしたら、怒られる……」
「連絡しておいたから安心して、それにどうせ明日はお休みだし」
「……もう、どう反応すればいいんですか?」
「はいか分かりましたって答えてくれればいいよ」
選択肢ないじゃん……というか、
「っくちゅん! うぅ……」
寒い、手足が冷えすぎてて困る。
「はいはい、早く入る!」
「……分かりました」
蛇口をひねればお湯が出るって最高だよなあ。
体をお湯で暖めながらシャンプーも使わせてもらって洗わせてもらった。
これ、小暮先輩も使っているんだよね? そう考えるとなんか無性に気恥ずかしい。
「かなた、大丈夫?」
「はい」
出てみたら洗面所からは出てくれているようだった。
タオルも着替えも置いてくれていて、ぎこちなくではあるが利用させてもらう。
「入るよ――おぉ」
「……すみません」
服を借りることになってしまって申し訳ない。
あとなんか凄くいい匂いがするのも逆に恥ずかしい。
「気にしないで、部屋に行こうか」
「はい」
かばんも濡れているけどこれを持っていくわけにもいかないし置かせておいてもらう。
スマホだけは取り出して2階――かと思いきや、1階の和室のようだった。
「はい、座って」
「はい、失礼します」
普通に座ろうとしたら「え、なんで?」と聞かれてしまい困惑。
どうやら自分の足の上に座れということみたいだ、あと何気にブラシを持ってる。
……恥ずかしさを我慢して座らせてもらったらまず頭を撫でられた、それから心地のいい揺れ。
「髪の毛、せいなにやってもらうことあった?」
「ありました」
「せいなと同じようにはできないかもしれないけど、我慢してね」
姉の友達にしてもらうって変な感覚。
だけどちょっと心がポカポカする、チョロさなんとかしろって話だけど。
「ごめんね、無理やり連れてきて」
「今更言わないでくださいよ、もうお世話になってしまっているんですから。私、年上が怖いとか言いましたけど、小暮先輩といることは嫌いじゃないです。ただ、その気がないならやめてください、あなたが思うより私はすぐ惚れてしまいますから」
お互いに同じ方向を向いて話すってよく分からない。
彼女の足の上に座っているのも、彼女が優しくしてくれているのも全て。
「……怒らないで聞いてほしいんだけど、君だって決めてこうしているわけじゃないんだ。他の子にだって同じ状況になったら同様の行為をすると思う。
やってくれている最中ではあるが立ち上がって頭を下げた。
「これからやめてくれれば大丈夫です、ありがとうございました。それと服、返しますね」
「え、帰るってこと?」
「はい、少し落ち着くことができましたから。制服を着て帰ります」
もう着てしまったのは申し訳ないが洗濯してもらうしかない。
下に移動してから脱いで制服に着替える。
グショグショのそれは最高に気持ちが悪かったけど諦める。
「……ほんとに帰るの?」
「お姉ちゃんか他の誰かに優しくしてあげてください。お邪魔しました」
外に出ると依然として雨が降っていたが気にせず歩き始めた。
お風呂に入った意味が微塵もなくなった、でもあれで断れないししょうがない。
濡れてみると案外冷静に考え事をすることができた。
あとはあれ、どうやったら母親が許してくれるだろうかってことも考えた。
「よいしょっと」
家に着いたら鍵を開けて中へ。
まだ19時前くらいだが、どうやらリビングには誰もいないようだ。
これ幸いとばかりに洗面所へ突入すると、
「おかえりなさい」
そこにいたのは姉、せいなだった。
慌てて飛び出て、扉の隙間から彼女を見つめる。
「お泊りではなかったのですか?」
「……はい、迷惑はかけられないと思いまして」
「そうですか」
ある意味母親と出くわすより嫌なエンカウントだ。
だって姉、目が笑っていないんだもん。
「とりあえず、入ったらどうですか」
「あ……後でいいかな」
「床が濡れるではないですか」
「分かってるよ、洗面所でちょっと休憩しようかなって」
中に入って端っこに座る。
姉は髪や体をきちんと拭いてから服を着て出ていった。
自分で言っておいてなんだが、明日は普通に休みだったことを思い出す。
なのに風邪を引こうとするなんて馬鹿がすることだ。
「かなた」
「え゛、あ、た、ただいま」
もっと笑ってない、そもそも真顔の鬼母が登場。
「私はてっきり家出したのかと思ったけれどね」
「い、家出なんかしないよ……」
「そう、でもあなたの分のごはんはないからね。ちゃんと時間までに帰ってこない人の分は作らないと決めているの」
「……別にいいよ、食べてきたから」
「あと、お風呂にだって入ってほしくないんだけど?」
「じゃあいいよ、ここで寝るから」
「そう、ならちゃんと守りなさいよ?」
入れなくなりました、うん、元から救えないほど馬鹿だった。
まあいいか、さっきだって入ったし問題ない。
風邪を引いても土日寝てれば治るだろう。
制服だってあと数時間もすれば乾くだろうし、スマホでもいじっていれば解決だ。
「っくちゅ……うぅ、でも寒いなぁ」
早く乾いてくれればまだマシなんだけどなあと呟いたのだった。




