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02

 仲良くしてみたらどうですか。

 そう姉に言われてからもう1週間が経った、経ってしまった。

 あれから結局小暮さんは来ていない、やはり断ったのが悪かったんだ。


「有川さん、今日日直だよね?」

「あ、ごめんっ、なにをすればいいかな?」

「これ運んでおいてくれる?」

「分かった」


 考え事ばかりしていたせいで忘れていた。

 まだ普通に対応してくれたことをありがたいと思わなければならない。

 職員室にゆっくりと、終わってからもゆっくりと教室へ戻っていく。


「あ、なんか久しぶりだね」

「あ、小暮先輩」


 気づいていたけど話しかけようとはしなかった。

 だって他の人と楽しそうにしていたから邪魔するべきではないと思ったから。


「かなた、今日も行けない?」

「……ちょっとなら」

「じゃあ行こうよ! というかさ、もっと連絡してきてほしいんだけどなー」

「……小暮先輩に迷惑かと思ったので」


 しかもそれが正解だった。

 今日まで来ていなかったんだから連絡なんてしたところで状況は変わっていなかったと思う。


「なんで? 僕、迷惑とか思わないよ?」

「……ならこれからはします、失礼します」

「あ、ちょっと待って!」

「はい? ――な、なんですか?」


 なんで急に頭を撫でられてたんだろうと押さえていたら、「可愛いからついね」と笑って先輩はお友達さんと歩いていってしまった。

 その中のひとりから睨まれてしまったことを見るに、あの人は先輩を狙っているんだろう。

 別にその人を奪えるような魅力はないので安心してもらいたい。


「お疲れ様、ありがとね」

「いや、忘れててごめん」

「大丈夫、気にしないでいいよ」


 優しい子だ、悪口を言ってくるような子じゃなくて良かった。

 それからは日直の仕事もきちんとこなし、ついに約束の時間がやってくる。


「かなた来たよ」

「はい、それでどこに行くんですか?」

「え? 駄菓子屋さん」

「あはは、好きなんですね」


 確かに値段が安いから毎日言っても大丈夫なところが魅力的だ。

 しかしだからこそ危ない場所でもあるわけだが、そこは年上なんだしちゃんと考えているはず。

 留まっていても仕方がないため移動を開始し、私は先輩のちょっと後ろを歩いていた。


「隣に来てよ、まるで一緒に向かっていないみたいで寂しいから」

「それでは……」

「かなたさ、どうしてそんなにぎこちないの?」


 それはあなたが苦手だからです、なんて言えるわけがない。

 色々と敵を作ってしまうから、とも言えないわけだから……実に困る質問だ。


「あ、同性が好きなの気にしてるの?」

「いえ、そこは全く。ただ私、クラスでの印象が良くないんですよ。小暮先輩が来てくれた日の前日に告白して振られまして……なんか女子なら誰でもいい的な扱いをされているんですよね。そんなことはないんですけどね、本当に好きになった子にしか告白していないですから」


 コミュニケーション障害というわけでもないから普通にスラスラ話せた。

 相手が先輩だからこそ話しやすいのかもしれない。

 あくまで望んでいるのは、こういうことを気軽に話せる関係。


「分かっているよ、だから教室には行かなかったんだ。でも、そうすると会える機会がなくなりすぎてもどかしくてね。それであの時、戻っていこうとするかなたに話しかけていたって感じかな。かなたは僕に気づいて敢えて無視をしたようだけれど」


 それはお友達と談笑していたからだ。

 私も高校生になればそういう相手ができるものだと思っていた。

 しかし結果はこれ。

 先輩が優しいから来てくれているものの、それ以外では敵視か興味すら持たれないでいる。


「はい、これどうぞ」

「え? あ、ありがとうございます」


 考えている間に先輩が駄菓子屋さんに行って買ってきてくれたようだ。

 マスカット味の小さなグミ、こういうのを食べるのも落ち着けるのでありがたい。


「あ、お金払いますよ」

「いや、お金はいいんだ。そのかわりにしてほしいことがあるんだけど、いいかい?」

「私にできることなら」


 でもこのやり方はちょっと卑怯な気がする。

 お金を払うと言ったのに受け取らず他のことって、今更ながらに怖くなってきた。


「これから僕を見かけたら必ず話しかけてほしい」

「え、そんなことでいいんですか? それぐらいなら別にいいですけど」

「約束だよ? 破ったそうだね……1日かなたを自由にできる券を貰おうかな」


 問題なのはそのことではなくあの取り巻きみたいな人か。

 あの人に毎回毎回睨まれるくらいならハッキリ言ってしまった方が楽かも。

 ○○という約束があるからしているだけです、そういうつもりは一切ないですって。


「かなた」


 あとはクラスメイトからどう思われるのかというところだ。

 悪く言われるようであれば、場所を外限定にしてもらわなければならない。

 先輩にまで悪口を言うような馬鹿な子はいないだろうけど、迷惑はかけたくないから。


「ん……ふふ、駄目だよ、油断したら」

「は……?」


 考え事をしていたら頬にキスをされていた。

 姉にもよく言われる、考え事をしている時は無防備だから気をつけてって。

 それはてっきり事故とかに遭うかもしれないからって思っていたんだけど、さすがにこれは予想できないことだ。


「かなたはさ、可愛いんだから気をつけないと」

「いやあの……え?」

「だから気をつけてねって話! それじゃあね!」


 いや、なんでそんなことするの。どうせそんな気、ないくせにさ。

 それでも、口にされなかっただけマシだとすぐに割り切ることができた。

 貰ったグミの味は普通に美味しくてすぐに無くなってしまったけれどね。




 翌日から先輩を発見することが多くなった。

 約束もあるためその度に話しかけていたわけだが、当然その度にあの人に睨まれた。

 不気味なのは文句を言ってこないこと、まだ声を聞いたことがないことだろう。

 しかも先輩も特になにかを言ったりしない、いつもなら「後輩にそんな怖い顔しないの」って言いそうだけどなんでだろうか。


「ねえ」

「は、はい」


 かと思っていたらまさかの単身で乗り込んできた。

 教室がざわついていることなんて一切気にせずに彼女は正面からこちらを睨んでくる。


「あなた、千空のことが好きなの?」

「え、あの……見かけたら話しかけてと本人に言われているので……」

「そうなの? それは残念ね」


 え? なんで残念なの? 恋感情があったらぶっ潰せる口実ができたから?


「あの子のことが好きなら応援してあげたのに」

「え、あの……あなたが好きなのでは?」

「え、そんな事実はないけれど。あ、睨みつけているわけではないからね? 私は元々こういう目つきなのよ」


 ま、紛らわしい! それじゃあただのいい人じゃん……あとは見た目で誤解されてしまう可哀相な人でもある。


「あ、私は有川かなたです」

「私は二上さゆみ、よろしく」


 だけど「目つき直す努力しましょう!」と言うのも生意気な気がするぞ……。


「そうだ、せいなって知っていますか?」

「あなたのお姉さんでしょう? 残念ながら関わりはないけれど」

「え、小暮先輩とは関わりがあるのにですか?」

「ええ、あの子は千空としかいないのよ」


 あのコミュニケーション能力が高すぎる姉が先輩とだけしかいない?

 それってもしかして先輩のことを狙っているという、案の定の結果では?

 別に私は狙っているわけではないけど、姉からすればその人が他人にキスなんかしていたら気になるだろう。

 それがばれたら姉妹関係が悪くなり、最悪癒やされることができなくなる……。


「小暮先輩って誰にでもキスとかしますか?」

「キスはどうか分からないけれど、少なくともそれっぽいことは誰にでも言うし、するわね」


 なら気をつけておかなければならない。

 いまから先輩の言葉を聞いても誰にでも言っているものだと扱わないと。

 というか単純に教室には来ないのだから会わなければいい。

 

「小暮先輩の好きな人とか知りませんか?」

「多分だけどせいなが気になっているんじゃないかしら」

「分かりました、教えてくれてありがとうございました」


 関わる人をちゃんと考えよう。

 どうしたって惚れやすい自分が負けそうになるため、最低でも頻度は減らしたい。

 そうするためにはトイレと本当に必要な時以外の時間を教室で過ごす必要がある。


「いいなあ」

「え?」


 やって来たのは昨日日直で一緒だった子。

 なにがいいのか分からなくて困惑していたら「いや、有川さん小暮先輩や二上先輩と普通に話せているからさ」とどうやらそういうことみたい。

 でも、いいことばかりではないんだよこれは。


「どうやってきっかけを作ったの?」

「私はなにもしてないよ。お姉ちゃんがしてくれただけ」

「あれ、お姉さんいるんだ? 今日の放課後に連れてきてくれない?」

「それくらいならいいけど……」

「ありがとっ、約束ね!」


 メッセージを送ったら「分かりました」とすぐに返信が。

 やっぱり姉にそういうつもりがあるなら最高の存在なんだけどなと内心で呟く。

 けれど姉は恐らく先輩のことが好きでいるわけで、振られると分かっていながら言えないけど。

 ――なんとも曖昧な気持ちで過ごすことになったものの放課後はすぐにやってきた。


「かなたちゃん」

「あ、お姉ちゃん。来てくれてありがと」


 談笑していたクラスメイトのところに連れて行って紹介。

 少し驚いた顔で私を見てきているけど、似てないとかそういうのだろうか。


「そういえばかなたちゃん、千空さんが全然会えないって寂しがっていましたよ?」

「ねえお姉ちゃん、小暮先輩としかいないって本当?」

「はい、本当のことですよ。千空さんがいればそれでいいです」

「それって好きだから?」


 そう言った瞬間に姉の顔からは笑みが消えた。

 それから限りなく冷たい声音で「勝手なこと言わないでくださいね?」と吐き、こちらを真顔で見てくる姉。

 

「ごめん……」


 と、謝ってもいつもみたいな状態に戻ることはなかった。


「そんな下らないことを聞くためにわざわざ呼んだのですか? 正直に言って、時間の無駄なのでやめてください。それでは」


 私も驚かせてしまったことを詫びてから荷物を持ち教室を出ることに。

 ああ……それにしてもしまったな、自分から壊してどうするんだって話。

 でも、確かに無駄だったかもしれないけど、あそこまで言わなくてもいいと思うんだ。


「うぅっ」


 驚いた、振られた時でも涙が出なかったのにこんなあっさり出るなんて。


「誰に泣かされたの?」

「これは違います……ちょっと目が痛くて」


 小暮先輩じゃなくてまだマシか、話しかけてきてくれたのは二上先輩。


「飴食べる? ちょっと元気になれるわよ」

「すみません、いただきます……」


 あ。甘くて美味しい、先輩の言うようにちょっと楽になった。


「もしかして千空?」

「いえ……痒くて掻いていたら目にぐしゃっと指が入りまして」

「そういうのいいから」

「……相手はお姉ちゃんですから」


 そんなに分かりやすいのか?

 あんまり表情に出してしまうようなタイプでもないと思うんだけど。

 でも失敗なのは確かだった、誰かがいるところで泣くなんておかしい。

 するのなら公園とか布団の中とかそういう安全な場所でするべきだった。

 先輩と一緒に出て歩いていく。

 その途中で結局小暮先輩も追いかけてきて4人になった。

 当然、くっつき虫みたいに姉もいるから。


「二上さんと仲良くなったのですね」

「違います」

「って、どうしてせいなに敬語なの?」

「失礼します」


 これからますます気をつけなければならなくなった。

 小暮先輩が来てしまうと姉まで来てしまうから。


「待ってください」

「え、なんで前に……」

「考え事をしながら歩くのはやめた方がいいですよ。あと、どうして逃げようとするのですか? 千空さんに聞かれているのにどうして答えないのですか?」


 どれだけ先輩大好き症候群なんだよこの人。

 というか、それなら最初から紹介なんかしなければいいのでは?

 そうすれば最初からこんなことにはならなかったというのに。


「まあまあ、ちょっと気になっただけだからさ」

「千空さんがいいならいいですけど」


 逆にセットでいてくれる方がいいこともあるか。

 こういう立場になった時に止めてくれる存在がいないと厳しい。


「そういえば千空はかなたにキスをしたそうね」

「えっ!?」


 なんでそれをいまばらすんじゃい!?

 ああほらもう姉の雰囲気が最悪になってるから。

 実は嫌われているとか? もうそうとしか考えられない。


「と言っても頬にだよ?」


 先輩が普通なのだけはまだ幸いと言える――わけない。


「頬にでもキスをしたということでしょう? そんなことしてていいの?」

「別にいいでしょ、誰にでもするわけじゃないし」

「可愛いとかは誰にでも言うけれどね」

「だって可愛い子が多いんだから仕方がない」


 うーんこのたらし。

 まああんまり否定できないのも事実だが。

 私に唯一話しかけてきてくれていた如月さんだって美少女だった。

 その後も悪口を言っている様子はなかったし、そんなに悪い子ではないのは確かなよう。

 気持ちが悪いと言ったことは忘れないけど……まあそれ以外は本当にいい子なんだ、多分。


「かなたが可愛いから仕方がない」

「なに開き直っているの、謝りなさい」

「ごめんよー、かなたー」

「い、いえ……こちらこそすみませんでした」


 全て姉を怒らせるためにしているようにしか見えなくなってしまった。

 そうでなくても苦手なのに、それがどんどんと増していく。

 紹介したのもこちらの全てを潰すため? あの母親の優しさも?


「すみません、もう帰りますね」

「うん、それじゃあね」


 だめだ……クラスメイトのあれなんて全然可愛いくらいのものだった。

 年上という理解の届かない存在達の方がよっぽど問題じゃないか。

 怖い、単純に年上が。

 いつかそう思わなくて済むようになる時がくるだろうか?


「はあ……」


 いや、当分こないだろうなとすぐに考えを改めたのだった。

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