《後編》
「何ぼんやりしているんだよ、教師のくせに」
その声に我に帰る。
目前には白い髪に赤い目の生徒。
「ごめん、ごめん」
「真面目にやれよ」
「いや、そもそもカッツが授業を真面目に受けなよ」
「やだね」
その気持ちはわからないでもない。ヴァイスの見た目でありながら俗説に反して魔力の弱い彼にとって、魔法の授業は針のむしろなのだろう。せめて家格が高ければよかったのかもしれないが、そうではないから、かっこうのからかいの的だ。
…そういえば彼も、ちょうど5つ年下だ。
教室の壁に張られた週間予定表を見る。
明日は2月13日。前世の記憶を取り戻してからというもの、この日の前後はどうしても気分が沈んでしまう。
あの彼には本当に申し訳ないことをしてしまった。トラウマになっていなければよいのだけど。
「またぼんやりしてるぞ。教師失格だな」
「ああ、ごめん」
目前の彼はため息をついた。
「わざわざ補修を受けてやってるんだから、ちゃんとしろ」
「なんで偉そうなのかな?」
「仕方ない、今日のお前は使い物にならん。明後日に補修のやり直しな」
「なんで?」
「お前、俺がちゃんと補修を受けないと教師たちに怒られるんだろ?」
「そうだけど。明後日は予定がある」
「今すぐキャンセル入れとけ」
なんだかなあ。
面白い生き物だ。
なんでこんなにマイペースなんだろう。
前世の私に彼の十分の一でもこの強さがあったら、あんなバカな男とずるずる付き合うことはなかっただろうな。
「なんで明後日なの?」
「俺の誕生日。諸事情あって、帰宅時間を遅らせたい」
「寄り道してけば?」
「補修なら親も諦める」
「なるほど。よくわからないけど、協力してあげてもいいよ。だからちゃんと授業を受けてよ」
「考えてやってもいい」
ははっと笑う。
毎年2月13・14日は心静かに反省をする日なんだけど。
でも前世の彼の誕生日を祝ってあげられなかった分、今世の彼の誕生日を祝ってあげるのも、いいかもしれない。
「カッツってチョコは食べる?」
「死ぬほど好きだ」
「じゃあ、誕プレにあげるよ」
前世の彼は毎年誕生日のプレゼントとして、チョコを欲しがった。約束していながらあげられなかった六度目のそれを、代わりにカッツにやろう。
「…大好きだ」
「わかったって。他の生徒には内緒だよ」
教科書を閉じると大きく伸びをして立ち上がる。
さて。チョコをどの店に買いに行くとするか。