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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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第9話 五十年前に生まれた

俺の名前が書かれた札を見つめる。


 レイン。


 間違いなく俺の名前だ。


「……」


「レイン」


「分かってる」


「どうする?」


「帰る」


「即決?」


「ああ」


 俺は札をポケットに入れた。


「これは俺の仕事じゃない」


「でも、あなたの名前が書いてあるわよ」


「だからこそだ」


「逃げるの?」


「逃げる」


 俺は堂々と宣言した。


 危険から逃げることは、恥ではない。


 死体を拾う仕事をしているとよく分かる。


 死んだ人間は、二度と逃げられない。


 だから、生きているうちに逃げる。


 これが遺体回収人の心得その一だ。


「じゃあ行きましょう」


 ミラも頷く。


「うん」


「……」


「どうした?」


「私、あなたのそういうところ好きよ」


「仕事仲間として?」


「今のところは」


「怖いな」


 山を下りる。


 五つの墓から離れる。


 しばらくして、ミラが口を開いた。


「ねえ」


「何?」


「あなた、五十年前には生まれてないよね?」


「当たり前だ」


 俺は二十八歳。


 五十年前なら、まだ生まれていない。


「じゃあ、どうして『六人目』なの?」


「知らない」


「本当に?」


「知らない」


 俺は自分の記憶を思い返す。


 両親。


 生まれた町。


 幼少期。


 何も変わったところはない。


 少なくとも――


 俺はそう思っている。


「家に帰ったら、両親に聞いてみる」


「ご両親、近くに住んでるの?」


「いや」


「どこ?」


「南の町」


「じゃあ遠いわね」


「ああ」


「手紙は?」


「出す」


 俺たちは町に戻った。


 その日の夕方。


 俺は手紙を書いた。


 内容は簡単。


 ――俺は五十年前に何かあったか?


 今思えば、ものすごく雑な質問だ。


 だが、他に聞きようがない。


「これでいい?」


 ミラが読む。


「……」


「何か?」


「もう少し息子らしい内容にしたら?」


「例えば?」


「元気です、とか」


「元気だ」


「そういうことじゃない」


「飯も食ってる」


「そういうことでもない」


 結局、ミラに書き直された。


 翌朝。


 手紙を出した。


 返事が来るまで数日かかる。


 その間、俺は別の仕事をすることにした。


「遺体回収の依頼?」


「そう」


 町の掲示板を見る。


 一件。


 二件。


 三件。


「多いな」


「最近、増えてるのよ」


 ミラが言う。


「何が?」


「遺体捜索の依頼」


 確かに。


 以前より多い。


 冒険者の死亡。


 山での遭難。


 行方不明。


 偶然だと思っていた。


 だが――


 その依頼書を並べてみる。


「……場所が近い」


「え?」


 地図に印をつける。


 最近の行方不明者。


 北の山。


 西の森。


 旧街道。


 全部、ある一点を中心にしている。


 五十年前の旧迷宮。


「まさか」


 俺は依頼書を一枚持ち上げた。


 その裏。


 依頼人の名前。


 ――ガルド。


 昨日の行方不明者と同じ名前ではない。


 別人だ。


 だが、その依頼書の端に小さな印がある。


「これ……」


 ミラが顔を近づける。


 王国騎士団の紋章。


 そして、その下に数字。


「三十二」


「また?」


「ああ」


 俺は黙り込んだ。


 三十二番。


 錆びない徽章。


 アルド。


 五人の墓。


 六人目。


 全部が一本の線で繋がり始めている。


 そのとき。


 受付の扉が開いた。


「レインさん」


 若い女性が入ってきた。


「あなたに手紙です」


「俺に?」


「はい」


 受け取る。


 差出人を見る。


 ――母。


 俺は封を開けた。


 中には短い文章。


 たった三行だった。


 『あなたが生まれた日のことを聞きたいのですね。』


 その下。


 『あなたは私たちの子です。』


 さらにその下。


 俺の手が止まった。


 『ただし、あなたを産んだのは私ではありません。』


「……」


 ミラが俺を見る。


「どうしたの?」


 俺は手紙を渡した。


 ミラが読む。


 そして――


「……え?」


 俺は椅子に座った。


 頭が追いつかない。


 母が俺を産んでいない。


 なら、俺はどこから来た?


 手紙には続きがあった。


 震えた文字で。


 『あなたを私たちが引き取ったのは、五十年前の事件から二十二年後でした。』


 俺は顔を上げた。


「二十二年前……」


 つまり。


 俺が生まれたのは二十八年前。


 五十年前の事件から――


 二十二年後。


 そして。


 手紙の最後には、こう書かれていた。


 『あなたを見つけた場所は、北の山です。』


 俺はしばらく動けなかった。


 ミラも何も言わない。


 やがて俺は、小さく呟いた。


「……俺は、誰なんだ?」


 その瞬間。


 机の上に置いていた徽章が――


 カン。


 一度だけ鳴った。


 裏側を見る。


 昨日までなかった文字が浮かんでいた。


 『六人目、発見』


 俺は徽章を握り潰しそうになった。


 そして、その下に。


 新しい文字が現れる。


 『回収を開始する』

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