第68話 十人で研修を始めます!(後編)
食堂の奥にある六人席を二つ使い、今回召喚した異界人材である十名に座ってもらった。
俺と小坂は通路側に立つ。
改めて数えると多い。
先週までは、俺と小坂に三人を加えた五人で営業していた。
それが一度に倍以上になった。
「全員そろったので、まず俺たちが何をしているのか説明します」
俺は朝倉歩と名乗り、【休憩地】の所有者であることを話した。
普段はダンジョンの十階層へこの建物を出し、探索者へ食事、休憩、シャワー、宿泊場所を提供している。
今いる旧工場は本営業前の研修と、将来の予約や物資管理に使う地上側の拠点だ。
続いて、小坂が自分の担当を説明した。
「私は受付、予約、会計、在庫、客室状況をまとめます。現場で判断に迷ったら、まず私か朝倉先輩へ確認してください。危険が迫った場合は、仕事より自分と利用者の安全を優先します」
珍田がすぐに尋ねた。
「安全地帯の外へ出て対処する必要はありますか?」
「ありません。皆さんは安全地帯の外へ出られませんし、魔物と戦う仕事自体が今の所ありません。外の対応は探索者か、地上側の人員が行います」
「承知しました。では、館内と入口までを警戒範囲にします」
役割は、応募時の希望を基準に分けた。
海路とチカには厨房と食堂を任せる。
受付を希望した四人には、予約確認や会計を含め、館内案内まで分担してもらう。
清掃側の三人には、客室と共用部を分けてもらう。
浴室清掃のほか、リネンの交換と備品運搬も任せる。
珍田は入口確認と夜間巡回を中心に、受付側とも連携してもらう。
「希望と違う仕事を、何の説明もなく回すつもりはありません。ただ、営業中は別の班を手伝ってもらうことがあります」
比志野が、受付に四人いる理由を聞いた。
「食事だけの方、休憩する方、宿泊する方が同時に来るためですか?」
「そうです。前回は受付で説明して、会計して、食堂へ案内している間に次のお客さんが来ました。予約の確認も同時に入ると、こよりちゃん一人では回せません」
「問い合わせと会計を分ければ、混雑時も対応できそうですね」
若井も会話へ加わった。
「荷物が届くのは、この地上拠点ですか?」
「今後はその予定です。検品して在庫へ入れる流れは、決まり次第共有します」
熊谷は食堂と厨房を区切る扉へ目を向けた。
「食材とリネンで、運ぶ通路は分けますか」
小坂が答える。
「裏動線はありますが、清掃の時間などもそうですけど必要用物資やそのほか備品補充などは、時間帯を決めて表動線に出る時間などを設定する必要があります。今日、実際の通路を見てもらって色々決めていければ」
質問が具体的なので、話が早い。
応募者名簿の短い備考だけでは分からなかったが、全員が自分の仕事を自覚しつつここへ来ていた。
説明を聞いていた曽布川が、俺の方を見た。
「それにしても、召喚主様はすごい方なんですね。七人を続けて呼んだうえに、この建物まで出せるなんて」
「様はいらないです。朝倉さんでいいですよ」
「では、朝倉さん。こんなスキル、見たことがありません」
海路も食堂の天井や周辺を見渡した。
「召喚だけでも驚きましたが、これを丸ごと出したんですか?」
「ええ、そうです。今見えている物はほぼ、俺のスキルで具現化しています。とはいってもまだスキルは成長中で、今後もどんどん変わることが予想されますけど」
「え? スキルが成長中?? ということはこれでまだ完成されていない、ということですか?」
七人の視線が俺へと一斉に集まった。
既存の三人は、以前も似た反応をしたためか、少し楽しそうに新しい仲間を見ている。
小坂が自分のスマホを取り出した。
「施設だけではありません。受付や厨房の仕事は、この湖畔休憩地アプリと連動します」
受付、厨房、設備、清掃の四つに分かれた項目を見せ、予約や客室の状態、厨房へ入った注文、清掃が必要な場所を確認できると説明した。
新しい七人の注目が、小坂の手にある画面へ集まった。
曽布川が、表示の切り替わる画面へ身を寄せる。
「指で触れただけで、文字と絵が変わりました……」
「すごい魔道具ですね。持ち運べる大きさなのに、宿泊台帳と会計帳簿が全部入っているんですか?」
比志野の質問に、小坂が予約画面を開いた。
「全部を誰にでも見せるわけではありません。担当に必要な機能だけ使ってもらいます。受付には受付用、食堂には食堂用の業務用スマホがあります」
若井は会計欄の数字を見て、感嘆の声をあげる。
「これは凄いですね…売上やその他の科目が自動で集計されるとは…あまりに常識が違い過ぎて私に扱いきれるでしょうか…」
小坂は若井の不安に、笑顔で答える。
「そこは研修で分かるまで教えるので大丈夫です!!」
若井の不安に共感したのか、こよりもうんうん、と頷いた。
「はわわ、分かります! 私も最初、すごい魔道具だと思いました! 今も思ってますけど!」
「こよりは押し間違えないようにするところからでしょ」
「むむむ! 後の方は間違えてません!」
井瀬川とこよりのやり取りに、食堂の緊張が少し和らいだ。
説明のあとは、全員で一階から館内を回った。
一階では受付とロビーから始め、売店を通って食堂へ進み、厨房からスタッフ用の裏動線まで順に見せた。
二階へ上がってからは、二人部屋と大部屋、各室のユニットバスも見せる。
熊谷はリネンを回収する場所などを入念に確かめ、阿武原は清掃の観点から浴室や部屋の設備を順に見ていった。
珍田は階段と廊下の曲がり角に立ち、入口から見えない場所を覚えている。
海路は客室より厨房が気になるようだったが、温水の出る蛇口には足を止めた。
「水も明かりもここまで自在とは…この建物はどうなっているんだ…」
「うーん。まぁ先輩のスキルが凄いってことです。細かいことは気にしなくて大丈夫ですよ!」
小坂が答えると、阿武原が蛇口から出る湯を手で確かめた。
「浴室が何部屋もあって、いつでも湯が使える。凄まじい機能ですね」
比志野は廊下の両側に並ぶ客室番号を数えた。
「王侯貴族でも、これだけの客室と浴室を一つの建物にそろえてはいないと思います」
「それをまさかダンジョン内でスキルで展開するんですよね。ちょっと意味がわからない…」
若井の呟きに、俺はうなずいた。
「営業のたびに出して、終わったらスキルで具現化解除が今のところの流れですね」
七人が互いを見た。
珍田が何かを確かめるように口を開く。
「このような※※※※スキルを所有する方は、私たちの側でも――」
言葉が途中で切れた。
珍田は喉へ手を当て、もう一度話そうとする。
だが、口は動いても続きが声にならない。
「え?」
曽布川も説明しようとした。
「朝倉さんのスキルは、私たちのいた※※※※では……あれ?」
若井と比志野も別の言い方を試したが、同じところで声が止まる。
海路は一度息を吐き、無理に続けるのをやめた。
「これが禁忌事項ですか」
「そうです。皆さんの世界や、こちらへ来た方法に関わることは話せません」
小坂が答えると、こよりが新しい七人の前へ出た。
「大丈夫です! それ、最初にみんな受ける洗礼みたいなものです!」
「洗礼って言うな」
井瀬川が止めたものの、珍田は納得したように手を下ろした。
「制限される範囲を知る、という意味では間違っていません」
「言えないことは無理に言わなくていい。仕事に必要な範囲で、分かることだけ教えてくれればいいから」
俺が伝えると、七人はそれぞれ了承した。
一階へ戻ったところで、小坂が研修の班を分けた。
「受付は私が見ます。こよりさん、曽布川さん、若井さん、比志野さんはカウンターへ。珍田さんも入口確認があるので、最初はこちらへ来てください」
「はいっ!」
「分かりました」
「井瀬川さんは、熊谷さんと阿武原さんに清掃区画と備品置き場をお願いします。そのあと受付側と合流してください」
「了解」
「先輩は厨房をお願いします。海路さんとチカさんですね」
海路が待っていたように厨房の入口へ向いた。
「ようやく調理場を見られますね」
「見たあと、使い方までやりますよ。チカも、前の営業で困ったところがあれば教えてくれ」
「はい。注文が重なった時の流れも、三人で考えましょう」
受付では、すでに小坂が四人へ立ち位置を示し始めている。
背後では井瀬川が熊谷と阿武原を連れ、スタッフ用の裏動線へ入っていった。
俺らを含めた十二人での最初の研修が、ようやく動き出した。
そして俺は海路とチカを連れ、厨房の扉を開けた。
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