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【書籍化決定!】ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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113/113

第113話 史上最大のカーニバル⑥

 湖畔休憩地へ防衛線後退の通知が届く、少し前。


 ダンジョン都市中央広場に建つ都市管理棟では、館内放送が通常の営業案内から非常時の避難案内へ切り替わっていた。

 食堂や装備店が営業を打ち切り、都市警備隊が中央広場から正門へ向かう中、上階の会議室では大型モニターに各方面の戦況が表示されている。


 会議机を囲むのは、東京湾岸地下都市開発株式会社の都市運営本部長、室伏恭一と三人の部長だった。

 テナント事業部長の鳴海香織、施設管理部長の田所隆臣、渉外・法務部長の乾隆司も、作戦統合本部から届いた緊急連絡を読んでいる。


 『新宿北側方面の各戦線は、素材回収を中止。第5階層まで段階的に後退』


 「第5階層まで?」


 室伏は表示された階層を読み直した。


 「一部の戦線ではなく、新宿北側方面のすべてが対象なのか」


 『はい。戦線の前方だけでなく、これまで発生を想定していなかった後方や退路付近でも、新たな魔物群が確認されています』


 応答した本部職員の横で、別の報告が大型モニターへ追加された。

 魔物の発生地点を示す印が、既存の警戒区域から離れた場所にも増えていく。


 「そこまで形勢が悪いのか」


 室伏の問いに答えられる者はいなかった。

 これまでのカーニバルなら、増加した魔物を大手クランが押し返し、その間に負傷者と非戦闘員を地上へ戻している。

 だが今回は、退避に使うはずの後方からも魔物が現れていた。


 田所の手元の管理画面では、外壁と正門が正常に稼働している。

 通信中継と避難設備にも異常はない。


 「都市設備に異常はありません。正門と外壁も、非常時の運用へ切り替わっています」


 ダンジョン都市は、異常が起きれば利用者を逃がすことを前提とした周辺のレジャー施設とは違う。

 外壁と正門で魔物を止め、中央広場と共用施設へ避難者を受け入れながら、地上への退避を続けるように造られている。

 その維持費が高いと何度批判されても、室伏たちは削らずに残してきた設備だった。


 会議室にいた運営本部職員が、室伏へ進言する。


 「本部長。都市上層部も、地上への退避を検討するべきではないでしょうか」


 乾は上層部を退避させる提案に賛成した。


 「ここで指揮系統まで失うわけにはいきません。地上側へ業務を引き継ぎ、移動できるうちに退避するべきです」


 室伏は大型モニターに増えていく発生地点を確認し、職員へ指示を出した。


 「非戦闘員の退避を優先しろ。都市運営本部も地上側への引き継ぎを始める。完了した者から退避準備に入れ」


 この時点で、大階段脇にある転送施設は稼働していた。

 都市から約1キロの道を移動すれば、施設内の転移ゲートから地上へ戻れる。


 転送施設そのものは、ダンジョン由来のドロップ品だった。

 魔物はなぜか、建物自体を攻撃対象にしない。


 ただし、施設内に安全領域があるわけではなかった。

 人間を追ってきた魔物は、相手が施設へ逃げ込んでも追跡をやめず、そのまま中まで入ってくる。


 このため、カーニバル中の避難計画は、都市から施設までの道中だけでなく、最後の一人が転移を終えるまで護衛を付けることを前提としていた。


 その一方で、転移ゲートの稼働自体は、周囲の戦況に左右されないものと考えられていた。

 過去のカーニバルで周囲の戦況が悪化したことはあっても、転移ゲートそのものが停止した例はない。


 今回も、最初の避難隊は都市警備隊に前後を守られ、大階段脇の転送施設から問題なく地上へ送られた。

 ところが、第10階層の各所で戦線が崩れ始めると、都市へ逃げ込む人の数が急激に増えていく。


 都市正門には、負傷した仲間へ肩を貸す探索者や、荷物を捨ててきた施設職員が途切れずに現れた。

 営業を終えた食堂と宿泊施設は休息場所へ変わり、中央広場に並んでいた査定用の回収箱は避難者の通路を空けるため共同倉庫へ運ばれていく。


 都市から大階段へ続く道でも魔物が確認され、次の避難隊を出せる時刻は何度も延期された。

 室伏たちは報告を受けながら地上側への引き継ぎを進め、都市の稼働状況と避難者の受け入れ記録を送信する。


 「主要テナントの退避確認が終わりました。中央広場の受け入れも始まっています」


 鳴海から報告を受け、室伏は席を立った。

 乾と田所も資料を閉じ、会議室を出ようとしたところで、廊下を走ってきた施設管理部の職員が扉を開ける。


 「大階段脇の転送施設から緊急連絡です。地上行きの転移ゲートが作動していません」


 「……何を言っている」


 「直前の避難者を送り出したあと、地上側との接続が成立しなくなりました。第10階層からも地上側からも転移できません」


 田所が職員の設備管理用タブレットを受け取り、転送施設から届いた情報を確認する。

 照明と施設設備は動いており、予備魔石への切り替えも終わっている。

 それでも転移ゲートは起動せず、再接続を試しても地上側の転移先が表示されない。


 「そんな馬鹿な。今までこんなことはなかったぞ」


 室伏が声を荒らげても、表示は変わらなかった。


 「田所、復旧までどれくらいかかる」


 「分かりません。電力不足や魔石の故障なら、予備へ切り替えた時点で動いています」


 「転移できないなら、残っている人たちはどうやって地上へ戻るんですか」


 鳴海の問いへ答えるより先に、都市警備隊から新しい連絡が入った。

 都市と大階段の間にある道へ複数の魔物群が入り込み、転送施設へ向かう避難隊を編成できないという。


 転送施設そのものに被害は出ていない。

 だが周辺には、先の避難隊と警備隊を追ってきた魔物が残っていた。

 新たに人が向かえば、それを追って魔物も施設へ入り込む。


 室伏の手から、退避用の資料が会議机へ落ちた。

 転移ゲートが復旧したとしても、そこへたどり着くまでの道が残っていない。


 「都市警備隊から人を出せ。大階段までの退避部隊を編成する」


 「転送施設そのものは、魔物に狙われません」


 乾が大型モニターに表示された施設を指した。


 「運営上層部と必要な職員だけでも先に移すべきです。ゲートが復旧するまで、施設内で待機させればいい」


 「建物が狙われないだけです」


 施設管理部の職員が口を挟んだ。


 「中にいる人間まで攻撃対象から外れるわけではありません。魔物に追われて入れば、そのまま中まで来ます」


 「なら、護衛を付ければいい」


 乾はためらわずに答えた。


 「我々を施設まで送り、ゲートが復旧するまで入口を守らせる。それで済む話でしょう」


 「ですが、都市警備隊は正門と外壁の防衛に入っています」


 鳴海が止めたが、室伏は作戦統合本部への優先回線を開かせた。

読んでいただきありがとうございます。

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