第十四話 私の幸せ
――それから、私とゴルドさんの二人旅が始まった。
マーズ男爵領はかなり遠く、徒歩だと一か月以上もかかるとのことで、かなりの長旅になるようだ。
ゴルドさんが変身して駆ければ数日で到着するらしいのだが、日中の移動はかなり目立つうえに、最悪討伐依頼が発令される可能性もあるのでやらないと言っていた。
それに――
「トリアにはこの世界の常識や一般的な生活を教えなきゃならねぇからな。長旅は丁度いいぜ」
とのことで、私はゴルドさんから毎日色々なことを教わった。
幸い私は、家の仕事を手伝うため読み書きを覚えさせられていたので、勉強用の歴史書なども買い与えられた。
ゴルドさんが言うには私は物覚えが良いらしく、教え子として見れば大変優秀らしい。
そんな風に褒められたことなど一度もなかったので、ただ素直に嬉しかった。
「ってだからなんで俺の前で脱ぐんだよ!」
「私はゴルドさんの所有物ですし、何も問題無いかと」
「問題あるんだよ! 普通女の子は、慕っている異性以外には裸は見せないもんだっつってるだろ!? 他のことはなんでもすぐ覚えるのに、なんでこういうことは覚え悪いんだよ……」
私は別に忘れているワケではない。
ゴルド様のお話や、書籍で知った常識の通りに振舞っているだけだ。
……もう認めてしまうが、私は間違いなくゴルドさんのことを慕っている。
今まで誰かを好きになるという経験のなかった私にとって、これが世間一般で言うところの恋愛感情なのかは正直わからない。
ただ、こんな風に優しくされたこと自体、生まれて初めてのことなのだ。
私がそんな感情を持ったとしても、何も不思議はないと思う。
しかしそれでも、私の思いをゴルドさんに伝えることはできない。
何故なら彼は貴族で、私は平民以下の存在でしかないからだ。
だから私は、彼の所有物として生きていくことを誓った。
ただ、元々私の人生は全てゴルドさんに捧げるつもりだったし、やること自体変わるワケではない。
今まで義務感だったものが、身命を賭した目的に変わっただけである。
そうして長い旅は終わり、ついに旅の終着点に辿り着く。
「俺が家を出たのは12の頃だから、大体7年ぶりだな。流石に懐かしいぜ。……ようこそトリア、ここがマーズ男爵家だ」
「すごい……」
目の前に広がるのは、広大な敷地と、とても大きくて豪奢なお屋敷。
長い旅の中で大きな建物はいくつも見てきたけど、そのどれよりも存在感を感じる(王城を除けばだが)。
男爵家というのだから大きな屋敷であることは想像していたけど、マーズ家はその想像を明らかに上回っていた。
これで男爵なのであれば、伯爵や侯爵は一体どれ程の巨大な屋敷に住んでいるのだろう……
「ハッハ! ビックリしたろ! これだけデカい屋敷は貴族の中でも珍しい方なんだぜ?」
どうやら、爵位の高さに比例して屋敷の大きさが変わるというワケでもないらしい。
「さて、んじゃ入るぜ」
そう言って私の手を引き、ゴルドさんは堂々と門を潜る。
その瞬間、凄まじい速度で黒い服を着た人達が駆けつけてくる。
既に日は暮れかけているので、まるで影が近づいてくるようだった。
「「「「おかえりなさいませお坊ちゃま!」」」」
「よお、久しぶりだな! 相変わらず元気そうにしてるじゃねぇか! ……いや、つーかよく一目見て俺だってわかったな?」
「私共が、お坊ちゃまを見間違うハズありません」
「嘘こけ! こんだけ見た目変わってるってのに、一目見ただけでわかるハズがねぇ! さては、検閲所辺りから連絡を受けたな? ……嫌な予感がしやがるぜ」
そういえば、領境の検閲所では荷物のチェックとともに、入領者として名前の登録も行った。
ゴルドさんは堂々と本名を書いていたが、マーズ家の名が記載されれば領主に何らかしらの確認が行われたとしても不思議ではない。
恐らくだが、私たちは入領した瞬間からマーズ男爵家に捕捉されていたのだと思われる。
屋敷の前まで辿り着き、執事らしき人達が扉を開いてくれる。
「どうぞお入りください。ご当主様がお待ちです」
ゴルドさんが珍しく緊張した面持ちで屋敷の中に入る。
私はどうしようと立ち止まっていると、ゴルドさんに腕を引っ張られ強引に中に招き入れられた。
中は広々としており、王都で泊まったホテルのロビーを彷彿とさせる。
その中心に、大柄なゴルドさんよりもさらに大きく見える男性が立っていた。
「……久しぶりだな、親父」
同じ響きでも、今度は間違いなく父親という意味で使われたことがはっきりとわかる。
それだけの風格を、マーズ男爵は放っていた。
「フン、体だけはそれなりに成長したようだな」
ピリピリとした空気を肌で感じる。
私の気のせいでなければ、あまり歓迎されているようには見えない。
「お前が家を飛び出してから7年……。今更戻ってきたのは一体どんな心境の変化があったのか……。やはり、その少女が原因か?」
鋭い視線が私に向けられる。
それだけで、私の体はすくんでしまった。
「……まあな」
それに気づいたゴルドさんが、マーズ男爵の視線を遮るように前に立つ。
「そう睨まないでやってくれ。この子はトリアっていって、聖女なんだがちょっとワケありでな。正式な聖女としては働くことはできねぇんだ。だから、できればウチで面倒見れねぇかと思ってよ」
「……そういうことか。つまり、それをどうにかするためマーズ家の力を利用したいと。放蕩息子が、随分と都合の良いことを言う」
「そいつぁわかってる。……だから交換条件として、俺は家に戻ってもいいと思っている」
「っ!?」
その言葉に、私の中で衝撃が走った。
「ゴ、ゴルドさん!? そんな話、私は聞いてませんよ!?」
「たりめぇだ。今初めて言ったんだからな」
ゴルドさんは大したこともなさげに言うが、私からすればとんでもないことだった。
「おやめくださいゴルドさん! 私なんかのために、自らを犠牲にするような真似はしないでください!」
ゴルドさんは、自由を求めて家を飛び出したのだ。
その自由を、私のために手放すなんて……、絶対にあってはならない。
「別に犠牲になるつもりなんかねぇよ。俺は最初から、やりたいようにしかやってないぜ」
そんなの、信じられるワケ――
「娘、ゴルドの言っていることは嘘ではないぞ。此奴は幼い頃から何も変わっていない」
「……?」
「わかりやすいように説明してやろう。ゴルドは、恐らくお主に惚れているのだ」
「っ!?」
ゴルドさんが、私に、惚れている……?
マーズ男爵は、いきなり何を言い出すのだろうか?
言っていることはもちろんだが、話の流れも理解できない。
「つまり此奴はな、交換条件で家に戻るなどとほざいていたが、実際はお主と一緒にいるため口実を作ろうとしたに過ぎないのだよ。自己犠牲でもなんでもない、ただ自分の得となることだけを考えている――というワケだ」
そんな荒唐無稽な――と思ったが、何故かゴルドさんから否定の声が上がらない。
いつものゴルドさんであれば、真っ先に「いやちげぇよ!」と否定するというのに。
「……ま、そういう魂胆がなかったワケでもねぇから否定はしねぇよ。だが、惚れているっていうの勘違いだ。俺はただ、トリアを必ず幸せにすると誓っただけだ。その誓いを果たすまで、俺はトリアのそばを離れるつもりはねぇ」
ゴルドさんの言葉に胸が熱くなるのを感じ、同時に少し寂しさを覚える。
喜びと悲しみ――この二つの感情は正反対のようでありながら、場合によっては同時に感じることもあるんだな……
「本気で言っているのか? ……だとすれば、お前はとんだ大馬鹿者だ」
「ああ? 貴族が平民に尽くすのがおかしいってか? んなこと今更だろ」
「確かにお前は、幼少の頃から貴族としての自覚がなく平民とも対等に接する悪癖があったが、これはそういう問題ではない。よく考えてみろ、お前は仮にも歳の近い異性に対し『必ず幸せにすると誓った』のだぞ? それは言い換えれば伴侶に決めたと言っているようなものだ。これを口説き文句と言わずして何と言う」
「っ!?」
口説き、文句……?
私は知らず知らずのうちに、口説かれていた……?
「お、俺はそんな意味で言ったワケじゃ――」
「お前がどういうつもりで言ったかは重要ではない。重要なのは吐いた言葉に対する行動だ。お前はここに戻るまでの旅路で、実際に言葉通りの行動を取ったのだろう? そしてそこには、必ず情があったハズだ。縛られるのが嫌いなお前がここまで他者の面倒を見るのは、情以外あり得ないからな。そして、男が女に対して情をもって接すれば、その情は時間とともに愛情へと変わっていくものだ。違うか? 違うのであれば否定してもいいぞ」
「ぐぬっ……」
ゴルドさんは、まるで痛いところを突かれたかのように言葉を詰まらせる。
その反応は、マーズ男爵の指摘が事実である証拠……とも思える。
しかし、本当にそんなことがあるのだろうか?
少なくとも私は、自身に惚れられる魅力などないと思っている。
今まで生きてきて栄養のある食事をしてこなかったため当たり前なのだが、私の体はとても発育が悪い。
今まで同年代の子と見比べる機会がなかったので気づかなかったが、都会で見た同年代の少女はほとんど私より背が高く、発育も良かった。
ゴルドさんと私の年齢差は5歳だが、恐らくそれ以上に幼く見えているに違いない。
そんな私のことを、ゴルドさんが好いてくれているとは、とてもじゃないが思えなかった。
「……そんなことは、あり得ません」
私が思わずそう口にすると、二人の視線が注がれる
会話が止まっていたせいか、私が独り言のようにボソッと言った声も二人の耳に届いたらしい。
ゴルドさんは、なんだかとても悲痛そうな顔をしていた。
「あり得ない、か……。では、その娘には娼館の仕事を斡旋してやろう」
「なっ!? ふざけんな! そんなこと許すワケ――」
「何故だ? お前は娼婦も立派な仕事だとのたまっていただろう。ならば、何も問題あるまい?」
「あるに決まってんだろ! トリアはその、満足に食事も取れてなかったせいで健康面に不安があるし、何よりそれじゃ幸せにはなれねぇ!」
「健康面は我が家が責任を持って面倒をみればいいだけの話だ。それに娼婦は高給取りだ。それで幸せを掴んだ女も大勢いるぞ?」
「……っ!」
私は娼婦の仕事というのがよくわからないので、ゴルドさんが何を怒っているのか理解できない。
娼婦自体は一度目にしたことがあり、ゴルドさんにどんな仕事か説明を求めたことがあったが、残念ながら教えてくれはしなかった。
ただ、娼婦の女性は豊満な体つきの人が多かったので、確かに私には勤まらないような気がする。
「……あ~、もうわかった、認めるぜ。俺は、トリアを他の男の手に触れさせたくない。これでいいか?」
「下らん意地を張らず最初からそう言えばいい」
「言ったら、親父はトリアの存在を認めねぇだろうが」
「当然だ。お前には貴族の妻を迎える義務がある。そして、その不和の原因になり得る危険な存在を我が家に招き入れるワケにはいかない」
「最初からその気はねぇっつってんだろうが! ったく、こんなことなら帰ってくるんじゃなかったぜ。……トリア悪いな、また別の案を考えるわ。行こうぜ」
そう言ってゴルドさんは振り返り、私の手を引いて歩き出す。
「行かせると思うか?」
「っ!?」
背後から声が聞こえたのと同時に、ゴルドさんが私を抱えて横に飛び退く。
次の瞬間、私がさっきまでに立っていた場所に獣化した腕が突き刺さっていた。
「っ! 親父、てめぇ……!!! 俺じゃなくてトリアを狙いやがったな!」
「危険分子は排除して当然だろう?」
「上等だぁ! ぶっ殺してやる!」
そう叫ぶと同時に、ゴルドさんの手足が獣化する。
「フン、まずは第一段階で様子見か?」
「るせぇ! 手ぇ抜いてる相手に本気なんか出せっかよ!」
「相変わらず甘い」
ゴルドさんとマーズ男爵は、舌戦を繰り広げながらも凄まじい速度でぶつかり合っている。
最初は部分獣化だった形態から完全に獣人へと変化し、次の瞬間には下半身を馬に変えさらに速度を増す。
その後は熊、牛の巨人に変化し……、最後にあの晩見た姿――ベアウルフへと変じた。
「……風の噂で、お前が第六段階に至ったとは聞いていたが……、中々に見事なものだな」
「へっ! 俺みたいな若造に同じ土俵に立たれて悔しいか?」
「悔しい? 喜ばしいに決まっていよう。我が家は安泰だとな」
「ほざけ!」
ゴルドさんの猛攻を、マーズ男爵は軽々と受け止める。
「だが、まだまだ未熟だ」
「っ!?」
次の瞬間、マーズ男爵のつま先がゴルドさんの腹部に突き刺さり、壁まで吹き飛ばされる。
「ゴルドさん!」
慌てて駆け寄り確認すると、ゴルドさんは腹部には4つの穴が穿たれ、大量の血が流れだしていた。
どう見ても、致命傷である。
「ゴルドさん! ゴルドさん!」
頭から血の気が一気に引き、溢れるように涙が流れだす。
傷口を手で押さえるが、当然そんなことをしても血は止まらない。
「……トリア、あぶねぇから、下がってろ」
「嫌です!」
「安心しろ娘、第六段階に至っている以上、その程度では死なん」
そんなことを言われても、とてもではないが信じられない。
「思い知ったか? お前はまだまだ未熟だ。だが、泳がせておいた意味はあった」
「……ああ? どういう意味だよ」
「言葉通りの意味だ。私は外の世界でお前が成長するのを見込み、あえて好きなようにさせていたのだ。まあ、20歳になれば私自らの手で強制的に連れ戻す気だったがな。その手間が省けたという点では、その娘には感謝してやってもいい」
それはつまり、私がいなければこんなことにはならなかったということ……?
そんなことって……
「おいトリア、また変なこと、考えてやがるな? 相変わらず、すぐ顔色に出やがる……」
モンスターの顔をしていても、ゴルドさんが笑っているのがわかる。
こんな状況でもこの人は、私を安心させようと笑いかけるのだ。
本当に、なんて優しい人……
こんな状況だというのに、私の内からゴルドさんへの思いが溢れてくるのを感じる。
……その瞬間、私の手から鮮やかな緑色の光があふれ出した。
「っ!? トリア! お前……」
「ほぅ、聖女というのは偽りではなかったか」
私自身何が起きたのかと驚いたが、マーズ伯爵の言葉とゴルドさんの流血が止まったことで答えに思い至る。
この光は恐らく、回復魔術の元となる……、治癒の光なのだ。
「どうして……」
私は聖女として簡単な知識を学んだことがあるが、才能がなかったためか回復魔術を覚えることはできなかった。
それが何故今になって使えたかはわからないが……、使えるのであれば、ゴルドさんの力になることができる!
「ハ、ハッハ……、マジかよ。今までにも女に言い寄られたことは何度かあったが、これ程嬉しいと思ったのは初めてだぜ」
そう言ってゴルドさんは、私を掴んで体から遠ざける。
「いけませんゴルドさん! まだ傷が――」
「大丈夫だトリア、最高に元気を貰えたぜ」
ゴルドさんは立ち上がり、再びマーズ男爵の元へ近づいていく。
「……何度やっても、結果は変わらんぞ」
「ああ、そうだろうよ。このままじゃ、なぁ!」
次の瞬間、ゴルドさんの体から黒い煙が噴き出る。
「っ!? この強烈な魔素……、ゴルド、お前、ま、まさか……」
その反応で、私はさっきから抱いていた違和感に気づく。
マーズ男爵は先程、部分的に獣化した際に第一段階と言っていた。
そして、ベアウルフに変化した際、それを第六段階と言っていた。
しかし、ゴルドさんは私に部分的獣化を見せた際、「これに加えあと6パターンバリエーションがある」と言っていたのだ。
それはつまり――、ゴルドさんには、第七段階が存在するということを意味する。
「お、おお……」
ゴルドさんの変化が終わる。
その姿は、巨大な黒い狼のように見えた。
「魔狼フェンリル……! まさかお前が、その領域に至っているとは……」
「俺も変化できるようになったのは、つい最近のことだがな。……まあ、んなワケでこれが、今の俺の本気ってヤツだ!」
同時に放たれた咆哮で、マーズ男爵がバランスを崩す。
そして次の瞬間、ゴルドさんの姿が視界から消え、ほぼ同時にマーズ男爵の体が吹き飛んだ。
吹き飛んだマーズ男爵は階段に当たって一度跳ね上がり、鈍い音とともに床に落下した。
「やべ、やり過ぎたか?」
私も死んでしまったのではないかと思ったが、マーズ男爵はうめき声を上げながらも片手で起き上がろうとする。
しかしそれ以上力が入らないのか、立ち上がることはできなかった。
「流石に頑丈だな。ま、生きててくれて安心したぜ」
「グッ……、貴様……」
「聞こえてるなら、一応別れは告げておくぜ。俺はもう、この家には戻らない。トリアとともに生きていくつもりだ。もし追ってきても、返り討ちにしてやるから覚悟しておけよ。……それじゃあな」
ゴルドさんはそうマーズ男爵に告げてから、私の方に近づいてくる。
「すまねぇ。こんなことになっちまったから、今後もまた苦労させることになるかもしれねぇ」
そんなことを言いながら、ゴルドさんはシュンと首を垂れる。
その姿は大きな子犬のようで、なんだか少し可愛かった。
「フフッ……、何も問題ありませんよ。私は、ゴルドさんと一緒にいるのが、一番幸せみたいなので」
幸せだと断言できなかったのは、私の気持ちにまだ自信がないからだ。
でも、仮に違ったとしても、きっと後悔なんてしないだろう。
「そう言ってくれて嬉しいぜ。さて、こんな所からはさっさとオサラバだ!」
ゴルドさんはそう言って私を咥えると、首を真後ろに向けて背中に乗せる。
バランスが悪いので落ちそうと思ったが、毛が勝手に巻き付いてきてしっかりと固定された。
「じゃ、飛ばすぜぇ!」
◇
凄まじい速度で景色が流れていく。
この速度であれば、確かに500Kmの距離でも2時間はかからないだろう。
これでも私を気遣って速度を落としているというのだから、恐ろしい話である。
風除けの結界が張られていなければ、目を開けることすらできないのではないだろうか。
「っ!?」
会話することも不可能なので黙って流れる景色を眺めていたら、急激に視界がブレる。
どうやら急停止したらしく、凄まじい負荷がかかり吐き気がこみ上げた。
しかし、これ以上の粗相をしては罪悪感で死にたくなりそうなので、全力で堪える。
「……シルバか」
「お久しぶりですね、兄上」
顔を覗かせて確認してみると、ゴルドさんの前に身なりの良い若い青年が立っていた。
「何の用だ? 待ち伏せしてた――ってワケじゃなさそうだな」
「そうですね。父上からの伝言を伝えるため、頑張って追いつきました」
追いついた!? あの速度に!?
いくら私を気遣って速度を落としていたとはいえ、あとから追って追いつくというのは尋常じゃない。
それはつまり、彼もまた……
「ハッ! マーズ家は安泰ってか? まさか、同じ世代に第七段階に至ったヤツが出るとはな!」
「まあ、これでも努力したんで」
「そうかよ。で、なんだ? 俺を連れ戻しに来た――って感じじゃなさそうだが」
「当たり前じゃないですか。僕としては兄上がいなくなってくれた方が好都合ですからね。兄上がいなければ、労せずマーズ家を継げますので」
「そりゃ良かったな。で、親父の伝言だって? 勘当でも言い渡しに来たのか?」
「いいえ、兄上にはこのままマーズ家を名乗ってもらうことになりましたので、それを伝えに来たのです」
「あん? どういうことだよ」
「簡単なことです。第七段階に至った兄上であれば、今後冒険者としても眩い功績を残すことでしょう。それは同時にマーズ家の名声を上げることにも繋がる。僕としてもそれはとても助かるので、早々に伝えるため嬉々として追いかけさせていただきましたよ」
その言葉に、少なからずゴルドさんが動揺したのが背中越しに伝わってくる。
「あの親父が、そんなことを……」
「まあ、僕に感化されたのだとは思いますけどね」
「……お前は相変わらず、あの家の評価を改めさせるなんて夢を追ってるのか」
「ええ、僕はマーズ家の正当な評価を望んでいますので。ということで、僕からのお話は以上です。あ、それと当然ですが追手は出しませんので安心してください。むしろ定期的に顔を出しに来てもいいのですよ?」
「ドアホ! 二度と行くか!」
「それは残念です。では、用が済んだので僕は行きますね。今後も兄上のご活躍を期待しています。それでは!」
そう言ってゴルドさんの弟――シルバさんは白狼に姿を変え、一瞬にして走り去ってしまった。
「……ったく、末恐ろしいヤツだぜ」
その言葉からは、僅かながら安堵感のようなものを感じた。
よく考えればゴルドさんは手負いだし、もし戦いとなれば危険だったのかもしれない。
「ま、気を取り直して、行くとするか」
「……そういえば、どこに向かっているのでしょうか?」
「ん? 前に聖女関連に詳しい知り合いがいるっつったろ。その人に相談しようと思ってな。折角回復魔術にも目覚めたんだから、そっち方面の勉強もしたいだろ?」
無知だった私は、知識に対してすっかり貪欲になってしまった。
だからゴルドさんの配慮がとても嬉しい。
「はい。お気遣いありがとうございます。回復魔術をしっかりと学び、いつかゴルドさんと一緒に冒険したいです」
「いや、そんな危険なことはさせねぇよ!」
「嫌です。さっきも言いましたが、ゴルドさんと一緒にいられることこそが、私の幸せだと思うので」
「……う~む、嬉しいっちゃ嬉しいんだが、少し複雑な気分だな……」
「フフッ♪」
そんな他愛のない会話をしつつ、私達は再び夜の闇を駆ける。
その先にどんな未来が待つかはわからないが、ゴルドさんと一緒であれば、たとえどんな困難が待ち受けていようとも何も問題は無いハズだ。
今が幸せだとはっきりと言える日も、そう遠くないだろう。
……ネリネさん、見事にアナタの狙い通りになってしまいました。
でも、悔しくはありません。むしろネリネさんには最大の感謝を。
いつかそれを、直接伝えたいと思います。
それがいつになるかはまだわかりませんが、必ず会いに行きます。
もちろん、ゴルドさんと一緒に……




