第十三話 マーズ男爵家へ
部屋を飛び出していったゴルド様――さんは、すぐに部屋に戻ってきた。
流石に寒かったのかと思ったが、実際は私の服を取りに行っていたようだ。
店の暖炉で乾かしていたようで、ホカホカしてとても温かい。
早速着替えようと上着を脱ぐと、またしても怒られてしまった。
もしかしたら、貴族様に私のような粗末な体を見せるのは失礼にあたるのかもしれない。
「着替え終わりました」
「……」
ゴルドさんは私が着替えている間は背を向けており、さらに耳を塞いでいるようで声をかけても反応がなかった。
仕方ないので、後ろから控えめに上着を引っ張ってみる。
「ん? 着替え終わったか?」
「はい」
「それじゃあ、外に出るぞ」
「え?」
「なんで不思議そうな顔してるんだよ」
「だ、だって私は……」
外に出ることを禁じられている――と言おうとしたが、そもそもここにいる時点でそんな禁はとっくに破っていることに気づく。
「いいから行くぞ!」
そう言ってゴルドさんは私の手を握り、強引に宿の外に連れ出す。
そして、私は目の前に広がる光景に息をのんだ。
「どうだ? すげぇ活気だろ?」
「……はい」
窓から見たときも活気のある街だと思ったが、こうしてその場の空気に触れると改めて人の多さが実感できる。
行き交う人々、店の呼び込み……
道には沢山の人が溢れていて、喧騒に包まれている。
この世界にはこんなにも多くの人々が存在したのかと、心の底から驚かされた。
「この街以上に人がいるとこなんて王都くらいだからな。驚いたろ?」
「っ!? お、王都は、この街よりも人が多いのですか!?」
「まあな。もっとも、アッチはもう少し上品なんでルーリスほどの活気はないぜ。なんでまあ、この国じゃ一番賑やかな街と言ってもいいかもな。さて、つっ立てないで行くぜ」
「行くって、どこへ?」
「さっき言ったろ! 飯食いに行くんだよ!」
ゴルドさんはそう言って、有無を言わさず私を引っ張っていく。
その力はとても強く、私じゃたとえ抵抗しても意味なく引きずられそうだ。
だというのに、私の手を握る力は優しくて、とても気遣われていることが理解できた。
こんな扱いをされたのは初めてのことなので、恐れ多いというか、身に過ぎた扱いな気がして罪悪感が込み上げてくる。
しばらくそんな状態で歩いていると、ゴルドさんが古い建物の前で立ち止まる。
この街の建物は綺麗な作りで新しそうなものが多いため、この建物は悪い意味で目立っていた。
「ここだ。悪人面が多いが、そこまで悪いヤツはいねぇから心配しなくていいぜ」
「はぁ」
生返事を返しつつ店(?)に入ると、何人かの鋭い目つきをした男が私達を睨みつけてきた。
少し怖かったが、男たちが私達を見たのは一瞬のことだったので、ホッと息をつく。
やはりこの建物は、食事のできる店のようだ。
鼻につく濃い香りは、恐らくお酒のニオイだと思う。
父や兄が時々飲んでいたので、覚えている。
となるとここは、酒場という場所なのかもしれない。
村には存在しなかったみたいだが、よく父が「街なら酒場があるのに……」みたいな不満を口にしていた。
「なんだ、ゴルドじゃねぇか! 久しぶりだな!」
「ようオヤジ! 元気にしてたか!」
っ!? お、親父……?
つまり、この方がゴルドさんのお父様、マーズ男爵様なのだろうか?
しかし、あの汚れた服装を見るととてもそうは思えない。
「ゴ、ゴルドさん、この方が、マーズ男爵様なのですか?」
「はぁ? いや、ちげぇけど、なんでそんなこと……ってそういうことか。いや、オヤジっていうのはこの場合オッサンって意味だ。こんな貧乏そうなオッサンが男爵なワケねぇだろ」
「そう、ですよね……」
「おいお前ら、俺に喧嘩売ってんのか?」
しまった……、私はなんて失礼なことを!
「も、申し訳ございません! 償いはこの命――いえ、命はゴルドさんに捧げてしまっているので、それ以外のことであればなんでもいたします! どうか、お許しを!」
「いや、そんなマジな反応されても……。おいゴルド、なんなんだこのお嬢ちゃんは」
「ちょっとワケありでな。世間知らずなんで色々教えてるとこなんだよ。で、まずは美味いモンを食わせてやろうと思ってココに連れてきた」
ゴルドさんはそう言って私を正面の席に座らせ、自分も隣に座る。
「おい、それならもっとお上品な店があったろうが。わざわざ俺の店に連れてこんでも――」
「もちろん他にも色々連れていくつもりだが、俺はこの店がこの街で一番美味い店だと思ってる。だから一番最初に連れてきた」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。だが、そのお嬢ちゃんの口に合うかはわからんぜ?」
「だから色々試すんだよ! とにかく、この店で一番美味いモンを頼むわ!」
「おっしゃ! 腕が鳴るぜ!」
そう言って店主と思しき初老の男は、腕をグルグルと回しながら店の奥へと消えていった。
「あの……、もしかして、この店って凄く高級な店なのですか?」
「いや? 普通の酒場だぜ」
「でも、この街で一番美味いって……」
「俺はそう思うってだけだがな! だが、これでも貴族として暮らしてきたボンボンだから、舌は肥えている自信はある。その俺が言うんだから心配しないでもいいと思うぞ」
「あ、味の心配はしていないんですけど、もし高級な食べ物でしたら、いただくワケには……」
「金のことなら気にすんな! こう見えて俺はA級の冒険者なんだぜ? 金には困ってねぇ!」
「しかし――」
「んなことはいいから、食の好みとか聞かせてくれよ。これから行く店の指針にすっから」
そんなことを言われても、私は豆や硬いパンくらいしか食べたことがないので、食べ物を好むという感覚がわからない。
強いていうなら、余りもので出てきた魚の皮のスープが味気あったなぁと思ったくらいだろうか。
私がそれを伝えるとゴルドさんは再び悲しい顔をしていたが、そうこうしているうちに料理が運ばれてきたので話は終わりとなる。
「できたぜ! 名付けてベアウルフ三昧! コイツが今ウチで出せる最強料理だ!」
そうしてテーブルの上に並べられたのは、恐らく肉を焼いた食べ物とスープ、それにこれは……麦?
「げっ……、これベアウルフの肉かよ……」
「なんで嫌そうな顔すんだよ。ベアウルフっつたら全身美味いって評判の高級食材だぞ? 冒険者やってんだから狩るのがどんだけ大変かくらい知ってるだろーが! もっと嬉しそうな顔にしやがれ!」
「わかってるんだけどよ……、どうにも共食い感があるっつーか……」
ゴルドさんはボソッと言ったので店主には聞こえていないようだが、私にははっきり聞こえた。
聞き覚えのある名前だと思ったけど、共食いという言葉を聞いてハッキリと思い出す。
確かベアウルフとは、私達の護衛をしていた冒険者が、ゴルドさんの変身した姿に対し口にしていた名前だ。
そういう意味では、ゴルド様が共食いという印象を持つのは頷ける気がする。
「まあいいから冷める前に食えよ! 味は保証するからよ!」
店主にそう言われ改めて料理を見る。
今まで嗅いだことのないような香ばしい匂いが漂ってき、自然と手が出そうになる。
「っ!」
「ん? どうした? 食っていいんだぜ?」
「し、しかし、今店主様は高級食材と……」
「だから気にすんなって言ったろ! むしろ食わなかったら怒るぞ!」
ゴルドさんは口にしなかったが、それはつまり命令ということだ。
命令であれば、従うしかない。
私は恐る恐る、切り分けられた肉をフォークで刺し、口に運ぶ。
「っ!? ~~~~~~~~~っ!?」
弾力性のある肉は、口の中に入れた瞬間溶けるように口内に広がった。
溶けた肉とかけられた調味料が混ざり合い、言葉では言い表せない幸せな気持ちが胸いっぱいに広がる。
思わず顔を上げると、店主は満足そうな顔で笑い「どうだ、うめぇだろ?」と言った。
「複雑な気分だが、こりゃマジでうめぇわ」
ゴルドさんも夢中になって肉を貪っている。
どうやら、これが本当に美味い料理――というものらしい。
気付けば勝手に手が進み、肉もスープも、麦のような食べ物も、全てあっという間に食べつくしてしまった。
どれも、信じれれないくらい美味しかった。
「へへっ、満足したみたいだな」
「よく……、わかりません。今までこんな美味しい食べ物は食べたことがなかったので……。ただ、凄い満足感があります」
「顔見りゃわかるぜ。今までで一番幸せそうな顔してるからな」
「っ!?」
そう言われて顔を触ってみると、目尻が下がり、口角が上がっているのがわかった。
笑顔……
人の笑顔を見ることはあったが、自分が実際に笑うのは恐らく10年以上ぶりだと思う。
(これが、幸福感というものなのでしょうか……)
「さてオヤジ、俺も詳しくねぇから尋ねてぇんだが、女向けの店でどこかオススメはねぇか?」
「同業者の俺にオススメの食事処を聞くんじゃねぇよ。……でもまあ、ウチが野蛮人向けなのは間違いねぇからな。お嬢ちゃんのために教えてやらぁ」
そうして私たちは、紹介された店や評判の店を何件も食べて回った。
流石にお腹がいっぱいで休憩を小まめに取っていたこともあり、気づけばもう日が落ちかけている。
宿に戻ると、ゴルドさんが袋から何か丸いものを取り出し、手渡してくる。
「これは?」
「胃薬だ。食い過ぎってのもあるが、嬢ちゃんは普段味の濃い飯や油ものを食べてなかったんだろ? 恐らく胃がビックリしてるだろうから飲んどいた方がいいぜ」
そう言われれば、最後の方は満腹感とは別にお腹の調子があまり良くなかった。
私は言われるがまま丸薬を口に含み、迷わず噛み砕き嚥下した。
「……っ! これは、そんなに美味しくありませんね……」
「薬だからな。不味いのは当然だ」
私は薬を飲むのも初めてだったのだけど、ゴルドさんがくれるものなら何でも美味しいに違いないという勝手な妄信から、何も考えず口にしてしまった。
遠慮もしなくなってしまっているし、正直調子に乗っていたと思う……
「おいおい、折角さっきまでイイ顔してたんだから、そう暗い顔するんじゃねぇよ。さっきまで食ってた美味いモンのこと思い出せって! ……で、嬢ちゃんはどの料理が一番口に合った?」
「それは……、どれも美味しかったですけど、強いて言うなら砂糖入りの卵に浸したパンを焼いた料理が……」
「シュガーエッグトーストな。最近街の女の間で流行っているらしいぜ。やっぱり嬢ちゃんも女の子らしく、甘いモンが好きなんだな」
私は果物も食べたことがなかったので、甘い物を食べたこと自体が初めてのことだ。
あんなに口の中が幸せになる食べ物が存在してたなんて……、正直想像すらしたことがなかった。
「一般的な女性は、甘い物が好きなものなのですか?」
「だと思うぜ。少なくとも俺は、甘いものが好きじゃないなんて言う女とは会ったことがねぇ」
「そうですか……。しかし、印象に残ったという点であれば、やはり最初に頂いたお肉の料理が一番だと思います」
私はあの料理を食べた瞬間、世界が色づいたような、私自身が生まれ変わったような、不思議な感覚を覚えた。
あれ程の衝撃を受けたのは、生まれて初めてのことである。
「お! そうかそうか! 味の好みが合うのはいいことだ! これからの道中、食生活で気を使わなくていいからな!」
「……? これからの道中、とは?」
「おっと、言ってなかったな。今後の計画だが、まずは俺の実家に戻ろうと思っている」
「っ!? それって、マーズ男爵家ということですか!?」
「ああ、その通りだ。正直メチャクチャ気は進まねぇんだが、嬢ちゃんの境遇をどうにかするにはそれしかねぇと思ってな」
私の、ために……?
ゴルドさんは確か、長男の義務を放棄して家を飛び出したと言っていた。
貴族のルールは知らないが、義務を放棄したというのだから家族関係が上手くいっているとは思えない。
だというのに、私の境遇をどうにかするために実家に戻ろうとするなんて……
「いけませんゴルドさん。私なんかのために、気の進まないことをしないでください」
「やだね! 俺は嬢ちゃんを幸せにしてやるって決めたんだ。たとえ嬢ちゃんが拒否しようとも、絶対に幸せになってもらうぜ」
「そんな……」
そんな風に言われてしまうと、断ろうにも断ることができない……
こうなればやはり、ゴルドさんの負担にならぬよう命を絶つしか……
「あ、自殺も禁止だからな。これは命令だ」
「っ!」
ゴルドさんは私の心を読んだかのうように、先回りして自害する道を絶ってくる。
私はゴルドさんの所有物なので、そう命じられれば従うほかない。
「それと、次からは嬢ちゃんのことを名前で呼ぶようにするから、まずは名前を教えてくれ」




