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廃妃の呪いと死の婚姻4-2

誤字脱字等ございましたらご指摘いただけますと幸いです。

廃妃の呪いと死の婚姻4-2


 グレイ夫人はナイトリー前侯爵の継母の連れ子で、ケリンチパークという自然豊かな土地を有する領主の未亡人だった。彼女は生涯美貌には恵まれなかったが、頑健な身体と善良な心、教養と知性を持ち合わせた良識的な女性だった。前ナイトリー侯爵の令夫人だった実母が亡くなり、17歳の年に結婚してから一時はナイトリー侯爵家との間柄も途絶えるかと思われたが、親友が彼女の義弟のナイトリー侯爵と結婚し令夫人となるに及んで、両家の交流は復活した。ナイトリー令夫人は年上の親友を非常に信頼し、育児や家庭内の細々したことまで相談した。彼女も親身になってそれに答えたから、両家の親交は末永く続くかと思われた。

しかし、息子の代になって爵位を継いだばかりのカイン・ナイトリー侯爵がよりにもよって亡命貴族の娘であるトライユ嬢を妻に選び、ナイトリー前令夫人がそれに猛烈な反対の意を示し、多くの親族たちが前令夫人の言葉に従い、その結婚を諦めさせようとした時、グレイ夫人ただ一人だけが若き恋人たちの側に立ったことで、ナイトリー前令夫人は非常なショックを受け、次に激怒したため、当然の帰結として、両家の交流は断絶した。カイン・ナイトリー侯爵夫人が一人娘のジェネヴィエーヴを産んですぐに儚くなると、その数年後にナイトリー前令夫人が亡くなるまで、両家の断絶は続いた。関係が元の親密さを取り戻したのは、亡き母を憚り生前はグレイ夫人の名前を出すことを避けていカイン・ナイトリー侯爵その人だった。

彼は愛する妻との結婚の後押しをしてくれた、ただ一人の血の繋がらない伯母を忘れるような忘恩の輩ではなかった。ナイトリー侯爵は前令夫人の喪が明けると、グレイ夫人に長きにわたる無礼と無沙汰を謝罪する心のこもった手紙を書いた。その手紙はグレイ夫人にる丁寧で真心の込められた返事によって報いられた。ここに両家の断絶は終焉を迎えたのであった。それからも、折々に触れて手紙や贈り物のやり取りをしつつ、旧交を温めてきたが、数年後にナイトリー侯爵がグレイ夫人に絶対的な信頼を寄せる出来事が起こった。

当時、幼いジェネヴィエーヴは継母グローリアからむごたらしい虐待を受けていたが、グレイ夫人は虐待を見抜き、ジェネヴィエーヴの小さな命を護る決定的な役割を果たしたのである。そうして、グレイ夫人はナイトリー侯爵にとって唯一頭の上がらない存在になったのだった。

グレイ夫人とのやり取りはナイトリー侯爵自らが担っていたから、ジェネヴィエーヴ自身が直接関わることはなかったが、それでも物心ついてから何度かグレイ夫人と顔を合わせたことがあった。グレイ夫人はその生命に自分が大きな働きをした少女を孫娘に接するように気にかけており、ナイトリー侯爵への手紙には、必ずジェネヴィエーヴに宛てた一文が添えられていた。ついこの間来た手紙にも、お見舞いの品と共に体調の優れないジェネヴィエーヴを気遣う言葉が綴られていた。

ジェネヴィエーヴはそのお礼かたがたペンを取ると、グレイ夫人へこれまでにないほど長い手紙を書き、最近リウマチが悪化しているという夫人へ膝掛毛布を添えて送ったのだった。手紙にはグレイ夫人の深い愛情に対するお礼と、恒例の夫人を気遣う文面が続いたが、その手紙の末には、


 最近、徒然に公爵家に伝わる古い文献を調べる機会がありました。そこで〇〇州の〇〇にすむ”フェラーズ”という方の記録を見つけました。この土地は大叔母様のお住いのケリンチパークと同じ教区内にあったと記憶しております。記録を見る限り、この”フェラーズ”という人物は当時のナイトリー家と特別な間柄にあったことが推察されるのですが、残念なことに現在は交流が途絶えてしまっているようなのです。大叔母様は”フェラーズ”という家門について何かご存知ではありませんでしょうか。貴族名鑑なども調べてみましたが名前を見つけることはできませんでした。もしかしたら”フェラーズ”という一家は〇〇にお住いではないのかもしれません。しかし、もし大叔母様のご近所のお友達の中に該当する御一家がいらっしゃるのであれば、どのような方々なのか是非ともお聞かせ願えませんでしょうか。不躾なお願いとは重々承知の上ですが、どうぞ、この探求心に燃えている病弱な娘の小さな好奇心を満たしてくださいませ。云々


 このようにジェネヴィエーヴは若い貴族令嬢の無邪気な好奇心を装った問い合わせを付け加えたのだった。グレイ夫人は筆まめな未亡人らしく、直ぐにジェネヴィエーヴ元に心のこもった返信を書き送った。グレイ夫人はジェネヴィエーヴがナイトリー家の領地や家政について興味を持ち始めたたことを非常に高く評価してくれた。これまでジェネヴィエーヴの興味といえば、クラレンスただ一人向けられていたから、都から時々届く芳しからぬ噂話を耳にする度にグレイ夫人は心を痛めていた。ジェネヴィエーヴとしてはきっかけが領地や家門に対する純粋な興味関心に発するものではなかったので、ちょっと罪悪感を感じつつも、大叔母の称賛の言葉に頬をゆるめたのだった。

 ところで、問い合わせに対する回答はというと、次のようなものだった。


 可愛いジェネヴィエーヴさんがどうしてこの名前に興味をお持ちになったのか、とても不思議ですが、差支えのない範囲で私の知る限りの情報をお伝え出来ることをうれしく思います。フェラーズという名前の一家は確かに隣村に今でもお住いになっています。私もジェネヴィエーヴさんからご指摘されて簡単に記録を遡ってみましたが、もう何代も前からこの土地に住んでいるご一家です。爵位を持たないジェントリー階級の一家ですので、貴族名鑑に載っていないのも当然でしょう。無爵ではありますが、代々学者の家系でいらっしゃって、土地の人々からも尊敬されている立派な方々です。我が家では気の置けないご近所付き合いをする程度には親しくさせていただいています。一家は3人家族でいらっしゃって、現在は村にはお母上と妹さんお二人だけが暮らしていらっしゃいます。お二人とも心のお優しい良き隣人です。若くして家を継がれたご長男は非常に優秀な方で、大学を飛び級で修了された上、首席でご卒業されて、今は王宮付きの学者としてお務めだと伺っています。ケイ・フェラーズと仰る方なのですが、今も都で研究に専念されているはずです。


 グレイ夫人の手紙には、これ以外にもジェネヴィエーヴのデビュタントに関する期待が綴られていたが、ジェネヴィエーヴの頭には全く入ってこなかった。それというのも、手紙に書かれていた名前を見てジェネヴィエーヴはすっかり動転してしまっていたからである。

「まあ、アリアどうしましょう。こんなことってあるのかしら。偶然とは思えないような廻り合わせとはこのことをいうのね」

 両頬に手を当てて興奮を隠せないジェネヴィエーヴを、アリアが落ち着くようにと宥めた。

「そんなに興奮してはお体にさわります。一体どうなすったのですか。グレイ夫人のお手紙に何か良くないことでも書かれていましたか」

 ジェネヴィエーヴは差し出されたお茶に口を付けて、一息つくと、

「よくないことではないのだけれど、これをどう評価したらよいのかわからないわ」

 と言って眉尻を下げた。

「このケイ・フェラーズという方はおそらく私が存じ上げている方だと思うの。でも、その人を見知っているというわけではなくて・・・。つまり、前に話した記憶の中でよく目にした方たちの一人だということなの」

 彼女の言葉にアリアははっと目を見張ると、これはノクターンにも聞いてもらった方がよいですねと言って、彼を呼びに走った。


 ノクターンとアリアはグレイ夫人の手紙の内容と、ジェネヴィエーヴの話を聞くとじっと考え込んでしまった。二人の様子があまりにも深刻そうだったため、ジェネヴィエーヴは掛布団の端を握りしめ、二人が口を開くのを待った。

「ジェネヴィエーヴ様、正直におっしゃってください。ミスター・フェラーズについて調べるのはやめておいた方がよいのではないですか?」

 漸く口を開いたアリアが発した思いがけない台詞に、ジェネヴィエーヴは目を瞬いた。

「え?」

 戸惑う彼女の前で、アリアとノクターンは顔を合わせると一つ頷き合った。どうやら、彼らは同じ懸念を抱いているらしい。

「僕も少し慎重になるべきなのではないかと思います」

「ええと、どうして?」

 戸惑うジェネヴィエーヴにノクターンが気まずげに目を伏せると、暗い表情を浮かべたアリアが

「その方はジェネヴィエーヴ様を害する恐れのある方なのではないですか?」

アリアは眉尻を下げ泣きそうな表情を浮かべた。その言葉で、ジェネヴィエーヴはようやく彼らの案じる理由を察した。二人はケイ・フェラーズが私の命を脅かす存在なのではないかと危惧しているのだ。

 アリアとノクターンはジェネヴィエーヴを気遣い、不安そうな表情を浮かべている。ジェネヴィエーヴは不謹慎だと思いつつも、暖かな感動が胸に広がっていくのを抑えきれなかった。

 ケイ・フェラーズは原作の攻略者の一人である。10歳ほど年長の学者で、彼のルートでは初めは兄のような頼れる存在として、終盤は使命感に燃える若き天才として王宮で勃発した王妃の毒殺未遂事件に携わることになる。アリアが光の乙女として、彼を献身的にサポートする中で二人の間には次第に愛情が育まれていくのである。彼のルートではジェネヴィエーヴはクラレンスの婚約者として登場する程度なのであるが、ケイ・フェラーズがとある事件解決に臨んでナイトリー侯爵と対立するに及んで、ジェネヴィエーヴもアリアたちの敵として登場することになる。

 ケイ・フェラーズとジェネヴィエーヴの直接的な接点はほとんどなく、特にクレメンティーンの呪いが発現していない現在のジェネヴィエーヴにとっては、無害な存在だと言えた。現時点では可能性でしかないものの、原作にはないケイ・フェラーズとジェネヴィエーヴの繋がりに疑問を抱きつつも、ジェネヴィエーヴは微笑みを浮かべて、アリアとノクターンに礼を言った。

「二人とも心配には及ばないわ。記憶の中でもミスター・フェラーズとはほとんど関わりがないの。だから、記憶と違ってもし仮に彼のと繋がりができたたとしても、私に悪い影響があるとは思えないわ」

 だから大丈夫よ、そういて小首をかしげる彼女を、アリアとノクターンはそっくりな顔で凝視した。ジェネヴィエーヴは言葉を裏付けるように笑顔を崩さず彼らの顔を見返していたが、そんな様子にようやく納得したのか、アリアとノクターンは目配せし合うと、

「分かりました。ですが、少しでも危険があればすぐにやめましょうね。無理は絶対に禁物です。ジェネヴィエーヴ様に何かあれば悲しむ人間がいるということをお忘れにならないでくださいね」

と真剣な表情で言った。

「では、もう少し対象者について知るためにも、ミスター・フェラーズについてご存知のことを教えてくださいますか」

 ノクターンの言葉にジェネヴィエーヴは一つ頷くと、私が知っているのはもう何年かたった頃のミスター・フェラーズについてなのだけれど、と前置きをしてから話し出した。

「彼は将来を嘱望された学者だけれど、その専門は薬学なの。今後王室にかかわる大きな事件が起こるのだけれど、彼はそこに参加することになるわ。確か初めは調査員には含まれていないのだけれど、事件の調査が遅々として進まないことに業を煮やした国王陛下直々のお声掛かりで参加することになったはずよ。それまでは、彼は研究所で研究に従事しているのだけれど、特権階級出身ではない彼はそれだけでは家族を養っていくことができなくて、家庭教師や大学の臨時講師などの仕事も受けているの」

 原作ではその中で、ヒロインであるアリアと出会い、恋に落ちるのであるがアリアとの恋愛に関わる部分は割愛しつつジェネヴィエーヴは説明した。

「大叔母様のお話によるとミスター・フェラーズには故郷にお母様と妹さんがいると書かれていたけれど、記憶の中のミスター・フェラーズには妹さんはいらっしゃらなかったはずだわ。ミスター・フェラーズと親しい方が、少し前に大切な家族を不慮の事故で亡くしたと言っていたから、現在はまだその事故は起こっていないということなのじゃないかしら」

「事故で妹さんが・・・?」

 ジェネヴィエーヴの不吉な予言に、アリアの表情がさっと曇った。

「ええ。残念ながら詳しいことは分らないけれど、恐らくそう遠くない未来に」

 暗い口調で紡がれた言葉に、アリアはスカートの裾をぎゅっと握りしめた。白くなるほどきつく握られたその拳に、隣に座るノクターンの細く長い指が重ねられた。ノクターンは困ったように眉根を寄せると、

「その方を救う術はないのでしょうか」

 と言った。

「分からないわ。いつ、どこで、どのように亡くなったのか詳しいことは何もわからないの」

「っ、そんな」

 ジェネヴィエーヴが目を伏せて答えるとアリアが顔を上げた。人一倍純粋で心優しい彼女の瞳には薄く涙の膜がかかっている。労し気に彼女を見返したジェネヴィエーヴは

「せめて、ミスター・フェラーズと知り合うことができればいいのだけれど」

 と眉尻を下げた。

「ああ、そうですね。そうすれば何気なく妹さんのことを聞き出すことができるかもしれませんし、自己を完全に防ぐことはできなくても、最悪の事態は免れるかもしれません」

 ノクターンの言葉にジェネヴィエーヴが頷くと、青ざめていたアリアの頬に僅かに赤みが差した。

「一ついいことがあるわ。一月後に開かれる王宮の舞踏会にはたくさんの貴族や著名人たちが集まるわ。ミスター・フェラーズは若く将来を嘱望された優秀な学者だなのだから、誰かしら彼のことをご存知の方がいるのではないかしら」

 ノクターンも頷くと、

「その通りだよアリア。大学には平民より貴族の方が多いのだから、ミスター・フェラーズの同窓となる人たちやその兄弟姉妹が舞踏会に来ているはずだよ。これで舞踏会に参加する大義名分ができたというものだよ」

 と言ってアリアを励ました。ジェネヴィエーヴも大きく頷く。

「私は立場上沢山の方とご挨拶しなければならないから、それとなく聞いてみるわ」

 もはやアリアの顔に絶望の陰は見当たらなかった。彼女はいつもの調子を取り戻してにっこりと笑った。

「ありがとうございます。私も頑張って色々な人に尋ねてみます」

「あら、アリアにはもっと別なことを頑張ってもらわないといけないわ」

 ジェネヴィエーヴの言葉にアリアはきょとんとした。

「だって、私もノクターンも人見知りだし、二人ともそう人好きのする性格をしていないでしょう?せっかくミスター・フェラーズの居所を突き止めて、知り合いになることができたとしても・・・ねえ?」

 ジェネヴィエーヴが困り顔でノクターンを見つめると、ノクターンは憮然とした表情を浮かべた。

「同意しかねる点もありますが、確かに僕らよりもアリアの方が社交的ですね。人と打ち解けるのも早いし、経験上すぐに相手の信頼を得ることができますから。家の事情を話してくれるほど仲良くなるには、なるほどこの3人の中ではアリアが適任でしょう」

 頷き合うジェネヴィエーヴとノクターンに、アリアは首を横に振りながら、ワタワタと手を胸の前で振った。

「そ、そんなことありませんよ。ジェネヴィエーヴ様もノクターンにしても、誰だって好意を持つに決まってます」

 ノクターンははあとため息をつくと

「いいか、よく考えてみろ。ジェネヴィエーヴ様のような身分とご容姿を持ったご令嬢と、若い駆け出しの学者がそう簡単に家庭内のことまで打ち明けるほど親しくなれると思うか?」

 ノクターンはアリアの肩をポンとたたいて行った。

「ええ、と。そうですね。ジェネヴィエーヴみたいにお美しくて、身分の高い方となると・・・難しいかもしれませんね。それにご婚約者様もいらっしゃいますし、お立場上、無理があると思います」

「そうだろう」

「そうよね。ノクターンはこう見えて人見知りだし。顔がきれいだから女の子は寄ってくるけど、男の子の友達は少なかったわね」

 アリアの何気ない台詞にノクターンはぐっ、と何かをこらえるような表情をした。

「ふふふ。じゃあ決定ね。適材適所、各々の得意な分野で協力していきましょう」

 ジェネヴィエーヴが笑いながらそう告げると、アリアとノクターンも頷いたのだった。


 それから月日はめまぐるしく過ぎて言った。ドレスの最終チェックから始まり、礼法のおさらい、ダンスの練習、そのすぐ後に控えているナイトリー侯爵家主催の舞踏会の準備まで、やるべきことは目白押しだった。

 ジェネヴィエーヴは周囲の注意深い配慮のおかげで、ちょっとした不調はあったものの高熱を出したり大きく体調を崩すことはなかった。

 婚約者のクラレンスからの手紙に煩わされることはあったが、多忙を理由にナイトリー侯爵邸への訪問は断ることができたし、舞踏会当日も、クラレンスが邸宅まで迎えに行くという申し出も何とか回避することができた。

 そうして舞踏会の10日前になってようやく手直ししたドレスが手元に届き、いよいよ舞踏会に出席するのだと感慨深い想いに浸った。ジェネヴィエーヴのドレスは少し変わった意匠で、胸の下の切り替えにはリボンではなく幅広の柔らかな布が使われており、後ろで複雑に結われたそれはまるで花束の様に優雅で、それでいてゆったりとしておりジェネヴィエーヴのおっとりと物憂げな雰囲気によく似合っていた。アリアのドレスは流行のモスリンを使った小花柄の可憐なドレスで、ワイン色のリボンがアクセントになっていた。二人ともデビューしたての令嬢らしく、白を基調にしたドレスが清楚で若々しい二人の異なる美しさを引き立てていた。

 アリアは母の形見のネックレスを身に着けることになっていたが、問題はジェネヴィエーヴの方だった。舞踏会の開催時期に合わせて多少ドレスに手を加えたことで、用意していたアクセサリーが合わなくなってしまったのである。

「まあ、どうしましょうか」

 顔を突き合わせながらああでもないこうでもないと悩むアリアと侍女たちを傍目に、当のジェネヴィエーヴは随分と淡白なものだった。

「アクセサリーなんて私の物だけではなくてお母様がお使いだったものも沢山あるのだから、その中から適当に選べばいいのじゃなくて?」

 若い令嬢の言葉とは思えないジェネヴィエーヴの台詞に、アリアたちは愕然とした表情を浮かべた。彼女たちの顔つきに、ジェネヴィエーヴは地雷を踏んだことを悟った。

「なんということをおっしゃるのですか、ジェネヴィエーヴ様。なんといっても、ジェネヴィエーヴ様が初めて参加される大舞台ですよ。それなのに、適当に選べばいいだなんて・・・!!」

「そうですよ、ラトクリフ嬢の仰る通りです。今回ばかりはお嬢様のお言葉と言えど従いかねます。何がなんでも完璧なお姿で参加していただかなくてはなりません」

 彼女たちの剣幕にジェネヴィエーヴはすぐさま白旗を上げ、されるがままに従ったのだったが、数日たっても一向に決まらない議論にとうとう音をあげそうになった。そもそも、議論に参加することははなから放棄していたので、ただただ彼女たちの前で座って様々な装飾品をとっかえひっかえ試させられていただけなのだったが、いかんせん彼女には退屈すぎた。ジェネヴィエーヴがある時、

「流行遅れではないもので、きちんとして、少し綺麗に見えればいいわよ」

 というと、アリアたちは絶望したような顔つきになった。中には泣き出す侍女までいたほどだ。

「・・・そんなに、おかしなことを言ったかしら」

 ジェネヴィエーヴが訊ねると、涙を浮かべている侍女を慰めていたアリアが大きく頷いた。

「不遜なことを申すようですが、ジェネヴィエーヴ様はご自分のお美しさをご理解していらっしゃらないのです。だから、あんな世の中の男性の様な無神け・・、んんっ。頓着なさらないお言葉が出てくるのです。ジェネヴィエーヴ様の美貌を最高に引き立ててくれる、アクセサリーが必ずあるはずなのです。仮に、万が一最高のアクセサリーではなかったとしても、ジェネヴィエーヴ様のお美しさが損なわれることは決してございませんが、それではナイトリー侯爵家のご令嬢たる方のデビュタント・ボールにはふさわしくありません。ナイトリー侯爵家の威信にかけてもなんとしてでも相応しい宝石を見つけ出して見せます」

 アリアの宣言に、侍女たちも力強く頷いた。ジェネヴィエーヴはげんなりとしながら、一体いつになったら決着がつくのかと遠い目をした。

 しかし、意外なところから救いの手が伸ばされたのだった。それをもたらしたのは、王宮からの使者だった。ジェネヴィエーヴがクラレンスから贈られたものに歓喜したのは、記憶を取り戻して初めてのことだった。

 クラレンスはどこでどう耳にしたのか、ジェネヴィエーヴに今度の舞踏会で是非とも身に着けていただきたいというメッセージを添えて、一揃いのアクセサリーを送って寄こした。繊細な銀細工にいくつもの素晴らしい輝きを灯す宝石があしらわれたそれは、誂えたように手直ししたドレスにぴったりだった。それらを目にしたアリアと侍女たちは、今度の舞踏会に身に着けるべきアクセサリーはこれ以外にあり得ないという意見で一致した。

 ジェネヴィエーヴは思いがけない贈り物に、一旦はクラレンスへ返そうかという考えが頭をよぎったのだが、メッセージの中に、祖父の領地で取れた最高級の銀を最高の職人が数ヶ月もかけて作成しましたという言葉を見つけて、返却するのをためらっていたのだったが、却ってそれが宝石選びに辟易していたジェネヴィエーヴを救う結果になったのだった。

こうして、ジェネヴィエーヴを最も引き立たせる最高のドレスと宝石が揃えられたのだった。

お読みいただき誠にありがとうございます。

まだもう少し続きます。

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