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明日のリム

 ――俺は何を見ているんだ?


 小さな獣人の子が妖魔貴族相手に、引けを取らずに戦っている。


 獣人の子は攻撃を喰らいながらも、果敢に攻め込む。

 腕が飛ぶ、腹がくい破られる、極大の魔法をその身で受け止める。


 どんな攻撃を受けても即座に回復する女の子は苦しそうにしながらも、攻撃の手を止めない。


「……なんだよ」


 俺の身体はいつの間にか光のカーテンに包まれていて、腕も復活していた。

 俺は……ただ見ているだけしか出来なかった。


 少女からマスク越しに視線を感じる。

 余計な事をしないで。

 まるでそう言っているようだった。


 妖魔達は女の子の強さに初めは焦っていたが、徐々に連携を深めて女の子を追い詰める。


「ぎゃははっ! こいつから賢者の匂いが感じるわよ! 死なない身体なのかしら~? 八つ裂きよ!!」


「はぁはぁ……姉様の結婚式の邪魔をさせないです……帝国には……これ以上迷惑かけられません!! ――転移&スマッシュ!!」


 ――くそっ、こんな女の子が戦っているのに……


 俺の手は震えている。

 怖い。化け物の戦いに参加できる気がしなかった。


 ……だが、少女から伝わる感情……が俺の何かに響く。


 ――あんないたいけな少女が戦っているんだ!


 ――お前は見ているだけなのか!!


 ――あの娘の悲しそうな顔を見ろ!! 


 ――動け!!!!



 俺の手の震えが止まった。






 ――俺がアイツらの気を引いて隙を作る。


「うおおぉぉぉぉ!!! ――俺の無視してんじゃね!!! 妖魔だかなんだか知らねえけど、俺の一撃を喰らえ!!!」


 案の定、妖魔達は一瞬だけ俺の方を見た。


 俺は光のカーテンから飛び出る。


 ――スキル俊足。

 ――スキル明鏡止水。

 ――スキル二刀流。

 ――スキル身代わり。

 ――スキル決死の一撃。

 ――精霊術生命の変換。



 俺はリーダー格の妖魔に高速で襲いかかった。


「だ、駄目です!!! ――聖女ブースト!! ――聖女ブースト!! い、いや……絶対嫌!!!」


 少女は強大な力妖魔達を薙ぎ払い、俺たちの方へ向かってくる。


「俺に気にするな!! リーダーをぶち殺せ!!」


 叫びながら俺はリーダーに肉薄した。

 薄ら笑いをしているそいつは俺の完璧に舐めきっていた。


 スキルのおかげで心が落ち着いている。

 俺は刀を妖魔の胸に突き放つ。


 最高の速度、最高の技、俺の生命力を使った生涯最後の一撃。



「ふっ、遅い」



 妖魔は俺の刀を指一本で止めた。

 そして俺の身体が真っ二つにされてしまった。



「まだだ!! 任せたぞ!!」


 妖魔は俺が生きている事に驚愕の表情をする。


 俺はもう一本の刀で妖魔の腹を突き刺した。


「ぐぅぅ……こ、これしき……」


「はあ!!」


 そして、少女の鋼鉄のスタッフが妖魔の頭を吹き飛ばした。







「ルオニージュ様!! ああ……」


 少女は転移をして戦意を失った残りの残党を葬り去った。






 ***********






 なんで? なんでここにダヴィットさんがいるの!? 


 私は刀を地面に刺して身体を支えているダヴィットさんの元へ走る。


 ――早く回復魔法を……早く、早く!!


「――フルヒール!! ――フルヒール!!」


 ダヴィットさんの身体は光輝くだけで、全く回復されない!?


「な、なんで……」


 ダヴィットさんが意識を取り戻した。

 うつろな目で私を見る。


「……どこの誰だか知らんが、早く帝国に状況を伝えてくれ……。ふぅ……俺は限界以上のスキルを使ったからもう駄目だ……これは俺自身で受けた傷だから回復なんて出来ない」


「――ヒール! ――フルヒール!! ――キュア!!」


 血が止まらないよ、傷が治らないよ、ダヴィットさんの命の灯火が消えちゃうよ!!!


「――まあ良いさ、これで……俺も仲間に会える……君は強い子だな……冒険者か?」


 嫌だよ……ダヴィットさんが消えちゃうなんて……


「ヒール!! ヒール!! ……はぁはぁ…………私はただの旅人です……」


「そうか。最後に俺を看取ってくれ。……ふふ、リム……二人で旅に出ような……静かに幸せに……生き……」


 ダヴィットさんは目を閉じながら穏やかな顔になった。

 夢の中で私……リムと会ってるの?

 駄目、諦めちゃ駄目!!!


 私は今日で死ぬ運命。

 だから私の全てを、


「受け取って!!!」


 世界の理を壊す。

 死という強制力を覆す。

 それは女神の力の一旦。


 私の身体を薄れていくのがわかる。

 その代わり、ダヴィットさんの身体の回復が追いついてきた。


「はぁはぁ、もう少し……このまま……」


 ダヴィットさんは薄っすらと目を開けた。


「……俺は……生きている……君が……がはっ!?」









 ――え?







 ダヴィットさんが凄まじい衝撃を受けながら地面に串刺しになっていた?

 なんで?

 身体から黒い槍が生えている?

 胸が破裂している。


 妖魔の笑い声が聞こえて来た。


「きひひひ! 俺はあれくらいじゃ死なないぞ!」


 ダヴィットさんは絶命してしまった。

 ダヴィットさんが動かなくなってしまった。

 私のせいだ。

 私がいけないんだ。

 私が守れなかった。

 私が聖女だからいけないんだ。

 人を殺しすぎた罰。


 ……これが大切な人を失った悲しみ?


 深い。


 深い悲しみが私に襲いかかる。


「あ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ――魅了アニメート!!!」


 リーダー妖魔以外の妖魔が復活をする。

 そしてリーダー妖魔に襲いかかる。


「お、おい、や、やめろ!? 俺は王だぞ!! ぐ、ぎゃ、ぎゃあっ!!!」


 周りの喧騒を無視して、私はダヴィットさんの亡骸を地面に下ろした。

 開いた目を優しく閉じる。


 ……もう奇跡の力は残っていない。


 これが私の結末なの?

 大切な人を救えないまま終わってしまうの?

 こんなにも苦しい経験……


 

 ――私はこれほどの悪意をみんなに与えていたの……



 私が踏みにじった王国の人たち。

 もう二度と戻って来ない。


 虐殺した共和国の人たち。

 大切な人がいたはず。


 私は……私は……。


 その場で崩れ落ちてしまった。






 いつしか周りの喧騒が消えて、妖魔は跡形も無くなっていた。

 デヴィットさんの亡骸の前で私はずっと贖罪の言葉を発していた。


「私の悪い心がいけなかったんです」

「デヴィットさんは悪くないです」

「私だけ罰して下さい」

「――――」

「――――」



 私の力が消えていく。

 もう数分でこの世界からいなくなってしまう。

 帝国に施していた結界もすでに消えて無くなっていた。


 ――ここまで帝国の熱気が伝わる……姉様……良かった、帝国を守れました……



 私は最後までダヴィットさんのそばから離れなかった。



 その時……世界の空気が変わるのを感じた。



「……何? ……賢者様の力?」



 帝国から響く波動。

 それは温かい気持ちになれる。


「ほら……ダヴィットさん……幸せな気持ちになれますよ……」


 私は耐えられなくなって、ダヴィットさんの横で目を閉じた。


 ――これが本当の死。


 今まで何度も死んだけど、この先どうなるかわからない。

 悔いは残るけど……

 バイバイ……


















 頭の中で声が響き渡る。


(――聖女プリム。お疲れ様でした。あなたは大切な人を失う辛さを経験することが出来ました。自分の身を投げてでも救いたい人が出来ました)


 ――はい。苦しいです。


(――あなたは自分の罪の重さを理解出来たようですね。……あなたは何もせずダヴィットと共に幸せに生きる道もありました。そして、あなたの選択の結果、ダヴィットは死んでしまいました)


 ――どうか……ダヴィットさんだけでも……助けて下さい……


(――それは出来ません。命は有限です。あなたも、ダヴィットもこれで安らかに死ぬ事ができます)


 ――お願いします……お願いします……








(――あなたは……? ちょっと待って下さい? ――え、賢者カインが神世界に来やがった!? ちょ、ちょ、大女神と喧嘩してる!? はぁ!?」


 ――えっと、女神様?


(――うわ、こっち来た!! きゅう……)







(――おい、プリム聞こえるか? 儂じゃ。賢者じゃ!)


 ――え? 賢者様? なんで……


(――面倒な事はいいのじゃ、色々あったのじゃ。お主は十分償ったのじゃ。……お主は儂の力で小さな悪意を大きくさせられただけなのじゃ……全部、儂のせいじゃ)


 ――でも……。


(――ふぉふぉ、その世界の儂の後始末を色々してくれたようじゃな。ありがとうなのじゃ。……儂は全ての力を使ってお主を助けるのじゃ)


 ――他の犠牲者の方は……。


(主が助けるのじゃ。流石に儂でも全員生き返らせる事は出来ないのじゃ。だが、儂が封印した……)


 ――私、封印はどうにかしちゃいましたけど……。


(ふむ? それは帝国だけか? 世界は広いのじゃ。儂は伊達に二千年生きていないのじゃ。世界各地に儂が施した封印があるのじゃ。……そこには儂の秘宝が眠っているはずじゃ)


 暗闇だった視界に光が刺す。


(――ふぉふぉ、これは儂からの償いとお願いじゃ。儂の後始末をしつつ、儂の被害者の救済をするのじゃ! 儂はしばらく神世界で監禁されているのじゃ。罰を受けてくる。頼んだのじゃ!!!)


 ――ちょっと、勝手すぎじゃないですか!!! それに私しか生き返ることが出来ないんですか!!


(…………)


 ――このまま安らかに死ぬんじゃないんですか! 結局、賢者様の後始末!? あ、ひ、光が……


 光の洪水に飲まれてしまった。









 ************










「おう、やっと目が覚めたな、ちょっと待て、ホットミルクを持ってきてやる」


 意識が戻ると私は誰かの膝の上で寝かされていた。

 膝を優しくどかされて、私は身体を起こした。

 周囲を見渡すとそこはダヴィットさんの家であった。


「は、はい…なんで……」


「ああ、なんか変なおっさんの声が聞こえて、意識を取り戻したら精霊の森の前で俺たちは倒れていた。それで、俺はお前をおぶさってひとまず家に避難した」


 ダヴィットさん……生き返って……ひっぐ……ひっぐ……


「お、おい、どうした? どこか痛いのか!? ちょっとまってろ」


 ダヴィットさんはいつもみたいに台所へ向かった。

 懐かしい。私が本当に目指したもの。

 賢者様……私……ありがとう……。


 ダヴィットさんがカップを二つ持って戻ってきた。


「ほら、温かいうちに飲め。……お前凄く強かったな。名前は?」


 私はホットミルクの匂いを嗅いだ。

 涙がこぼれてくる。私の大好きな匂い……。


「……私は……リム。賢者様の後始末をするために……」


「おお、奇遇だな! どうやら俺も賢者様の後始末をしなきゃいけないらしい。お告げがあったからな! ははっ!」


 ダヴィットさんの笑顔を見ると私は生き返った実感が湧いてきた。

 ミルクを飲むと、身体がポカポカしてきた。


「確か初めは東の国の魔物を打ち倒せ、だっけ? 遠いな……なあリム、一緒に冒険しないか? まあなんだ、一人じゃ寂しいからな」





 私はカップをテーブルに置いた。

 そして、ダヴィットさんの胸に飛び込んだ!


 懐かしい匂いを感じる。

 ダヴィットさんが私の頭を撫でる感触が伝わる。




「ひゃい、もちろんです……お願いします……これからずっと……」


「ああ、ずっと……一緒だ……あん? なんで俺は泣いているんだ……初対面なのに懐かしい? ははっ……まあいいか……」



 ダヴィットさんは泣きながら私に最高の笑顔をくれた。









 賢者様、ありがとうございます。たとえあなたのせいだとしても、私が起こした罪は消えません。

 あなたの残した力を使って、私は私なりの救済を行います。

 ……もう聖女ではありませんが……私は、


 本当の聖女を目指します。




 姉様。結婚おめでとうございます。妖魔を食い止められて本当に良かったです。

 姉様が失くしたものを復活させる旅に出ます……

 何年かかろうと……

 いつかまた……




 女神様。こんな私に付き合ってくれてありがとうございました。

 最後は賢者様とどうなっちゃったか不安ですが、また会えることを楽しみにしています。






 そしてダヴィットさん。


 あなたがいてくれたから私はこの世界で生きたいと思えることが出来ました。

 私の大切な人。

 この感情が何か私にはわからない。


 けれど、とても温かくてポカポカする。


 危険な旅になると思いますが、あなたと一緒に乗り越えて行きます。






 ――一度は終わったこの命。私はこれから大冒険に出ます。


 乱れた世界を正すために。

 封印されし巨大な敵を殺し尽くすために。

 賢者様の秘宝を手に入れるために。





 ――ダヴィットさんと二人で!!





(プリム番外編 完結)







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