凍てつきからの挑戦
その日の11時頃、軽い診断を受けて、退院することになった。迎えに来た母には、「じいちゃんの家で農業を学びたい」と言い、断られるかと思ったが母も自分の人生だと快く了解してくれた。
祖父「やったなクー坊、これで心おきなくその夢に入れるじゃないか」
母「夢の中?」
祖父「コイツ、将来は農業で日本を変えるなんて言っててな。その夢に没頭できるぞって」
九月(じいちゃんまた変な言い訳を…。まあいいか、母さんもそんなに怪しんで無いみたいだし)
母に別れを告げ、自分はじいちゃんが用意してくれた車に乗る。車の後部座席では太一がいびきをかいて寝ていた。
祖父「コイツ付いてきた意味あるんかな。面倒くさいやつだ」
九月「まぁ、いいんじゃない?」
車に乗って祖父の住む村まで高速道路を使い移動する。
祖父「なんなら、今の内に寝とってもええぞ。どうせ向こうに着くのは2時間後くらいだ」
九月「うん。そうしとく…。じいちゃん」
祖父「なんだ」
九月「俺、車の中じゃ寝れないんだ…」
祖父「そうだったんか。じゃあ我慢しとけ。村に着いてから説明するのも面倒だ。今の内に、向こうについてからの事を言っておくぞ」
じいちゃんが言うには、じいちゃんの家に使っていない部屋があるらしく、そこを自室として寝泊りさせてくれるという。朝と昼は畑仕事などを手伝い、夕方に飯を済ませて、風呂に入り、日が沈む頃には寝るそうだ。ちいちゃんの住む村は、日が昇る方角には山があり、太陽が遅れて上ってくるが、反対に沈む方角には何も無く、夕方は多少遅い時間になっても明るい。
祖父「今日は特にすることも無いだろうし寝るだけだ。飯いっぱいくったら寝てもええぞ」
しばらくすると、いままで寝ていた太一が起き、その後は3人で談笑しながら村に車を走らせた。
それから2時間後、山二つを超えてやっと村につき、車から降りる。
祖父「ふー、やっぱりここの空気が一番だ。海からの潮風、山からの木々の香り」
九月「相変わらずロマンチストだね」
太一「そろそろ3時か…おやつ食べたいな~」
腹を撫でる太一を横目に、祖父は九月を連れて自宅に向かう。
太一「ちょっと待ってくれよー、俺も行くよ」
祖父「お前は朝の分の仕事さぼってついて来とるやろ。いい加減仕事せんとお前の今日の晩飯無いぞ?」
太一「やべ、そうだった!またな九月!」
本当に忘れていたようで、慌てて走り去っていく太一に手を振り、じいちゃんの家に入る。懐かしいじいちゃんの家は全く変わっていなかった。木造建築の家で、阿求の家を小さくしたような感じだ。玄関に置いてある熊の置物もとても懐かしく。甦る思い出につい眼頭が熱くなる。
祖父「おいおい何泣いてるんだ?今から飯作るぞ。手伝え」
祖父が作った山菜鍋は、野菜独特の苦みがあったが不思議と食べてしまう美味しさがあった。自分も手伝いはしたが、火を調節したりするくらいだったので、ほぼ祖父の腕前で出来た料理だ。
祖父「美味いか?どんどん食え。今夜の為にな」
九月「うん」
祖父との食事を終え、風呂に入ってから床に就く。外では虫の羽音が静かに聞こえ、自分の眠りを誘うようだった。
九月「…!?」
幻想郷に入った途端、異様な寒さで腕を組む。時期が冬と言ってもまだ秋は終わったばかり、なのに内庭には雪が強風に乗って散っていた。
女「巻物、巻物はどこだ!」
塀には白い着物を着た白髪とも薄紫とも言える髪の少女が物凄い形相で立っていた。この吹雪の原因は彼女に違いない。直感でそう判断して刀に手を置くが、寒さで上手く指が動かない。
阿求「九月さん、一旦中に入ってください…」
部屋から顔をのぞかせる彼女も、厚いちゃんちゃんこに身を包んでいるのが見えた。
九月「阿求、この吹雪は何なんだ、寒くて戦えそうに無い」
彼女は今にも襲い掛かってきそうな勢いだが、何故か襲ってこない。その隙に、阿求に袖を引っ張られながら部屋の中に入る。部屋の中央には鉄の網に覆われた暖炉のような物が置いてあり、その中で牧が燃えて部屋を暖めていた。九月も布団を被って座り、顔だけだして暖炉を挟んで話しをする。
九月「あの妖怪みたいな人は一体なんなんだ?」
阿求「雪女の一種です。名前はレティ・ホワイトロック。冬の時期が近づいてきたので現れ、毎年こうなんです」
九月「毎年?どう対処してたの?」
阿求「彼女は、私を殺さない代わりに、彼女の仲間の雪女の弱点が書かれた書物を、1枚づつ必ず返すと約束しました、けど…。昨年の分で、全て返し終わったんです。だから、これで最後だと言ったのですが、今年も来てしまいました、聞く耳も持っていないようです。どうしましょう」
九月「うーん…。何かいい方法、方法…」
阿求「未だに攻めてくる気配は無いですし、でも話しを聞いてくれないなんて、相手にするのが難しいですねぇ…」
九月「…妖怪相手だし、もう戦って勝ったほうが早いんじゃ」
阿求「それも、そうですね。九月さん、戦うなら厚着をしてください。今の服じゃ真っ先に凍らされます」
阿求はタンスから厚手の服と履物を渡してくれた。少しサイズが小さい気もするが、贅沢は言っていられない。
阿求「あと、これもどうぞ」
和紙を数枚重ねて、固めたようなヘルメットを被り、阿求に礼を言って部屋を出る。
レティ「巻物…。巻物はだこにあるの?」
九月「巻物はもう全部返したって聞いただろ?」
レティ「まだ隠し持ってるかもしれない。全部寄こせ!」
彼女が声を張り上げるとより一層吹雪が強くなる。目が痛くなり、厚着をしてるが手先が少し冷えてきた。
九月「全部返したって言ってるだろ、そんなに返してほしかったら俺を倒してみろ!俺がお前に勝ったら二度と来るんじゃない!わかったな!?」
レティ「人間ごときが…、自然の恐ろしさを分からせてあげる!」
彼女がそう言った途端、吹雪の雪一粒一粒が、覆うように襲い掛かってくる。くらい続ければ、数分とせずに凍死してもおかしくはない状況。長くは持たない。後ろに下がりながら、雪を飛ばしている風が弱そうな右側から帯刀している小刀を抜き、投げ飛ばす。小刀はブーメランのように変則的に飛行し、速度を上げながらレティに飛んで行った。
レティ「こんな物!」
手を振りかざすと同時にレティからもう吹雪が放たれ、小刀を弾き飛ばす。
九月「くそ…何か手は無いのか!」
弾き返され、戻ってきた小刀が鞘に収まると同時に飛んでくる猛吹雪を横に転んで避け、さらに後ろに後退する。
その時、レティが立っている塀の奥から、一人の少女が現れた。
チルノ「レティ!もう止めようよ!アイツ死んじゃうよ!」
何時から見ていたのか、その少女は自分の身も案じているようだった。知り合いなのだろうかレティの片手を引っ張るが、本人は怒りでそれすら気に留めず吹雪を生み出し続けている。
レティ「邪魔しないで、まだ隠し持ってる筈よ…!嘘を着いてるかもしれないわ!」
チルノ「嘘なんてついてないよ!阿求が言ってたんだから、前に全部返し終わったって!」
レティ「貴方はバカだから、そんな嘘も見抜けないのよ…!」
引っ張る娘を振りほどき、怒声を浴びせる。吹雪の中で自分が動ける時間も限られてきている。あと2分も持つかわからない。
レティ「どうしても嘘を着き続けるならいいわ、どうせ貴方じゃ私に指一本触れられないでしょう、私に傷を一つ付けるだけで今回は見逃してあげるわ!」
チルノ「レティ!」
レティ「うるさい!」
九月「その条件、本当だろうな。なら俺だってやってやるよ!」
持っている刀を鞘に納め、全速力で距離を縮める。レティもそれに指先から放つ冷気で応戦してくるが、両腕で防ぎながらさらに距離を縮める。
最初は冷たく、ギンギンと痛みを感じていた両腕が、最後には感覚が無くなるほど冷え切っていた。よくわからなかったが、最悪凍結していたかもしれない。その時にはもう3mも距離は無く、レティが立っている塀に跳ぶ。
レティ「! コイツ!!」
咄嗟にレティが放ったのは、本当はごっこ遊びで使う弾幕だった。しかし、そのごっこ遊びでさえも、九月にはかなりのダメージになる。避け場の無い空中でモロに右肩に命中し、痛みと一緒に地面に落ちる。
九月「ぐぅ!っラアア!」
弾かれるの覚悟で小刀を抜き飛ばす。軌道は完全に読まれ、レティもそれに向かって吹雪を発生させようと右手を握って構える。
チルノ「ダメ!」
後ろからレティの右腕に抱き着いて吹雪の発生を防いだチルノ。驚くレティはその隙を突かれ、飛んできた小刀に右腕を半部程切り裂かれる。
レティ「っつぅ!?」
チルノが腕から離れ、斬られた右腕を抑える。
九月「約束は守ってもらうぞ!レティ!これ以上阿求を襲うんじゃない!」
レティ「何を生意気な…!?」
今だに戦おうとするレティを、チルノは無言で叩いた。
レティ「チルノ、いい加減に」
チルノ「いい加減にするのはどっちだよ!もうやめてよ!これ以上こんなことしても意味ないよ!」
睨みつけるレティに、チルノはさらに続ける。
チルノ「阿求は私の友達だよ!友達に嘘なんかつかないよ…そんなことも信じてくれないなんて…レティのバカー!!」
チルノの叫びが静まると時を同じくして、九月を襲い続けた吹雪も突然止み、雪一つ振らない曇り空が辺りを覆った。
レティ「…そう、ね…私の負けよ」
片腕を抑えながら、反省の表情を浮かべるレティに、チルノも流していた涙を止める。
チルノ「レティ…」
九月「や、やっと終わった…」
吹雪は止んだが、すぐには体温は戻らない。その場で気絶してしまい。その後の事は覚えていない。
目が覚めたのは阿求の部屋の布団だった。少し見慣れた天井と、自分を覗き込むチルノの顔。暗い外と、室内の机に置いてあるまだまだ長い蝋燭が、時間は夜だと知らせてくれている。
九月「あれ、俺どうなったんだっけ…」
チルノ「コイツ起きたよ!阿求!」
阿求「九月さん、今回もお疲れ様です。温かい物でもどうぞ」
机に向かっていた阿求が振り向き。湯気がユラユラと立ち上るお茶を渡してくれた。両手で湯のみを持ち、両手から暖めていく。そしてゆっくりと喉に流し込み。これまでの冷たい戦いで冷え切った身体を元の温度まで戻していく。どんどん温かくなっていく身体の生きている感覚に感動してしまい。涙が一滴零れ落ちる。
九月「本当に死ぬかと思った…」
阿求「レティさんは、あれから私に謝罪してくれて、帰りました。チルノちゃんも九月さんを運ぶのを手伝ってくれたんです」
チルノの方を見ると、エッヘンと胸を張っている。その姿が何だかおかしくて、クスッと笑いが出る。
チルノ「あ!笑ったな!?」
九月「いや、笑ってないよ」
チルノ「笑ってる!今も笑ってるよ!」
阿求「ウフフ」
チルノ「阿求までー!」
3人で談笑しているうちに冷たい夜は明け。朝になった。襖を開けると、昨日の積雪が嘘だったように綺麗サッパリなくなっている。
九月「片付けて行ってくれたんだな」
阿求「そうみたいですね」
チルノ「じゃ、私はそろそろ戻って寝るよ~お休み~」
九月「おいおい、これから朝だぞ?おはようだろ?」
チルノ「お休みおやすみ~」
フワフワと飛んで行ったチルノに手を振って、自分も外の世界に戻る。
九月「っブエックシ!」
布団から起きた瞬間、壮絶な寒気に襲われてクシャミが出る。こっちの世界ではまだ日は上っておらず、辺りは真っ暗だった。
しかし、九月の目覚めを祝福するように、外から太陽の光が突然に差し込んできた。
九月「眩しい…」
外の世界での一日が始まる。
外の世界では農家の手伝い。幻想郷では少女の守り人。そんな守り人の九月の前に立ちはだかったのは、もう一人の九月だった。
次回『九月対九月 前編』
次も暇つぶし程度に見てください。
※数か月の間放置していました。すみません。正直に言えば、小説の熱が冷めていました。見てくれている方が居るのかはわかりませんが、一度書いたからには最後まで書こうと思っています。