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四話 記される一頁

 瞬く間に行われた攻防。酔っぱらいの方から見れば何が起きていたのか分かりにくかったが、その様子は妖理の背後から見ていた飯綱と童にはわかりやすかった。

 器用に酔っ払いの狙いを上半身に定めさせ、自身の武器である和傘に視線を固定させる。そして、視線が釘付けになった和傘を器用に動かし、酔っ払いの視界に自信が動いていることを見せないようにして、流れるように縮地で走り出した。加えて、数歩走ったところで、和傘の腹巻を引き、柄から先を手放す。

 手放された柄から先の和傘は重力に沿って落ちていき、酔っぱらいはそれを追ってしまう。和傘のすぐ横を走り抜ける妖理の存在に、彼女自身が話しかけるまで気が付けないほどに。

 存在を気が付かれなければ、相手の背後をとるのは容易な事。そこからは和傘の柄に仕込まれていた一振りの直刀を、酔っ払い相手に振り下ろして一撃を与えればいいのだから。


 のほほんとした雰囲気からは想像もつかない、素早く的確な一振りだった。


「これぐらいで済ませっから、とっとど帰りな」


 斬られた痛みでのたうち回っている酔っ払いに対し、草鞋の靴を履いた足で何度も踏みつける。


「ちょっと、妖理、流石に今のはやりすぎなんじゃないの?」

「そうでもねぇよ」


 いくら迷惑客、礼節を弁えていない相手を客と言うのも、他のお客様の失礼に当たる。それでも、みぞおちに一突き入れるのと、背中に思いっきり切り傷を作るのは、やりすぎだと言えた。

 

「こいづも妖だよ。妖だら何やっても基本自業自得、おらもおめも、こいづもね」

「いや、そうだけどさぁ。童だって一応見てるし、ここは人間も住んでる所よ?」


 妖は人間と比べれば限りなく丈夫だ。妖によって差異はあれど、ある程度体に怪我を負ったとしても、妖力があればそれを使って人間よりも圧倒的に早く回復でき、人間で致命傷な怪我も身体欠損でも時間さえかければ回復させることができる。

 飯綱が心配しているのは相手に負わせた怪我ではなかった。


「血なんて見慣れていない人は見慣れてないし……童は」


 町中で切傷事は、あまり喜ばしいことではない。いくら妖が何をやっても自業自得だとしても、この地には妖だけでなく人間も居る。人間達の秩序があるそんな場所で妖同士の争いに加えて切傷での流血沙汰は、良くないとはっきり言えた。加えて、童も鮮血を見ることに耐性がない可能性もあった。

 童の方を確認して、発狂や気絶をしていないかと心配したが。


 フンス、フンス!


 目を大きく開き、鼻息を荒くしてまるで小動物かのように目の前の出来事に興味津々であり、筆を走らせて起きている事1つ、1つを記録していた。

 

「なんかめっちゃ興味津々に記録とってた!?」


 童の予想外の反応に飯綱は思わず声を荒げてしまう。

 

「んあ?」


 飯綱の驚きの声に長椅子で横になっていた酔っ払いが目を覚ました。上半身を起こして、キョロキョロと周囲を見渡して自分が何処にいるのかを確認していく。


「え?」


 目の前に広がっている光景に気の抜けた声を漏らす。


「ああ、起ぎだ?なら、このご友人さっさど連れで帰ってくんねえがな?」


 突き付ける刀身には、真新しい血が付着している。それは、つい先ほどまで寝ていた酔っ払いですら、直前誰かが切られたことを知るには十分なものだった。

 

「ヒッ!」


 先ほど相手した酔っ払いと比較して、寝ていた分酔いが醒めているためか、落ち着きと怯えを見せる。そして状況を理解して血の気が引いたのか、顔がどんどんと青ざめていき、瞬く間に他の酔っぱらい二人を担ぎ、一目散に何処かへと消えて行ってしまった。

 あまりの足の速さに、飯綱と妖理は反応することができず、その場に残されたのは地面を汚した地だけだった。


「ありゃりゃ」


 もう少し抵抗されると考えていた妖理にはあまりにもあっけなく終わった。

 これ以上戦うことはないため、飯綱は手にしていたお札を懐へとしまう。妖理は懐から数枚の古紙を取り出して、直刀に付着した血を拭い取ってから、地面に落ちたままだった和傘を取り、柄の中に刀身を収めた。


「前から思うけど、それ和傘である意味ある?」

「あるよ。傘どしても使えるし、一芸さも使えるがんね。見るからに武器持ってるなんて華がねえがんね」


 仕込み刀の和傘を軽々と扱い、まるで普通の和傘のように扱う。


「まあ、妖理の戦い方ならそうなのかもだけど。あれ、良いの?報復に来ない?」

「おめも知っとるべ、妖は自己責任、何をやってもいいが相応の報いは受げる」

「いや、まあそうだけどさ。一応町の掟は尊重しようよ」

「掟尊重しねえ奴らには、こっちも無法でえぐしかねえだべ」


 宿場町としての掟が少なからず存在はしている。けれど、その掟はあくまで村としての最低限の掟であり、主に人間達の間のものである。妖達はその限りではなく、代わりに暗黙の了解といえるものが多く存在している。

 

「御礼参りに来たら、こっちも御礼しなきゃなぁ」


 妖が何をやろうが自己責任。 報復や復讐をするのも個人の勝手、報復に報復をされても自業自得。妖理は仮に来たとしても丁寧にお返しすると言い切った。

 妖理の実力を知る飯綱はため息を漏らし、近くに居合わせた自身へと報復の矛先が向かないことをただ祈るしかできなかった。


「それにしても、最近増えだな」

「増えた?」


 先ほどまでのお気楽そうな表情から一変、険しい表情を見せる。


「”察するに先の酔っぱらいみたいな人達ですか?”」

「うわ、いつの間に」


 先程まで店内でサラサラと文字を書いていた童は、安全だと思ったのか、いつの間にか外へと出てきて、飯綱達のすぐそばまで来ていた。

 あまりにも気配なく自然と近づいてきたことに飯綱は驚き、毛を逆立させた。


「んだ、最近、昼間がら酔っ払いが増えでが治安が悪ぐなってる」

「ええ?日銭稼ぐのですら忙しいってのに?」

「”そんなに日銭を稼ぐのが大変なんですか?”」

「当たり前で……ってそうか」

 

 今更何故そんな当り前な質問をするのか、一瞬呆れた表情を見せる飯綱だが、すぐに童の事情を思い出して、表情を戻す。


「このあたりじゃ、基本的に給与は日給制や歩合制、その日働いた分しかお金は手に入らないから。おまけに、そのお金も今日と明日の朝食べる物を手に入れられる程度しか手に入らないから」

「昼間がら酒飲めるっつーごどは、宵越しの銭があるか、仕事してねえがんな」

「まあ、さっきの様子じゃ仕事をしていないほうな気はするけどね」

「”成程”」


 基本的に町民は昼間でも何かしら働いて食い扶持を確保している。そして、稀に昼酒をする者は少なからず居る。それでも、妖理が昼間から吞んでいる酔っ払いが増えていると思える程に居るというのは、変な話であった。


「外の奴らが増えてきた?」

「そうがもしれねえね。確証はねえげど」


 治安の悪化としてすぐに思いつくのは、この町の掟や暗黙の了解を知らない余所者がこちらへと引っ越してきた影響だと考えられた。余所者ならば定職と言えるような仕事もなく、日雇いの仕事もせず、ただ持ち込んだ銭を使って昼間から酒を吞む以外やることがない。

 

「妖理はどう思う?」

「多分飯綱の考えは合ってるで思うよ。おらもあいづらの顔知んねえがら」


 妖理の顔を知らないとなれば本当に余所者なのだろう。


「さて、二人ども一づ頼みでえごどがあるげんとも、いいがな?」

「なに?」

「”なんでしょうか?”」


 妖理は和傘を回して柄から胴をの部分を持ち、困ったような表情を見せる。


「ちょっと、片付げお願いしていいがな。おら、着替えしてえがら」

「あ~うん」

「”わかりました”」


 あっという間の、圧倒的で妖理の一方的な戦いであったが、酔っ払い達が好き勝手にしてくれたおかげで店先は酷く荒れてしまっている。加えて、妖理は直刀を使って酔っぱらいを切った際、返り血を浴び、身に着けていた衣服は血で汚れてしまっている。流石にこの状態で商売をするのは、商売に疎い童でもよくないことはわかり。客を遠のけてしまう要素を片付けたい気持ちは飯綱にも同意できた。


「ごめんね。すぐに着替えでぐっから」


 妖理は直ぐに茶屋の奥にある平屋こと持ち家へと入り、あっという間に着替えを済ませ、店先の準備中の立て札を返して春夏冬中にして戻ってきた。その間、飯綱と童は妖理が戻ってくるまでの間に、店先の片付けを済ませて、何事もなかった様に見える程度には綺麗にした。

 ひと段落して、ぽつぽつとお客さんが店内に入りお茶をしていく中、飯綱と童は新しく淹れられた煎茶を飲み一息つく。


「んで、これがら情報収集っつーごどだげんとも、何処さえぐん?」

「問屋場に行ってみるよ。今から行けば人の数は減っているでしょうから」

「だべな。ああ、わりいげんとも、おらは商いがあっから行げねえがんね」

「わかってるよ。むしろいつもより商いの時間遅くしてるでしょ」

「んだな。まぁ、この時間さ人はあまり来ねえがらいいげんとも」


 飯綱は湯飲みを持ち、煎茶を飲む。


「ん?どうしたの童」


 煎茶を飲んでいると、童が茶を飲まずにあの頁が破り捨てられた本を手にしていた。


「なんだ、それ?」

「”さっき気が付いたんですけど”」


 童はその本を開いて()()()()()()()()()()見せた。


「”頁が増えていました”」

「ん?どういうこと?」

「ああ、妖理には話してなかったっけ」


 童が持っていた、全ての頁が破り捨てられていた一冊の和本の事を話した。


「げんとも、その和本どごがらどう見でも頁があるげんとも」

「そうなのよね。童、それ別の奴ってわけじゃないよね?」


 見た限りの表紙や背表紙、裏表紙は飯綱が最初に見たものと同じであったが、中身は違っている。


「”いいえ、気が付いたらいつの間にか増えていました”」

「う~ん?」

「見だ感じ、新しい頁挟みなおしたように見えるげんとも」


 妖理の言う通り、糸を解き新しい頁を挟んでから結びなおした。そちらの方が説得力はあるものの。


「この紙がどこから出てきたのか、だよね」


 結びなおしたにしても、この新しい頁分の紙がどこから出てきたのか。それに、あの短時間で童が糸を解いて、頁を挟んでから結びなおす時間はなかった。加えて、持ち主である童が自分の手で増やしたのならば、不思議がる理由がわからない。


「なか、見てもいい?」

「”どうぞ”」


 和本を受け取り、中に目を通す。


「……ごめん、私には読めないは」

「ん?どれどれ、あ~、これはおらにも読めねえね」


 飯綱は一瞬読む努力を見せたが、直ぐに諦めた。それに興味を持った妖理も顔を覗き込ませて読もうとするが、飯綱同様それを読むことはできなかった。

 頁全体に書かれているのはまるで一本の線のように繋がった文字達だった。速記と呼ばれる手法で記された文字達は、読み慣れていない者たちには何が書かれているのかさっぱりわからない。


「これ、あんたには読めるの?」


 とても文字とは言い難いそれを読めるのかと飯綱は思わず聞いてしまう。それに対し、童は肯定の頷きを返した。


「ええ?」

「よぐ読めるね」


 素人にはもはや暗号と言っても差し支えないそれを読めると言われ、困惑の表情を飯綱は見せ、妖理は思わず苦笑いを見せる。


「昔は瓦版屋だったんでねえのがな」

「あ~、それはあり得るか」

「これ何を書いてあるの?」


 童は問いに対して、和本に書かれている速記の文字とは違い、ちゃんと誰もが読める文字で書き、書き終わったものを見せる。


「”先程の妖理さん達の様子を書いてあります”」

「ああ、あの様子をね」

「なんでまだ、そだ様子を記してんだが」


 あんな酔っ払い達を蹴散らす様子を記録して何の意味があるのか、色々言いたいことはあるものの、記憶喪失である以上、記憶を失う前の体に染み込んだ行動であるとも考えられた。そして、妖理はあんな様子を記録されていたことに若干の恥ずかしさを覚えてか、頬をわずかに赤くさせた。

 

「ひとまず、内容の事は詰めても仕方がないから置いておくとして。結局、この本ってただ勝手に頁が増えていただけで、それ以上でもそれ以下でもないってこと?」

「珍妙な道具だな」

「”そう、なんですかね”」

「……試しに新しい頁で何か書こうとしてみてよ」


 手にしていた和本を童へと渡して、何かを書かせてみる。

 もし、本当に勝手に頁が増えていくのならば、童が何かを書こうとすれば新しい頁が出現していることになる。


「あらら」

「まじか」

「”増えましたね”」


 つい先ほどまで最後の頁に文字を書いていたはずだった。それなのに、最後だった筈の頁を捲ってみれば、そこには白紙の新しい頁が当たり前のように存在していた。


「無限に記録ができる和本ってところかな」

「帳簿付げに欲しい道具だね」

「金にもならなさそうな」


 飯綱は童から和本を手に取り、いつの間にか増えていた新しい頁を破り取る。


「古紙で売れ」


 無限に紙が手に入るのならば、古紙回収に売り払えば金になる。それならば、童一人でも食い繋ぐだけの稼ぎを生み出すのは容易だろう。


「ッ!?」

「ちょっと!?」


 破られた頁、それは突然火種が無いにも関わらず、発火し瞬く間に焼き尽くし、最後には何も残らなかった。


「大丈夫か?」

「”大丈夫ですか?”」

「ええ、大丈夫これくらい。びっくりはしたけど」


 飯綱の指先は炎に触れてしまい、多少の火傷をしてしまった。それでも、袖から一本の薬瓶を取り出して火傷した部位に薬を垂らしてから、お札を指先に巻き付け応急処置を済ませた。


「どうやら、ずる賢ぐ稼ぐっつーごどはでぎねえみだいだね」

「本当に無制限に記録することができる道具って所か……商売には使えなさそうだけど」


 何度か手を握るのと広げるのを繰り返し、問題なく手が動くのを確認してから、今度は童から筆を借り、飯綱が何かを書き込もうとしてみた。


「あれ?おかしいわね」

「増えでねぇな」


 飯綱が新しい頁に何かを書こうと頁を捲ったが、新しい頁はどこにもなかった。

 そのことを不思議に思った童が、一度頁を戻してから捲ってみれば、そこには新しい頁が表れた。


「?どういうこと」

「童専用ってことだべ、こりゃ」


 どうやら、ただ頁が増えるだけではなく。特定の人物が使って初めて効果が表れる不思議な特性も持っているようだった。これでは、童以外がこの和本を持っていても有効に使うのは難しそうだとも考えられる。


「ま、変な道具は別さ珍しくはねえがんな」

「それは、まあそうだけど」


 そういう変わった道具があってもおかしくなく、珍しくもない。

 飯綱は商売に使えないと分かれば、すぐに和本への興味を失ってしまった。

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